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日常の観察

 第三章


 なぜなら、いったいなにが国家にそうした干渉の権利を与えることができるというのであろうか。一国家が他国家の臣民たちに与える騒乱の種のたぐいがそれである、というのであろうか。



 1


 メイが施設を出て行った後、残っていた仕事に手をつけている内に、ニコロとゼフの昼食は、普段よりも遅い時間になってしまった。彼らが食堂に到着すると、入れ替わりでアインやミリィといった生徒達が出てきて、彼らがその場を去ると、中は無人になる。時刻は、間もなく二時である。

 これから食堂に入る二人に、サーシャが、あら、と囁いた。その単語は驚きを表現する単語だが、彼女の場合その声質の影響で、そのようには聞こえなかった。表情は驚いているようだったが。

「これからですか?」驚いた顔のまま、サーシャはやはり、囁く。「今日は遅いんですね」

「仕事をしていたら、こんな時間だ」ゼフは顔面にわざとらしい皺をつくり、言葉を返す。「空腹で倒れそうだよ」

 それは冗談のつもりだったのだが、彼は朝食を食べておらず、少しの焼き菓子を気休めに食しただけだったので、ある意味では事実だった。

「そうですか。でも、ええと、……大丈夫でしょうか」

「大丈夫? なにが?」

「お食事です」

「残っていない?」

「何も残っていない訳ではないですが……」サーシャは、自分達が料理を取った時の状況を思い出す。「お肉は、もうありませんでした」

「肉がない? 本当に?」ゼフは自分の時計を見て、今の時刻を確認した。普段よりも遅い時間に食堂へ到着していると自覚していたが、今が何時であるのかを確認したのは、この時だった。「そうか、こんな時間だったのか。俺達が最後ってことか」

「他のお料理も、その、ごめんなさい、私達が食べて、なくなってしまったと思います」

「いやいや、謝るなよ。悪いのは遅くに到着した俺達なんだ。仕方がない」

「そうだね。仕方がない」ニコロはゼフの肩に手を置いた。「時間通りに仕事を片付けられなかった僕達の責任だね。食事が残り物でも、それがあるだけ感謝しよう」

「そうだな。バゲットとワインがあるなら、感謝をする」

 ゼフはそんな冗談を言って、今度は先程よりもわざとらしく額に皺を寄せて、笑った。彼は、自分が言ったジョークに満足をしているが、彼の言葉を笑ったのは、彼だけだった。彼の前に立っている生徒達は、今の言葉がジョークだと気付けず不思議そうな顔でゼフを見ているだけだ。献身的なクリスチャンであるシャルルは、明らかに不機嫌な表情でゼフの胸の辺りを見ていた。眼差しはどちらかと言うなれば、睨むに近い。否、そのものだ。鋭い眼差しの彼女の顔は、その感情の所為か、赤らんでいる。

 その状況にニコロだけは笑ってくれたのだが、それは苦笑いだった。

 ゼフは、自分の発言を掻き消す為に顔の横で手を振る。なんでもない。気にするな。彼の動作に含まれたその意味は、直前の言葉と異なり、全員に正確に伝わった。

「午後の予定は?」ニコロが生徒全員に聞く。

 普段は生徒にそんなことを聞きはしないのだが、生徒達の頭の中に疑問符と共にワンセットで記録されたゼフの失言を別の話題で上書きしてやろうという彼なりの思いやりだ。ゼフの言葉の意味を詳しく説明してあげようとは考えない。ジョークを他の誰かに説明されることが屈辱であると、彼はよく知っている。それに、ゼフのジェスチャーもあった。その上でそんなことをするのは、いくら同僚と言えども、残酷な仕打ちだろう。

「あたしは、アインとデートをします」

 一番に返答をしたのは、ミリィ。彼女はアインに必要以上に密着した状態で、片手を高らかに上げた。

 しかし、アインは何の反応もしていない。ただその場に起立しているだけで、頷いたり、発言者であるミリィを見たりもしない。その反応からニコロは、恐らくミリィによって一方的に決められた予定なのだろうと察する。

 ミリィの異性に対して積極的すぎる性格は、施設では周知の事実だった。彼女が初めて施設へやって来た時にも同じようなやり取りは発生し、多くのスタッフが目撃していた。施設へ来た順序では、彼女はアインのひとつ前だが、初日から人見知りすることなく積極的に接近をし、その時は確か、キャロに対して今のようにしていた筈だ。

「そうかい。デートね……」ニコロは首を揺らすように頷く。「どこに行くんだい?」

「施設の中を……」そこで彼女は何かを思い付いたのか、あ、と言葉を漏らした後、上半身を前に傾け、ニコロを見上げる姿勢で言葉を続ける。「ニコロさん。お願いがあるんですけど」

「お願い?」

「外に出てもいいですか?」

「外に? 誰と、……ああ、アインと一緒に?」

 ミリィは、うんうんと前後に大きな動きで首肯を繰り返した。

 ニコロは、ゼフに目を向けた。その目線には、どうしようか、という意味が込められていた。そのどうしようか、とは、施設の外に出しても大丈夫だろうか、という意味と、来たばかりのアインとミリィを二人きりにして大丈夫だろうか、という意味。更には、その二人きりで外出させて大丈夫だろうか、という意味も含んでいたが、その全てが正確にゼフに伝わった。ゼフは肩を竦め、その後、片手を持ち上げて顔の横で振った。先程と同じ動作だが、今回は意味が異なる。ニコロはそれが、ご自由に、という意味であると理解して、肩を竦めるだけの返事をした。それは、了解の意味。管理官同士の短い会議だった。

「うん、いいだろう。そうだな、遅くても五時には戻るように。いいね」

 承諾を得てミリィは、やったと喜びの声を上げた。彼女はアインに密着したまま、跳ねる。

 アインは相変わらず無表情のまま、無反応である。

 午後の予定が正式に決定されたことは理解したが、それよりもアインには気になることがあった。施設外への外出をニコロは許諾したが、彼の表情に浮かんでいるのは、色の濃い不安。気乗りしていないのが明らかである。アインには、そのように見えていたのだ。

 だが、今のやり取りを見たアインは、施設での行動が刑務所での生活のように規律や規則によって厳重に管理されてはいないのだという情報を得られた。どうやら、管理官の許可が得られれば、時間の制限こそあれ、外出は認められているらしい。昨日の車内でニコロから聞かされてはいたが、そういった要望は、もっと面倒な手続きを踏まえなくてはならないものだと思っていたのだ。最も、表向きにはここは州が運営している養護施設である、というのが、アインの予想と異なっていた理由だ。施設にいる子供が町に出ないとなれば、当然、町の人間から疑われ、不要な詮索をされてしまう。それを予防しつつ施設を運営していく為であるなら、外出の許可は当然であろうし、また、施設の本来の役割を考えたならば、ニコロとゼフの反応も、当然だった。

「キャロは、エレーナの付き添いみたいです」サーシャがその他の生徒の午後の予定を代表して話す。「エレーナが何かを作るみたいです。私は、いつもと同じで、図書室に」

「そうだ」ゼフは思い出す。「エレーナ。アマレッティ食べたぞ。あれは、すごく美味かった」

 彼が親指を立てた手をエレーナへ向けると、キャロの後ろに立っていたエレーナの顔は、フラッシュをたいたように、一瞬で明るくなった。

 だが彼女は、何故か照れて、兄の後ろに退避してしまう。

「また何かを作るのか?」ゼフが、キャロの半身から僅かにしか見えないエレーナに聞く。「出来上がったら俺にもくれよ。期待している。頼んだぞ。お願いだからな」

 キャロの後ろに隠れながら、エレーナはゼフの真似をして右手の親指を立てたのだが、ゼフにはその右手しか見えなかった。

「それでは失礼をします」サーシャは上半身を前に倒す。「どうぞ、ごゆっくりと、お食事を」

 サーシャがその場での会話の終わりをその様に紡ぐと、彼女を先頭にして生徒達はその場から立ち去った。

 残ったニコロとゼフの二人は、生徒達の後ろ姿をぼんやりと見送る。途中でエレーナだけが振り返り、満面の笑みでこちらへ手を振った。彼女の手が向けられたのは、ゼフ。彼が手を振り返すと、エレーナの顔は微笑みで溢れた。曇りのない明るい笑顔とは、これのことなのだろうと、ゼフも、それを横で見ていたニコロも思う。

 そのまま生徒達の姿は見えなくなった。

 二人は食堂の中へ入る。

 食堂では、普段はキッチンの中にいて滅多に姿を見せない調理スタッフが、テーブルの上を片付けていた。動いているスタッフは、全員女性。ゼフは、本来は料理が並べられている壁際に目を向けたのだが、そこはテーブルよりも先に片付けられたらしく、今は何も並んでいない。バゲットが少量残されているだけである。

 片付けをしていた女性の一人が、入口に立つ二人に気付いた。女性は背中まで伸びた髪を頭の後ろで束ねている。二人の方を向くと、その髪は小動物の尾のように揺れた。

「今から? まだだったの?」女性が親しげな口調で聞く。年齢は二人に近く、彼らへの接し方は、スタッフに対するものと言うよりも、友人に対してのものに近い。「これからって、遅くない? 全員食べ終わったんだと思っていたわ」

