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4-006. 怒髪天を衝く

 シリマの不吉な言葉を気にしながらも、俺はギルドへと到着した。

 気づけば、すでに日は暮れ始めている。


「ジルコくん、どうかした?」

「いや……」


 門扉の前でネフラに声をかけられながらも、俺は夕日から目が逸らせなかった。

 遠目に沈んでいく太陽。

 赤く焼ける空が、まるで赤い血のように見えてしまう。

 ……シリマがおかしなことを言ったせいだ。


「入ろう。とりあえず水でも飲みたい」


 俺は夕日から顔を逸らして門扉をくぐろうとした。

 その時――


「あのう!」


 ――突然、でかい声で背後から呼び止められた。


「お届け物っす! ギルドマスターさんいらっしゃいます?」


 振り向くと、街路に飛脚の少年が立っていた。

 黒い髪からぴょこんと白くて長い耳が飛び出ている。

 背は小さいが、手足はもこもこした体毛に覆われ。

 くりっとした大きな瞳。

 鼻はふっくらしていていて柔らかそう。

 ついつい顔をつついてみたくなるような、セリアンのウサギ族の少年だった。


「俺はサブマスターだ。代わりに受け取るよ」

「どうもっす!」


 受け取りのサインを終えた後、少年は肩に背負った箱から手紙を取り出すと、それを俺の前に差し出した。

 受け取った手紙は二通。

 一通目は、封蝋に裁判所の紋章が刻まれていたので中身は見なくてもわかる。

 きっと先日の決闘裁判の結果が書かれているのだろう。

 二通目は、無印の封蝋だったため中身の察しはつかない。

 署名も俺の知らない人間のものだった。


「では、確かにお届けしましたんでっ!」

「ああ。ご苦労さん」

「それでは、またのご利用お待ちしてまっす!」


 そう言うと、少年飛脚はぴょんと飛び跳ね、街路の先まで走り去ってしまった。

 さすが飛脚だけあって冒険者顔負けの俊敏さだ。


「誰から?」

「一通は裁判所。もう一通は俺の知らない人からだ」


 素性不明者からの手紙をネフラに渡したものの、彼女もその署名には見覚えがない様子。

 ギルドマスターの知り合いなら、親方に見せればわかるかもしれない。

 まぁ、その親方もまだ王都には帰ってきていないんだけど。


 手紙を懐にしまい、俺は門扉をくぐった。


「……?」


 庭を歩くさなか、俺は入り口の奥から発せられるただならぬ気配に気が付いた。

 ……とても嫌な予感がする。


「まさか!」


 俺は庭を突っ切って急いで扉を開けた。

 すると、酒場では――


「いいかげんにしないか。彼も迷惑している」

「何の権限があって私の邪魔をしているのですの?」


 ――やっぱり(・・・・)ルリとフローラが揉めていた。

 しかも、二人ともマギギレ直前といった顔つきじゃないか。


「じ、ジルコくん……」


 後から酒場に入ってきたネフラが、即座に場の不穏な空気を察した。

 同じタイミングで俺達の存在に気付いたアンが、酒場の中央(ルリ達)を避けるようにして俺のもとへと回り込んでくる。


「ジルコさん、あの二人なんとかして!」

「一体何があったんだ」

「それが――」


 アンの話を聞いた限り、原因はフローラであることがわかった。

 俺とネフラが戻る少し前、冒険者パーティー〈(あけ)鎌鼬(かまいたち)〉の三人――ルリ、タイガ、トリフェンがギルドに帰ってきた。

 その場に居合わせたフローラは、彼らと何でもない雑談を始めた。

 しかし、フローラがトリフェンに対してジエル教への改宗を勧め始めたことで、雲行きが怪しくなる。

 あまりにもしつこく、かつ強引だったため、困惑したトリフェンをかばってルリが口を挟んだことから、今の睨み合いに至ったのだという。


「なんでそんなつまらないことで揉めるんだ……」


 俺は頭を抱えた。

 ルリは生真面目で頑固一徹な性格だから、納得いかないことがあると周りが見えなくなる。

 対して、フローラはそもそも人の話を聞かない類の人間。

 二人とも戦闘力は俺より上だ。

 下手に止めに入って火に油を注ぐ形になったら、俺の命が危ない。

 この仲裁、どうしたものか……?


