4-010. 奇跡の品を求めて
王立公園に訪れると、子供達が風船玉を追って駆け回る姿が見えた。
「ここは相変わらず平和だな」
公園の景色を眺めていると、その中にゴブリン仮面の姿を見かけた。
ゴブリン仮面は横長のベンチに独り座って、子供達の遊ぶ姿を見つめている。
その横にはピエロの衣装が置かれていた。
「今日の道化師役はお終いか?」
「……ジルコ様」
ゴブリン仮面が俺に気付いて、すっと立ち上がった。
紳士然としたテールコートにゴブリンの仮面……相変わらず滑稽な装いだ。
「本日はどういった御用で」
「ちょっと探し物があるんだ」
「うかがいましょう」
俺はピエロ衣装を除けて、ベンチに腰掛けた。
ネフラは俺の傍にたたずんだまま、静かに俺とゴブリン仮面のやり取りを見守っている。
「この場でよろしいので?」
「別にヤバい相談事じゃないからな」
「左様で」
ゴブリン仮面はベンチに腰を戻し、再び公園の子供達を見据える。
「あんた、本当に子供が好きなんだな」
「彼らは未来の礎を築く宝。我々大人が見守ってしかるべき存在です」
「未来、ね。確かに重要なことだな」
「ご用件とは?」
仮面越しに視線を感じた俺は、さっそく話を切り出すことにした。
「要件はふたつ。ある品物についての情報と、その所在の調査だ」
「価値ある物ほど、その所在は厳重に秘匿されていますよ」
「それでもあんたならって期待をして訪ねたのさ」
俺が求めるもの、それは――
「マーメイド・メリュジーヌ肉の瓶詰。何年か前、王都でも話題になったその品物の所在を知りたい」
――一口食せば十年若返り、すべて食せば不老不死を得るという人魚の肉。
まさに女性にとって奇跡の品物と言えるだろう。
それはクリスタも例外ではないはずだ。
「まさか伝説の人魚姫の肉をご所望とは」
「そうだ。どうしても手に入れたい」
この世界には、俺の知る限り八種類の人間がいる。
広く知られているのは、ヒト、セリアン、エルフ、ドワーフ。
他にも蛮族として、ゴブリン、リザード、トロル。
最後に神秘種として、マーマン(女性はマーメイドと呼ばれる)。
マーマンは生活圏が海であるため、陸上で暮らす人間とは馴染みがない。
それゆえに、彼らは神秘性が高い種族と考えられるようになり、いつからかその肉を食べれば不老不死になるという噂が広まり始めた。
メリュジーヌとは、その噂の最大の被害者とも言える存在だ。
「マーメイドの肉を食べれば不老不死になるなど、迷信ですよ」
「そうだとしても若返りの効能は事実だと言うじゃないか」
「私の信念としては、その類の情報は扱えません」
そう言えば、この男は種族平等主義者だったな。
マーマンなど旅先で一、二度見たことがある程度の俺には、あれが同じ人間とはとても思えないが、この男にとっては違うのだろう。
「どうしても必要なんだ。所在の手がかりを知っているなら教えてほしい」
「お断りします」
「そこをなんとか」
「嫌です」
……頑なだな。
せっかくクリスタも納得するであろう交渉材料を思いついたのに、ここで情報を得られなければ何の意味もない。
なんとかゴブリン仮面を説得できないものか。
「金なら払う」
「この世には、金には代えられない大切なものもあるのです」
「それはわかるけど……」
「あれは闇の時代の狂気が生み出した呪われた代物です。この復興の時代、表に出すべきものではない」
そう言うと、ゴブリン仮面はピエロ衣装を抱えて立ち上がった。
「残念ですが、今回ばかりはお力添えはできかねます」
くそっ。
俺にこの男を説得する余地なんてあるのか?
ゴブリン仮面の情報網ならどんな品物の情報も得られると思ったが、本人の信念と相反する探し物というのがまずかったか。
かと言って、図書館や町の知識人を訪ねたところで、誰でも知っているような情報しか得られない。
品物の所在を知っている可能性があるのは、この男だけだっていうのに……!