「仕事をしていたら、遅くなった」ゼフが説明をする。

「もう片付けちゃったわ」

「そうみたいだね」ニコロは食堂を見渡した。間もなくで全てのテーブルの上の片付けが完了するようだ。「残り物もなしかい?」

「残ってはいるけど……」女性は腕を組み、ニコロとゼフを交互に見る。「空腹?」

「そりゃあ、もう」ゼフが大袈裟な芝居で即答する。「倒れそうだ」

「倒れていいわよ。ほら、そこでどうぞ」

「おいおい、待てよ。ひどいな」

「冗談よ」

「空腹かどうか聞いたのはそっちだろ」

「だから、冗談だって。仕方がないわね、何か作るわよ。パスタでいい?」

「残っているので構わないよ」ニコロは申し訳なさそうな顔で返す。「片付けの最中だろう? 申し訳ないよ」

「残っている料理は、人が食べるようなものじゃないの。それでもいいなら、私も構わないのだけれど」

「マンマの好意に甘えよう」ゼフが、ニコロが何かを言う前にそう言った。言葉の前半部分、中でも、最初の単語をわざとらしく強調して。

 その思惑はしっかりと相手に伝わっていた。

「ちょっと、やめてよ、その呼び方」女性が、直前のゼフよりも語調を強めた声を出す。「マンマって呼ばないで。あの子達に言われるのはまだ許せるけど、他のスタッフまでそうやって呼ぶんだもの。嫌になっちゃうわよ。まだ30にもなっていないのよ」

 愚痴を漏らしながら、彼女、マンマは厨房へと向かった。その途中で振り返り、ポモドーロでいいかと二人に確認をした。

 奥まった位置の席に着こうとしていたニコロとゼフは、片手をあげてグットサインを返した。

 二人が座ると、別の食堂スタッフが水を持ってきてくれた。

 食堂のスタッフは、全員が女性である。それは意図的に配された人員編成ではなく、偶然の結果によるものなのだが、女性というだけではなく、そこに、若いという共通事項も加わると、どうしても意図的であると考えてしまう。それも、利己的な意図だ。

 最近こそ、現状に慣れてそんなことは考えなくなったのだが、ニコロは施設に配属となって間もない頃、真剣にそう考えていた。

 水を持ってきた若い女性スタッフは、愛想のよい笑みを浮かべてグラスをテーブルに置くと、ゼフと二言三言の会話を交わしてから、食堂内の片付けを再開させた。彼との会話の終わりに、彼女は親密そうにゼフへ手を振った。

「彼女は?」ニコロは、その女性の後ろ姿を眺めながら訊ねた。見た限り、彼らよりも年下だろう。

「食堂のスタッフ」ゼフは口を横に引っ張り、意地悪く笑う。

「見たらわかる。知らない顔だった。あんな子、居たかな」

「居たさ。だから、今もここに居る」

「君の恋人かい?」

「はあ?」ニコロの発言にゼフは驚き、目を丸くした。「どうしてそんなことを聞く?」

「そう見えた。親しげで。……そうか、違ったか。すまなかったね。失礼をした」

「俺は失礼なことをされていない。失礼なのは、お前が彼女のことを知らなかったことだ」

「もう長い?」ニコロは声量を落として訊ねる。話の中心であるその女性が、まだ食堂の中に居たからだ。「いつから?」

「彼女の勤続期間?」

「そう」

 ゼフは腕を組み、身体を後ろに逸らした。彼女が配属された日を思い出そうとしているらしい。

「確か、もう、……二年になるかな。うん、丸二年だな。今、三年目に突入。聞いてみるか?」

「いや、いい。そうか、もう二年か……」

「初めて会ったんじゃあないと思うぞ。絶対に顔を合わせている」

「本当に? でも、僕は彼女の顔を知らなかった」

「それはお前だけの話だ。お前が知らない相手が、お前を知らないとは限らないだろう」そう言った後、ゼフは忠告の口調に転調する。「悪い癖だぞ、ニコロ」

 やおら言われ、ニコロは先ず、言葉の意味を理解することに苦戦をした。

「どういう意味だい?」

 彼が聞くと、ゼフからは、そのままの意味だと返される。

「悪い癖だ」ゼフの言葉はもう一度繰り返されるが、今回は重みのある響きの、叱責に変化していた。「お前、施設で働いているスタッフとの関わりが少ないだろう。交友関係が狭い。何人の同僚の顔と名前が一致している? 地下のスタッフなんて最近は前より仕事のやり取りが減ったから、研究員A、B、Cになっているだろう」

「そんな筈ないだろう」

「本当か?」

「ああ」

「顔と名前がきちんと一致しているのか?」

 言いながらニコロは、施設の地下で働いている研究員の顔と名前を思い出そうとする。頭にすぐ浮かぶ名前が幾つかあったが、その顔まではどうしても思い出せなかった。逆に、顔を思い浮かべることはできたが、名前と正しく連結できないパターンもある。今日の朝にアインの採血を要請した男性スタッフが、それだ。研究スタッフと認識しているだけで、名前を知らない。悔しいが、ゼフの言う通りだった。

「一致しているさ」ニコロは認めるのが悔しくて、虚偽を述べた。「当たり前だろう。一致している。同じ職場の人間なんだから」

「もう少しプライベートな付き合いをした方がいい」ゼフの言葉は、ソフトな響きに変化する。ここからの彼の発言は、アドバイスのようだ。「お前の頭の中は生徒のことばかりだ」

「まるで、僕の頭の中を見たことがあるみたいに言うんだね」ニコロは肩を竦め、笑う。グラスを持ち上げて水を飲んだ。「まあ、否定はしないよ。確かに僕は、生徒のことばかりを考えている」

「ばかり、じゃなくて、生徒のことしか考えていないの間違いだろう」

「そう言ったのは君じゃないか」

「どちらにしても、お前は否定できない」

「そう言い切れる理由は?」

「でなきゃ、二年も働いているスタッフの顔を知らないなんてことは起こらない」

「なあ、ちょっと待ってくれ」ニコロはゼフから退避するように、椅子の背にもたれる。「僕は今、叱られているのかい?」

「指導している」ゼフは両肘をテーブルに乗せ、前屈姿勢でニコロに接近をした。

「どうして指導される?」

「だから、言っただろう。頭の中があいつらのことで一杯だからだ」

 ニコロは反論の前に、頭の中を整理してみる。

 ゼフからの苦言は正しい。ニコロの頭の中は確かに、常にその状態だった。現に今も、生徒に関することを考えていた。今考えていたのは、アインに関してのこと。彼のことは昨晩から考えていて、睡眠以外の要因でそれが意識から消えたことはなかった。アインが問題なく他の生徒に馴染めるかどうかが今一番の悩みで、ニコロの思考回路の大半を占めていた。その悩みは自分一人で解決できそうもないと判断して、彼は先程、ゼフとメイに報告と相談をしていた。だが、それが彼の業務だ。そうしていることで叱責を受けるというのが、彼は納得できない。それしか考えていないという点で叱責を受けているが、何も考えずに業務に就く愚者と比べれば、褒められて然るべきである。

「いけないことではないだろう」ニコロは思ったままに反論をする「それが僕の仕事なんだから、そうしているのは当然じゃないか」

「他の連中との交流も仕事だ」

「業務の依頼も、連携も、問題なく行われている」

「コンピューターのプログラムみたいにな」

「実際に、コンピューターのプログラム上で行われている」

「それ以外の繋がりが必要だって言いたいんだ」

「ネットワーク上で完結する業務を、わざわざアナログでやれと?」

「それが大事で、それがお前にはない」

「ミスやトラブルの起こる可能性は極めて低い。素晴らしいことだ」

「だけどな、ニコロ……」

「いけないかい?」ニコロはゼフの言葉を強制的に止める。

「いけなくはないが……」発言を制され、ゼフは次の言葉を探す為に首の後ろを掻きながら視線を逸らし、天井を数秒眺めてから、改めてニコロと対峙した。「話している内容に、俺とお前で食い違いがあるな。そっちじゃない方だ」

「そっちじゃない方?」

「ああ、そうだ。そっちじゃない方」

「どっちだい?」

「プライベートの話をしていただろ」

「僕の?」

「それ以外にしてないだろ」

「まあ、それは……」

「仕事に傾ける熱量はお前の言う通りだ。だけど、俺が言いたいのは、それのせいでお前からプライベートな時間が消えているってことなんだ」

「僕から、僕のプライベートな時間が?」

「お前にプライベートってあるのか?」

「あるさ。当たり前じゃないか」

 ゼフは、へえ、と息を漏らした。驚いた、とも、感心した、とも受け取れる響きの息だった。彼は腕を組み、ニコロの全身を観察する。

「見たことがないな、お前のプライベートって」

「そうだろうね」ニコロは短く息を吐き出す。笑ったようだ。「僕もないよ」


 2


 図書室の空気は冷たく、海沿いの立地のせいで湿気っている。それに、静かすぎる。自分が動く音さえもが、耳障りに感じられた。

 ここにしかない特有の雰囲気に、キャロは息苦しさを感じていた。

 図書室へ来ると彼は、いつもこの感覚に襲われるのだ。軽度の酸欠に似ている。勿論それは錯覚で、計測をすれば酸素濃度は平常値を示すだろうし、そんな錯覚をするとは言ったが、彼はこの場所のこの雰囲気を嫌悪してはいない。苦手に止まっている。

 施設の中庭と水泳場を隔てて建てられた建造物。その一階の半分が図書室としての役割を担っており、その構造は平面で示すと長方形で、中央に廊下が配され、その両脇に本棚がある。整然と並べられた本棚は彼の身の丈よりも高く、ドミノに興じようとしたのだろうと容易に想像できる間隔で並べられ、そこに収められた本と本との間に隙間はない。ここは、正しく本の為の空間である。

