俺の童貞 1億円
ある日の朝、俺の童貞が1億円で取引されていることを知った。
朝のニュースでよくある原宿とか銀座にある飲食店の特集は、いつだって地方県民を苛立たせるし『欲しけりゃコッチ来いよwww』みたいなスタンスを感じて仕方ない。そんな最中に緊急速報の音が鳴り、画面上部にテロップが流れたのだ。
──神山辰則君の童貞に一億の賞金が賭けられる。国土交通省。
最初は何かのドッキリかと思ったけど、毎朝一緒に登校している村田が会うなり俺を指差して「ウハwwwワロスwww」とか言うので、どうやら本当のようだ。
「しっかしよー、本当にあったんだな。童貞賞金首のシステム」
「童貞賞金首システム?」
初耳、寝耳に水、生き馬の耳を抜いて念仏。そんな謎めいたシステムなんか聞いたことは無く、村田は「マジかwwwウハwww遅れてるwww」と、盛大に笑い飛ばした。
「ビッチ首相が少子化対策として打ち出した政策だぜぇ? 何でも男子の性欲をくすぐることで少子化に歯止めがかかるとかなんとか」
「……けど一億はやり過ぎじゃない?」
「逆だ。一億くらい出さないと、もうダメになってしまってるんだよ、この国は」
いつになく真面目な顔をし、村田が俺の肩に手を置いた。
「だから早く童貞卒業して、俺に焼肉をおごれ」
「何で俺が!?」
「いやお前ネットアイドルのさやかちゃんが好きなんだろ!? 俺とオセッセすれば一億手に入るんだぜぇ? とか言ってホテールにイーンすれば五千万ずつだろ!? 俺にも金の焼肉があったって良いだろぉ!?」
「却下」
アホ村田を捨て置こうと、一足先に曲がり角へ向かうと、パンを咥えた女子生徒とぶつかって転んでしまった。
「すみません! 大丈夫ですか!?」
「いてて……」
女子生徒はパンを咥えたままぶつかった頭をさすりさすりしている。しかも、転んで尻餅をついてしまった女子生徒の下着が見えている。
「神山下がれ! そいつは童貞ハンターだ!!」
「えっ?」
血相を変えた村田が俺と女子生徒の間に割って入ってきた。
「当たり屋のように現れては清楚を装い、童貞を食い物にするハンターだ! 賞金を貰ったが最後、二度と姿を現すことがない! そのくせ忘れられないような夜にしてくる曲者だ!!」
「く、詳しいな村田……」
「ククク、バレちゃあ仕方ない……」
女子生徒の顔付きが、それまでの優しそうな物から、鋭い猛禽類のような野性味溢れる物となった。
「そうよ、アタイが童貞ハンターの美枝さ」
「美枝っ!? 三組の田代の童貞を奪ったのはお前だな!? 田代はあの日以来ずっとベランダでボーッとしてお前の名前を呼び続けているんだぞ!?」
「おやおや、ソイツは悪いことをしたねぇ、シシシ」
「逃げるんだ神山! コイツは女子高生の成りをしているが、実年齢は三十を超えている! 童貞のお前が敵う相手では──って居ねえッ!!」
……アホくさ。
俺は回り道をして登校すると、何食わぬ顔でいつも通り席に着いた。
妙に周りからの視線が気にはなるが、直に馴れるはずさ。
「神山無事だったか!?」
「村田……お前」
後から村田がやって来たが、何故か村田の顔にはキスマークが大量に着いていた。
「ふっ、お前の身代わりとなったのさ」
「そうか、それは…………ありがとう?」
「礼には及ばないさ」
「で、博学才穎の村田に聞きたい」
「おう!」
「この先俺はどうしたらいい?」
「そうだな……」
キスマークをアルコールティッシュで拭きながら、村田は何やら考え始めた。
「お前の他にも童貞賞金首は山ほど居る。この学校の中にもな」
「えっ、そうなのか?」
「ああ。だから学校生活はそこまで気にする必要は無い」
「それはありがたい」
「だから早くさやかちゃんに告白してオセッセせーよ?」
「まあ、その件は置いておこう」
村田の言う通り、案外普通に学校生活は支障を来す事無く、放課後になった。
てっきり部室に連れ去られて女番長とかに襲われるかと思ったけれど、そんな事は無かった。
「神山はっけーん!!」
放課後、護衛と言い村田と一緒に帰宅していると、二人の女子高生が目の前に現れた。他校の制服を着ており、スカートの裾がやけに短くて、いかにも遊び慣れしているような感じだった。
「父出ケーナ(Hカップ)参上!」
「同じく次女、カイナ(Gカップ)参上!」
「「アンタの童貞は父出三姉妹が頂戴デース!!」」
自己紹介が終わったが、俺はアホ臭さに何も言えずどうしたものかと考えていた。一方村田は震えている。
「ち、父出三姉妹だとっ!?」
村田が声を張り上げた。
この場合、一応聞いておいた方が良いのかな?
