初陣
時は遡り、八十年も前になる。
当時、魔族と人間は絶えず争いをしていた。
本当に、昨日まで見かけた仲間が今日は帰って来ないのが常であり、それが日常化していた。
だが、戦闘能力や生命力で勝るはずの魔族が、ある時を境に退き始める。
それは、俺が産まれるずっと前の話だ。
当時の魔王はこう言った。
『勇者と呼ばれる人種が異世界より招かれ、底知れぬ力を使い各地の同胞を倒していった』と……。
まるで遠い昔話のような感覚で、俺に聞かせてくれる。
何が楽しいのか、面白い要素など一ミリも無い。 あるのは、ただ虚無それだけだ。
そして、俺が人間の年齢でいう成人を迎えると同時に、戦場に送り出される。
魔王は後方勤務をすすめてきたが、周りは納得しない。
「やれやれ――こうも嫌われていると、やりにくいな」
「まぁまぁ、魔軍大学主席の力を存分に発揮できると思えばよいのでは?」
後ろに控えていた。 幼いころより世話係として仕えていたヘラオがケラケラと笑いながら、付き従っている。
「しかし、人間もバカだな。一旦停戦に持ち込んでおきながら、自ら火種を切るなんて」
「それほど、今回の勇者というのが強いのでは? 前回も強かったですが、あと一歩のところで朽ちましたからねぇ」
「ふん‼ まぁ、いい。 だが、現状俺に素直に従うのはこの五十体程度――これでは、軍とは言えないぞ」
「だから、ケトル様の力を発揮できるときなのですよ……」
大きなため息をついて、平原の奥に見える人間の軍勢に視線を向けた。
数はおよそ五百、こちらの十倍かぁ……。 見晴らしの良い平原、囲まれたら終わりだな、いや? 囲ませる?
「何か思いつきましたか?」
俺の横顔を見つめ、ヘラオは嬉しそうに呟いた。
「そのようなお顔をなされるときの、坊ちゃまは凄いことを考えておられますからね」
「おい、その呼び名は止めろって言っただろ、まぁ、今はそんなことよりも、よっし! 作戦を伝える‼」
敵は数に任せてゴリ押してくるのは、目に見えている。
だから、囲ませる! わざとだ。 ヘラオの戦力は人間種如きでは手も足も出ない強さを持っていた。
「ヘラオ、突破できるか?」
「お任せください――あなた様の望みを叶えるのが私の喜び」
「よっし! 方円の陣を敷く、盾を持ち丘に陣をはる! 相手に囲ませるんだ‼ いいか、失敗したら逃げ場はない。皆殺しにあうだけだ」
ゾクっと背中が凍り付く、この悪寒がとても心地よい。 元々、死んでいるかのような扱いを受けてきたのだから、今更死ぬのが怖いわけではない。
むしろ、母が待つ世界に行けるのかと思うと、少しだけ興味がわいてくる。
母が生きていたころに、教えてもらった歌を口笛で吹いてみると、心が落ち着いた。
戦闘は俺の予想以上に、早い段階で決着がつく。
小高い丘に陣を築いた俺たちに、人間はあざ笑った。
一気に周りを包囲され、逃げ場は無くなる。 しかし、五百という壁が一瞬にして薄くなる。
兵力を分散さることに成功し、戦闘力では勝る魔族の力をフルに使い、絶え凌ぐ。
その隙をついて、ヘラオが率いる精鋭部隊が一点突破、もちろん、俺たちも肉の壁となって彼らを助けた。
「ま、待て! 突破されるぞぉ‼」
ヘラオの活躍は凄まじく、あっという間に敵の大将の目の前に到着すると、するっと首が落とされた。
あの姿を見たのは、二度目であるが、やはり恐ろしい。
それでも、五百を一気に相手にするのは無理がある。 だから、分散させた。
こちらの被害もかなり大きく、相対的な被害では魔族側が大きい。
だが、結果は勝てた。 そうだ! 俺たちは勝てた‼ 初陣に無理な兵力、そして、不利な地形。
全てを利用し、俺は勝つことができ、大将の首を傾げる。
「どうだ! 貴様らの好きなようにはさせん! 俺は生き残ったぞ‼」
戦で俺が死ぬことを願う連中に見せつけるように、大声で叫ぶ。
それが、俺の初陣……。
以後、それからも露骨な兵員に無理な戦闘が続くも、なんとか生きていく。
気が付くと、戦争は大きな局面を迎えていた。
勇者が死んだ。 たった一度、姿を見ることができた。
そこで、彼は死んだ。 あっけなく、灰となり味方を逃がすために、盾となり散っていく。
「あれが勇者なのか、そりゃ俺たちが苦戦するはずだ」
煌々と燃える魂を見ながら、俺が率いる魔族軍はついに人間の領土に足を踏み入れる。
全てが勝ったかのように思えたが、ふと後ろを振り向くと、そこには、疲弊した兵たちの姿しかない。
「ケトル様、もう少しで王都ですぞ!」
「あぁ、そうだな……」
部下たちが勢いに任せて突撃を期待し始める。
だから、俺は告げた。
「おっし! 退却だ! 全軍、後退開始‼ 故郷に帰るぞ」
「なっ‼ 何を仰るのですか⁉ もう、敵の都は目の前です」
「だから? それがどうかしたのか? 最大の敵である勇者は死んだ。 それに、今突撃してみろ、人間たちは黙っては狩られない、激しい抵抗が予想される。 それに、どうやってこの疲弊しきった兵たちで戦うのだ? 国から増援の到着を待っても遅くないだろう」
「し、しかし――」
「いいか? 功を焦るな、俺たち魔族は強い、だが、数では圧倒的に負けている。 繰り返し、繰り返し戦うことで、確実に数が減るは俺たちだ」
予期せぬ退却に率いていた魔族六千が驚く、それでも、一体も逆らうことなく来た道を戻りだした。
それだけ、疲れており、久しく故郷の地を踏んでいない。
だから、帰国しすぐに魔王に謁見を申し出た。