 本が日に焼けないようにとの配慮から、窓の数は少ない。それが湿度が高い理由でもある。換気設備も除湿装置も備わっておらず、天井と壁の継ぎ目に申し訳程度に換気の為の小窓が並んでいるが、それだけで海から紛れ込んできた湿度を除外することは叶わず、時刻は正午を過ぎ、外は今が一番明るい時間だが、ここは薄暗く、こうして陰鬱な雰囲気なのである。

 図書室が薄暗い理由が書物の状態維持ということは理解できる。だが、湿度はどうなのだろう。キャロは今日、それを考えた。息苦しさが自分の勘違いであることは理解しているが、空気が湿気っているのは勘違いではない。実際に湿度が高いのであれば、それは書籍の状態維持の大敵ではないか。湿気る空気は、さながら自分が舐められているかのようだ。キャロはここの空気をそう感じていた。それ程の湿度であれば、書物だけでなく様々な物がカビなどに侵食され、腐敗し、朽ち、やがて消滅する。本を大事に保管する為の空間が、それに適さない環境でよいのだろうか。その状態から脱する為に必要なものは、やはり除湿器だ。施設の改築が困難なことを彼は知っている。建物にその機能を備えることは困難だろうが、その製品を数台購入し、配することは、反して容易い。

 図書室の入り口に立って考えていたキャロだったが、その考えをそこで終了させる。深く考え、改善策を提案する義務が彼にはない。それに、そんなことを考える為にここを訪れた訳ではない。彼が訪れた理由とは、彼にとって、もっと重要なものだった。

 図書室では、物音がしていない。無人。そう思える静寂。

 彼は集中し、耳を澄ました。

 耳を澄まし、探す。

 彼は生徒の中でも、聴覚が特出して優れている。平素でも人一倍に優れているが、集中するとそれは、より鋭敏になる。

 彼の聴覚は、紙を捲る音を感じ取った。

 静まり、音のない図書室で、それを聞いた。

 より集中し、確認する。

 紙の音。

 吐息。

 僅かな衣擦れ。

 聞くだけでなく、その音の方向と位置も確認する。

 奥の方。左斜め前方。

 一番奥だ。

 彼はあまり音を立てないよう、忍び込むような足取りでそこを目指した。

 到着し、発見する。

 彼の聴覚に間違いはなかった。

 彼女が、そこに居た。

 壁際に木のスツールを置き、そこに座り読書をしている、サーシャ。

「やあ」

 キャロは、ぎこちなく挨拶をした。挨拶と同時に右手を上げたのだが、その動作もぎこちない。スムーズな挨拶を演出しようと持ち上げた右手だったが、それは下手なパントマイムのようで、彼の今の不自然さと不格好さをより誇張する演出にしかならなかった。

 そんな挨拶を聞いたサーシャは顔を上げ、その時にようやく、本だけに集中していてそれ以外の物事の一切を遮断していた彼女は、そこに居るのが自分だけではなく、キャロも居ると知った。

「どうしたの?」しかし彼女は、驚く様子も見せずに尋ねる。「エレーナと一緒にお菓子を作るのではなかったかしら」

「そうなんだけど、ええと、その……」

 サーシャからの問いを受け、彼の言葉は、ぎこちなさをより色濃くしたように見えた。しどろもどろで、たどたどしい。

 サーシャは、キャロが自分と会話をする時、往々にしてこの状態になることを知っていた。それは大抵、このような状況である。一対一で会話をする時の彼はぎこちない。だが、これが常であるので、ある意味ではこのぎこちない不自然な状態とは、いつも通りの自然な状態とも言えた。

 自然に不自然な状態である彼は、頬を掻き、自分が用済みになってしまったと明かした。

「用済み?」サーシャは首を右に傾ける。「どういうこと?」

「エレーナが、マンマと一緒に作ると言って、それで、……食堂で作ることになって。そうなると、僕は必要ないだろう? 言われちゃったんだよ。マンマがいるからいらないって。それで、うん。暇になって、だから、ここに」

「そう」サーシャは首の傾きを戻し、呼んでいた本の続きに瞳を向けた。「自分の時間ができたのなら、よかったじゃない」

「何を読んでいるの?」キャロは訊ねながら、そっと一歩、サーシャに近寄る。

 彼女が呼んでいる本は、一見だけでは辞書に思えた。厚さはないが、字が細かい。古めかしく、装丁は現代的ではない。

 彼女が今居るこの場所は、劇文学を集めた場所だ。その位置関係から、彼女が抱き締めるように手にしている書籍もそれらの一冊であろうことは容易に推測できた。

 サーシャは、普段からよく本を読む少女だ。彼女は、本が似合う。キャロは常々、そう思っている。眼鏡姿。長く真っ直ぐな髪。透けるくらいに白い肌。言葉遣いに、佇まい。静かで穏やかな彼女は、本当に本が似合う。

 そんなサーシャを、キャロは好いていた。随分と以前から。

 それは一方的な感情である、と前置かれるが。

 サーシャは読書を止めず、瞳もキャロには向けずに、自分の手が持つ書籍が紡ぐ物語を鑑賞しながら問いに答える。

「古い戯曲よ」

「そう。誰の、何て作品?」

「アントン・チェーホフの、三人姉妹」

「アントン……?」

 その固有名詞を耳にするのは初めてだった。シェイクスピアならば、有名な劇作家の名前であると彼でも知っていたが、今サーシャが呟いた名前を、彼は知らない。

「有名な人?」

 そう聞いた直後に、自分の質問があまりにも間抜けだと気付く。心の中で彼は、しまったと叫んでいた。聞く前に気付けて当然ではないか。有名であろう。こうして古くから製本され、現在も大切に保管されているのだから有名な劇作家でない筈がない。ああ、失態だ。失言だ。キャロは自分の無知さを心底恥じた。彼女と本に関しての会話をしたいと思うのなら、それなりに勉強をしておくべきだったと悔悟する。

 その感情が彼の血の巡りを過剰にさせ、冷たい空気が流れる図書室であるのに、彼は暑さを感じて顔を赤くさせる。心臓と肺の中間が暑い。その暑さは、彼の心から放出されている。そんな心の中の彼は、頭を抱え、膝から崩れ落ちていた。

 だがサーシャは、それまで自分の状態を維持したまま、ページを捲る。彼女は本に集中していて、やはりキャロを見ていない。赤面にも気が付いていない。それが彼にとって救いだった。

「ロシアの作家なの」サーシャは優しく説明する。ささめく声で。「私と同じ国の人。1900年まで生きていた作家で、短編小説という分野を開拓して発展させた、第一人者のような素晴らしい人よ」

 キャロは言葉を返す前に、深呼吸をした。自分の内側から放出される熱を少しでも抑える為である。

「凄い人なんだね。ええと、……隣に座っても?」

 体の内から放熱している状態の彼にしてみれば、その要望を言葉にして伝えられたのは奇跡的なことだった。

「どうぞ」サーシャは、やはり書面以外に瞳を向けない。「ええ、そうね。長編の作品こそ文学であると言われていた昔に、積極的に短編を発表し続けていたの」

「今読んでいるのは?」

「これは違うわ」

「長編文学?」

 ええ、と頷き、サーシャの指はもう一度ページを捲った。

 キャロは自分用のスツールを探す。それは直ぐに見付かった。少し離れた所にあったので、それをサーシャの斜め向かいに置き、腰掛けた。隣にと強請ったが、彼女の横ではなく、離れた位置から彼女を見ていたかった故に選択された位置である。彼が選択した位置と角度が、彼女を最も美しく見られる。正しく言うなら、見ている、ではなく、見蕩れている、という表現が適切だが。

「キャロは何が好きなの?」

「え?」

「え、じゃないわ」

「ええと、なに?」

「なに、でもないわよ。そんな名前の作家も本もないわ。キャロはどんな本が好きなの?」

「ええとね、白状をすると、あまり読まない。読むと言ったら教科書くらいかな。後は今日みたいな授業で読むだけで、あまり本は読んだことがないよ」

「そうなの。図書室へ来たから、キャロも本が好きなんだと思ったわ」

「あ、来たのは、その……」

「折角だから、読んでみてはどうかしら。ここは図書室だもの。折角自由な時間を得られたのだから、何か読まなくては勿体ないわ」

 サーシャはそう言った後に、顔を上げキャロを見ると、短く微笑んでから、視線を再び手元の本へ戻した。

 読書中、滅多なことがない限り書面から視線を逸らさない彼女にしてみれば、ほんの僅かな時間であれ、戯曲の世界以外の何かを見たという行為は希少に分類され、ましてや視線が向けられた相手が自分だったという現実は、キャロにとっては至極の褒美である。ましてや、微笑んだのだ。一瞬だが、確かに。自分に向けて。

 しかし、彼はその後に自分が取るべき行為に迷う。勿体ないと言われても、では何を読むべきなのかがわからないのだ。

 本心は、今抱いている幸福に浸っていたかったのだが、どうやら、そうしていられないらしい。書物を探さなくては。

 キャロは座ったままで本棚を見渡してみたが、背表紙だけでは読みたいと思う一冊を見付けられない。それに、彼のその行動は目的のあるものではなく、表面的な行動で、演技である。取り敢えず、そうやって本を探している演技をしておこうという策に至った彼にとって、そこに並んでいるのは書籍ではなく背表紙で、背表紙にはタイトルが記されているが、それはタイトルではなく、ただの文字である。自分は本を探している。それを表面的にではあれ、示そうとするしかない。