「ジエル教こそが至上の教えですわ。アニマ教などという古臭い教えは、これからの新時代にそぐわないと思いますの」

「異なる思想の持ち主を無理やり取り込むのがジエル教のやり方か。人の心を尊ぶと言う割には、ずいぶん手前勝手な物言いだ」

「あなたのような異国の女性には、ジエル教の高尚(こうしょう)な理念は理解できないようですわね」

「何を信じるかを選ぶのは個人の自由だ。誰に強制されるものではない!」


 これは相容れない口論だな……。


「こんな事態にタイガは何やっているんだ!」

「あっち」


 アンが指さした方を見ると、酒場の隅のテーブルに二人の姿があった。

 あたふたするトリフェン。

 その隣で、静かに酒をあおるタイガ。


 ……あのトラ野郎。

 パーティーメンバーのルリがこんな状態なのに、何をそんな呑気に酒を飲んでいやがるんだ!?


「ジルコさん、早くなんとかしてっ」

「そんなこと言われても……」


 酒場を見渡すと、受付カウンターの前の机にひときわ大きな背中が見えた。

 ……ゾイサイトだ。


「ゾイサイトのやつ、戻っていたのか」

「今日もずっとお酒飲んでますよ」


 すぐ後ろで強烈な殺気がぶつかり合っているのに、我関せずとは。

 なんて図太い神経をした奴だ。


「ジルコくん」

「ジルコさぁん」


 両隣から俺の名を呼ぶ女の子達の声が聞こえてくる。

 止められるものなら止めたいが、二人の怪物相手にどうしろってんだ!


「おぬしの態度には以前から疑問を持っていた。相手を尊重できぬ者が、己が信仰を勧めるなど笑止千万!」

「あら、奇遇ですわね。私も常々思っていましたの――」


 フローラが片足を後ろに滑らせながら、戦闘の構えを取る。


「――とっくに滅びた国の教えに、未練たらしくしがみついているあなたの滑稽(こっけい)さときたら!!」

「……骨は拾うと約束しよう」


 売り言葉に買い言葉。

 ルリもまた、利き手を腰のアマクニ刀の柄へと掛けた。

 ……これはさすがにもうヤバい!


「二人とも、いいかげんに――」


 俺が止めようと足を踏み出すのと同時に、バンッ、と背後の扉が開いた。

 驚いて振り向くと、そこには――


「邪魔するぞ、冒険者ども!」


 ――サルファー伯爵の姿があった。

 なんでこの人、こんな最悪のタイミングでやってくるんだ!?


