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4-007. 羽化の予感

 ゾイサイト・ピズリィ。

 セリアンのクマ族にして、冒険者等級Sの拳闘士(ウォーリア)

 最強の冒険者ギルドと謳われる〈ジンカイト〉において、一、二を争う戦闘力を誇る狂戦士がこの男だ。


「邪魔じゃ女子(おなご)どもぉ!!」


 ゾイサイトが周囲の机や椅子を払い除ける。

 飛んでくる家具を躱しながら、ルリとフローラはそれぞれ真逆の壁まで飛び退いた。

 二人とも俺に加勢する気はまったくないようだ。


「ジルコォ。貴様、そのジジイをかばいだてするつもりかぁ?」


 ゾイサイトの理性はかろうじて残っている様子。

 あくまでその殺意はサルファー伯爵だけに向けられている。


「落ち着けゾイサイト。飲み過ぎだ!」

「黙れっ!!」


 たった一声発しただけで、この場の空気が震撼する。


「まずは冷静になって話し合わないか? 事故だと言える根拠がある」

「貴様――」


 ゾイサイトが、すっと俺の銃口を指さす。


「――わしの顔にこれを向けておきながら、よくそんなことが言えたものだなぁ」


 ……返す言葉がない。

 この状況に混乱しているのは俺も同じか。


「いいから気を静めろ! たまにはサブマスターの言うことも聞けっ」

補欠(サブ)の言葉にそんな価値があるものか!」


 ……だよなぁ。

 こいつならこう言うよなぁ。

 今までだって俺はこんな風に軽んじられてきた。


「心配するな。一発お返しするだけじゃあ!」

「それをやめろって言ってんだ!」


 加減を知らないゾイサイトの拳を受けたら、伯爵なんて即死してしまう。


「あれは事故だ! 伯爵はお前に敵意を持っているわけじゃない」

「知ったことかよ」

「ゾイサイト。一歩でも近づけば撃つぞ」

「面白い!」


 ゾイサイトが平然と一歩を踏み出した。

 このオヤジは酔っていても酔っていなくても、いつもこうだ。

 暴走すると歯止めが利かない。

 あの(・・)クリスタですら、ゾイサイトと揉めるのは避けている。

 それほどの恐るべき怪物なのだ。

 だが、〈ジンカイト〉の悪評に直結する事態を見過ごすわけにはいかない。


「なんなんだ、この亜人は! 早くなんとかしろブレドウィナー!!」


 俺の後ろから怖いもの知らずの言葉が聞こえてきた。

 亜人――それは、セリアンに対する差別用語にも等しい言葉だ。


「ほう。わしを亜人呼ばわりとは……。ジジイ、貴様さてはセリアン差別主義者だな!?」

「ひいっ! ブレドウィナー、今すぐこの化け物を撃ち殺せ!!」


 亜人に化け物、終いには撃ち殺せ……。

 なんでこのジジイは火に油を注ぐようなことばかり言うんだ。


「エル・ロワは貧弱な思想の国だが、人の世に差別を生まぬという理想には感服していた。だが、その理想を踏みにじる者が目の前におるとは!」


 また一歩。

 ゾイサイトが足を踏み出してきた。


「潰すに足る理由ができた! どけいっ、ジルコッ!!」


 さらに一歩。

 ゾイサイトの顎に銃口が当たる。

 仕方なく用心金(トリガーガード)に掛かる指を動かそうとした、その時――


「化け物め!」

「成敗する!!」


 ――俺の両脇から、それぞれ影が飛び出してきた。

 伯爵の身辺警護(ボディガード)の二人だ。


「やめろ!」


 俺が叫んだ直後、身辺警護(ボディガード)の一人が飛び跳ねて天井に頭から突っ込んだ。

 否。飛び跳ねたのではなく、かち上げ(・・・・)られたのだ。

 天井に頭を突っ込んだ身辺警護(ボディガード)は、身につけた甲冑の重量ですぐに床へと落ちてきた。

 倒れた身辺警護(ボディガード)の兜は、バイザー部分に見事な拳の形を残している。

 ピクリとも動かないが、生きているんだろうな……?