 彼にとってこの場を訪れた理由は、サーシャだ。彼女の傍に居たいから、彼女が居る図書室を訪れた。スツールからは立ち上がらず、芝居なのだが、周辺の本棚に視線を向ける理由も、その目的があったからで、この位置から彼女を眺められるのであれば、その時間は一秒でも長いに越したことはない。彼の瞳は周囲を泳いでいるが、その中にサーシャは必ず居た。

 それからは、静かな時間が流れるだけ。

 サーシャは、物語を読み進める。

 キャロは、無意味に首を動かす。同時に愛でる。美しい造形を。

 静寂は続く。彼女が読む本のページだけが進む。

 これが永遠であれば、どれだけの幸福か。先程拝受したあの微笑みも、その幸福を増大させている。

 彼は遂に、首の動きを止め、サーシャを眺める、その行動一つに集中した。

「顔」

「え」

 唐突のサーシャからの言葉に驚くキャロは、自分の心臓の音を聞いた。

 サーシャは今、こちらを見ている。本ではなく、物語ではなく、彼を見ている。本日二度目の、極めて稀な出来事だ。

「あの、ええと、……なに?」不規則なリズムでキャロは聞く。

「顔が赤いわ」彼女はいつも通りの声だ。「どうかしたの?」

「そうかな」キャロの声は、思わずして大きくなる。「いや、そんなことはないよ、気のせいじゃない?」

 それは気のせいではなく、彼の顔は先程からずっと赤かったし、心拍は平均値より速く鳴っていた。厳密に言うと、その状態は授業を始めた時から断続的にではあるが継続していて、今日これまでに経過した時間の半分近くの間、彼はその状態だった。

 それをサーシャは確認していた。読書をしている間も、彼女は彼を観察していた。

「いいえ、気のせいではないわ」囁き、そして優しく、キャロを咎める。「……あの、キャロ。ここは図書室だから、もう少し静かな声で」

「そうだね、ごめん。うん、ごめん」

 咎められて、彼の顔の赤味は増す。

 サーシャはその変化も見逃さなかった。

「ほら、やっぱり赤いわ。風邪をひいたの?」

 彼女は本を閉じ、立ち上がりキャロに歩み寄ると、腰を屈ませて彼の顔を覗き込んだ。

 キャロは、息を止める。

 サーシャの顔は今、互いの顔との距離が手の平一つ程に接近していた。

「大丈夫?」サーシャは心配している。

 だが、キャロは動けない。

 近い位置にある、サーシャの顔。

 近い位置で響く、声。

 キャロは、世界が小さくなったと感じる。

 それまで世界は、形容のしようもない程に広く、大きかった。だが今、この瞬間、彼にとっての世界とは、両腕を伸ばした範囲の中だけである。彼が腕を伸ばせば、世界はその中にすっぽりと収まる。難無く、容易く抱擁できる。彼の鼻は図書室の湿った空気を感じなくなり、揺れるサーシャの髪が纏う花の香りだけを感じていた。耳は、彼女の声しか聞かなくなる。その吐息しか聞かなくなる。早鐘のように鳴っていた自分の鼓動は次第に小さくなり、聞こえなくなる。

 瞳は、彼女の顔しか見ていない。

 雪のような色の肌。

 ブルーの瞳。

 長い睫毛。

 唇。

 彼は今、サーシャが奏でる僅かな音と、息遣いと、その香りに包まれ、それ以外を失せさせてしまった為、世界とは、目の前で自分を覗き込み、自分を心配してくれている彼女だけであるという錯覚に浸っていた。

 僅かな時間が永遠に感じられる。先程、そうであればと望んだ概念。それが訪れていると感じた。永遠など、一度として感じたことがないが。

 彼にとって世界である少女が、白い腕を持ち上げた。

 たおやかな指先で、彼の額に触れようとする。

 少しだけ冷たい彼女の指先が、彼の額に触れる。

 それが、永遠の終わりの瞬間だった。

 彼は、声なのか音なのか判別し難いものを口から放って飛び上がり、錯覚でしかなかった永遠から帰すると、盛大に床に落ちた。

 驚いたサーシャは小さな悲鳴を上げ、一歩下がった。

 キャロは彼女の接近に耐えきれず、尻もちをつき、臀部に走る痛みに悶えた。

「どうしたの?」サーシャは慌てている。「大丈夫? 何があったの?」

 彼女は表情を変えこそしないものの、狼狽えていた。それは仕方がないだろう。彼女にしてみれば、熱でもあるのだろうかと心配に思い、額に触れようとした瞬間、相手が盛大に倒れたのだから。落下をするように、どしんと。

 彼女は倒れたキャロの手を握って起こそうとしたが、キャロはそれを、大丈夫と言って拒否し、転倒したまま後退をする。

 顔が先程よりも赤くなっていた。言葉は、慌てているせいか、感情のせいか、断片的だ。

「大丈夫。なんともない。平気、平気だよ」誰の目にも平気でないことが明らかなキャロは言う。「大丈夫。うん、大丈夫」

「顔がまた……」

「気のせいだよ。異常なし。ほら、いつも通り。問題なし」

「でも……」

「そうだ」彼はわざとらしく立ち上がる。「本を探さなきゃ」

 そう言って彼は、サーシャから逃げるように劇文学の本棚へ向かった。相変わらず目当ての本などないのに、それらしい仕草で背表紙を指でなぞってみる。

 彼は、努めて平静を装っていた。本当は、今でも心臓は破裂しそうな早鐘を鳴らしていて、どうすればそれは静まり、治るだろうかと解決策を模索するのに必死だったが、自分で大丈夫だと、いつも通りだと言ってしまった手前、平静を装い、実際の状況を悟られてはいけないというのが彼の考えだったのだが、やはり、感情に対して表情や挙動が従順である彼の動きは不自然極まりなく、それを正確に、サーシャは確認していた。

 おかしな様子の彼を見ながら、サーシャは首を傾ぐ。彼がどうしてしまったのかを解明できていない彼女は、その所為で胸に悶々としたものを感じていた。しかし、キャロが大丈夫だと、何でもないと言ったのであれば、執拗に問いただす必要はないだろうと考え、解決していない疑問に心地悪さはあるものの、それまで座っていた壁際のスツールへ戻り、中断されていた読書を再開した。

 先程まで開かれていたページを探し、読んでいた一文を見付ける。

 だが、気になる。

 サーシャは読書を再開する振りをしながら、視線をキャロに向け、彼の様子を窺った。

 彼は本棚の前で、何かの運動のように左右へ行ったり来たりを繰り返している。その動きには、違和感しかない。不自然な動きにしか見えない。それに、彼の顔は、やはり赤いのだ。

 どうしたのだろう?

 彼女は彼を観察しながら、考えた。

 風邪ではないと言っていたが、気になる。それに、おかしな表情だった。いつもよりもぎこちない彼の様子もあった。だが、追求するのは失礼だろう。何でもないと言ったのだから。

 でも、気になってしまう。

 なんだろう?

 どうしたのだろう?

 その疑問を向けられている対象は、二つだった。

 一つは、おかしな挙動のキャロ。

 もう一つは、普段ならこのような場合には、気にもせず自分にとって大切な読書の時間を最優先しているであろう自分が、今日は何故かそうせずに、こうして相手のことを考えているのは何故かという、自分に向けられた疑問。疑問が占める脳内の占有面積は、後者の方が広い。

 彼は、どうしたのだろう?

 自分は、どうしたのだろう?

 彼女がそう考えている間も、キャロの左右への反復運動は終わらず、指先はただ背表紙をなぞるだけである。未だに目当ての本が見付かっていないようだ。

 サーシャは苦笑した。彼の様子の原因は知らないが、彼の行動はどうにかせねばならないと思ったからだ。それが作用して、疑問が齎していた心地悪さは少しだが回復をする。

 不自然で意味のない左右の移動の繰り返し。必死に本を探しているのか運動をしたいのかはわからないが、そんな行動の繰り返しだけで読みたいと思える一冊が見つかる筈がない。もし彼が、本当に惹かれる、読んでみようと思う一冊を探しているのであれば、棚から引き出し、せめて冒頭の一文くらいを読んでみないことには、永遠に見つからない。左右の反復運動をしたいのであれば、そのまま自由に繰り返していてくれて構わないが。

「シェイクスピアの喜劇は、読みやすくて面白いわよ」サーシャは、そっと助言する。「チェーホフの作品だったら、短編集があるわ。長編の作品を読むより、そちらの方がなじめるかも」

 キャロは無意味な運動を止めた。その顔は、まだ赤らんでいる。今の指摘によって、この後に色濃くなるだろう。

「う、うん。ありがとう」

 助言を受け、告げられた作家の本を、彼は探し始めた。サーシャの予想通り、彼の顔の赤みは濃くなった。

 サーシャは胸を撫で下ろした。彼はどうやら、挙動不審な運動を行いたかった訳ではなかったようだ。彼の様子がおかしかったことに対する結論が出た訳ではないが、安堵はできた。

 その後キャロは、シェイクスピア、シェイクスピアと、スペルを頭の中に思い浮かべながら目当ての作品を探した。

 だが、アルファベット順に並んだ本の中からその名前を発見出来なかった。『S』の欄に、シェイクスピアの本が一冊もないのだ。誰かが全てを持ち出しているのだろうか。だとすれば、本と本の間には隙間がある筈だが、そうなっていない。しかし、目の前の背表紙の中に探している作家の名前がないのは事実である。

