3-044. 男の戦い ジルコVSクロード④
「今だ!」
俺はコルク銃の狙いを人造人間の胸にある〈ザ・ワン〉へと定め、引き金を引いた。
空気圧で飛び出したコルク栓は、クロードをかすめて〈ザ・ワン〉へ――
「こざかしいっ」
――届かなかった。
クロードが振り向きざま、ボロボロのマントでコルク栓をはたき落としたのだ。
「聞こえていましたよ。きみ達のズレた作戦会議は」
マントを剥ぎ取ると、クロードは俺達へと向き直って睨みを利かせた。
「こそこそと何をしているかと思えば、そんなオモチャで狙撃ですか。馬鹿にするにもほどがある!」
クロードは右手をポケットに突っ込むと、きらりと虹色に光る宝石を取り出した。
それは地下で俺が取り上げたはずの冒険者タグだった。
……ヤバい。当てが外れた。
〈ザ・ワン〉は人造人間のための魔法陣で使えないと思っていたが、手元に別の攻撃手段を取り戻していたとは……。
「そのまま死んだふりでもしていれば良かったのに。悪手ですねジルコ?」
クロードは指先につまんだ宝石を空中でぐるりと一回りさせ、即興で魔法陣を完成させた。
「熱殺火槍!!」
赤い魔法陣から撃ち出された炎の槍が風を切って飛んでくる。
速さを優先した粗雑な魔法陣だが、命中さえすれば殺傷力は変わりない。
「危ないっ!」
ネフラが俺をかばうように炎の槍の前に飛び出した。
間一髪、ネフラは脇に抱えていたミスリルカバーの本を開いて、攻撃魔法の抑留に成功した。
……そうだった。
ネフラには事象抑留がある。
この魔法殺しの魔法があれば、クロードが攻撃手段を持っていても問題ない。
属性魔法も、精霊魔法も、果ては奇跡だって、ネフラ(と俺)に狙いを定めれば無力化されてしまうのだ。
「もうやめてクロード――」
パタン、と本を閉じながら、ネフラは続けた。
「――あなたが間違った道を歩み続けること、アレクサンドラは望んでない」
その言葉でクロードの眉間に一層しわが寄った。
ネフラ。今その名前を出すのは得策じゃないぞ……。
「男を知らない小娘に何がわかる!!」
クロードらしからぬ言葉。
その言葉とともに描きだされた魔法陣は、奴の憎しみが表れているかのように赤く激しい輝きを放った。
「炎蛇の鞭舌!!」
魔法陣から燃え盛る炎がうねりながら飛び出してきた。
炎は蛇のごとく鎌首をもたげ、ネフラへと向かって音速の一打を振り下ろす。
……だが、結果は同じ。
ミスリルカバーの本が開かれた瞬間、炎の鞭はネフラへ届くことなく、渦を巻いて開かれたページへと吸い込まれて消えていった。
ネフラはペラリとページをめくり、次の魔法へと備える。
「ごめんなさい。魔法、私には効かないから」
「……あなたは厄介ですね。本当に魔法使いの天敵ですよ」
「もうやめよう。みんなボロボロ。これ以上は死んでしまう……!」
「命などこの計画を始めた時から捨てています」
クロードは三度魔法陣を描き始める。
今度も赤い魔法陣で、ネフラを攻め立てる気のようだ。
すでに無駄だとわかっていることを、なぜ繰り返すのか……。
クロードらしからぬ行動だ。
「今度も無駄! もうやめてっ!!」
「……やはり、まだ若い」
クロードが言い放った直後、魔法陣から赤い炎の矢が放たれる。
「熱傷吹き矢!!」
炎の矢はネフラに向かって――
「!?」
――飛んでくることはなく、彼女の1mほど手前に転がる瓦礫を直撃した。
