4-002. 運命を視る者①
俺とネフラはシルバーヴィアを並んで歩いていた。
シルバーヴィアは、王都の東門から西門まで一直線に突っ切る大通りだ。
通り沿いには、貴族から平民まで、様々な客層向けの店が立ち並んでいる。
王都でもっとも多くの人種がすれ違う場所と言えるだろう。
そんな場所であっても、エルフの姿は珍しい。
すれ違う連中の視線がチラチラとネフラを見ているのがわかる。
「……で、その占い師とお前はどういう関係なんだ?」
「私の育ての親、とでも言うべき人」
「ああ、後見人か。前にギルドマスターが言ってたな」
「そう。私のお婆ちゃんみたいなもの」
そう言うネフラの顔は、どことなく嬉しそうだ。
◇
俺は目的地にたどり着いて、思わず唸った。
「……これが件の占いの館か」
門扉を越えて庭先に入ると、建物の壁を大量のツタが覆い隠していた。
まさに緑に包まれた館といった風情か。
入り口へと続く小道には立て看板が置かれており、そこにはデカデカと占いの館〈シリマナイト〉と書かれている。
さらに入り口へ目を向けると、ツタに覆われていない扉には怪しい宣伝文句が書かれた板が打ち付けられており――
あなたの恋愛、金運、仕事運、占います。
未来に不安ある方への助言承ります。
鑑定料は40グロウから。応相談。
――めちゃくちゃ胡散臭い。
「さすが占いの館だな。入り口からして雰囲気がある」
ネフラの手前こう言ったが、本音を言うと怪しさ満点だ。
ここに来たのは失敗だったかも……とさっそく思い始めている。
「壁にあんなにツタが……。シリマったら、また掃除を怠けて」
あのツタ怠慢かよっ!
てっきり俺は館の雰囲気を出す演出だと思っていたのに……。
「どういう人なんだ?」
「……会ってみればわかる」
ネフラはそう言うなり、扉の前でドアノッカーを鳴らした。
少しして扉の奥から声が聞こえてくる。
「誰だい。予約の時間にはまだ早いよ!」
ややしわがれた女の声。
ネフラは隣に立つ俺を一瞥すると、扉に向き直って声に応える。
「シリマ。私です、ネフラです」
程なくして施錠が外される音が聞こえ、扉が開いた。
「なんだネフラかい。一体何しに――」
その時、俺は中から出てきた人物と目が合った。
その人物は長い耳を持った人間――エルフだった。
しかも、顔に深いしわを刻んだ老婆。
「――おやおや。男連れとはね」
俺を見上げる老エルフは黒い眼鏡を掛けていた。
ただでさえエル・ロワでは眼鏡利用者は珍しいのに、さらに稀有な黒いガラスレンズの眼鏡とは。
こんな黒塗りで、俺の顔がちゃんと見えているのだろうか。
「初めまして。俺は――」
「入りな」
俺が名乗る前に彼女は顔を引っ込めてしまった。
今の対応だけで相当気難しい人物だとわかる。
「ジルコくん、入って」
「ああ」
ネフラは表情ひとつ変えない。
自分の後見人だけに、勝手知ったるといったところか。
◇
扉をくぐった先は、燭台の火がにわかに照らす薄暗い部屋だった。
壁際には占い道具らしき物が並べられた棚。
中央には星の形をした天板の机が設置され、水晶玉が乗せられている。
天井からは星や月の描かれた天幕が吊り下げられ、より一層怪しい雰囲気を醸し出している。
「次の客が来るまで、しばらく時間がある。それまでは話を聞いてやるけど――」
老エルフは椅子に腰掛けて続ける。
「――客として来たのかい。それとも別の理由で来たのかい」
彼女は黒眼鏡の奥からジロリと俺を睨んでいる。
「ちょっと探し物があって。ついでに未来のことも占ってもらおうかと」
「……ついでにだって?」
「え」
「未来ほど大事なものはありゃしないやね! ついでと言うなら、探し物の方だろうがっ」
突然シリマが怒鳴りだした。
いくらなんでも客に対して無礼過ぎやしないか?
「ちょっとシリマ、落ち着いて。この人が前にも話したジルコくんなの」
「ジルコ? この男がかい」
シリマは訝しむように俺の顔をジロジロと見入ってくる。
「……ったく。自己紹介もろくにできない男とはねぇ!」
それは、あんたがしゃべらせてくれなかったからだろう……。
「俺の名はジルコ・ブレドウィナー。ギルド〈ジンカイト〉のサブマスターを任されている」
「知ってるよ!」
なぜ怒鳴る!?
