底に沈むは泥か……?
次の日の朝に、モルフィを連れて小川に来た。
ヘラオは、今日の分の畑仕事と近隣の魔獣を確認しに行くと言っていた。
本当は、一人で杜の中を歩きたい、しかし、それはできない。
理由は単純で、俺が弱いということで、必ず護衛がいないと、この杜を歩くことすらできない。
いくら魔獣たちが俺たちの命令に従うようになったからと言っても、全てがそうであるとは限らい。
だから、今回はモルフィがついてきたが――その? なんだ? 歩き始めてから、ずっと腕に絡みついてきていた。
「お、おい」
「なに?」
ニコニコと楽しそうに、返事を返してくる。
「近すぎないか?」
「えぇ? そうですか? 親子ってこんな感じの距離感だと思いますけど」
確かに! 俺とモルフィは親子と言っても差し付けないレベルだが、しかし、既に人間の年齢でいえば二十歳を超えているのに、まだ俺から離れられないのか?
人間種は、いったい何歳まで甘やかしているのだ? これでは、動きにくい。
だけど、楽しそうにしているモルフィを見ると、無下にはできない。 うぅ――俺も十分甘いのかもしれない。
そして、歩くいていると小川が見えてきた。
「ここか?」
現地に到着し、ようやく俺から離れて昨日の場所に案内してくれる。
周りを見ても、いつもと変わらない……?
「モルフィ」
「何? ケトル様?」
親子と同じ関係とは言っても、モルフィは一度だって俺を【父】と呼んだことなどない。
悲しいなんて思ったことは無い、あぁ、無いんだからな‼
「この小川で獣を見たか?」
「ん? そういえば、ここ最近見ていないかも」
いつもなら、水辺の近くに来れば、必ずと言っていいほど草が倒れている。
それは、この杜の獣たちの多くがこの水場を利用している証拠であった。
しかし、それが今は無い。 折られことなく上を目指し育っている雑草たち、この杜の草はそれほど成長しない。
この大きな木々のおかげで、光というものが地面にまで到達しにくいためだ。
だから、獣の痕跡が見つけやすい。
「どれぐらい前からだ?」
「それは、わかりません、特別意識していなかったので」
モルフィの口調が変わった。 それは、俺が緊張しているためだ。
いつもは、軽い感じでいるが、嫌な空気をモルフィも感じ取っている。
俺は小川に行き、水を手で汲んでみたが、違いはわからない。
「ふむ、特に変わった――‼」
腰を上げようとしたとき、俺は信じられないモノを目にした。
「モルフィ! この魚を捕まえろ!」
返事をする前に、動き、一瞬で水に入ることなく、魚を捕まえる。
腰から抜かれた、あの時人間たちから奪った剣で、泳いでいる魚を的確に仕留めた。
「うげぇ、なんですかこれ?」
ビチビチと動いている魚、モルフィが気持ち悪いと思う気持ちはわかる。
「その魚は、もっと下流で人間や魔族の生活圏でよく見かける魚だ」
長い髭と黒いウロコに、口は下を向いており、川底を漁るような形状になっていた。
この杜はかなり上流であり、この魚が好みそうな食べ残しや栄養価高い食材なんて使ってはいない。
「そもそも、私たちって川に捨てませんよね?」
その通り、捨てるということは、痕跡を残してしまうことだ。
だから、必ず目の届く範囲で処理をしている。 そして、この魚がこんな上流までワザワザ上がってきたこととは……。
「モルフィ、戻るぞ! 急げ、魔獣たちを集めろ!」
「え? え? 急にどうしたんですか?」
「魔族か人間かわからないが、どうやら、今流行りのスローライフってのは送らせてくれないらしい」
ギリっと歯に力が入ってしまう。 モルフィにヘラオも早急に合流させるようにと伝えて、急いで小屋に戻り、ここに住んでからコツコツとやっていた石に刻んだ地図を取り出して、床におろした。
「お、重い! ヘラオとか軽々持ち上げてたが……。 まぁいい、当分この地図は戻すことにはならないだろう」
頭が痛くなってきた。 十五年だぞ! ここまできたら、後は何もないと思っていたのに、なぜ今更になって?
いや、俺の危惧かもしれない。 もしかすると、何か別のことの可能性だって残っている。
「ハッ! バカか、あの魚が上流まで来るほど、川の底には溜まっているんだ、数人っていう次元じゃぁないだろ!」
俺の甘い考えを切り捨てるため、自分の答えを否定していく。
そんなとき、背後に気配がする。
「そのお背中、ずいぶん懐かしいですね。我が主」
「戻ったか」
「はい、ここに、今モルフィが魔獣たちを集めております」
「できるだけ多く集めさせろ、揃い次第に準備に取り掛かる」
なぜか、楽しそうにケラケラと笑い出したヘラオ、いったい何を考えているのだ?
「それで? 主にお聞きします。 数は?」
なんだそのことか、いつもいつも、戦の前には必ず何か聞いてくる。
俺の予想が外れることを楽しみに、何度も問いかけてくるもんだったな。
「楽しいですねぇ、またあの世界に戻るのかと思うと」
「楽しい? バカか?」
「おや? そんなケトル様もお顔は随分と緩んでいるように思われますが」
先ほどから、頬がピクピク動いている。
そうか、これは緊張だと思っていたが、どうやら違うようだ。
なんだろう? 簡単に説明するなら【高揚感】と表現するべきだろう。
「それで? 数は?」
「感が鈍っている。だが、これだけは言える。こっちが圧倒的に不利だってことが」
「それを聞いて安心しました。ケトル様の全力が見られるのですね」
ニヤニヤと俺に近寄って、目の前で跪いて頭を下げる。
「我が主、ケトル様にこの命捧げます。どうか、我が爪をもって勝利を」
小屋の周りが騒がしくなる。 モルフィが魔獣たちを引き連れてきたに違いない。
一気に獣臭くなる世界、そんな空気を肺いっぱいに取り込み、俺は言う。
「敵は多くて七百、せいぜい五百だろう。杜の上流部に位置する山脈に陣をしいているだろう」
石に描かれた地図のある個所を指さしてヘラオに見せた。
「五百とは縁起の良い数ですね」
「そうか? 嫌な思い出しかないぞ」
「いえいえ、そこから伝説が始まったのですよ」