炎の矢に砕かれた瓦礫の破片は空中へと飛び散り、そのうちひとつがネフラの頭部へと激突する。
「ネフラァァッ!!」
体の痛みも気に留めず、俺はネフラの名を叫んだ。
彼女はふらりとよろめくと、バタリとその場に倒れ伏してしまった。
「クロード……てめぇぇぇ!!」
無理を押して立ち上がろうとした俺は、バランスを崩して前のめりに転んでしまう。
……なんて無様な。
「ぐうっ……。ね、ネフラッ!?」
ネフラは額から赤い血を流し、ピクリとも動かない。
意識を失っているようだ。
「彼女が無敵なのは魔法そのものに対してのみであり、物理的な脅威にはまるで無力。それを過信するようでは崩すことなど造作もない」
クロードが憐れむような目で倒れ伏すネフラを見やる。
奴の言う通り、ネフラの事象抑留は魔法に対して無敵。
しかし、ただそれだけなのが彼女の弱点なのだ。
考えればわかることなのに、俺はまたミスを犯してしまった……。
「ぐ……うぅ……」
無駄な体力を使ってしまい、今の俺にはクロードへと暴言を浴びせることすらできない。
奥歯を噛んで、目の前の男を見上げるだけとは……情けない。
「辛そうですねジルコ」
「う……」
「わざわざトドメを刺すまでもない。死に際まで、私が世界の理を覆す様を見ていなさい」
クロードは踵を返して、人造人間のもとへ戻っていく。
完全に万策尽きたか……。
「……あ」
ふと、俺は目の前にコルク栓が転がっていることに気がついた。
ネフラは本を開いて事象抑留を発動させる前、手のひらに乗せていたコルク栓を放り出していたのだ。
目の前に転がるコルク栓は二発分。
コルク銃もまだ、諦めるなって言うんだな。
「へへっ。……名前はないけど――」
俺は転がるコルク栓のひとつをつまみ、銃口へと詰め込んだ。
「――コルク銃も俺の立派な相棒だ」
両膝をついたまま身を起こし、俺は最後の力を振り絞って左腕を上げた。
わずかな角度のズレも許されない。
銃口に詰め込んだコルク栓の向きも、クロードの立ち位置も。
勝利に偶然はなく、必然こそ必要な勝利への道程。
今の俺には、それが見えかけている。
「!? まだ性懲りもなく……」
俺の動きに気づいたクロードが、再び身をひるがえした。
「勝手に死ねばいいものを! きみは、よほど私に殺してほしいようですね!?」
クロードは苛立ちを隠せない様子で、再び冒険者タグを宙に掲げる。
魔法に対する絶対防御はもうない。
ひとたび魔法を発動されれば、俺は確実に殺される。
その前になんとしても……!
「どこに銃口を向けているのです!?」
俺は左手に握ったコルク銃を、クロードではなく左斜面に積み上がっている瓦礫の壁へと向けていた。
腕に力が入らず、銃口の狙いすらも定まらない。
……そう思ったか、クロード?
「お別れです。ジルコ・ブレドウィナー!!」
クロードが赤色の魔法陣を宙に描き始める。
2秒後には赤い炎が俺を貫くだろう。
「……そう。その位置がいい」
その前に、俺はお前を撃ち抜く照準を定めたぞ。
魔法陣が完成するよりも早く、俺はコルク銃の引き金を引いた。
射出されたコルク栓は、俺とクロードの対角線から45度左に向かって飛び。
4m先の瓦礫の側面を跳ねて。
さらに4m先のクロードの顔面へと着弾する。
「がっ!?」
着弾先は、もちろん鼻先なんかじゃないぜ。
右眼球への直撃弾!!