 仕方がないと諦め、薦めてくれたもう一方の作家の作品を探そうと目当てを切り替えるが、キャロはその、もう一人の作家の名前を思い出せなかった。

 どうしよう。どうしたらいいのだろう。

 彼の足はまた、無意識に反復運動を再開させるが、今度はすぐにブレーキを踏めたので終了する。

 シェイクスピアの作品をもう少し探してみるべきか。しかし、目の前の本棚にそれはない。もう一人の作家の名前は? 思い出せない。どうするべきなのだろうか。

 そうやって途方に暮れているキャロを見て、サーシャは呆れ、溜息をこぼしながら、「W」と言った。

「ウィリアム・シェイクスピア」ゆっくりと発音する。「Sの欄を探しても見付からないわよ」

 キャロの顔は、それまでで一番赤くなる。

 だがサーシャは、これによって自分はいつものように読書に集中できる環境に浸れると、安堵していた。その証拠に、その後の彼の様子を、彼女は記憶していない。


 3


 昼食を終えたミリィとアインは、お互いに一度自室へ戻り、身支度を整えてから噴水の前に集合となった。ニコロから外出の許可を得られたことが余程に嬉しかったのか、部屋へ戻るミリィの足取りは跳ねていた。

 だがアインには、身支度を整える理由と、何をどうすることが身支度に該当するのかがわからなかったので、自室へ戻ったものの何もせず、僅かな時間の滞在だけをして、合流地点である噴水の前に向かった。ミリィと別れてから、数分しか経っていない。

 彼は噴水から噴き出る水のドームを眺めてミリィを待った。ミリィが現れたのは、彼がそこに到着をしてから、十分程経過をした後だった。

 お待たせ、と言って現れた彼女の服装は変化をしていた。下に着衣しているのはデニムのままだが、上着がTシャツから、淡い桃色の花柄のシャツに変わっている。模様の花はイラストではなく、刺繍によって施され、襟元と袖口、裾部分には小さくシンプルであるが、フリルが施されている。首には細いチェーンのネックレスが下げられ、手には、それと似た形状のブレスレットが巻かれていた。

 そんな変化をしたミリィは、変化をしていないアインを見て驚く。

「あれ? アイン、そのまま? 着替えしないんだ」

「着替えた方がよかった?」着替えても自分の場合、服装の変化はない、とは言わなかった。事実だが。

「あ、ううん、そんなことないよ」彼女は両方の手の平がアインに見えるように開き、胸の前で振る。「予想した通りだったから、大丈夫。ごめん、待たせちゃったね」

「十分くらいだった」

「え?」

「待った時間が、およそ十分だった」

「ああ、そう。待った時間ね」ミリィは素直に笑む。「そういう反応も予想通り。さあ、行こう。時間がなくなっちゃう」

 そう言って彼女は、アインの手を強引に握り、城門を目指した。

 城門は、今日も片側だけが閉ざされている。昨日と同じで、開いている側に衛兵が一人だけ起立していた。昨日と同じ衛兵である。

 ミリィは衛兵のもとへ行き、これから二人で外出する旨を伝えた。管理官の許可を得ているとも、同時に話す。

 衛兵は少し待つように言い、城門の脇の小さな詰め所に入っていく。僅かな距離しか離れていないので、衛兵が管理官に内線電話をして、ミリィの言葉が嘘ではないかの確認をしている声がアインにも聞こえた。

 確認作業は少ない会話で終了し、電話を切った衛兵が、腕時計を見ながら再び二人の前へ戻ってくる。

 衛兵は今の時刻を告げた後、五時に戻るように、と少し強めの口調で言ったが、ミリィは手をひらひらと振りながら軽い口調で、わかったと言葉を返した。

 その返答に対して呆れたように肩を竦めた衛兵は、次いでアインを見た。見ただけで、アインに何かを言いはしなかったが、その瞳からは、お前もわかっているか、という問いがひしひしと感じられたので、アインは頷いた。その無言の頷きを受け取った衛兵は、首を上下に二度動かす。よし。それでいい。意味は、それだろう。無言だったが、意思疎通は成立していたようだ。

「まさか、お前さんの外出がこんなにもすぐで、ましてや、ミリィと一緒とは思わなかった」衛兵は、その言葉をアインに向けて言ったのだが、視線はミリィに向いていた。

「だって、町のことを教えてあげたいんだもん」視線を向けられたミリィは、施設を指差している。「この中だけじゃあ、つまらないよ」

「つまらないとは、ひどいな」

「だって、本当だもん」

「ああ、わかった、わかった」衛兵はアインを一瞥して、再びミリィを見る。「気をつけてな。特に、これに」

「ちょっと、これってなによ。そっちもひどいじゃない」

「仕返しだ。それに、嘘は言ってない。これは、これだ。一番の問題児」

「変なことを言わないで。いつも意地悪ばかり。ふん、もういい。アイン、行こう。こんなのと話していたら、時間の無駄遣いだよ」

「こんなのって呼ぶのも、ひどいな」

「お互いさま。それと、仕返しの仕返し。ほら、アイン。こっちこっち」

 ミリィは再びアインの手を握り、彼を引っ張って町へ向けて歩き出した。

 アインは数歩歩いたところで振り返った。特に何かの確認をしようとしたのではなく、ミリィに引かれたせいで体の向きが斜めになり、自然とそちらに顔が向いただけなのだが、彼の両目は、衛兵がまだこちらを見ていることを確認した。衛兵は話をしていた時と異なり、真剣な眼差しをこちらに向けている。その瞳の形状を向けられているアインは、見られている、ではなく、監視されている、と感じた。両方の言葉が持つ意味を考えたなら、双方にそれ程大きな違いはないのだろうが。

「さっきも言ったけどね」ミリィが、施設と町とを繋ぐ橋を歩きながら言う。その声でアインの顔が正面に向いた。今は、ミリィがアインを見る為に、後ろを向いている。「この町で知らないこと、あたしにはないから」

「さっきは、施設の中のことなら、と言っていた」アインは即座に指摘する。

「あれ、そうだったっけ? じゃあ、訂正」

「何でも知っている?」

 アインが聞くとミリィは、当然と胸を張り、右手の人差し指を空へ向け、自慢した。

「美味しいお店に、可愛い雑貨屋さん。見晴らしの奇麗な場所とか、あと、ええとね、そうだなあ。ああ、そうそう。美味しいお店とか。何だって知っているんだから」

 アインは空を見上げた。ミリィが話しながら右手でそちらを指差したからだが、当然それは意味を持たない動作だったので、その方向には空と雲があるだけである。

「二回言った」視線をミリィへと戻し、アインは再度指摘する。

「え? 何を言ったって?」

「美味しいお店と言ったのが、二回だった」

「あ、ばれた?」

 うん、と、アイン。

「いや、まあ、仕方ないんだけどね」ミリィは上に向けていた指で頬を掻く。「ほら、ここってこんなに小さい町でしょ? 田舎って言っていいレベルじゃない。いや、田舎だね。だから、他所みたいに遊べる場所なんてないの。あるのは、ご飯を食べるところか、休むところ。それ以外は、夜のお店。……あ、夜のお店って言っても、いやらしい所じゃないよ。バーって意味だからね。お酒を飲む場所。まあ、それくらい」

 ミリィは歩く速度を調整し、アインの横に後退してきた。

「あと、町にあるものと言ったら、人の家と教会と、砂浜。もう、いやになっちゃうくらいに娯楽がない田舎なんだもん」

「港もある」

 その声に反応してミリィが横を見ると、アインは曲線を描く海岸の、ずっと向こうを見ていた。そこには、海沿いの街ならではの桟橋と、幾つかの船舶、小さな倉庫があり、今はそこに人の姿がないが、倉庫の前には漁に使用するのであろう網や、黄色いボールのような物が干されていたり転がっていたりしている。それらの情報から、そこが漁港で、今も機能している場所であるのだろうとアインは解釈していた。

「でも、港だよ? 魚を獲りに行って、帰ってくるところ。デートには使えないよ」ミリィは半歩前に出て、アインの顔を覗き込む。「まあ、その手前までの砂浜なら、別だけど。ちょっとは、本当にちょっとだけは、ロマンティックな場所かな。港の、ほら、あの野暮な倉庫とかを見なければ」

「この後はどこに?」

「えっとね、ちょっと待って。考える」そう言って彼女は斜め上を向き思案した後、もう一度アインの顔を覗いた。「甘いものを食べにいかない?」

「さっき昼食をとったばかりだ」

「だから甘いものなの」

「甘いもの?」

「そう。甘いもの。デザート」

 会話の間の二人の歩く速度はゆっくりだったが、橋は間もなく終わり、それからは市街地に突入する。橋の周囲は、それの主原料が岩石であるので灰色しか色が見られなかったが、もう少しの距離で到達する市街地は、建築物の材質が変化し、橙色が主体だった。人の姿も見える。

 市街地の直前で道は十字に分かれている。左右へ曲がると橋からも見えていた海岸線だが、ミリィはそちらではなく、直進の進路を選択した。その方向には家屋しかない。

「そうだなあ。デザートだから……」街のメインストリートである道を進みながら、ミリィは問題を出した。「今日のお目当ては、冷たいものです。甘くて、冷たいもの。さあ、なんだと思う?」