「錬金術で――」
その時、ずっと黙っていたネフラの口が開いた。
「――かつて若返りの秘薬を創り出した賢者がいたと文献にあった」
ゴブリン仮面は静かに語りだす彼女へと顔を向けた。
「その賢者は、不死の霊薬を研究する過程で若返りの秘薬を偶発的に生み出し、それらは九つの瓶に分けられて貴族に売却されたという――」
ネフラがゴブリン仮面の前まで歩み寄り、その仮面を見上げながら続ける。
「――そのいくつかは今も現存し、富を持つ女性達の間を渡り歩いているとか」
「賢者の七遺物の一品ですね。お若いのによくご存じで」
「本に書いてありました」
ゴブリン仮面はネフラから視線を逸らし、やや考えるような態度を示すと、再び彼女へと視線を戻した。
「若返りの秘薬ならば当てがあります。その情報でよければ提供しましょう」
いったんは雲行きが怪しくなったが、まさかの形でゴブリン仮面から情報を得られそうでホッとした。
よくやってくれたなネフラ!
この子の博識には毎度のことながら助けられてばかりだ。
「……ん?」
いつの間にか、ネフラが俺に視線を向けている。
俺がこくりと頷くと、彼女はくすりと笑ってチャーミングな笑顔を見せた。
……可愛い。
さて、ここからは俺の役目だな。
「錬金術の産物ならば、自分の信念とも違わないってか」
「ええ。仕事の話を再開しましょう」
ゴブリン仮面は改めてベンチに腰を下ろした。
「若返りの秘薬の所在をご所望ということで、よろしいですね?」
「ああ。だけど、実のところかなり財布が寒い状態だ」
「あなたは交渉ごとに向いていませんね……」
仮面越しに、露骨に溜め息をつくのがわかった。
「まぁ、少し経てば広く知れ渡る情報ですから、お安くしておきます」
「助かる」
「30グロウでいかがです」
「……ずいぶん安いな」
「子供達にせっつかれて、衣装が破れてしまったのでね」
「その仕立て代ってわけか」
「あなた方はお得意様ですし、ね」
俺がゴブリン仮面に依頼したのは今回で二度目なのに、もう上客扱いしてくれるとは意外だな。
それだけ〈ジンカイト〉の看板に価値を見出しているということか。
「とは言え、ジルコ様には入手が困難かと思いますが」
「え?」
「何せ近いうちに海峡都市ブリッジにて、競売にかけられる品ですから」
競売だって!?
しかも、海峡都市ブリッジといえばヴァーチュのさらに東。
グランソルト海の海峡に造られた、エル・ロワとドラゴグの湖上交流都市だ。
「アムアシア東西を繋ぐ大都市での競売か」
「ええ。その中でも、秘薬は目玉商品として競売にかけられる見込みです」
「待てよ。と言うことは、競売で貴族に競り勝たないといけないってことか!?」
「そうなりますね」
なんてこった……!
貴族の参加する競売なんて、俺にしてみれば天上の出来事だ。
数万、数十万グロウと、とんでもない大金が簡単に右から左へと動く世界で、貴族と競り合うなんて俺には到底不可能。
残酷な現実を前にして、俺はがっかりと肩を落とした。
「くそっ。そりゃないぜ……」
「そう気を落とすこともありませんよ」
ゴブリン仮面の慰めなどいらない。
若返りの秘薬の入手いかんは俺の死活問題なのだ。
「情報屋界隈では、すでに秘薬が競売品として確定しているような話が伝わっています。しかし、実のところまだ交渉中らしいのです」
「だからどうしたって言うんだ」
「わかりませんか? 競売の胴元がいまだ交渉中なのですよ」
ゴブリン仮面が何を言いたいのかわからない。
競売品の交渉が途中だからと言って、俺に何の関係があると言うのか。
「そうか!」
ネフラが突然、声を上げた。
「胴元より先に持ち主と交渉できれば、私達にも入手のチャンスはある!」
……あ。そういうことか!
