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4-001. 兆し

 クロードの件が解決してから二週間。

 俺が王都へ戻ってきてから色々なことがあった。


 まずは教皇庁から使いがやってきて、事の顛末を伝えることになった。

 看破の奇跡が使われる中での説明だったが、上手い具合に嘘をつかない(・・・・・・)説明だけをすることで、クロードが生きているという事実は隠し通すことができた。


 一方で問題になったのは、使いに勇者の聖剣アルマスレイブリンガーを渡した時だ。

 剣身から〈ザ・ワン〉を取り外されていたことが大騒ぎになってしまった。

 錯乱する使いを落ち着かせた後、〈ジンカイト〉側で責任もって聖剣を修復することを約束して、なんとか事無きを得た。

 そのため、親方は修復作業のために即日教皇領へと発つことになり、いまだに帰ってきていない。

 おかげで、俺のミスリル銃(ザイングリッツァー)の整備はずっと後回しになっている。


 あとは決闘裁判に出たり、ギルド管理局への説明など……。

 ゆっくり休む暇もなく、あっという間に時間が経ってしまった。


「疲れた……」


 ようやく身辺が落ち着いて、酒場の机に突っ伏していると――


「どうぞ。疲れた時にはコーフィーが一番」


 ――アンがコーフィーを淹れたカップを持ってきてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 にこやかなアンの前で、俺はコーフィーを一気に飲み干した。

 鼻を通る甘い香りに、喉に残るまろやかな後味。

 ……癒される。


「美味しかったよ」

「はい」


 アンは満足そうな顔で空になったカップをトレイに乗せる。

 しかし彼女は厨房に戻らず、隣に立ったままニコニコしていた。


「どうした?」

「うふふ。楽しみだなぁって」

「楽しみ? ……あ」


 アンに言われて、俺は彼女の誕生日のことを思い出した。

 確かアンの誕生日は5月19日……来週だ。

 すっかり忘れていた。


「本当に楽しみ! うふふふっ」


 アンはご機嫌な顔で厨房へと戻って行った。

 どうやら誕生日プレゼントにかなり期待しているみたいだな。

 ギルドの一員といっても、彼女は冒険者ではなくただの受付嬢。

 普通の女の子(・・・・・・)なのだ。

 そんな子に何をプレゼントすれば喜ばれるのか、イマイチよくわからない。

 花か? 飾り細工か?

 それとも、貴族令嬢が着るようなドレス?

