3-040. 言って止めるか。殴って止めるか。
……薄暗い部屋へと俺の意識は戻ってきた。
すべての記憶を見終わり、緊張を解くように大きく息をついた。
すでに頭痛は収まっているが、不快感はまだしっかりと残っている。
手にしていた思い出し玉を宝石箱の中へ戻し、目の前にたたずむネフラを見て俺はハッとした。
ランタンの灯りに照らされる中、ネフラの頬に涙が伝っていたからだ。
「大丈夫かネフラ!?」
彼女はこくりと頷くと、服の袖で頬を拭った。
そして潤んだ瞳で俺を見上げる。
「クロードはもう止まれない。彼はきっと――」
一瞬言いよどんだが、ネフラは続けた。
「――人造人間を創るつもりだから」
俺はネフラの言葉に無言で頷いた。
記憶の中の少年が言っていたように、本当に人造人間を実現できるのならば理想の人間を創り出せる。
クロードが求めるものも想像がつくというものだ。
「恋人を――アレクサンドラをよみがえらせる。人造人間という形であったとしても、それが彼の……」
「何を捨ててでも叶えたい願い、か」
ネフラが頷く。
彼女の頬には再び涙が伝った。
「〈ジンカイト〉や教皇庁を利用して。かつての仲間や信仰を裏切って。それでもなお手に入れたいものが、愛する人だったなんて……」
「大量の血液は、やっぱり人造人間のためのものだったわけだな」
「成人女性一人分の血液はおよそ4L。試行錯誤を繰り返すなら、より多くの血液が必要」
「なら、教皇庁から勇者の聖剣を奪った目的はなんだ?」
ネフラは少し考えた後、答えた。
「前に、王都の図書館にある禁書庫を覗いたことがあったのだけれど」
「うん」
「そこで読んだ古い文献に、人造人間の脳や心臓を動かすためには莫大なエネルギーが必要と書かれてた」
「エネルギー?」
「昔の錬金術師は、人間の脳や心臓は魂のエネルギーで動いていると説明しているのだけど、魂のない人造人間はエーテルをその代用にするんだって」
人造人間には魂がない。
きっとどれだけ人間そっくりに創っても、それは魂のない紛い物に過ぎないのだろう。
だとするなら、そんなものが生まれたら一体どんな人格? 心? 性質? を持つことになるんだ?
そもそもそれは人間の範疇に収まるのか?
そう考えると、人造人間という存在に薄ら寒さを抱かずにはいられない。
「クロードは勇者の聖剣の〈ザ・ワン〉を利用するつもりだと思う」
「あれに内包された膨大なエーテルなら、人造人間を叩き起こすには十分ってことか」
「そのためだけに、過去の栄光も何もかもかなぐり捨てて……。そんなこと普通できない」
またネフラが顔を拭う。
彼女の涙は枯れることなく湧いてきていた。
「ジルコくん。私、クロードがアレクサンドラを取り戻すことができるなら、その願いを見守ってあげたい」
ネフラはクロードの記憶を介して、アレクサンドラの悲劇と同感してしまったようだ。
同じ女性ゆえに、彼女の境遇に同情するのもわかるが……。
「それが意味するところをわかって言っているんだろうな、ネフラ」
ネフラは両手で涙を拭いながら、こくこくと頷く。
「だって悲しすぎる。辛すぎる。こんなことが起きているなんて、私には受け入れられない」
「もしもクロードが人造人間を実現したなら、その瞬間にあいつは重罪人だ。今この場で見逃しても、あいつの周りには国の追手やヤバい連中が現れ続ける。必ず新しい悲劇が繰り返されていくことになる」
「それでも! ……私はクロードに幸せを取り戻してほしい。アレクサンドラに幸せになってほしい」
……幸せ?
それは正しい認識なのか?
失ったものは返ってこない。
いくら思い詰めたって、二度と取り戻せない現実がある。
俺にだってそれはわかる。
アレクサンドラはクロードの幸せだった。
それは確かな事実。
しかし、それはもう失われたものなのだ。
人造人間は、幸せの代替品になりえるのか?