何も馬鹿正直に競売に臨むことはないんだ。
競売の胴元が交渉に難儀している今なら、持ち主さえ納得させてしまえば俺達が先に目当ての品を得ることも可能だ。
問題は、持ち主がどんな理由で胴元と揉めているかだが……。
「競売の胴元は商人ギルドです。交渉に割り込めば、後でそれなりの報復を受ける可能性もありますよ」
「俺の暗い未来よりは遥かにマシさ!」
「その覚悟がおありなら、いいでしょう」
ゴブリン仮面は手のひらを上に、俺の前に差し出した。
何の真似かと思ったが、報酬を要求しているのだとすぐに気付いた。
ちゃっかりした男だ。
「これでいいのか!?」
俺は銀貨を二枚、ゴブリン仮面の手のひらへと乗せた。
彼はそれを確かめるや、ポケットに入れる。
「現在の若返りの秘薬の持ち主は、ブリッジの錬金術師学会に在籍している男です。商人ギルドが手を焼くほどに偏屈な人物のようですね」
「商人ギルドが交渉に手こずるってことは、金品の類で動くような人間じゃないってことだな」
「加えて、〈理知の賢者〉クロードがかつて師事していた人物でもあります」
「クロードが……!?」
それを聞いて、俺は運が向いてきたように感じた。
商人ギルドが大金をはたいても秘薬を手離さない男が、俺達のギルドに属していたクロードの師匠だという事実。
その人物とクロードの関係性をうまく利用できれば、案外あっさりと秘薬を譲ってもらえるかもしれない。
……これはもう、東行きは確定だな。
「ですが、商人ギルドも意地を見せて交渉を成立させるでしょう。すでに競売品の一覧はリークされてしまっていますからね」
「俺達も一刻一秒を争うわけだな!」
俺はベンチから立ち上がると、ネフラの背中を押してすぐに歩きだした。
「ジルコ様――」
その時、俺の背中へとゴブリン仮面が声をかけてきた。
「――ブリッジに行かれるのでしたら、ひとつ追加の情報を」
「最近実入りが悪くて、情報料はそんなに払えないぞ」
「情報料は結構。これからもご贔屓に、という挨拶代わりだと思ってください」
「そういうことなら……」
「〈バロック〉という地下組織をご存じですか?」
その言葉に俺はドキリとした。
つい先ほど聞いたばかりの怪しい組織の名が、まさかゴブリン仮面の口からも聞かされようとは思いもしなかったからだ。
「名前だけは、な」
「この〈バロック〉なる組織は、禁制品の密輸で闇市場を沸かせているのですが、最近は表立って希少な宝石を掻き集めているようなのです」
「闇市場で売りさばくのが目的なのか?」
「そこまでは……。しかし、希少な宝石を持つ者が襲撃される事件が、ヴァーチュより東の地域では多発しているらしく、資金力のある貴族は警備の強化を進めているとのこと」
「それが俺に何の関係があるんだ?」
「強力な宝飾武具を持つ冒険者も、例外ではありません」
……そういうことか。
宝飾武具とは、宝飾杖や宝飾銃など、対魔物用に宝石が装飾してある武具全般を指す言葉だ。
中でも俺のミスリル銃は格好の獲物というわけだ。
これはゴブリン仮面から俺への警告だな。
「心配するなよ。旅先から戻ったら、また相談にもくるさ」
「他にも〈バロック〉には、組織に都合の悪い人間を暗殺しているという噂があります。くれぐれもお気を付けを」
俺はゴブリン仮面に親指を立てて返事をし、ネフラを連れて公園を後にした。
◇
「ジルコくん」
ギルドへの帰り道、ネフラが心配そうに話しかけてきた。
「ゴブリン仮面の話を聞く限り、〈バロック〉はかなり大きな規模の組織みたい」
「俺もそう感じたよ」
「ルリ姫達、大丈夫かな」
ルリは明言こそしていなかったが、〈バロック〉の実在調査に赴いたと俺は推測している。
彼女らの向かうパーズは俺達とは逆方向だが、〈バロック〉の影響力が計り知れない以上、どうしても気にかかる。
「……嫌だな。空が曇ってきた」
見上げると、さっきまで青かった空に黒い雲がかかり始めていた。
これから東への旅だというのに、幸先悪い気がしてならない。
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