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深き杜に静寂は必要なし

 眼下に広がる杜、その中からは低く、また酷く醜い声が木々の間を縫って俺の元へと風が運んでくる。


「ケトル様、谷へ人間を追い込みました」


「うむ、ご苦労」


 崖の上から眺めつつ、戦況を的確に把握していた。

 背後から声をかけてきたのは、俺の配下で一番古い付き合いの、ヘラオはクスクスと気味の悪い笑いを浮かべながら近づいてきた。

 見た目は、ホブ・ゴブリンのようでありながら、言語能力や戦闘力においてはそれらを遥かに凌駕する存在である。


「ケトル様、こちらも魔族を谷に誘導することができました」


 ヘラオの後から登場したのがモルフィ、俺の娘のような関係で配下随一の武力を持っていた。

 見た目は長い白髪で、額に小さな角を有しており、誰が見ても美人としか形容できない。


 するどく、整った瞳にすらりと伸びた鼻、俺とは似ても似つかないが、立派な娘だ。

 それに、胸もここ数年で大きくなった。 歩くたびに揺れるので、変な虫がつかないか心配でしょうがない。だが、彼女は何を考えているのか、一つも浮いた話は聞こえてこないので、父ちゃんはとりあえず、安心している。

 そもそも、浮いた話なんてでるハズがない。 なんせ、ここは深淵の杜……人間や魔族すら近寄らない場所なのだから。


「おう、モルフィ帰ったか、で? どうだ?」


「はっ! 人間、魔族の双方が谷に集まると、想定外だったのか本隊とは別にあちらこちらで小競り合いが起きております」


「そうかそうか、予想通り、こんなちっぽけな俺を殺すために、わざわざ連合軍まで用意して来たが、しょせんは魔族と人間――相容れないもんだ。いざ、自分たちが追い込まれれば必然と戦わずにはいられない」


 

 大きな軍同士の小競り合い、それは停滞を意味する。

 退却を開始した段階で、その先頭がつっかえたのだから、後続の部隊は身動きがとれない状況になっているだろう。

 だから、俺はここに宣言する‼



「よっし! もうじき特大の狼煙があがる‼」


 その場にいた二体の瞳に鮮やかな色が浮かび、ウルウルと潤んでいく。

 俺はくるっと谷側に背中を向けて、手を上に掲げた。


 すると、地面が揺れだし、遠くから魔族と人間たちの悲痛な叫び声が届いてくる。


「いいか⁉ 俺は売られた喧嘩は買う、しかも徹底的にだ。こっちはただ平穏に過ごしたいだけなのに‼ 邪魔するのはアイツらで、先にふかっけてきたのもあっちだ! だから、ここに宣言する! 俺は、自分の国を創る――誰にも邪魔されず、侵されることのない国をだ‼」


 セリフを言い終えたと同時に、地鳴りが止み一瞬の静寂が訪れた。

 そして、谷の地面がカタカタとまた脈打ち、土を割って熱泉が拭き上げる。


「ぎゃぁぁ‼ あ、熱い‼」

「助けてくれぇ――‼」


 魔族、人間、どちらも混乱し一気に総崩れとなり、勝敗は決した。

 俺はその光景を一目見ようと、体を元の位置へ戻し谷を見下ろした。

 そこは地獄のように硫黄の香りが充満し、いくつもの間欠泉が噴き荒れている。


「これは、絶景かな絶景かな、最期に風呂に入って死ねるのだから、幸せだろう! ちょっとばかし熱すぎるがな」


 水蒸気が谷を満たしていく、それと同時に数多の屍も重なっていき、谷にこだまする声は悲痛を通り越し、何を言っているのかも聞き取れないほどの叫びに変わっている。

 俺が魔族の国に居た頃は、仲間なんてヘラオを除き、殆どいない。


 それが、今はどうしたことか? モルフィも傍にいて、谷の出入り口には三百を超える魔獣たちが、俺の指示を待っていた。


「よくも、ここまでになられましたな」


「ん? まさか、これからだぞ」


 ヘラオが傍に寄ってきて、何か合図を送ると一斉に魔獣の群れが動き出していく。

 もう少しで間欠泉が止む、それと同時に攻め込むのだろう。


「どこまでもお供いたしますぞ坊ちゃま」


「その呼び方は止めろと言っただろう」


 クスッと不気味な笑いを堪え、ヘラオは手を振り下ろした。

 同時に間欠泉が止み、混乱している連合軍に魔獣たちが突っ込んでいく。


「では、私も追撃の部隊に合流します」


「ん? モルフィは残れ、魔獣たちだけで十分だろう、余計な戦力を投入せずとも勝てるならそれで良い」


「かしこまりました」


 素直にこちらの言う事を聞いてくれる。 あんなに小さかったのに、こんなに立派になって父ちゃん、嬉しくて泣きそうだよ。

 再度、谷を見下ろすと魔獣たちは餌を求める感覚で、人間と魔族に襲い掛かっている。

 

「さて、これがフィナーレではない、開幕の合図だ‼」


 阿鼻叫喚の渦を聴きながら、俺は曇天の空に笑う。

 不遇は慣れた。 裏切りも常、だが‼ 牙をぬかれ、歯向かわないほど堕ちてはいない。


「そう、それが俺であり、お前たちの最大の誤算だ」

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