「……違うだろう」
「え?」
「紛い物の恋人を隣に置いて、それが幸せか?」
俺の言葉を聞いて、ネフラが押し黙る。
「過去の思い出にいつまでも囚われていたら、先に進めない。クロードが本当に人造人間を創り出してしまったら、あいつは過去に囚われたままになっちまう」
「でも……それがクロードの願いなら……」
「そんな生き方は正しくない!」
俺の声に、ネフラが驚いて後ずさる。
思わず語気を強めてしまった。
……俺も感情的になっているようだ。
「いなくなった人間のことは、いつか忘れなくちゃならない。それがどれだけ辛くたって、生きている限りは前を向かなきゃ」
「私がクロードの立場だったら……そんなの無理」
ネフラはすっかり消沈して、顔をうつむかせてしまった。
「アレクサンドラの遺言にもあったじゃないか。夢を追いかけてほしいって」
「そうだけど……」
「俺の知ってるクロードは、自信家で嫌みったらしくて、天才肌で皮肉屋で……。でも、夢とロマンを追い求める夢想家だった――」
俺にはとてもできないことをやってのける。
そんな我が道を行くあいつを尊敬していたし、憧れてもいた。
兄のように……慕いたいと思っていた。
「――でも、あいつが間違った道を進んでいるのなら、俺が正してやらなきゃ」
「前にも聞いたけれど、どうしてジルコくんはそこまでクロードのことを?」
「どうしてって――」
すべては感傷。
でも、恥ずかしくてそんなことは口に出せない。
「――次期ギルドマスターとしての務めだよ」
俺はネフラを促すようにして扉の前に立った。
「行こう。もうひとつの部屋にクロードはいる。きっとそこで人造人間の最終調整をしているに違いない」
「ジルコくん……」
ネフラが不安げな顔を俺に向ける。
……この子に無理強いはさせられないな。
「ネフラ。ゾンビポーションを俺に返してくれ」
「え!?」
「クロードと戦うのは俺だけだ。それにはゾンビポーションの力がいる」
「ダメ……」
「あいつを止める義務が――責任が俺にはある」
「ダメ! 絶対!!」
彼女は首を横に振るばかりで応じてくれない。
「時間がないんだ、ネフラ」
「お願い、帰ろう。ここでは何も見なかった。私達はクロードを見つけることはできなかった。そういうことにしよ……?」
「無茶言うな」
「私はクロードの邪魔なんてできない。ジルコくんにもこれ以上、彼といがみ合ってほしくない。間違ってるのはわかってる。でも、どっちも……認められないの……」
ネフラの気持ちは変わらないようだ。
この子はもう……クロードとは戦えない。
「わかったよネフラ。お前の気持ちは尊重する」
「ジルコくん」
強ばっていたネフラの顔が緩んだ。
彼女の安心した表情を見てしまった俺は、これから自分がする行為に対して胸が痛むばかりだ。
「ネフラ、ごめん」
「え?」
俺はネフラに寄り添うように近づくと――
「本当にごめんな」
――彼女の首の後ろを手刀で叩いた。
意識を失ったネフラが、がくりと膝を折って崩れ落ちる。
俺は彼女の体を抱きかかえて、すぐ傍のベッドへと寝かせてやった。
「お前が目を覚ます頃には、全部終わらせておくよ」
横たわる彼女の顔を見下ろしながら、俺は独り言ちた。
……罪悪感。
これ以上ない不快感がこみあげてくる。
事もあろうに、ネフラに手をあげてしまうとは。
最低だ……俺って。
俺はネフラのリュックを開けて、中を覗き込んだ。
リュックの中には何冊もの写本が詰め込まれており、そのわずかな隙間にゾンビポーションのガラス容器が押し込まれていた。
容器を手に取った俺は、栓を外して一気に紫の液体を飲み干した。
……相変わらず不味い。
改めて人間の飲むものではないと思う。
「準備は整った。覚悟もできた。あとは成すべきことを」
右足のホルスターからミスリル銃を手に取る。
そしてネフラを一瞥した後、俺は一人、扉を開いた。
廊下に出て早々、俺はクロードのいるであろう正面奥の部屋を見据える。
扉の下の隙間からわずかな灯りが漏れている。
その灯りに混ざるようにして、部屋の中で動く影が見えた。
……クロードに違いない。
「最初で最後の不意打ち。扉を開いた後、俺がするべきことは……」
クロードを撃つ。
あるいは、人造人間を撃つ。
……どちらが正しい?
人造人間がまだ目覚めていないのならば、クロードを撃てば……?
否。目覚めていようといまいと、何よりも先に人造人間を撃つべきだ。
クロードを悪夢から目覚めさせるために。
例えあいつに一生憎まれようとも。
俺は人造人間を葬り、すべてを終わらせる。
事ここに至って説得できない相手なら、殴ってでも止めてやる!
クロード。俺はお前に夢へと向かって、先のある道を進んでほしいんだ。
足音を殺して、俺は灯りの漏れる部屋の前へとたどり着いた。
「――***たね。もうすぐ****るよ」
扉の前で聞き耳を立てると、部屋の中から声が聞こえてきた。
クロードの声だ。
「きっ***こそ***る。必ず**を目覚め*****る」
誰かと話している?
否。独り言か……?
声は扉の奥、3mほど先から聞こえてくる。
どうやらさっきの部屋よりも広いようだ。
こっちが研究室なのだろう。
利き手の人差し指をミスリル銃の用心金へと掛け、俺は呼吸を整えた。
そして扉を蹴破り、部屋の中へと押し入った。
「誰だっ!?」
クロードの声が聞こえたのと同時に、俺はミスリル銃を構えた。
銃口が向いているのは、視界に最初に入ったもの。
それは……。
「これが――」
銃口の先。俺の目が釘付けとなったもの。
それは、直前まで想像していた光景とは違った。
「――これがお前の願いだったのか」
「ジルコ!?」
俺の存在を認識し、クロードはベルトから宝飾杖を手に取るも――
「なぜ……ここにっ」
――彼が魔法陣を描くことはなかった。
俺の銃口が、クロードのすぐ傍にいたそれに向けられているためだ。
奴にしてみれば、首筋に刃物を押し当てられているようなもの。
無闇に攻撃など仕掛けられるはずもない。
そして俺は……即座に引き金を引けなかった。
引くべきだったのに。
視界に映り込んだそれを目にした時、俺の心が待ったをかけてしまったのだ。
クロードのあまりにも哀れで。
あまりにも健気で。
それでいて、あまりにも一途な想いが。
そこにはあったから。
「クロード。お前が創ったのは――」
ベッドに眠る少女の姿。
その子の寝顔は、あまりにも……アレクサンドラにそっくりだった。
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