「がぁっ……うおおおおっ!!」
クロードは、かつて味わったことのないであろう痛みに身を震わせている。
現に、手元の冒険者タグを放り出してうずくまってしまった。
「ぎっ……きさ、ま……ジルコォォッ!!」
クロードは右手で傷を押さえるも、指の隙間から赤い血が流れ落ちていく。
残された左目を見開き、殺意のこもった視線が俺を突き刺す。
そんなクロードが次に取る行動はひとつ。
「ころ、して、やるっ!!」
やはり床に落とした冒険者タグを拾うため、身を屈めたな。
しかも、俺に向かって。
クロードは今、左手首から先がない。
ならば地面のタグを拾うため、右手を伸ばすのが道理。
その時、お前は潰れた右目をさらけ出す。
眼球に食い込んだばかりのコルク栓の尻を露にしてな。
俺の目からは、その尻がよぉく見える。
……クロードは俺の想定通りに動いた。
右手でタグを拾うや、空中に弧を描き始めたのだ。
「オモチャごときでっ」
「たかがオモチャでも、だ」
コルク銃は俺の師匠が改造してくれた立派な銃だぜ。
そして、俺の相棒だ。
「あの子のために! 死ねジルコ!!」
クロード。いつだったか、お前は言ったな。
知識こそ才能を凌駕する真の力だと。
ならば、その知識すらも凌駕する力があるとするなら――
「いや。終わりだ」
――それはもう、人間の努力と根性だけだよ。
最後のコルク栓を詰めたコルク銃を正面に掲げて、俺は引き金を引いた。
コルク栓は真っすぐとクロードへと向かって飛んで行き、その右眼球に突き刺さっていたコルク栓の尻を叩く。
直後、クロードの眼窩でコルク栓が爆裂した――
コルク銃とは名ばかり。
実際のところ、コルク栓に擬態した鉛玉なのだ。
否。それだけでは説明が足りない。
鉛が仕込まれているのはコルクの先端のみ。
コルクの内側には空洞があり、そこには火薬を詰め込んである。
もしもコルク栓の尻を、新たなコルク栓の鉛で突き破ったならば。
衝突の火花で、火薬に火がつくだろう。
――それはもはや、人間に耐えられる衝撃ではなく。
「ぐああぁっ」
クロードは大きく仰け反り、背中から勢いよく倒れ込んだ。
左目は白目を剥き、右目からは空へと向かって黒煙を上げている。
クロードはしばらくビクビクと痙攣していたが、やがて動きを止めた。
「終わっ……た」
決着がついたことを確信し、全身の力が抜けていく。
コルク銃を手元から落とすと同時に、すべての力を使い果たした俺もまた体を仰け反らせて地面へと倒れ込んだ。
その際、〈ザ・ワン〉によって描き出されていた魔法陣が光を失い、空中へと霧散していく様子も見届けることができた。
模様を描く術者が長時間離れていたため、魔法陣が自壊したのだろう。
……制圧完了。
ようやくの決着だ。
否。まだ終わってはいなかった。
今はただの人形に過ぎない人造人間だが、今後の混乱を避けるためにも早急に体を始末しなければならない。
……ああ、でも。
少しだけ、休みたい。
死にそうなほど働いて、本当に死にそうなんだ。
「綺麗な……空だな……」
俺の目には、真っ白な雲を日の出が照らす赤焼けの空が映っていた。
それはもう感嘆を漏らすほどに美しい光景。
できることなら、地平線から朝日が昇るのを拝みたいものだけど……。
その時、ガラッガラッゴロッ……と何かが転がる音が聞こえた。
丸く、少し重めの物体のように思えた。
それが斜面を転がって平面に落ちて止まった……そんな音だった。
そして――
「……!?」
――聞こえる。聞こえてくる。
ヒタリ……ヒタリ……と、それはまるで硬い床を裸足で歩く音。
しかも、体重の軽い小さな子供の足音のような。
それが遠くから。
少しずつ俺へと近づいてきている。
「クロード……?」
それは答えない。
「ネフラ……?」
は、俺のすぐ傍で倒れている。
「……誰、だ?」
無言のままそれは答えず、しかし確実にこちらに向かってきている。
ヒタリ、ヒタリと……。
わずかに首を上げることはできる。
しかし、そんなことはとてもできなかった。
自分に近づいてくるものを見ることが、あまりにも恐ろしくて。