「相変わらず閑古鳥(かんこどり)が鳴いとるな!」


 伯爵は俺を突き飛ばし、そのままズカズカと酒場へと入ってくる。

 しかも、臨戦態勢のルリとフローラへと向かって。

 ……何も知らないとは恐ろしいものだ。


「ちょっと伯爵、待ってください!」


 俺が伯爵の袖を掴もうとすると、甲冑をまとった身辺警護(ボディガード)盾衛士(シールダー)二人に割り込まれた。


「分をわきまえろ平民!」

「貴様のような者が、汚い手で伯爵に触れようとは」

「馬鹿野郎! 今はそんなこと言っている状況じゃないんだぞ!?」


 身辺警護(ボディガード)達が俺の行く手を阻んでいる間も、伯爵はズカズカと奥へと進んで行ってしまう。

 その時、身辺警護(ボディガード)の二人に、ネフラとアンが飛び掛かった。


「ジルコくん、今のうちに!」

「早くあのオッサンなんとかしてっ」


 突然の少女達の抵抗に、さすがの身辺警護(ボディガード)もたじろいだ。

 その隙をついて俺は二人の間をすり抜ける。


「サルファー伯爵!」


 俺は伯爵の腕を掴み、その足を止めさせた。


「失礼ながら今は取り込み中でして! 話はまた今度――」


 言い終える間もなく、俺の顔に衝撃が走った。

 伯爵が手に持っていたステッキで俺の顔を殴りつけたのだ。


「この無礼者がっ!」


 さらにステッキをもう一振りされたが、身を躱すことは容易だった。

 しかし、今度は背後から身辺警護(ボディガード)に羽交い絞めにされてしまう。


「冒険者風情がふざけた真似を!」

「くっ! 離せよ、馬鹿野郎――うぐっ」


 身辺警護(ボディガード)に悪態をついた直後、伯爵にステッキで腹を突かれた。


「いってぇ……。何をするんです!」

「やかましい、この痴れ者がっ」

「がっ」


 またステッキで顔面を叩かれた。

 こんな軌道がバレバレの一撃も、羽交い絞めにされていては躱しようがない。


「〈ジンカイト〉もお終いだなっ! こんな青二才が次期ギルドマスターとは!」


 二発、三発、と伯爵はステッキで何度も俺の体を叩いた。

 一体なんでこんなことになっているんだか……俺は混乱してきた。


「何すんのよ、このオッサン!」

「ジルコくんに暴力振るわないでっ」


 少女達の訴えも空しく、俺を叩く伯爵の手は止まらない。


「立場がわかっておらんのなら、わからせるしかあるまい!? 平民が! 貴族に対して! こんな無礼を――」


 とまで言ったところで、伯爵の手からステッキがすっぽ抜けた。

 弧を描いて飛んで行ったステッキは、今にも戦い始めそうなルリとフローラの頭上を越え――


「あっ」


 ――奥で飲んでいたゾイサイトの後頭部へと命中した。


「……ッ」

「……!」

「あ……」

「嘘……」


 それを見て、その場の誰もがピタリと動きを止めた。

 ルリも。

 フローラも。

 ネフラも。

 アンも。

 身辺警護(ボディガード)達も。

 ……ただ一人を除いて。


「おのれ、わしのステッキはどこへ行ったっ!?」


 場の空気が急にピリついた。

 ルリとフローラが殺気をぶつけ合っていた時とは比べるべくもない。

 命に関わると容易に察せられる凍えるような殺気に――


「は、伯爵……っ」

「サルファー伯爵、どうぞこちらへ……!」


 ――身辺警護(ボディガード)達もどれだけヤバい状況かを察したようだ。

 だが、もう遅い。

 遅すぎる……。


「わしのステッキ、だぁ……?」


 ゆっくりとカウンター席の巨体が立ち上がった。

 そして、足元に落ちたステッキを拾い上げ――


「せっかくの安息のひと時を邪魔するたぁ、いい度胸じゃなぁ……!?」


 ――怒りの形相に顔を歪ませたゾイサイトが、俺達へと振り向いた。

 全身の体毛という体毛が逆立ち。

 両腕や首筋にはみるみる太い血管が表れ。

 獲物を狩る肉食獣の目を剥き出しに。

 向かい合っているだけで押し潰されそうなほど、禍々しい覇気を放っている。


「うっ……」


 ルリは驚愕の(まなこ)で後ずさり。


「ひいっ!」


 フローラは顔を青くして後ろへ飛び退き。


「な、ななな! なんじゃこいつはぁっ!?」


 サルファー伯爵はその場に腰を抜かし。


「……!」


 俺は蛇に睨まれた蛙のごとく、全身が硬直して動けなくなった。

 すぐ後ろにいる二人の身辺警護(ボディガード)や、ネフラとアンも同じだろう。


「今、わしのドタマにこいつを投げつけた野郎は、どこのどいつじゃあ!?」


 ゆうに身長2mを越える巨体が、ギルドの天井すれすれのところを迫ってくる。

 丸太のように太い腕はさらに隆起し、手にしたステッキを軽々と握り潰した。

 一歩一歩迫りくる足はミシミシと床板を軋ませている。


「ぶち殺してやるわっ!!」


 ……ヤバい。

 完全にブチ切れている。

 この状態のゾイサイトを止められるのは、ギルドマスターか勇者の二人くらいのものだ。

 とても俺には止められない。


「貴様かジジィィィッ!!」

「ひいいいいいっ!!」


 ゾイサイトが腰を抜かしている伯爵の胸倉を掴み上げた。

 ジタバタと暴れるものの、彼の短い足は空しく宙を蹴るだけだった。


「覚悟せぇよぉ!」


 ……もはや死なばもろとも!


「みんな、ゾイサイトを止めるぞっ!!」


 俺は覚悟を決めて、ミスリル銃(ザイングリッツァー)をゾイサイトへと向けて構えた。

 俺一人だとかなう余地はないが、幸いこの場には〈ジンカイト〉の冒険者が六人も揃っている。

 六人がかりなら、いかにゾイサイトといえどもうかつな真似はしないだろう。

 と言うか、しないくらいの理性が残っていてほしい。


「なんじゃあジルコォ。貴様、たった一人でわしとやり合うつもりかぁ?」


 ……?

 何を言っているんだ、こいつ。

 俺一人なわけじゃ――


「え」


 ルリ、フローラ――その場から微動だにせず。

 タイガ――離れた机で静かに酒をあおる。

 トリフェン――相変わらずあたふたしながら様子を見守る。

 ネフラ、アン――互いに抱き合って震えている。


 ――向かい合っているの俺だけかよっ!!!?


「ガキが。そのミスリル銃(オモチャ)手に入れて、わしにもかなうと調子づいちまったようじゃなぁ――」


 ゾイサイトはゴミを捨てるようにポイっと伯爵を放り投げると。


「――(なぶ)るか」


 両手の指を鳴らしながら俺へと迫ってきた。


「マジか……!?」


 ……シリマ。

 俺は早くも日々の選択(・・・・・)を誤ったかもしれない。

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