1-008. ゴブリン仮面
ゆったりしたチュニックをまとい、父親と同じ深紅の髪の毛の快活そうな少女。
小柄で一見11~12歳の子供に見えるが、ドワーフはヒトより寿命が長い分、肉体の成長速度も緩やかなのだ。
こんな見た目で、彼女はネフラと同じ17歳だ。
「助かったわ! あいつら、しつこくてさぁ」
「なんでこんなところにいるんだよ。管理局に行っていたんじゃないのか?」
「行ってきたわよ! 役人にぐちぐち嫌み言われてさぁ。アッタマくるわ」
〈ジンカイト〉の関係者が管理局に行けば、そりゃ嫌みのひとつも言われるわな。
アンがプリプリ怒っているところを見ると、役人と相当やりあったようだ。
「でも、危険を承知で助けてくれるなんて、ジルコさんにとってあたしはそれだけ大切ってことね!」
アンが俺の腕に手を回してひっついてくる。
この子はたまにこうだ……。
「これから行くところがあるんだ。悪いけどアンは先にギルドに帰ってくれ」
「えー? 少しくらい遅れてもいいでしょう!」
「そういうわけには……。大事な用なんだって」
「あたし以上に大事な用って何ですかぁ!?」
その時、ドスン、という音が聞こえた。
俺とアンが音のした方へ振り向くと、そこには本を足元に落としたネフラの姿があった。
「……あら。いたのネフラ」
アンが声をかけてもネフラは返事をしない。
口を結んだまま、足元の本を拾い上げる。
「相変わらず不愛想なんだから――」
ネフラを一瞥すると、アンはまた甘い声を出し始めた。
「――ねぇジルコさぁん。あーゆー無表情で何考えてるかわからない子ってつまんないですよねぇ」
「別にそうは思わないけど」
「またまたぁ! と言うか、なんでネフラと一緒にいるんです?」
「二人で行くところがあるんだって」
「えー? ならあたしも連れて行ってほしいなぁ」
再び、ドスン、という音が聞こえる。
俺とアンが振り向くと、またネフラが地面に本を落とした音だった。
「ネフラ?」
彼女は刺すような視線を俺に向けている。
いつまでここでモタモタしているのか。
そんな意思を感じた俺は、腕に絡みつくアンを引き剥がして距離を取った。
「ごめんなアン! ギルドで親父さんが待ってるから、帰ってやってくれ」
「はぁい……」
アンの不満そうな顔といったらない。
「ほら。急ぐぞネフラ!」
俺は、そそくさと街路を歩き始めた。
ネフラは俺の後ろを駆け足でついてきたが、彼女がアンとすれ違った際――
「ふっ」「チッ」
――鼻で笑うような声と、舌打ちが聞こえたような気がしたが、俺は振り返ることはしなかった。
◇
王立公園は街中にありながら自然に溢れていた。
鳥のさえずりと共に立ち並ぶ緑樹、風に揺られる芝生、噴き上がる噴水。
王都に何ヵ所かある王立公園は、魔王が滅んだことを記念して篤志家の貴族が私財を投じて作らせた場所だと聞いている。
復興の時代になって、ようやく平民が手に入れた憩いの場というわけだ。
「さて、目当ての情報屋はどこにいるのかね」
公園を見渡すと、教会が近いこともあって子供を連れた大人が多く見られた。
一方で、情報屋らしき人物の姿はどこにもない。
そもそも情報屋をやっているような輩が、こんな人目のある場所に来るものなのか?
そう思い始めた矢先、何かに群がる子供達の姿が俺の目に留まった。
子供達が群がっているのは――
「あれは道化師か?」
道化師。
奇抜な化粧や装いで人目を惹き、大道芸や寸劇で観客を楽しませることを生業とする者達。
闇の時代には、荒んだ人々の心に芸で笑いをもたらした。
彼らはある意味で救世主的な存在だ。
だが、あんな仮面をつけた道化師は初めてお目にかかる。
彼(?)がつけているのは、ゴブリンの仮面だ。
可愛らしくデフォルメされており、本物のようなふてぶてしさは感じられない造形になっている。
ゴブリン仮面は、周りに集まってきた子供達に不格好な風船玉を配っていた。
「見ろよネフラ。ゴブリンが風船玉を配ってら」
ネフラも俺と視線を同じくし、ゴブリンに群がる子供達という奇妙な光景を目に留めた。
「彼らがどうかしたの?」
「ちょっと懐かしくてさぁ」
「懐かしい?」
「あの風船玉さ。俺もガキの頃にあれを使って弟達とよく遊んでたなぁ」
実家を出てもうすぐ十年になるだろうか。
公園を駆け回る子供達と、昔の自分の姿が重なる。
「私は、あれは好かない」
風船玉で遊ぶ子供達を見ながら、ネフラがぼやくように言った。
「やっぱり女の子は玉遊びは興味ないか」
「違う。あまり触りたくないだけ」
「なんで?」
「あれは死んだ豚の膀胱を膨らませたものだから」
なんだって!?
風船玉の素材ってそんなものだったのか……。
それを知れば、触れたくないと言うのもわからなくはない。
「そんなことよく知ってるな」
「本に書いてあった」
◇
俺達はしばらく公園をブラブラしていたが、情報屋らしき人物は姿を現さない。
「このままここに居ても、時間の無駄かもな」
「そう?」
「ん?」
「……なんでも」
目を合わせたネフラが唐突に顔を逸らした。
そう言えば、ネフラは依頼中以外はだいたい本を読んでいるのに、ここではそんな素振りを見せないな。
すぐ探索に飽きてベンチで本を開くと思っていたのに……。
ギルドに戻ろう、と俺が思った矢先。
風船玉を追いかけていた子供の一人が転んで、泣き始めた。
膝でも擦りむいたのだろう。
泣いている子供のもとにいち早く駆けつけたのは、ゴブリン仮面だった。
彼が子供の足にそっと手をかざすと、指にはめられた指輪の宝石が輝き始める。
「あれは……癒しの奇跡!」
俺は思わず声に出していた。
まさか聖職者でもない一介の道化師が癒しの奇跡を起こすとは。
宝石の輝きは、時と共に弱まっていく。
一方で、子供の擦り傷は見る見るうちに塞がっていった。
「なんで道化師が奇跡を……」
徳を積んだジエル教徒は聖職者として様々な奇跡を起こせるようになる。
宝石にはエーテルと呼ばれる霊的エネルギーが内包されていて、傷を癒したり嘘を見抜いたり、果ては罪人に天罰を下すことすらできる。
ジエル教徒が宝石を神聖視しているのは、そういう理由があるためだ。
「すごいね、奇跡って。お医者様いらず。聖職者のいない国に行けば、一生遊んで暮らせそう」
「……たぶん謀殺されるんじゃないかな」
俺としたことが、ネフラの冗談(?)についつい真面目に突っ込んでしまった。