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3-043. 男の戦い ジルコVSクロード③

 首筋にガラス片を当てられながらも、クロードは諦めの表情を見せなかった。

 眉間にしわを寄せて、憎い仇のように俺を睨みつけている。


「お前の負けだ。お前の願いは叶えられない!」


 そう凄みながら、俺は手元のガラス片をぐっと押しつけた。

 クロードの首筋にできた切り傷から血が滴り落ちる。


「きみはまだ私を制圧したわけではない」


 この期に及んで言うことか!?

 なんて負け惜しみだ、見損なったぞクロード!


宝飾杖(ジュエルワンド)の宝石は砕いた! 冒険者タグも取り上げた! 今のお前に何ができる!?」


 そう。もはやクロードに打つ手はない。

 ……ないはずなのだ。


「ひとつ、重大なことを忘れていますよ」

「なんだって?」

「きみはここに何か(・・)を取り戻しに来たはずでは?」

「あ」


 クロードに言われて、今さらながら思い出した。

 勇者の聖剣アルマスレイブリンガー、およびそれに装飾された勇者の宝石〈ザ・ワン〉を取り戻すことが、俺の本来の目的だった。

 教皇庁との――教皇様との約束なのだ。


 ……ない。

 すぐ傍に横たわっている人造人間(ホムンクルス)の胸の上に〈ザ・ワン〉がない。

 クロードがこの子をベッドから降ろす時には胸元に確認できていたのに、一体いつの間に……!?


「人間が求める物は、いつだって近くにあります」


 ハッとしてクロードの顔に視線を戻すと、さっきまでの険しい表情はそこにはない。

 口元を緩めて、明らかに笑っているのだ。

 ……まるで勝ち誇るかのように。


「目先の勝利にとらわれて、注意が散漫になっていますよ」

「なん――」


 その時だった。

 クロードにまたがる俺から見て、左下の方から土色の光が発した。

 視線を落とすと、血まみれになったクロードの右手が床に転がる〈ザ・ワン〉へと触れていた。


流昇塵禍(ダスタ・ライズ)


 クロードがぼそりとつぶやくのと同時に。

 〈ザ・ワン〉の上に小さいながらも複雑な魔法陣が完成していた。


「くそっ」


 とっさにそうつぶやくのが精一杯だった。

 瞬間、地震が起こったかのような振動に見舞われた。

 クロードと人造人間(ホムンクルス)が横たわる範囲を避けるようにして、部屋一面の床が亀裂を生じさせながら渦を巻いて俺へと迫ってくる。

 息をつく間もなく、俺の全身は石の渦に押し上げられ――


「……っ!!」


 ――天井を突き破り、(そら)を舞った。





 ◇





「――!」


 ……。


「――くん!」


 ……誰かの声が聞こえる。


「――コくん!」


 ……聞き覚えのある声。


「――ルコくん!!」


 ……誰だっけ?


「ジルコくん!!」


 俺の意識がはっきりした時、息がかかるほど近くにネフラの顔があった。


「ネフ……ラ」


 ……うまく声が出せない。

 肺から無理やり息を吐きだすようにして、ようやく彼女の名を呼ぶことができた。


「ジルコくん……。よ、よかったぁ……」


 ネフラは俺に寄りすがって、碧眼(ブルーアイ)からぽろぽろと大粒の涙をこぼしている。

 その涙は彼女の眼鏡に妨げられて、俺の顔に落ちてくることはなかった。


「はあっ……! うっぐ……」


 ……苦しい。

 満足に息もできない。

 加えて、全身に力が入らない。

 俺の体は今どうなっているんだ?


「……夜明け、か」


 ネフラの泣き顔の後ろに赤焼け始めた空が見える。

 今さっきまで地下にいたはずだが、いつの間にか屋外に出ているのはなぜだ?

 ……そうだ。そうだった。

 俺はクロードの魔法で地上へと押し出されたのだ。

 少しずつ記憶がよみがえってきたぞ。

 最後の詰めを誤ったせいで、俺は手痛い反撃を食らってしまった。

 今の俺はちゃんと五体満足なんだろうな……?