「わからない」アインは即答する。

「ちょっとは考えてよ」ミリィは息を吹き出した。笑ったらしい。

「氷」アインは再び即答。

「甘くないよ、氷は。でも、惜しいかな。半分は正解。さあ、なーんだ」

「甘い氷」

「それは、ずるい。でも、正解だよ。ジェラートのお店があるの」

「ジェラート?」

「そう。……あれ、アイン、ジェラートって知らない?」

 ミリィは、アインの言葉の語尾が上がっていたので、そんな予想を立てて聞いた。アインが聞き返してくる時は今のところ、殆どが直前のミリィの言葉に対しての説明を求めていたから、今回もそうだろうか、というのも要因の一つだ。彼女がそのように考えてアインを見ると、アインは頷くところだった。ミリィの予想した通り、彼はジェラートという名称を知らなかった。

 彼女は、それをどう説明したものかと悩む。料理に詳しいエレーナであれば、いや、エレーナでなくとも、サーシャやシャルルならば、ジェラートの特徴や作り方を詳しく説明できるだろうが、残念ながら彼女は、ジェラートの完成形しか理解しておらず、原材料がどのような工程を経て完成形のそれになるのかを知らなかった。

 悩んだ末に、ミリィは自分が持っているジェラートの情報を簡潔に伝えることにした。

「アイスクリームだよ」

「アイスクリーム?」

 やはり即座に聞き返された時、まさかアイスクリームまで知らないのではないかと心配したが、それは杞憂で済む。アインは、「アイスクリームか」と言った。

「アイスクリームは知っている。ジェラートとアイスクリームは、同一のものなんだね」

「え、ああ、うん」本来は違うんだろう。それを事実のように伝えてしまった罪悪感を抱いたミリィの返答は、曖昧になる。「まあ、そんなところかな。イタリアのアイスクリームみたいな感じ?」そして、罪悪感を薄める為の言葉も付け加える。「詳しく知りたければ、今度他の誰かに聞いてみるといいよ。本当はね、あたしも詳しく説明できないんだ。そうなのかもしれないし、違うのかもしれないし」

 照れ笑いをしてから、ミリィは行き先を定めた。直線のメインストリートだが、歩調でそれがわかった。

「ちょっと遠いんだけど、美味しいお店があるの。こっちだよ、アイン」

 そう言って彼女は、それまでと同様に、アインを引っ張ってメインストリートを進んだ。

 メインストリートと言っても、道幅は狭い。見える範囲で確認した脇道は人一人分程の道幅しかないから、それに比べれば広く、この町にとって主要な道であることは間違いないのだが、しかし、もしもここを車両が通ろうとすれば、走行できるのは一台だけだろう。車両同士が擦れ違うことは不可能だ。それに、この道には車道と歩道の区別がない。車両が通る際には、歩行者は全員、道端へ退避しなくてはならない。昨日海岸側の道を車で通った時には気付かなかったこの町の小ささを、アインは知った。

 しかし、圧迫感や閉塞感が感じられないのは、建物が殆ど一階建てで、二階建ての家屋が極めて少ないという街の特徴によるものだろう。見上げれば、一面に空の青さが広がっている。

 また、ミリィが言った通り、メインストリートに軒を連ねる店は、殆どが日常的に使われる店だった。精肉店、鮮魚店。色の良い野菜を並べた店。複合的なマーケットは見当たらない。専門店だけが、同業種同士で隣り合わないように規則的に配置されている。業種は土地柄、魚を扱う店が多いように見受けられた。所々に食堂の存在も確認する。まだ扉を開けていない店舗が幾つかあったが、それは先程ミリィの言っていた、バーやその類の店だろう。その店の前には、明かりが灯る前の電飾が寂しげにぶら下がっている。

 人通りは疎らだ。昼過ぎの、一日で最も賑わうであろうこの時間に、そこに住人が居ないわけではないのだが、殆どの人は道の脇で談笑をしているだけで、活気があるとは呼べず、店先で暇そうに新聞を読む店主の姿も目立った。

 その誰もが、歩く二人に見向きもしない。

 それがアインには、不思議な感覚だった。

 誰一人として、すれ違う自分を見ない。

 一瞬でも自分に意識を向けない。

 アインは困惑をする。

 施設ではあんなにも研究員からの視線を蝟集させていた自分が、ここでは風景のように扱われている。施設だけではない。これまでもそうだった。施設へ来るまで彼が居たあらゆる場所で、彼は周囲からの視線や意識を向けられていた。勿論、よい意味で、ではなく、注視だ。紛争地域にて彼は、特殊な人間である以上、味方から常に視線や意識を向けられるのは当然だった。

 だが今彼は、誰からも意識を向けられずに、こうしてメインストリートを歩いている。橙色の煉瓦で積み上げられた家屋を横切っている。家同士の隙間に潜み、こちらの様子を窺う敵兵が居る筈もないので、彼も警戒をする必要がない。ただ歩行しているだけなのだ。

 彼が無表情で戸惑っていると、それをなんとなく察したのか、彼の前を歩くミリィは歩みを止めずに振り返り、首を傾げた。

「どうしたの?」

 アインは返答に悩む。正直に、たった今自分が感じたことを吐露してもよかったのだろうが、今この状況がこの街において正常なのだとは理解していた。正常でないのは自分と、自分が身を置いていたこれまでの環境である。自分は、正常であろうこの環境に順応せねばならない。ニコロからも昨晩言われている。変わる努力をしよう、と。昔の環境から今の環境に変わり、君も同じように変わる。そう言われた。ならば、自分は適応せねばならない。

 今この場で、即座に、とは困難であるが。

 保護されてから今日この時までの間に、何度同じことを言われ、何度同じことを考えただろうか。

「なんでもない」彼は首を左右に動かした。

「本当に?」ミリィは眉の間に皺を寄せ、アインを観察している。「なんだか様子が、……なんて言ったらいいのかな。うーん、ええとね、気になったんだ。様子がね、気になった」

「大丈夫。いつも通りだよ」

「本当?」

「本当にいつも通りだよ」

「いつも通りのいつもを、あたしは知らないんだけど」ミリィの表情は、観察から笑みに戻る。「まあ、そうやって答えてくれるところは、確かにアインっぽいけどね」

 ミリィは再び前を向き、移動を続けた。連結されている互いの手は、まだ解かれない。

 彼女が立ち止まるのは、それから数分後。

 ここだよ、と言って足を止めた彼女の前には、通りに面した窓が開け放たれた形状の店舗があり、その窓の向こうに、年の頃ならニコロやゼフに近しい男性が一人立っていた。彼女が目指していた店舗であるようだが、看板の類は見当たらない。建物の特徴も周囲との相違がない。しかし、窓から僅かに見えるその向こうには、アインには何に使われるのか皆目見当もつかない機械類があったので、そこが家屋としてではなく店舗として使われていることは確かなようだ。

 窓の下部は物が置ける形状をしている。道路側に小さなテーブルが突き出している状態で、窓の向こうの男性はミリィの存在に気が付くと、そこに両肘を乗せ、体をこちら側に寄せ、彼女に話し掛けた。男性が使用した言語は、イタリア語だった。

 それに対してミリィは、同じ言語で受け答えをする。

 その様子を後ろで眺めているアインには、会話の内容が理解できなかった。彼はフランス語の知識が僅かにあれども、イタリア語に関しては素養がない。言語としては、その二つが似ていると感じたが、語尾やアクセント、発音などは異なっている。

 アインは仕方なく、目の前のやり取りを眺めていることにした。それ以外の無駄な行動はしない。

 ミリィの話すイタリア語は若干拙かったものの、会話としてはきちんと成立したようだ。二言三言のやり取りを終えた彼女は、アインの方へ体を向ける。

「えっとね、今日はプレーンと、フランボワーズ、あと、フォルマッジョ、……あ、ごめん。えっと、チーズがあるんだって。何がいい?」

 ミリィは、男性との会話の内容をアインに伝えた。それによってアインは、今の会話が今日のメニューの確認だったのだと理解した。同時に、チーズを現地の言葉ではフォルマッジョと呼んでいるという情報が得られた。やはり、彼の知っているフランス語とイタリア語には類似している部分がある。フランスではチーズを、フロマージュと呼んでいた。

「どれでも構わない」アインの返答には思案の時間が一瞬もなく、即座に返される。

「えー。好きなのを選ぼうよ」

「じゃあ、人気のあるものを」

「それだと、全部だよ」ミリィは、くつくつと笑う。肩も同時に上下に揺れていた。「ここはね、メニューが毎日違って、その日の朝、市場で一番新鮮な食材を買ってきて作っているの。だから、人気のあるもの、って言ったら全部になっちゃうよ」

 そう言ったものの、決めろと言われて簡単に意思決定できないだろうと、まだ短い付き合いではあるものの、アインという人間の特性を僅かにではあれ理解しつつあったミリィは、アインの困惑を察し、自分のオーダーを先に決めた。

「あたしはフランボワーズにする」指揮でもするように右人差し指を振る。「甘酸っぱくて好きなんだ。さ、アイン、どうする?」

「じゃあ、同じものを」

「それじゃあつまらないよ。味比べができないじゃない」

「そうなんだね。それじゃあ……」

「始めてだったらプレーンがいいよ」アインの言葉を遮って言う。「シンプルなやつ。ミルクだよ」

「それじゃあ、そうする」

「オッケー」

 ミリィはアインを捕まえていない方の手で、グッドのサインを返すと、もう一度店の男性とイタリア語での会話を行った。今回の会話は先程よりも短く、一回の言葉のやり取りで終了する。