 ……わからない。


 俺が頭をひねっていると、入り口の扉を開いてネフラが入ってきた。

 彼女はずいぶん疲れた顔をしている。


「どうした?」

「クリスタリオスから逃げてきたの」


 そう言って、ネフラは俺の対面の椅子に座った。

 直後、ぐったりと机に突っ伏してしまう。


「何があったんだ」

「図書館で偶然顔を合わせて。私の魔法を研究したいと言って、それからずっと付きまとわれて……」

「またその件か。で、了承したのか?」

「してない。怖い」


 ネフラがギルドに入った時からクリスタはこの子に執着していた。

 確かにネフラの魔法を知れば興味が湧くだろうが、彼女の研究に協力して廃人にされた魔導士(ウィザード)の噂もあるので、おいそれと承諾するわけにはいかない。

 図書館で偶然にっていうのも怪しいものだ。

 今だって、ネフラを追ってクリスタがギルドへやってくるかもしれない。

 そう思うと俺だって平静としてはいられない。

 何せ、クリスタこそ次に解雇通告する相手なのだから――


「ここかっ!」


 ――そんな言葉と共にいきなり扉が開いたものだから、俺はビクッと身を震わせてしまった。


「クリスタ!?」

「えぇっ!?」


 思わずクリスタの名前を叫んだ俺に、突っ伏していたネフラまでもが驚く。

 二人して目を丸くしながら入り口へと目を向けると、そこには――


「ふん。閑古鳥(かんこどり)が鳴いとるわ」


 ――貴族の装いをした髭面のハゲ男が立っていた。


 見覚えのない顔だ。

 彼の周りには全身を甲冑で武装した盾衛士(シールダー)らしき四名の人物が付き従っており、主が酒場に足を踏み入れるや、物々しくその周りを取り囲んだ。


「どちら様です?」

「わしを知らんのか。なんとも不愉快な歓迎だな」


 ……嫌味全開だな。

 とは言え、貴族を怒らせると後が厄介だ。

 できる限り刺激せずに追い返したいところだが。


「サブマスターをここに呼べいっ!」

「サブマスターは俺ですけど」

「お前が? ジェットの言っていた後任だというのかぁ!?」


 疑わしいと言わんばかりの顔で、俺を睨みつけてくる。


「ジルコ・ブレドウィナーです。先日、ジェットから後任のギルドマスターを拝命しました」

「お前のような若造が後任とはな。盛者必衰とは言うが、天下の〈ジンカイト〉もいよいよ落ち目か」


 初対面の相手に向かって失礼なことを言う奴だ。

 ……まぁ、間違ってはいないけど。


「どういったご用件でしょうか」

「わしはサルファー伯爵だ。用件を聞く前に、せめて紅茶(ティー)でも出さぬかっ!」


 サルファー伯爵と名乗った男はズカズカと酒場に入って来るや、背を向けて座っていたネフラの肩を掴んだ。


「女! 貴様が紅茶(ティー)を持ってこい!」


 気安くネフラに触りやがって、この野郎!

 ……とは言えない。

 当のネフラも、顔を伏せながら露骨に不快な表情を浮かべている。


「アン、お客様がいらした! 紅茶を一杯頼む!!」

「は~い」


 厨房のアンへと呼びかけ、返答をもらう。

 それを聞いた伯爵は満足げに口元を緩めると、近くの椅子へと腰掛けた。

 すかさずその後ろに身辺警護(ボディガード)盾衛士(シールダー)達が回り込む。


「わしの口に満足いかぬ紅茶(ティー)を出せば、承知せんぞ」


 知るかよ!