「うがっ……ががっ」


 一方で、うめき声が聞こえてきた。

 声の方へと向き直ると、もう一人の身辺警護(ボディガード)がゾイサイトに兜を握り潰されている真っ最中だった。

 五本の指が兜を割って、内部へと食い込んでいく。

 ……まるで万力だ。


「殺す気か!?」

「その半歩手前よ」


 半殺し宣言をはばからず、ゾイサイトはますます指先に力を込めていく。


「お、おのれ……化け物」


 兜を潰されながらも、さすがは貴族の身辺警護(ボディガード)

 彼は盾の内側に仕込んでいた短剣を取り出し、ゾイサイトの脇腹へと突き立てて一矢報いて見せた――


「んん?」


 ――なんてことはなかった。

 刃先が腹に当たった瞬間、短剣の方が欠けてしまったのだ。

 まったく呆れるばかりの腹筋だ。


「悪い(かね)じゃのぅ。そんなもんでは、わしに手傷を負わすことなどできんぞぉ!」


 そう言うなり、身辺警護(ボディガード)をぶん投げた。

 彼は空中をくるくると回りながら、窓を突き破って庭へと姿を消した。


「な、なんてことを……」


 貴族の身辺警護(ボディガード)を務めるような連中を、ここまで子供扱いするとは。

 しかも、全身に超重量の甲冑をまとう盾衛士(シールダー)だぞ。

 それを軽々と投げ飛ばすなど、人間の範疇(はんちゅう)を遥かに超えた膂力だ。


退()け」

「う……」


 俺はゾイサイトの獣の(かお)に凄まれ、体が勝手に道を開けていた。

 ……何をやっているんだ、俺は。


「つまらんのう。貴様の連れは実につまらん」

「ひっ」


 ゾイサイトが伯爵の前に立ち、その蒼白の顔を覗き込んだ。

 同時に、俺の鼻に何か臭ってくる。


「わ、わしに指一本触れてみろ! ただでは済まんぞっ」


 震えおののく伯爵は、自分の粗相(・・・・・)に気付いてもいない。


「ち、近寄るなぁぁっ!」

「男ならシャキっとせんかぁっ!!」


 ゾイサイトの一喝。

 明らかに伯爵へと向けられたものだが、俺はその言葉を聞いてハッとした。

 仮にも俺は次期ギルドマスターという大役を任された人間だというのに、この無様はなんだ?

 先代のジェットなら、こんなことで臆するか?

 勇者なら、指をくわえて見たままか?

 違うだろうジルコ・ブレドウィナー。

 いつまでサブマスター(・・・・・・)でいるつもりだ?

 ……俺は、覚悟を決めた。


「もうよせ。ゾイサイト」


 言うが早いか、俺はゾイサイトの後頭部へとミスリル銃(ザイングリッツァー)を突きつけた。

 振り返ったゾイサイトは、相変わらずの獣の(かお)で俺を睨みつけている。

 だが、俺はもう動じない。

 戦ってでもこの男を制圧すると俺は覚悟を決めたのだ。


「ほぉ。ジルコ……貴様のその顔、ずいぶん久しぶりだのぅ。魔王が消えて以来、すっかり覇気を無くしていたと思ったが」


 俺が覇気を無くしたなんて、とんでもない誤解だ。

 それはむしろお前の方だろう。


「俺は次期ギルドマスターだ。このギルドにいる以上、俺には従ってもらう」

「そいつぁ初耳だな」


 言うに事欠いて初耳だと!

