第十九話「帰還」
かくして変異体スライムを倒した祈光達は、
血を流しすぎたことと、その身を絶えず襲う鋭い痛みに、
暫くは地面に倒れ伏したままだった。
しかし、その場に倒れ続けていれば、きっと二人は死んでしまう。
それゆえ二人は朧気な意識の中で、街へと帰ることにした。
ふらつき、倒れそうになる身体で二人は支え合って歩く。
いったい何時間が経ったのだろう?
増していくように感じられる鋭い痛みや、暗く寒い森に心を折られそうになりながらも
二人は一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと進み続けていく。
突然、何か茂みを掻き分けるような音が聞こえてきた。
「なんや、この音…。」
警戒して耳を澄ましていると、こちらの世界で幾度か耳にした唸り声が聞こえる。
二人は目を見開き、震える呼吸を必死で抑える。
紫に輝く角が三本、暗がりから現れた。月光を反射して煌めくそれらの眼球は
確実に二人を捉えている。
祈光達はもう、スキルを使うことも魔狼の攻撃を避けることも出来ないほどに消耗しきっている。
三匹の魔狼は格好の獲物を逃すまいと二人の周りを囲んで逃げ場を奪う。
二人に向かって、魔狼は爪を立てて飛びかかってきた。
為す術もなくその爪が二人を切り裂く寸前、
見惚れるような鮮やかな剣戟が、一閃。
ただそれだけで、魔狼の首が三つ飛ぶ。
魔狼の突進の勢いは削がれ、首から上を失った三体の死骸が
地面にぐちゃりと落ちた。
「危なかったね。」
剣戟の主はそう言ってこちらを向く。
月光に照らされて輝く鎧、そして長く艶やかな金髪。
美しい容姿のその人に祈光は数秒呼吸を止めてしまう。
その人は続けて言った。
「二人とも、酷い傷じゃないか。ケイ、あれを。」
「あ、あぁ。師匠、これだろ。……お前ら、傷やばいだろ。」
驚くほど低い声で、早口気味にそう言ったフードを被った男から瓶のようなものを受け取り、
師匠と呼ばれた金髪の女性が何か液体のような物を祈光達の傷口にかけていく。
次の瞬間、二人の傷口はもはや悍ましい程のスピードで塞がっていく。
それと同時に、傷口の痛みも、急速に弱くなる。
「…。」
呆然としてその光景を眺める二人に、その人は言った。
「もう、痛いところはないか?」
「え、あ、はい。大丈夫です。い、今のって…?」
「普通の回復薬だよ。無事治ったみたいで良かったよ。
さて、幾つか聞きたいことがあるのだが…」
「は、はい。何でしょうか。」
「君たちは、祈光くんと悠誠くんで間違いないかな?」
その言葉に祈光は目を見開いた。なぜ、会ったこともないこの人が
自分たちの名前を知っているのだろう。
「もしかして、依頼ですか?」
悠誠がその人に問いかける。
「良く分かったな。その通りだよ。」
「え、え?どゆこと??」
「悠誠くんの方はもう気づいているみたいだが、
私達は、ミーラ…受付嬢のあの子に直接依頼を受けて来たんだ。」
スライムの討伐にしては帰りが遅い君達を心配したらしい、と付け足すのを聞き、
祈光はやっと何が起こったのかを理解した。
同時に、自分がまだ助けてもらったお礼を言っていない事を思い出して
深く頭を下げてお礼をした。
「助けて頂き、本当にありがとうございます!!」
「あぁ、気にするな。お金の数え方も分からない奴らをほっとけないだろ?」
どうやら受付嬢さんとの一幕を見られていたらしい。
恥ずかしさに悶絶しかける祈光を苦笑と共に見ながら、その人は続けた。
「駆け出し冒険者を助けるのも、冒険者の努めだよ。」
そんな事を優しく言われて、再度感謝を伝えてから、祈光は聞いた。
「あの、名前、なんて言うんですか?」
「あぁ、そういえばまだ名乗ってなかったな。私はシルヴィア・ライル。Aランク冒険者だ。
あと、そこにいるのは私の弟子で……」
「…………………。」
「おいっ、ケイ!名乗れよっ!そういう流れだっただろ!」
「あぁ…。ごめん。考え事、してただろ。」
言葉に区切れがあるがそれぞれの単語は早口という
やはり独特な話し方で答えたその人に、
シルヴィアはため息をついたあと、目で自己紹介を促した。
「ん、あぁ。俺は、ケイっていうだろ。家名は無いだろ。これから、よ、よろしくだろ。」
「あぁ、よろしく、ケイ」
「こう、独特な奴なんだが、根は良い奴だし、
結構強いんだ。ケイはBランク冒険者なんだよ。」
「へぇー、そうなんですね。」
「さぁ、最低限の自己紹介も済んだし、街へ戻ろうか。」
「そうですね。」
祈光は、その時、悠誠がずっと話していないという
事に気づいたが、当人は考え事をしているようなので
黙っていた理由は後で聞くことにして、街へ歩くのだった。