自己紹介にこだわったのはあんただろ!
「あたしはシリマ。この占いの館の主人さ」
シリマが水晶玉に手を当てると――
「可愛いネフラが連れてきたお客さんだ、さっそく占ってやるよ!」
――その周りにエーテル光が輝き始めた。
「椅子に座りな。まずは探し物からだ」
シリマに言われるまま、俺は彼女の対面の椅子に座った。
彼女が水晶玉を撫でると、玉の中心から光を放ち始め、周りのエーテル光が踊るようにして動き始める。
「まだ探し物について説明してないんだけど」
「おしゃべりは時の無駄。黙ってな坊や」
初対面の人間を坊や呼ばわりかよ……。
そりゃあエルフの老婆から見れば、俺は子供も子供だろうけど。
……シリマが水晶玉を覗き込んでややあって。
急に彼女が顔をしかめるのが見えた。
「ふん。お前さん、大層な運命力を持ってるね」
「運命力?」
「お前さんは多くの人間を己の運命に巻き込むことを定められてるよ」
「何を占っているんだ? 俺は探し物を――」
「黙りな坊や。探し物を占うにも、お前さんの運命に触れなきゃ始まらないんだからね」
占いをしている間もこんな調子なのか、この婆さん。
そう言えば鑑定料について何も聞いていないな。
……なんだか不安になってきた。
「運命とは当人を中心として放射状に世界へと広がっている。人も物も場所も、すべてが運命の糸で繋がっているのさ。その糸で繋がる事柄は、望む望まずを問わずいずれ必ずお前さんと巡り合う」
「俺にもわかるように言ってほしいんだけど」
「視えてきたね。お前さんの運命の糸が繋がっているもの。これがどうやら探し物のようだよ」
……聞きやしないな、この婆さん。
まぁ、探し物の場所さえしっかり教えてくれればいいさ。
「ずばり東だ! 坊やの探し物は、ここより東の地にてお前さんを待っている」
「……東?」
「そ。東」
「具体的には?」
「東っつったら東なんだよっ!」
……マジか、この婆さん。
占い師って連中は昔から胡散臭いとは思っていたが、この婆さんはとびきり胡散臭い部類ということがわかってきたぞ。
そっちがその気なら、こっちも相応の態度で臨んでやろうじゃないか。
「あんたなぁ! それじゃ何もわからないのと同じじゃないか!!」
「同じなもんかい! 東にお前さんの探し物があるんだよ!」
「そもそも俺が何を探してるか、あんた聞いてないだろ!? 俺は希少な宝石を探しているんだ、東に行けばそれが手に入るってことなのかっ!?」
「知らないよ!」
「なんでだよ!」
売り言葉に買い言葉。
思いがけずに興奮したところを横からネフラに止められた。
……恥ずかしい。
「取り乱して申し訳ない」
「本当だよ。だから坊やなのさ」
このババア……ッ!
客商売で、よくもこれだけ人を小馬鹿にした態度を取れるもんだ!
切り返しの口撃を考えていると、ネフラが俺の前に身を乗り出してシリマの顔を覗きこんだ。
「シリマ。ジルコくんにとって探し物は死活問題なんです」
「はんっ! あたしは占ってくれと言われたから占ったまでだよ」
「シリマ。お願いします」
「……ネフラ。お前、本当にこいつなのかい?」
「え?」
「こんな坊やでいいのかい、って聞いてるんだよ」
俺の存在を無視して、シリマとネフラがいきなり別の話を始めた。
これまでの会話から察するに、シリマは以前から俺のことを知っていたみたいだけど、今は一体何の話をしているんだ?
「はい」
「……そうかい」
よくわからないが、シリマは納得した様子で再び水晶玉を覗き込んだ。
ネフラはネフラで何やら目を泳がせており、俺の隣に戻っても顔を合わせようとしてくれなかった。
「希少な宝石、とか言ってたね」
「ああ」
「用途は?」
「ある女性との取引で」
「女ぁ!?」
突然、シリマが机を叩いて俺を睨みつけてきた。
さっきからこの人の情緒がまったくわからない……。
「ギルドの仕事で取り引きがあって。相手が女性なんです」
「ちっ。早くそう言えっての」
ネフラがフォローしてくれたおかげで、シリマの怒りは収まったようだ。
しかし、どうして相手が女だからって怒り始めたんだ?
