3-041. 男の戦い ジルコVSクロード①
天井に備え付けられたランプが、煌々と部屋の中を照らしている。
壁側には、横一列に並べられた巨大なガラス管。
内側はそれぞれ青い液体に満たされており、臓器のような物体が浮かんでいる。
部屋の中央には、古めかしいベッド。
そこには天使と見紛うような見目麗しい少女が裸で寝かされている。
年齢は8~9歳程度だろうか。
とても小さい少女だ。
彼女の胸に置かれているのは、聖剣から引き剥がされた〈ザ・ワン〉だった。
さらに、それを囲うようにして細長い針のようなものが円状に突き刺さっている。
この異様な空間で、俺は嫌悪感よりも先にある人物の姿を思い浮かべた。
「その子、アレクサンドラにそっくりだ」
白金よりも美しい白い髪に、雪のような白い肌。
両目をつむっているため瞳の色は定かではないが、その顔立ちはアレクサンドラにうりふたつ。
……きっと彼女に子供がいたら、こんな顔だったのだろう。
「なっ。なぜ――」
俺の発言にクロードが動揺する。
「――なぜ、きみがアレクサンドラを知っている!?」
不可解に思うのも無理はない。
近しい人物以外、二人の関係を知る者はいないだろうしな。
記憶を盗み見たとは言いたくないが、この期に及んで真実を隠すつもりはない。
「お前の記憶を見させてもらった。……すまない」
それを聞くや否や、クロードは顔を紅潮させて俺を睨みつけた。
「恥を知れっ!!」
クロードの怒声が狭い部屋の中に響き渡る。
彼にこれほどの怒号を浴びせられたのは、おそらく初めてのことだろう。
「……ごめん」
「ネフラはどこです?」
「え」
「思い出し玉を見たのなら、あの子も連れてきているのでしょう」
さすがにバレバレか……。
「ネフラは向こうの部屋で寝ている」
「なんですって?」
「お前と戦うことを拒否したんだ。だから眠らせてある」
「……そうですか」
クロードは平静を取り戻し、俺の背後の廊下へと目を向けた。
他に仲間が潜んでいることを警戒しているのだ。
「教皇庁の連中は?」
「ここには来ていない。俺とネフラの二人だけだ」
「なぜです?」
「お前の仕込みを真に受けて、今頃は海峡都市に向かっているよ」
「違いますよ。なぜ二人だけで来たのかと聞いたのです」
お前を思い留まらせるため、と言ったら笑われるかな。
しかし、目の前の光景を見る限り、もう説得で済む状況じゃないのは理解できる。
「〈ジンカイト〉の冒険者が起こした不祥事に始末をつけにきた。よその人間には任せられない」
「私はギルドを辞めた身です。もうきみ達とは関わりないはず」
「仮にも仲間だった人間が、間違った道を進むのを黙って見ていられるか」
クロードは大きく溜め息をついた。
そして、蔑むような視線を俺へと向ける。
「つまり私がこの子を目覚めさせる前に阻止しようというわけですか」
「……その子、本当に人造人間なんだな」
クロードは俺から視線を切って、ベッドに眠る少女へと移した。
彼女を見下ろすその顔はとても穏やかなものだった。
「綺麗な顔をしているでしょう。今朝、整形が終わったばかりなのですよ」
不意に、クロードの手が少女の顔に触れた。
指先で優しく彼女の頬を撫でている。
「そう。私と彼女が……何よりも望んでいた子供です」
「でも、自然に生まれた子供じゃない。禁忌を犯してお前が創り出した存在だ」
「そうしなければ出会えなかった」
……とんでもない執念だな。
だが、その子を目覚めさせた後はどうする気だ?
仲良く親子ごっこができるとでも思っているのか?
「お前は追われる身だ。いずれは人造人間の存在も明るみになる」
「でしょうね」
「そうなれば、どの国もお前を放っておかない。死ぬまで追われるぞ」
「承知の上です」
「その子は……怪物として生きていくことになる!」
「違います! この子は人間です!!」
クロードが声を荒げた。
人造人間なんてものを創っておきながら、その潜在的な脅威を否定するつもりなのか。
「私はね、ジルコ――」
わずかに間を置いて、クロードは続けた。
「――ただこの子と暮らしたい。この子の成長を見届けたい。誰かを愛し、子を産み、私が死ぬ時に看取ってほしい。それだけなのです」
人造人間の成長を見届けるだって?
それはいくらなんでも妄言に過ぎる。
俺の目に映るその少女は、確かに街中を普通に歩いていそうなごく自然な姿かたちをしている。
どこからどう見ても人間にしか見えない。
でも、違うだろう。
「現実から目を逸らすなよクロード。その子が――人造人間が大人になれるのか!? 子供を産めるのか!? 人間と同じ心を持てるのか!?」
人造人間とは、無敵の力を持つ完璧な人間。
だが、魂を持たない人造人間が人間と呼べるのか?