 ゾイサイトもギルドマスターの後任宣言の場にいたじゃないか。

 ……あ。そう言えばこいつ寝ていたな。


「いつまでも()ねて酒ばかり飲んでいるんじゃない。その上、こんなつまらないことで発散するくらいなら、生き残ってる魔物の一匹でも仕留めてきたらどうだ!」


 ……沈黙。

 俺の啖呵(たんか)を受けてなお、ゾイサイトは口を真一文字に結んだままだ。

 視線はゾイサイトへと向けたまま、俺は目の前にたたずむ大男の一挙手一投足の観察に全神経を注ぎ込んだ。

 指先はミスリル銃(ザイングリッツァー)の引き金にかかっている。

 いつでも撃てる。


「くっく――」

「?」

「――くっくっくっく」


 沈黙を破って、突然ゾイサイトが笑い始めた。


「くっくっくっく」

「な、何がおかしい……!?」

「いやなに、なかなかどうして!」


 ゾイサイトは笑いながら、手のひらで俺の頭をバンバンと叩いた。

 これは機嫌がいい時のゾイサイト特有のスキンシップだ。

 本人は頭を撫でているつもりなのだろうが、やられる側は鈍器で殴られるようなものだ。


「なにすんだっ!」


 とっさに手を振り払おうとしたものの、するりと躱される。


 ゾイサイトは何も言わず、そのまま俺に背を向けて歩きだした。

 そして、さっきまで燃やしていた伯爵への殺意もすっかり消え去り、笑いながら外へと出て行ってしまった。


「な、何がおかしいのかしら?」


 庭を歩き去るゾイサイトの背中を見送りながら、アンが不思議そうにつぶやく。

 ネフラが俺へと振り向き、困惑した顔で尋ねてくる。


「ジルコくん、どんな魔法を使ったの」

「……さぁな」


 危機が去り、全身にどっと汗が噴き出てきた。

 それに加えて、ゾイサイトに叩かれた頭がまだ痛む。


「こほん」


 フローラがわざとらしく咳払いをするや――


「私は帰らせていただきますわ。言いたいことは全部言い終えましたから」


 ――そう言い残して、足早にギルドから去って行った。

 その一方で、ルリは――


「すまなかった、ジルコ殿。一度ならず二度までも」


 ――俺の前へと駆け寄ってきて、深々と頭を下げた。

 ルリもフローラも、さっきまでの荒々しい気迫はどこへやら。

 どうやらゾイサイトの割り込みで白けてしまったようだ。


「しかし、私の言い分も聞いてほしい。彼女らのような無礼な(やから)は、どうしても腹に据えかねるゆえ」


 彼女ら、とはきっとジャスファも含まれているのだろう。

 ルリが揉める相手はいつも礼儀知らずの連中ばかりだからな。


「顔を上げてくれ。きみの言い分もわかるけど、今後は自重してくれると助かる」

「善処する。本当に申し訳ない」


 ルリは改めて謝罪の言葉を述べると、しゅんとしたままタイガ達のいるテーブルへと歩いて行った。

 彼女を見送る際、俺は視界に入ったタイガを睨みつけた。


「あの野郎……!」


 タイガは今も平然と酒を飲んでいる。

 隣で狼狽(うろた)えているトリフェンが滑稽(こっけい)に見えるほどに。


 セリアンのトラ族であるタイガなら、クマ族の気性の荒さも熟知しているはず。

 この場でもっともゾイサイトの対処法を心得ていたのは、この男であるはずなのに……。

 一言文句でも言ってやろうか、と考えていた矢先――


「ブレドウィナー」


 ――サルファー伯爵が話しかけてきた。

 この人はつくづく間が悪い。


「今日は日が悪い。機会を改めさせてもらうぞ」


 伯爵にしてはらしくない(・・・・・)、ずいぶん神妙な面持ちだ。

 ゾイサイトに心底恐怖を叩きこまれて、毒気が抜かれてしまったのだろうか。


「さっさと起きろ、この役立たずどもっ」


 伯爵は床に寝ている身辺警護(ボディガード)を蹴り起こすと、ズカズカと外へ出て行ってしまった。

 ギルドの外からも同じセリフが聞こえてくる。


「一体なんだったんだ……」


 俺は唐突な疲労感を覚えて、近くの椅子へと腰掛ける。

 今さらながら伯爵の要件も気に掛かるが、もはやその話題を口にする気力も残っていなかった。


「よくゾイサイトを止めることができたね」


 俺の傍にやってきたネフラが、感心したように言った。

 俺自身、ゾイサイトが素直に矛を収めたことを意外に思っていた。

 それ以上に、あの場で俺の口からあんな強気な言葉が出てきたのもちょっとびっくりだ。


「なんでかな。クロードのことがあって自分に自信がついたからかもな」

「それは……そうかも」


 思い付きで口にした言葉に、ネフラが納得したようにほほ笑んだ。

 その笑顔を見て、俺はようやく安堵することができた。


「とりあえず大事にならずに済んでよかった」


 コートを脱ごうとした時、懐からはらりと何かが抜け落ちた。

 それは、表で受け取った二通の手紙だった。


「そう言えば、まだ内容を確認してなかったな」


 俺は拾い上げた二通のうち、裁判所からの手紙の封を開けた。

 折りたたまれた羊皮紙を広げると、そこには予想通りのことが書かれていた。


「……なんて?」

「先方が訴人代理を立てられないから、自動的に俺の無罪確定だってさ」


 もともと訴人代理を名乗り出ていた〈サタディナイト〉のビズが再起不能になったことで、この結果はわかっていた。

 一番面倒な決闘裁判が早々に片付いたことで、少しは肩の荷が下りた気分だ。


「そう言えば、ビズはあの後どうなったのかな」

「知りたくもない」


 次に、二通目の手紙の封を開けた。

 差出人は俺の知らない人物だが、宛名はギルド名しか書かれていない。

 便箋(びんせん)に目を通してみると――


「これは……嘘だろ……!?」


 ――俺は息が詰まりそうになった。


「……ジルコくん?」

「メテウスが……死んだ」


 それを聞いて、ネフラの顔色が変わる。


「嘘。メテウスくんが?」

「先週ヴァーチュで事故死したって……」


 ……メテウス。

 俺のかけがえのない親友。

 解雇後はヴァーチュの鍛冶屋で世話になっていると親方から聞いていたが、まさか……どうしてお前が……?


『いつか俺の造ったナイフを使ってくれよ、ジルコ』


 かつてメテウスと交わした約束を思い出す。

 まさかそれが永遠に果たされない約束になってしまうなんて……。


「親方になんて説明すればいいんだ……」


 シリマは俺の運命に波がある、と言っていた。

 親友の死がその波のひとつだって言うのか?

 俺はまだ見ぬ未来に対して、漠然とした恐怖が肥大していくのを感じた。

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