高齢者は苛立ちやすいと聞いたことがあるが、エルフにもその気があるのだろうか。
「答えは変わらないよ。東だ」
「その東ってのを、もっと具体的に教えてもらいたいんだけど」
「これだけ強く東の気配が出てるってことは、偶然じゃないね。お前さんが自らの明確な意思によって、東への旅を選択することになる」
「東への旅……?」
「そこでは、多くの運命の糸が絡み合っている。……人の多い場所さね」
「人の多い場所……っていうと、都か?」
「さてね。あんたの求める探し物もそこで手に入るかもね」
「信じる根拠は?」
「あたしの店は、予約制だよ」
「……? だから?」
「業突く張りの金持ちどもが、予約してまであたしの占いを頼りに来るんだ。根拠はそれで十分だろ」
「そういうことかよ……」
自分の占いは、予約制にでもしないと捌ききれないほどに客が多い。
客が多いってことは、評判も良いってわけだ。
つまりそれだけ良く当たるって言いたいんだな。
「シリマのお店は貴族や商人にお得意様が多いの」
ネフラからも直々のフォロー。
こんなあくの強い婆さんのもとにわざわざ金と時間をかけて訪ねる連中がいるっていうのは、確かに胡散臭いだけの占い師にはあり得ないよな。
「わかったよ。あんたの占いは頭に入れておく」
「妄信するよりはその方が利口だよ」
しかし、東の人の多い場所ってだけじゃなぁ。
王都の東にも都はいくつかあるが、そのどこかってことなのか?
やっぱり胡散臭さを拭えない。
「……ありがとう。鑑定料はいくら?」
「4000グロウもらうよ」
「ふざけんなっ!」
俺は思わず机を叩いてしまった。
4000グロウなんて、いくらなんでも不当な請求だ!
「表の看板には40グロウから応相談って!」
「ありゃ子供達向けの値段さね。あんたみたいに立派に働いてる男からは、しっかりといただくよ」
「ご立派な主義だな……っ! でも、さすがに度を越した請求じゃないか?」
「死活問題を解決する糸口を提示してやったのに、その言い草かい」
「こ……の……っ」
クソババアッ!!
……とは言えない。
「わ、わかった……。でも、今は手持ちが足りない。後で支払う」
「ちっ。天下の〈ジンカイト〉は報奨金が高いと聞いてたけど、大したことなさそうだね」
なんでこの人、こんなに俺に突っかかってくるんだ?
こんな老獪な人物が、素直で可愛いネフラの後見人というのが信じられない。
この婆さんの下で何年も暮らして、ネフラがよくあんないい子に育ったものだ。
「で、もうひとつの方はどうするんだい」
「もうひとつって?」
「自分の未来を知りたいかってことさ」
……そのことをすっかり忘れていた。
「本当に未来なんてわかるのか?」
「わかるとも」
「本当にぃ?」
「疑り深い坊やだね。現に、お偉方はそれを目当てに訪ねてくるのが多いよ」
その理由も未来を言い当てると評判だから、か?
さっきみたいな占いで本当に未来を言い当てられるのか怪しいものだ。
俺は隣に立つネフラをちらりと見上げた。
ここはどうしても彼女の意見が欲しい。
「……」
俺と目が合ったのに、ネフラは困ったようにほほ笑むだけだ。
一体どういう意図の笑いなんだ、それは。
「さぁ、どうするんだい!?」
シリマが水晶玉を撫でながら、俺を睨んできた。
「男ならハッキリしなっ!」
この状況、なんで俺が問い詰められてるの?
「ちなみにいくら?」
「40000グロウ!」
「……っ」
このババア……ッ!!
俺は机をひっくり返したい衝動を必死に抑えた。
……元をたどって考えてみろ。
ネフラが勧めるほどの占いの館だ。
彼女が信頼しているからこそ、俺に紹介してくれたんだ。
俺は信じる。
目の前のこの嫌味なババアじゃなく!
俺の隣に立つ相棒のネフラをっ!!
「視られるもんなら、視せてもらおうじゃないか! 未来っ!!」
俺の言葉を聞いて、老エルフが白い歯を見せてにんまりと笑った。
「まいどあり♪」