……違うだろう。
魂の無い人間なんて人形と同じじゃないか。
人の形をした得体の知れない何か。
その何かが想像を絶する力を持っている。
そんなものが邪な者の手に落ちたらどうなるか……。
「昔、人造人間を巡って数々の悲劇が起きたそうだな。お前は今、その歴史を繰り返そうとしているんだぞ!」
人の手に余る力は、争いの火種にしかならない。
仮にドラゴグが手に入れようものなら、兵器として使われることになるだろう。
錬金術師達の目に触れれば、泥沼の争奪戦が巻き起こることは想像に難くない。
教皇庁などの宗教団体が存在を知れば、再び魔女狩りが起こるかもしれない。
やはり人造人間は禁忌なのだ。
この場で破壊してしまうのが正しい選択に違いない。
俺が指先を引き金に掛けようとした時、唐突にクロードが口を開いた。
「君には、この子が化け物にでも見えるのですか? 人間――ヒトの子供じゃありませんか」
「それは見た目だけだ」
「違う。この子は人間です」
「まだ言うか……」
「私は人造人間の製造過程を見直し、人間としてこの子を生み出しました」
俺にはクロードの言っていることがわからない。
人造人間を人間として創ったとはどういうことだ?
「この子は伝説にあるような無敵の力など持たない。普通の人間として調整に調整を重ねた。子供だって作れるはずです」
「ま、まさかそんなこと……」
「私が愛した女性の子宮が、この子の体に使われているのです」
「……なんだって?」
こいつ、今なんて言った。
私が愛した女性……ってことは、アレクサンドラのことか?
彼女の子宮がその子に使われているって言ったのか?
「子宮だけではない。彼女の目、彼女の顔、彼女の内臓……。彼女が残した多くのものが、この子の体を形作る材料となっているのです」
「それじゃ……その子はアレクサンドラそのもの……なのか?」
「それは誤解です。脳は培養液で一から構成したものですから、彼女とはまったく別人です。私が欲しかったのは、あくまでも私と彼女の二人で産んだ子供なのだから」
つまりクロードは、恋人の体の部位を利用して限りなく人間に近い人造人間を創り上げたということか。
アレクサンドラの血と肉を受け継ぐ器――子供として。
そこまでして、お前は……。
「それでもきみは、この子を殺すことができますか?」
言いながら、クロードが俺へと向き直る。
まるで俺の間違いを非難するかのような眼差しを向けて。
「……お前は人間を創ったつもりだろうが、その子が怪物じゃない保証なんてどこにある!?」
「人造人間は、生まれた瞬間から高い知性と深淵なる知識を有していると言われています。その素養を残したこの子が、怪物になどなるわけがない」
「目覚めた瞬間から、その子は礼節と品性を兼ね備えた淑女ってわけか。とんだ親馬鹿だな、お前は!」
「確信があるのです。父親としてのね」
クロードは腰から下げた宝飾杖を手に取り、少女の胸の上に乗せられた〈ザ・ワン〉へと近づけていった。
「動くな! 魔法を使う素振りを見せれば、その子を撃つ!!」
何を躊躇っているんだ、俺は。
銃口はすでに人造人間に向いているというのに。
今この瞬間、この角度ならば、〈ザ・ワン〉にも邪魔されず確実に人造人間の頭を撃ち抜ける。
だと言うのに、俺はまるで無垢な人間へと銃口を向けているかのような錯覚にとらわれていた。
「動くなって言ってんだろ!?」
「私は父親になる。この子が目覚めれば、それが叶う!」
クロードが〈ザ・ワン〉の手前で魔法陣を描き始めた。
ネフラの推測では、〈ザ・ワン〉の莫大なエーテルを利用して眠っている人造人間を目覚めさせるということだった。
撃つなら今しかない。
……気にするな。
見た目がどうであれ、製造過程がどうであれ、人為的に創られた偽りの命。
人造人間は人間じゃない。
「クロードの馬鹿野郎っ!!」
悪態をつきながら、引き金に指をかけた瞬間――
「!?」
――突如、俺の右腕が二の腕から切断された。
風のゆらぎは一切感じなかった。
この狭い地下空間で……これほどの精度で風の精霊を動かすとは。
しかし、今の俺に痛みはない。
あるのは――
「がああぁっ!」
――引き金を引く意思だけだ!
床に落ちる腕からミスリル銃だけをひったくり、左手で引き金を引いた。
銃口から射出された青い光線は標的の遥か手前で床を焼き切る。
ろくに照準も定まっていないが、それでいい。
引き金を引きっぱなしにすることで、光線は光の剣と化すのだ。
このままベッドごと斬り上げて、人造人間を叩き斬る!
「ダメだっ!!」
銃口から伸びる光線がベッドの底へと達した時。
クロードがその身を盾にして、彼女の前へと飛び出した。
折り重なったマントの上から、光線がクロードの体を焼く。
それを見て、俺は引き金を引いたことを後悔した。
……ああ。俺は子を守る親を撃ったのだと。
後戻りできないところまで来たと、そう思った。