 マジで厄介な貴族がきやがったな。


「で、ジェットはどこにおる? 奴も連れてこんか!」

「今は王都におりません」

「なんだと。……まったく間の悪い男だな」


 そう言うなり、伯爵は椅子から腰を上げた。


「時の無駄をした」


 伯爵は(きびす)を返し、身辺警護(ボディガード)を連れて入り口へと戻り始めた。

 おいおい。

 当人がいないとわかって早々、紅茶も飲まずに退散か。


「あの、サルファー伯爵。俺でよければ代わりに用件をうかがいますが」

「よいものかよ! うぬぼれるなガキがっ」


 伯爵は怒鳴りながら、持っていたステッキで近くの椅子を叩きつけた。

 庶民の思う嫌な貴族(・・・・)の典型だな、この人は。

 とは言え、ここで退けば舐められる。

 ギルドの看板を背負うからには、相手が貴族でも下手に出るわけにはいかない。


 俺は立ち上がってすぐに伯爵の後を追った。

 途中、身辺警護(ボディガード)に道を阻まれたものの、俺は気にせずに伯爵の背中へと声をかけた。


「これでもそこらの若造に比べれば修羅場をくぐっています。あなたの時を無駄にしない程度の話はできると思いますが」


 少々、挑発的な物言いだったかな。

 伯爵との間に入っていた身辺警護(ボディガード)の一人が、ぬっと俺に顔を寄せてくる。


「貴様、無礼であろうが!」

「待て」


 伯爵の声がかかるや、その身辺警護(ボディガード)はすぐに身を引いた。

 代わりに、伯爵が俺に向き直って近づいてくる。


「肝は据わっておるな、ガキめが――」


 伯爵はいやらしい笑みを浮かべながら、俺の肩へと腕を回してきた。


「――困ったことがあったら口を利いてやるぞ。ただし、貰うものは貰うがな」


 取り計らってほしければ、賄賂(わいろ)を渡せ――つまりはそう言うことか。

 ……まったく嫌な貴族だ。


「また来る。その時には上手い茶菓子でも用意しておけ、ブレドウィナー」


 そう言うと、伯爵は身辺警護(ボディガード)を連れて今度こそギルドから出て行った。


「あの人、なんて?」

「仲よくしようよ、ってさ」


 ネフラを心配させまいと、俺は適当に言い(つくろ)った。

 俺がすぐ傍の椅子に腰掛けた時、ちょうど紅茶をトレイに乗せたアンが厨房から出てくる。


「あれ、お客様は?」

「もう帰ったよ」


 アンは少しむくれた顔をしたが、気を取り直して俺の隣の椅子へと座った。

 そして、淹れてきた紅茶を俺の前に差し出す。


「せっかくだし、ジルコさんこれ飲んで」

「ああ。ありがとう」


 紅茶を飲む俺を、アンは机に肘をついてじっと眺めている。

 そんなに見つめられたら飲みにくいぞ。


「私にも一杯くださらない?」


 ネフラがわざとらしく音を立てながら椅子を引いた。

 椅子に座るなり、続けざまにドン、とミスリルカバーの本を机の上に置く。

 直後、ネフラとアンの視線が机の上で交差する。

 俺には二人の視線がバチバチと音を立てているように感じられた。


「ふっ。コーフィーも砂糖を入れなくちゃ飲めないお子様が、紅茶をご所望?」

「悪いの?」

「紅茶は大人の飲み物よ。お子様の口に合うかどうか」

「紅茶くらい飲んだことあるわ。いいから持ってきて!」


 なぜ喧嘩を始めるんだ……。


「ジルコさん。来週はいよいよ私の誕生日ですよ。プレゼント、今から楽しみにしてますからねっ」


 ネフラとの口論中、アンがいきなり話題を変えた。

 どうやらネフラに対する当てつけらしい。

 対するネフラは、ムッとした顔でアンを睨みつけている。


「誕生日が何か? ひとつ年を取るだけの日でしょう」

「ああ、エルフには関係のない話だったわね!」


 その時、ネフラの表情がわずかに強ばるのを感じた。

 俺はとっさに二人の会話に割って入る。


「アン、コーフィーを二杯追加で! ひとつには砂糖を多めにな」

「はいはい。お待ちくださいませっ」


 アンは不満げな顔で厨房へと戻って行った。


「ジルコくん――」


 アンの背中を見送る俺に、ネフラが話しかけてくる。


「――いつまでも友達に隠し事をしているのは良くないよね」


 アンはネフラがハーフエルフであることを知らない。

 そもそもネフラの素性はギルドでも限られた者しか知らないのだ。

 それは彼女の身を守るという意味もあるが、母親に捨てられたこと、奴隷だったこと、嫌な過去を思い出させないための配慮でもあった。


「別にいいんじゃないか。話す必要のないことは黙っていても」

「でも、なんだか嘘をついているみたいで……」

「友達だからって、あけすけに身の上を明かさなきゃならないものでもないよ」

「そうかな……」

「そうさ」


 ネフラは納得したのか、こくんと小さく頷いた。

 口元はわずかだが緩んでいるように見える。


「ところでさ」

「なに」

「女の子がもらって喜ぶ物って何かな。あ、普通の女の子って意味な」


 その瞬間。

 ネフラの口が真一文字に締まり、鋭い視線が俺へと向けられた。


「私は普通の女の子じゃないと?」


 ……しまった。

 何かうかつなことを言ってしまったらしい。


「いや、ごめん。そういう意味で言ったわけじゃ」

「宝石でもプレゼントすれば? でも、この国では――」

「あ、そうだ」


 ネフラが言い終える前に、宝石と聞いて不意に思い出したことがあった。


「宝石探しの件、進めなきゃな」


 ネフラがキョトンとした顔をしている。


「前に話しただろ、クリスタへの解雇通告の件」

「ああ。そのこと……」


 クリスタを解雇するに当たって重要なこと。

 それは、決して彼女の怒りを買ってはならないということだ。

 誇張ではなくマジで山をも吹き飛ばす魔導士(ウィザード)だ。

 本気で怒らせた日には、骨すら残さず蒸発させられかねない。

 ゆえに、彼女に納得してギルドを辞めてもらえる条件をこちらで提示する必要があるのだ。

 そのことをネフラに相談した時、希少な宝石を迷惑料として進呈するというアイディアが出たのだが……。


「彼女が納得するような宝石、簡単に見つかるとは思えない」

「そりゃその通りだけど」

「それに、物で釣るような真似をして不快に思われないかな」

「うっ」


 ネフラの不安はもっともだ。

 気まぐれ、かつ利己主義(エゴイズム)の塊のようなクリスタのこと。

 彼女が嫌悪感を示さないわけはない。

 しかし、そうは言ってもだ。


「あいつのプライドを刺激せず、かつ敵愾心(てきがいしん)(あお)らずに済む方法は、もうそれしか思いつかないだろう」

「だとしても、物凄く不安」

「悩んでも仕方ない。一寸先は闇って言うし、なるようになるさ」


 俺が言うなり、ネフラが急に黙り込んでしまった。

 楽観的過ぎると呆れられてしまったかな?


「……未来がわかれば過去の災難からも逃れられる、かも」

「え?」

「ジルコくん、自分の未来を知る方法があると言ったら信じる?」

「未来ぃ?」

「私の知り合いに、未来を視せることのできる占い師がいるの」


 ネフラが急に突飛なことを言いだした。

 未来を視せるって……どういうことだ?


「いくらなんでもそれは、なぁ……」

「今から行こう。きっと役に立つと思うから」


 ネフラが真剣な顔で訴えてくる。

 この子が言うなら、あながち絵空事でもないのだろう。


「より良き未来のきっかけを掴めるなら、それもいいかもな」


 俺の言葉にネフラが笑顔で頷いた。

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