「知っているのか?」
「父出三姉妹はこの辺りの童貞を亡き者にする悪しき童貞ハンターで有名だ! 三組の山下を病院送りにしたのもコイツらだ!!」
「病院送り?」
「泌尿器科にな」
「その話は聞かない方が良さそうだ」
「三姉妹でのハーレムプレイを断れる童貞などこの世に存在しない事を良いことに、コイツらは童貞を絶滅させる勢いで食い物にしているんだ!!」
「……二人しか居ないけど?」
「三女のテヨ(Aカップ)は本日体調不良でお休みデース」
「気を付けろ神山、一人欠けてもハーレムには変わらない! 童貞のお前が敵う相手では──って居ねえ!!」
……帰ろ帰ろ。
無事に帰宅すると、家の前に誰かが倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「み、水を……」
見ればまだ若いお姉さんが、行き倒れになっていた。急いで持っていた麦茶を口へと運んであげる。
「待て神山!!」
「……え?」
いつの間にか居た村田が、俺の手を止めた。
村田は全身包帯だらけで、右足と真ん中の足にギプスをしていた。
「お前……その体は?」
「父出三姉妹にやられたよ」
「そこにギプスする人初めて見たよ」
「全くだ。危うく切除しないといけなくなる所だった。だが、お前が無事で良かったよ」
「……ありがとう」
流石に怪我するのは嫌なので素直に頭を下げた。
「ところで、まさかこの人も?」
「ああ。捨て犬作戦で情に訴えて少しずつ仲良くなる近所のお姉さんハンターだ」
「ククク……バレちゃあ仕方ない」
それまで死にそうな顔をしていたお姉さんは、突然むくりと起き上がると、身構え何かをしてきそうな気配を出していた。
「気を付けろ神山! 近所のお姉さんはスキンシップが馴れ馴れしい! 肩を組まれたかと思ったらヘッドロックで乳を押し付けてくるなんて日常茶飯事だ! お姉さんの良い匂いに耐えられる童貞なんか居やしない! 即落ち! 完全に堕ちるぞ!! ──って居ねえ!!」
……宿題しよう。
「ただいまー」
「あ、たっちゃんおかえりなさい♪」
「はい、戻りました」
可愛らしい猫のエプロンを着けたすみれさんが、おたまを持ったまま出迎えてくれた。
すみれさんはいわゆる新しいお母さんで、三年前から一緒に住んでいる。
「お兄ちゃんおかえりー!」
「おっとっと。あやめちゃん、ただいま」
二つ下のあやめちゃんはすみれさんの連れ子で、俺にも凄く懐いてくれて、まるで本当の妹と兄のような関係だ。
「お兄ちゃんあそぼー!」
「宿題終わったら、ね?」
「ぶーっ」
「あやめも宿題やっちゃいなさいね」
「ぶぶーっ」
可愛く頬を膨らませるあやめちゃん。
俺は自分の部屋に戻り宿題を取り出した。
「……うーん、分からん」
あと少しで終わりそうって所で、分からない問題が出て来た。
「宿題分からない所があったから、聞いてきます」
「はーい」
俺は隣の家に住む女子大生を訪れた。
「藤野さーん、居ますかー?」
「はいなー」
だるんだるんのTシャツ一枚で、俺を出迎えてくれた藤野さん。
「すみません宿題が分からない所あるのですが今お時間大丈夫ですか?」
「ええよー」
藤野さんは借家を二人でシェアしており、奥の部屋では女性漫画家の柳田さんが作業をしていた。
柳田は何故か上下とも下着で漫画を描いている。
「ごめんね、エアコン壊れちゃってて」
藤野さんのTシャツも心なしか汗ばんでしっとりとしていて、大きめな胸に貼り付いてより強調されていた。
「で、何処が分からないのかな?」
「あ、ここです」
グッと藤野さんとの距離が近くなる。
俺はしばし勉強を教わった。
「ありがとうございました」
「また分からない所があったら来てねー」
藤野さんの家を出ると、地面に村田が死んでいた。
「……お前……よく我慢できるな……」
村田は虫の息で、放っておくと本当に死にそうだったので家に連れて帰った。
「……俺にはお前が菩薩のように見えるよ……」
「そんな事無いよ。俺だって男さ。もし、さやかちゃんに迫られたら……そりゃあ、ねえ」
「……ところで、俺、そのネットアイドルのさやかちゃんってよく分からないんだが、どんな人なんだ? これだけフラグ乱立なお前が好きなんだから、よっぽどなんだろ?」
「なんか恥ずかしいな。絶対笑うなよ?」
「ああ」
パソコンを立ち上げ、ネットでさやかちゃんの所属するグループのライブ映像を見せた。
「センターの子か? 確かに可愛いが……」
「いや、こっち。端っこの」
「…………」
市に体の村田がそっと体を起こした。慌てて背中をそっと押さえてやる。
「まさか……この全身入れ墨の鼻ピアスのピンクモヒカンのマサイ族の格好をした緑色の肌の……」
「ああ」
「なんで!? なんでなん!?」
「声が好きなんだ」
「声かぁ~…………なら仕方ない! 俺は全力でお前を応援する!!」
「ありがとう」
と、俺のスマホが鳴った。
「あ、ちょうどファンクラブの速報が──」
俺はスマホの画面に映し出されたお知らせに愕然とした。
「どうしたどうした……うっ!」
村田も画面を覗き込み、あまりの出来事に口を押さえた。
【メンバーさやか結婚発表に伴うグループ脱退についての御報告】
「……」
「……まぁ、そういう時もあるさ」
村田がぽつりと漏らし、その場にあった紙をちぎり、ペンで何かを書き始めた。
「ほら」
「?」
「一つ選べ」
それは即席のくじだった。
クシャクシャに丸められたくじが全部で七つ、村田の手のひらに乗せられていた。
無言で一つをつまみ、中を開けた。
「……藤野さん」
「行ってこい」
「え?」
「行ってあの胸に泣きついてこい」
「……ああ!」
俺は村田と熱い握手を交わし、部屋を飛び出した。
「あ、お兄ちゃん一緒にお風呂入ろー!」
「あ、うん」
「たっちゃん、私も一緒にお風呂いいかな?」
「ええ」
俺は藤野さんの家に行く前に、お風呂へと向かった。
「……神山、お前……本当に童貞か?」