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1-009. 奇妙な情報屋

 奇跡に癒された子供は、再び風船玉を追って公園を走り回っている。


「仲間達と気楽に遊べて羨ましいなぁ」


 上下関係も対立もない子供が羨ましい。

 そんな本音がポロリと口に出てしまっていた。


「闇の時代が終わったからこそ、ですね」


 不意に、俺に話しかけてくる男の声。

 いつの間にか、俺のすぐ後ろにゴブリン仮面の姿があった。

 俺に気配を気取らせないとは……。

 やっぱりこいつ、ただの道化師(ジェスター)じゃない。 


「そうだな。俺が子供だった頃はもっと鬱屈としていたよ。国も町も人間も」

「この平和な時間は、闇の時代を必死に戦ってきた者達が築き上げた奇跡とも呼べる代物です。何ものにも代えがたい素晴らしい光景だと思いませんか」


 仮面をつけているので、表情から道化師(ジェスター)の本音をうかがい知ることはできない。

 ただの酔狂な慈善家なのか。それとも……。


 俺が観察(・・)していると、子供がゴブリン仮面に風船玉をもらいにきた。

 ゴブリン仮面は背中に背負った大きなカゴから風船玉を取り出すと、それを子供へと手渡した。


「ありがとぉ、ピエロのおじさん!」


 風船玉を掲げて走っていく子供を、ゴブリン仮面は手を振って見送った。

 道化師(ジェスター)というのは子供にとって一見不気味に見えそうなものだが、そう思われないのはこの人物の人柄だろうか。


「今のピエロってなんのことだ?」

「サーカスに出てくる道化師(ジェスター)はピエロと呼ばれてる」


 ぬっと、俺とゴブリン仮面の間にネフラが割って入ってきた。

 さすが本の虫。なんでも知っていらっしゃる。


 ゴブリン仮面のもとにはさらに子供達が集まってきて、次から次へと風船玉をねだっている。

 彼が子供達に風船玉を渡す時、俺はふと気づいたことがあった。

 ゴブリン仮面の着るぶかぶかの衣装の下から、チラチラとテールコートが見え隠れしていたのだ。

 片方の袖口にはカフリンクスがあるのに、もう片方にはない。

 そしてそのカフリンクスは、俺が親方から受け取ったものと同じ。

 ……こいつが情報屋か!