 男性が商品を手渡すのは、その後、直ぐだった。時間にして、一分も経過していない。小麦色に焼かれたコーンの上に丸い形状の物が乗った商品が二つ、ミリィに手渡される。丸い物体は、一方が赤色で、もう一方はベージュに近い白色をしていた。ミリィは白い方の商品をアインに手渡すと、男性に代金を支払い、再び歩き出そうとした。

 その時にアインは、自分の代金を支払わなくてはならないだろうと思ったのだが、彼は金銭を所持していない。

 歩き出そうとしていたミリィは、手を繋いでいる相手に動き出す気配がないと気付き、前へ出した足を元の位置へ戻した。自分の手、それと繋がる互いの連結部分と、順番に視線を動かしていくと、直立姿勢のままのアインが、そこに居た。

「どうしたの? ほら、行こうよ、次の場所」

「お金を」

「お金? ……ああ、これ?」

 手に持った商品を持ち上げたミリィに、アインは首の動きだけで返事をする。

「いいよ、大丈夫」ミリィはアインの手を二度引いた。早く、とも、移動方向はこっち、とも受け止められる。「だってアイン、まだお小遣い貰っていないでしょ? 今日はあたしからのプレゼント。気にしないで」

「お小遣いという制度が施設にあるんだね」

「うん。聞いてなかった? えっとね、年齢で貰える金額が違うけど、エレーナ以外はみんな貰っているよ。アインも、今日の夜か明日には貰えるんじゃないかな」

「じゃあ、その時に返す」

「だから、プレゼントだってば」

「プレゼントされる理由がわからない」

「はじめまして、とか、ようこそ、とか、これから宜しく、とか」

「そういう交流なんだね」

「そう。そういう交流なんです」

「なら、有り難く受け取るよ。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそありがとう。手を繋いでくれているから、ギブアンドテイクだね」瞳を三日月の形にし、歯を見せて彼女は笑う「さあ、今度はこっちだよ」

 ミリィは、手にした商品に一度口をつけてから移動を再開させた。

 アインも、ミリィを真似て商品に口をつけた。ジェラートと呼ばれる商品を口にするのは初めてだが、ミリィが先程説明したように、それはアイスクリームとよく似たものだった。食感に僅かな違いがあるように感じたが、冷たくて甘いという共通項目がある。ミリィが言っていた通り、今自分の手の中にあるものは主食ではなく、デザートに類されるものなのだと理解した。

「ね、美味しいでしょ?」

 アインがもう一口を運ぼうとしたところで、ミリィから尋ねられた。

 その問いにアインは、口元まで上がりかけていた手を下ろし、頷きだけを返す。感想を述べた方がよいのだろうかと頭の片隅で思ったのだが、冷たくて甘い、という簡素な言葉しか彼の頭には思い浮かばなかったので、その意思は浮かんだだけで、そのまま消えた。

「そっちの、一口頂戴」ミリィは歩く速度を落とし、アインに擦り寄る。もう一歩寄れば、お互いの肩同士が触れ合う距離だ。「いい? 一口だけ。味比べがしたいの。食べ比べだよ。いいでしょ?」

 接近するミリィに、アインは自分が持っているジェラートを差し出した。彼は、それをミリィに手渡すつもりでいたのだが、彼女は上半身を傾けて、彼が手にしているジェラートを、そのまま頬張った。

 ミリィはそのジェラートを飲み込むと、んー、と動物の鳴き声のような声を出した後、高めの声で、「美味しい」と言った。

「いいねえ、美味しいねえ。こっちの、あたしの、アインも食べてみる? こっちはね、そっちと違って甘酸っぱいの」

 はい、とアインの顔の前に差し出されたミリィのジェラートに、彼は今し方のミリィを真似て、そのまま一口を頂戴した。そちらのジェラートは確かに、彼が持っている方と違って、甘いと形容するよりも、甘酸っぱいと形容する方が適当な味わいをしていた。

 その後ミリィは、自分達が歩いている周辺の情報をアインに伝達しながら移動を続けた。当然ながら、ジェラートを持っていない方の手は常に結束されたままの移動だった。

 ジェラートを買うまでは目的地が明確であったのだが、それ以降はそれがなくなった為、非常にランダムな移動になっていた。ミリィはメインストリートだけでなく、時折細い路地に彼を誘導したりもした。完全に、彼女の自由気ままな散歩、という状態だった。

 その状態が長く続き、時刻としては命じられていた帰宅の時間まで残り一時間程となった時、ミリィはアインを海側へ誘導した。昨日、ニコロの運転する車で通った道がある方向だ。

 ゆったりと湾曲した海岸線を一望できる道路に出たが、今日も車両は一台も走行していない。今になってアインは、これまで見ていたこの町には、信号というものが存在していなかったことに気付いた。ニコロが言っていた通り、この町では車両を保有している人間が少ないからなのだろう。これまでの移動の間、町中で車両は発見できなかったし、メインストリートはやはりどこも狭く、人が歩く為だけの構造だった。路面がきちんと整備された平面でないことは昨日の時点で経験もしている。凹凸が目立つ石畳である路面も、この町に車両が少なく、信号もない理由なのかもしれない。車が安定した走行を可能なのは、やはり海岸線のこの道だけだ。

 ミリィはその道を横断し、こっちと言いながら、簡易的な階段から砂浜へ下りた。

「本当は、もっと遅い時間の方が綺麗なんだけど」ミリィは砂を蹴飛ばすようなステップで歩く。「制限時間があるのが残念。夕焼けの時はね、すごく綺麗なの。空も、海も、街も、ぜんぶオレンジ色になるんだ」

 その説明は、ニコロからも聞かされていた。

「それは、ニコロさんからも聞いた」アインはミリィを追って砂浜に下りた。「昨日、ここに来る車の中で教えてもらったんだ」

「そうだったんだ。見せられなくて残念」

「でも、夕焼けは部屋から見られた」

「部屋からじゃなくて、ここで見る夕焼けが綺麗なの」

 わざとらしく頬を膨らませるミリィを横目にアインは、穏やかに波が押し寄せる砂浜の向こうを指さした。その先には、施設が見える。

「でも、位置的には同じ立地だ」

「見ている場所の高さが違うよ」

「うん、視線の高さは確かに違う」

「それに部屋から見えるのは中庭で、廊下から見ようとしても、壁が邪魔をするんだよ。あの壁を壊せば、まあ、確かにアインの言う通りだけど、でも、廊下から見ても楽しくない。目の前にこれがあって」彼女は手の動きで海岸全体を指した。「これが全部綺麗な色になるのを、ここで見るのが最高なの」

 そうだね、とだけ返答するが、彼の瞳は数秒、海岸線ではなく施設の方に固定されていた。

 改めて施設の観察を試みるが、海沿いのこの付近からでは外壁しか見えず、その内側がどういった構造をしているのかを確認するには山側に移動をするか、今ミリィが言ったように、それを破壊するしかない。しかし、山には建築物が一つも視認できず、道もない。施設はある意味で、町の一部分として存在しているものの、完全に隔離された立地だった。

 そうしていると、アインの頭に疑問が浮かび上がった。

 施設には図書室があると聞かされていた。実技を行う為の演習場も、施設の裏側、ここからの位置関係だと、施設の向こうの、入り江という完全な死角に存在しているという情報も、午前にミリィから聞かされていたが、彼は昨日から今日までの短い時間ではあるが、それらを確認していない。そこに至る道程もだ。

 彼が疑問として抱いたのは、後者だ。演習場の場所、行き方についてである。

 演習場があると知っているだけでは、その設備について正確に把握しているとするには不十分であるというのが、彼の考えだった。どこにあり、どのようにしてそこへ行くのかを理解していなくてはならない。

 前者の図書室の位置に関しては、疑問として同時に頭に浮かんだものの、それ程重要ではないという理由から、即座に疑問から除外されていた。自分が率先してその場所を利用する可能性は極めて低いという理由からだ。

「施設の中について聞きたいことがある」

 アインがそう言うと、ミリィは少し驚いた顔をした。彼の方から声を掛けてくるということが、これまでにあまりないシチュエーションだった為、彼女にとってそれは予想外だった。

「なになに? 聞きたいこと?」彼女は単語毎に瞬きをして聞き返す。「施設の中? なに?」

「施設の……」アインは僅かな間を挟んだ。演習場のことを確認したい、というのが彼の第一希望だったが、これまでのミリィとのやり取りを思い返し、直接聞く前にワンクッションを挟んだ方が会話が潤滑に進むだろうと判断して、不要だと除外した疑問を呼び戻す。「図書室があると聞いた」

「図書室? うん、あるよ。あれ、さっき言わなかったっけ?」

「聞いたけど、詳しい場所は聞かされていなかった」

「図書室は向こうの……」向こうと言ってミリィは施設を指差すが、直後に舌を出した。「あ、ごめん。ここで向こう、なんて言ってもわからないよね。見えないけど、男子の宿舎があるでしょ? あの横の建物」

「中庭と水泳場との間にあった建物?」

「うん、そうそう。あそこが図書室。でも、日当たり悪くって窓も少ないから、じめじめしていて暗いの。昔は何に使われていたのか知らないけど、今は図書室なんだ」

 そう、とアインは返事をした。ミリィはアインからの返事を受けて、他にはないか、と訊ねてきた。アインが第一希望の質問を後回しにした理由が、的中をした。彼女の性格上、何か一つの質問をすれば、より多くの質問を強請ってくるだろうと想像をしていた。