 ああ、右腕は風の精霊(シルフ)にぶった切られたんだっけ。


「ぐぎっ……!」


 わずかに体の感覚が戻ってきた。

 今まで経験したこともない痛みが、つま先から頭の天辺(てっぺん)まで何度も何度も往復している。

 痛みが酷すぎて、まともに息もできない。

 ゾンビポーションの効果はとっくに切れてしまったようだ。


「ぎぎぐっ……!!」


 全身を襲う激痛に耐えながらも、俺は可能な限り現状の把握に努めた。

 うなじや指先の感触から察するに、どうやら俺の体は砂利の散乱する地べたに寝かされているらしい。

 かろうじて動くようになった首を左右に振ると、赤い屋根の破片や建物の残骸が周囲に散乱している。

 ……想像したくもない。

 俺ごと(・・・)地面がめくり上がって、地上の建物をバラバラに吹っ飛ばしたわけか。

 大丈夫なのか俺の体……?


 俺は懸命に声を絞り出して、ネフラへと問いただす。


「クロ……ホム……はどうなっ……た?」

「しゃべらないで! 死んじゃう……死んじゃうからぁ」

「起こして、くれ」


 俺の頼みに対して、ネフラは首を横に振る。


「起こせっ」


 強めに言うことで、ようやくネフラは体を起こすのを手伝ってくれた。

 ……ごめんな。


「ああ、こりゃあ……酷い」


 尻を地面につけたままの無様な体勢で、俺は自身の状態をおおむね把握した。

 幸いなことに、右腕以外は無事に体についたままだ。

 しかし、まるで高所から落ちたかのように両足はぐしゃぐしゃ。

 左腕はかろうじて指先まで動かせるようになってきたが、首から下はチュニックが真っ赤に染め上がっている。

 しかも体を起こしたことが災いしたのか、口からボタボタと赤黒い血が流れ落ちてきて止まらない始末。

 ……これはどうも内臓が潰されているな。


「お願い! ジルコくんを助けてクロードォ!!」


 俺の背中を支えながらネフラが叫んだ。

 彼女が向き直った先――俺の正面8mほどの距離に、クロードの背中はあった。

 見れば、奴の頭上には巨大な虹色の輪が浮かんでいる。


「なんてデカい……魔法陣だ……」


 目算で半径およそ150cmはあろうかという巨大な魔法陣が、クロードの頭上高くで水平に描かれていく。

 しかも、その円陣構築模様は恐ろしく複雑なものだった。


 魔法陣の真下には、これまた巨大な瓦礫――おそらくは俺が突き破ってひっくり返った岩盤――の上に、人造人間(ホムンクルス)の少女が横たえられている。

 彼女の胸には〈ザ・ワン〉が戻されており、やはり虹色に輝いていた。

 さらにその周りでは、胸部に突き刺さっている何本もの針が稲光のようにエーテル光を明滅させている。

 当のクロードは、〈ザ・ワン〉に指先を触れたまま魔法陣を見上げている。


「お願いクロード!! なんでもするから――」

「こちらの用が済んだら治してあげますよ」


 ネフラの必死の懇願を、クロードはそっけなく返した。

 奴の立場からしてみれば当然の扱いか……。


 俺の目には、クロード自身も満身創痍に映っている。

 左腕は手首から先がなく、右肩には大きな穴が開いており、それらを治療した様子はない。

 自分の体よりも人造人間(ホムンクルス)の方が大事ってわけか……。


「うっうっ……ううぅ……っ」


 ネフラは顔をうつむかせて、駄々をこねる子供のように泣き始めてしまった。

 すでに完全に戦意を失っている。

 今の彼女は冒険者ではなく、ただの女の子に戻ってしまっているのだ。

 ……それもこれも、俺が無茶をし過ぎたせいか。

 その上でこの有り様とは、救いがたい馬鹿だな……俺は。

 しかしそれでも、だ――


 一度やると決めたなら。

 その身が裂かれようと砕かれようと。

 全霊を尽くして、ただ真っすぐに己の信念を貫き通す。


 ――生きている限り、俺はその信念を違えないことを誓ったんだ……!!