 俺はポケットからカフリンクスを取り出し、ゴブリン仮面の前に突き出した。


「……あの方の紹介でしたか」


 ゴブリン仮面はキラリと光るカフリンクスを見て、俺の用を察したようだ。

 彼はカフリンクスを受け取ると、手慣れた様子で袖口に留める。


「場所を変えましょうか」

「そうだな。だが、まずは――」


 俺は周囲を見渡して、ゴブリン仮面に遣り残した仕事があることを教えた。


「――配るものを配ってからだ」





 ◇





 王立公園からやや離れた橋の上。

 橋の欄干に手をついて、川を眺めるゴブリン仮面。

 俺とネフラは、すぐ隣からそんな彼の様子をうかがっていた。


 彼は途中で道化師(ジェスター)の衣装を脱ぎ捨てて、仕事着(テールコート)になっていた。

 しかし、不釣り合いなゴブリンの仮面はそのまま。

 情報屋という立場上、素顔を見られたくないのはわかるのだが…。


「なぁ。なんでゴブリンなんだ?」


 どうしても知りたい欲求に駆られて、ついつい尋ねてしまった。


「ヒトの友人は、セリアンやドワーフ、エルフだけではないという訴えです」

「? 何のことだか……」

「ゴブリンだって立派な人間ではないですか。それなのに文化的に劣っているからと言って、蛮族として扱うなんてあまりに酷い」


 ゴブリンねぇ……。

 俺達の暮らすエル・ロワ王国では、ヒトにセリアンにドワーフ、そしてわずかだがエルフも同じ生活圏で暮らしている。

 よその国ほど差別はないが、それでも細かな事情でヒトが優先される社会であることは否めない。

 だが、ゴブリンはどこの国でもその容姿の醜さと不器用さから、諍いの原因を作ってしまって、他種族と馴染めないと聞いている。

 そんな彼らを擁護するこの男は、種族平等主義者とでも言ったところか。


「他にもリザードやトロルの仮面もありますよ」


 うん。俺の見立ては間違ってないな。


「本題に入っていいか?」

「ええ。どうぞ」


 俺は懐から取り出した羊皮紙をゴブリン仮面へと渡した。

 そこには、解雇対象となる冒険者の情報が簡単に記載してある。

 もちろん俺やネフラ、ギルドマスターを除いて。


「そこに名前のある人物の素行調査をしてほしい」

「……十名ですか。全員、エル・ロワでは名の知れた方々ですね」


 この情報屋が優秀ならば、リストを見た時点で俺の目的も察しているだろう。


「闇の時代の英雄も、新時代ではお荷物ですか」


 ほらな。

 きっと〈ジンカイト〉の情報もすでにある程度は持っているんだろう。

 こちらとしては話が早くて助かるが。


「ここ半年ほどで主流になりつつある論調に、英雄不要論があります。その煽りを受けたようですね」

「英雄不要論だって?」

「大事を成した英雄も、平和な時代には厄介者。魔物もわずかな残党を残して狩り尽くされ、町の防衛は王国兵だけで事足りるようになった今、冒険者(あなた達)はただの金食い虫ということです」

「不愉快極まる論調だな……」

「今や世界中の国々が軍縮を進めて、国民の生活基盤の回復に尽力していると聞きますからね」

「投資先が変わったってことか」

「他の大手ギルドでも冒険者の刷新を進めているところが多いですよ。新時代は冒険者よりも大工やパン屋の方が儲かりそうですね」


 ……皮肉が過ぎるぞ。

 しかし、案外それも的を得ているのかもしれない。

 この先、冒険者に未来ってあるのか?

 名声のために戦って歴史に名が残るとも、その日食うパンも困るような生活に落ちていくのが冒険者の運命(さだめ)なのか……?


「リストに名前がないということは、あなたが主導で動いているということですね。ジルコ・ブレドウィナー様」

「そうだ。やっぱり俺のこと知ってたか」

「〈ジンカイト〉の冒険者を知らない者はこの国にいませんよ」


 仮面の覗き穴から、俺を値踏みするような視線を感じる。

 依頼を受けるに値する人物かどうかを計っているんだろうか。


「素行調査、受けてくれるんだろ?」

「もちろんです。しかし、調査する相手が相手なだけに、少々値が張りますが」

「リスク込みの調査料ってことだな」

「30000グロウいただきましょう」

「30000!?」

「ええ。最悪、殺されることも加味した調査費です」

「ぐっ」

「ちょうど別件で、リストにある方と絡みのある仲間もいますから、一週間いただければご要望の情報を提出できると思いますよ」

「ぐぐっ」

「いかがいたしましょう?」

「わ、わかった……。30000グロウ、だな」


 俺の報奨金の二倍近い額じゃないか……。

 今月からはもう報奨金は出ないし、今までの貯蓄だって使っちまってほとんど残ってないってのに!


「では、承らせていただきます」


 ゴブリン仮面が胸に手を当てて軽くお辞儀をした。

 契約成立だ。


「次の月曜、同じ時間にここでお待ちしています」

「ああ」


 俺の暗い顔を見て心配になったのか、ネフラが駆け寄ってくる。


「ジルコくん。お金、大丈夫?」

「ああ。いや。……どうかな。……どうにかなるかな」

「もし大変なら、私の――」

「それはダメだ!」


 ネフラの言おうとしたことを察して、俺は彼女の言葉を遮った。

 ただでさえリスクのある仕事を手伝わせるのに、さらに金の無心なんてできない。

 次期ギルドマスターとしての示しがつかないってもんだ。


「お前が気にすることじゃない。金ならあるさ」


 ネフラは心配そうな顔のまま、こくりと頷いた。


 ……見栄を張ったものの、ギルドの金庫から金は出せない。

 つまり俺が自分の資産から(まかな)うしかない。

 銀行から借りるなんて本末転倒だし。


「なぁ、ツケは利かないか!?」


 ネフラに恰好つけた傍から、俺は恥も外聞も捨てて言い放った。

 ……が、すでに橋の上にゴブリン仮面の姿はなかった。


「あいつ、どこに消えた?」

「いつの間に」


 俺にもネフラにも気づかれずに橋の上から姿を消すとは。

 やはりあの情報屋、ただものじゃないぞ。

 暗殺者(アサシン)だって務まるんじゃないかと思うほどの隠形術だ。

 公園での癒しの奇跡といい、一体何者なのか興味が尽きない。


「ジルコくん」

「あ。いや……」


 ネフラが心配そうに眉をひそめて、俺の顔を見上げている。

 うわぁ。バツが悪い。


「も、戻るか」

「うん」


 それからはずっと、冒険者達の顔が頭の中でぐるぐるしていた。


 調査対象は十名。

 一週間後、どんな調査報告が出てくるのか。

 あいつらのことだ。きっと俺の顔が真っ青になるような結果が出るに違いない。


 せめてその日までは最後の平穏を満喫することにしよう。

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