「演習場の場所が知りたい」

「演習場?」ミリィは首を傾け、やはり施設を指差して言葉を返す。「施設の向こう。壁の向こうの、ここからだと見えない入り江にあるよ。でも、これもさっき言ったよね?」

 うん、と、アイン。

「だよね。なんかね、言ったような気がするなって思ったんだ」

「施設の中は、だいたい理解している」

「あ、そうなの?」

「ニコロさんから資料をもらったから」

「ああ、資料ね。あれか。あたしももらったよ。あたしは、ほとんど読まなかったけど」彼女はやはり、瞳を三日月にして笑う。「ほとんどと言うか、本当は一文字も読んでないんだ。本とか資料とか、まあ文字ってやつが苦手でね」

「そう」

「他には何かある?」

「そこへ、どうやって行くのかが知りたい」

「図書室に?」

「演習場に」

「ああ、そっちね。でも、どうだろう?」

「行けないのかな」

「ええとね、授業の時にしか行ったことがないんだけど、いつもニコロさんとかと一緒に行っていたから、あたし達だけで行けるのか知らないんだ。たぶん、行けないと思う。いや、きっと行けないと思う」

 ミリィは、施設に向けていた指先を自分の額に当て、目線を上に向けた。何かを考えているようで、次に彼女が言葉を発するまでに、数秒の間が開いた。

「演習場に行きたいの?」

 うん、と、アイン。

「うーん、行ってもおもしろくないよ。何もないもん」

「施設でまだ見ていないのは、そこだけだから」

「他にもあるじゃない。お風呂とか、あと、ほら、あたしの部屋とか。今度来る?」

「それは、いい」アインは、やはり即答する。

 ミリィは先程と同じように、息を吹き出して笑った。

「やだなあ。冗談だよ、冗談。さすがのあたしも、いきなり男の子を部屋に呼んだりしないよ。それと、今のアインの反応、予想通りだ。心が通じ合っているみたいだね」

「演習場には管理官と一緒でないと行けない?」

「え? ああ、うん。地下から行くんだけど、鍵がかかっているの」

「地下は研究所だよね」アインは昨日確認した資料の内容と、今日の午前に行った地下空間へのアクセスルートを、脳内で鮮明に再生する。「研究員が居て、僕達の検査と管理を行っている」

 アインが数時間前に確認した、施設の中枢である地下の研修施設。そこへのアクセス方法も確認していた。二重構造のセキュリティゲート。そして、個人毎に支給されているであろうカードキー。それがなくては、あそこへは立ち入ることができない。

 ミリィが言うには、演習場にはその地下空間を経由しなくては辿り着けないのだそうだ。

 廊下によって左右に分断された地下の研究施設。アインは、その廊下の先までは確認していなかった。どうやら、その先に再び二重のセキュリティゲートがあり、そこが演習場と繋がっているらしい。

 つまり、カードキーがなくては演習場にも、演習場との中間にある研究施設にも入れない。そのカードキーが生徒には支給されていないのだ。

 唯一、海上からのルートが残されていたが、入江周辺は船舶が運航できず、潜行等で行こうとしても、相応のセキュリティがそちらにも施されているので、こちらの経路もないと言ってよかった。ただ、こちらのルートは外部からの侵入を想定してのものだが。

 それだけ厳重に、施設は守られている。

 地下では彼らの身体に存在する、世間的には公表されていない特殊な細胞の研究が行われており、地下と同様に世間的には公表されていない設備や薬剤が大量に保管されている。公には、地下へ通じる扉の先は、倉庫とされている。地下は存在していない。演習場は古くからある建築物で、倉庫として使われていたものが運よく朽ちずに今も残されたのだ、としていた。

 何故そこまで厳重なセキュリティで警護され、隠匿された地下空間を造らなければならなかったのかの理由は、生徒と区分されている彼らも、その空間と同様に、この世界に存在していながら、この世界に存在してはいないという現実の為である。

 それは、個人としてではなく、生物として。

 それは人間と同じ姿形をしているが、遺伝子レベルでは全く異なる生物。

 そのように扱われている。

 よって、施設の中での行動は全て管理され、記録されている。細胞の研究も、演習場を含め施設の中での移動も。

「だから、誰かと一緒じゃないと行けないんだ」

 説明をその様に締め括ると、ミリィはアインの手を放して彼から離れ、両手を後ろに回して足元の砂を軽く蹴った。

「まぁ、普段行きたいって言う人も居ないからね」アインから数歩離れた位置で斜め上を見上げているミリィが、もう一度砂を蹴り上げ、補足する。「本当に何もないんだよ? なんて言うか、廃墟って感じの場所。管理棟やあたし達の部屋と違って昔のままなの。その廃墟の地下が射撃訓練の場所だけど、そこも昔の牢屋みたいな部屋をそのまま使ってるしね。行ってもおもしろくないよ。ねえ、どうして演習場に行きたかったの?」

 ミリィは斜め上を眺めたままの姿勢を保っている。

 アインも同じようにその方向を見上げてみた。

 方角としては施設のある方向だが、視線はそれよりも上に向けられていた。そこには青い空があり、スプレーで描いたような形状の雲がスローモーションで流れている。そして、一羽の海鳥。海鳥は雲に似た白色をしていて、施設の上で円を描くように飛んでいた。

「確認したかっただけ」アインは海鳥を眺めながら答えた。「資料には細かな説明がなかったから」

「確認? なにの?」

「どんな銃器があるのか」

「それだけ?」

 うん、と、アイン。

「どんな、って聞かれてもなあ。いろいろあるよ。拳銃とか自動小銃とか。でもあたし、それの名前とかまでは知らないから、今度ニコロさんかゼフさんに聞いてみるといいよ。ゼフさんの方が詳しいと思う」

「ゼフさんが管理をしているのかな」

「多分だけど、うん、銃の管理はね。そんな役割分担みたい」

「他にはどんな役割分担が?」

「今日みたいな勉強の内容は、大体メイさん。たまにニコロさんかな。ゼフさんはほとんどやってないよ。あと、今こうしてる、今日はこうだった、みたいな、なんて言うのかな。日記みたいなやつは、ニコロさんの担当だね」

 うん、と、アイン。

 了解の意を込めて頷く。

 だが彼の本心としては、得たい情報の半分も得られなかった為に落胆していた。何でも知っている、というミリィの言葉を信用し期待していたのだが、彼からしてみれば、それは虚偽だった、という感想と評価で幕を下ろす結果となった。

 それに、疑問は今、もう一つ増えた。解決ではなく、増殖しているのだ。

「演習場での実技は、誰が担当を?」彼は、増えたその疑問を口にしてみた。解決しないだろうという予想は既にしている。

「え? ゼフさんだって言ったじゃない」

「ゼフさんが銃の管理をしていると言っていたけれど、実技は誰が?」

「実技?」ミリィの表情が、さっと影が差したように陰った。「実技はね、えっと、ええとね」そして、言い淀む。「それは」

 同時に、笛の音が周囲に響いた。

 高い音だ。

 上空から、舞い降りるように響いている。

 空を旋回している鳥が、緩やかな周期で鳴いていた。

「わあ、見て」ミリィは楽しげな声を出す。言い淀んだ際の表情の陰りが、今はもうない。「鳥だよ。ほら、あそこ」

 彼女が指差す先には、先程円を描いて飛んでいた海鳥がおり、今はこちらへ向けて滑空していた。

 海鳥はなだらかに砂浜へ接近し、彼らから少し離れた位置に着地する。

「見て、アイン。かわいいね。あれはね、このあたりに住んでいる鳥だよ。よく見かけるんだ。本当はもっと近くで見たいんだけど、近寄るといつも逃げちゃうの」

 うん、と、アイン。

「ねえ、アイン。もっとお話をしよう」ミリィは小さなジャンプでアインに接近する。「もっとアインとお話がしたい」

 会話なら今もしているではないか、とアインは思った。

「今もしている」彼は、思ったことをそのまま口に出した。

「今までのはそうじゃないよ」言って、ミリィは笑う。ふっ、と息を吐いて。

 彼女は再びアインの腕を捕まえた。先程までの握手と違い、今度は彼の左腕に自分の身体を密着させる形式だ。

「さあ、行こう」

 一つの個体のような状態になった二人は、ゆっくりと移動を始めた。先導はやはり、ミリィが行う。

 アインはミリィから、今までの言葉のやり取りが会話ではないと言われ、それではこれまで自分が交わしていたものが何だったのだろうかと、浅く考えた。

 彼の思考はすぐに、会話と質疑の違いだろうと結論付ける。どうやら、これまでのやり取りは、後者だったようだ。事実、彼が気にしていたことを尋ね、それをミリィが答えるというやり取りが殆どだった。

 ならば、会話とはどのようにすればよいのか。

 アインはそれを、やはり浅く考えた。考えたが、短い時間で、停止させた。その疑問は彼にとって、当然として瑣末なものだった。解答を得られたとしても、それが有益になると思えない。

 それよりも、言い淀み、その後に消滅したミリィからの返答が気掛かりだったが、昼食の時もこうだった。彼女との会話は、完結せずに消滅するというスタイルだ。

 ここでの会話は、質疑は消滅し、終了したのだ。

 これがここでの日常で、それに順応しなくては。

 その場を去る二人を、海鳥が眺めていた。

 海鳥は二人の姿が見えなくなると、ふわりと飛翔する。

 やがて海鳥の白さは、上空の雲に同化して、見えなくなった。


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