「クロード、を、止め、る……」

「え?」

「手伝え、ネフ、ラ……」

「無理! もう無理! もう何もしないで!!」


 ネフラは、ケープが血で台無しになるのもはばからずに、俺へと抱き着いてきた。

 これほど取り乱したネフラを見るのは初めて会った時以来だな。


「ダメだ。やるんだ」

「嫌! ジルコくんが死んじゃう!!」

「それでも、やるんだ」

「絶対やだ! 死ぬなんて許さないっ!!」


 ……ネフラ。

 俺は、お前をそんなに泣かせてしまった俺自身を許せないよ。


「俺は、死なないっ。だから、手伝え、ネフラ。クロードを、止めるっ……!」


 息も絶え絶えながら、なんとか言い切った。

 どんな依頼(クエスト)であっても常に命懸けで臨むのが冒険者の作法。

 今回は例外的(イレギュラー)私事(クエスト)だけれど、その気概は変わらない。

 俺の気持ちが――信念が通じてくれたか、ネフラ?


「……わかった。でも、絶対に無事に一緒に王都に帰るって約束して」

「約束、する。これからも一緒だろ、相棒」

「うん」


 不安そうな表情は変わらずながら、ようやくネフラは泣き止んだ。

 そして、二人して小声になって土壇場の作戦会議を始める。


「現状は把握できているな、ネフラ?」

「……もう時間がない。あの巨大な魔法陣が完成すれば、〈ザ・ワン〉から人造人間(ホムンクルス)へと無尽蔵のエーテルが流れ込む。人造人間(ホムンクルス)が目を覚ましてしまう」

「まずは、それを妨害する」

「どうやって? 今のクロードは私達に気を配ってはいないけど、こちらに彼を攻撃する術はもうない……」

「あるだろ、ここに」


 俺は左足のホルスターに収まっているコルク銃を指さした。


「そ、それで……何ができるの?」


 ネフラが困惑した顔で俺を見入る。

 そう言えば、この子の前でコルク銃(こいつ)の真価を見せたことはなかったな。


「俺を、信じろ」

「……信じる」


 やや戸惑いの残る表情だが、彼女は俺の言葉にこくりと頷いた。


「俺の尻のポケットに、もう二発……コルク栓(タマ)がある。取ってくれないか」

「は、はい」


 俺は身を捻って、尻のポケットに入れておいた予備のコルク栓を取り出させた。

 その際、俺はホルスターに収まっていたコルク銃を左手で抜き取る。

 すでにコルク銃に詰めてある一発。

 そして今、ネフラの手のひらに乗っている二発。

 この三発分のコルク栓が、本当の最後の希望になる。

 ……絶対に失敗は許されない。


「まずは――」

「撃った後は任せて。私がすぐにコルク栓(替え)を詰めるから」


 俺が言うまでもなく、ネフラはやることを理解していた。

 すべてを言わなくてもやるべきことが通じる相手など、この世界に果たしてどれだけいるだろうか。

 ふと一瞥したネフラの横顔が、懐かしいあいつ(・・・)のそれと重なる。

 ……ダメだ、違うだろう。

 俺の隣にいるのは、ネフラ・エヴァーグリン。

 もうあいつ(・・・)はいないのだ。


 俺は左手に握るコルク銃を〈ザ・ワン〉へと向け、しっかりと狙いを定める。

 撃ち慣れているはずのコルク銃も、今この瞬間は照準合わせに緊張を隠せない。

 だが、ここまで来たら自分を信じるだけだ。


「……行ける」


 この一撃で勝ち筋を見出してみせる。

 くらえ、クロード。

 今日この場で、俺はお前を乗り越える!!

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