1-007. 冒険者の憂い
王立公園を目指し、俺とネフラは並んで街路を歩いていた。
小柄なネフラとは歩幅が違うため、俺はゆっくり歩いて彼女の歩調に合わせる。
「それ、重くないか?」
「それほどでも」
俺がそう尋ねたのは、彼女がやたら大きな本を抱きかかえているからだった。
ネフラは外出時、常にこの本を持ち歩いている。
表紙には豪勢かつ荘厳なミスリル仕立てのカバーが被せられており、普段彼女が読んでいる写本とは品質のレベルが違う。
一体どれほどの価値がある本なのか、俺には想像もつかない。
「ジルコくんこそ、重くないの?」
ネフラが言っているのは俺の武装のことだ。
俺は右足と左足の大腿部に、それぞれ銃を収めたホルスターを装着している。
左には、改造コルク銃。
小さくてとても軽い。脅しをかける時に役立つ。
右には、本命の特殊武装――通称ミスリル銃。
鬼才ブラドが銃士の俺のために特注で作ってくれたものだ。
材質はミスリルのため、超硬度で超軽い。
さらに、宝石の輝きを圧縮し、光線として射出できる優れものだ。
まぁ、装飾が目立つから普段はコートの下に隠すようにしているが……。
「重そうに見えるけど軽いんだぜ、こいつは」
「ふぅん」
ネフラの興味なさそうな返事ときたら……。
こうなったら公園に着くまでに銃の素晴らしさを語ってやろう。
「ジルコくん、見て。もう屋台が出てる」
……話題を変えられてしまった。
ネフラの言う通り、街路沿いに屋台が軒を連ねているのが見えてきた。
屋台から焼き立てのパンやシチュー、羊肉の串焼き、オムレットなどの香りが漂ってきて鼻をつく。
「王都も賑やかになってきたね」
「復活祭が近いからな」
通り過ぎる際、俺は屋台を見渡した。
老若男女が列を作り、子供達が街路を駆け回る。
半年前までは見られなかった光景に、俺は自然と得意げな顔になっていた。
この平和な街並みを作ることに貢献したのが、他ならぬ〈ジンカイト〉なのだ。
「時代が変われば人の居場所も変わるもの、か」
「ギルドマスターの言葉?」
「闇の時代なら冒険者の居場所はそこら中にあったけど、復興の時代に俺達はどこへ向かうんだろうな」
「……わからない。それを探すのが新しい時代の冒険者の生き方なのかも」
面白いこと言うな、ネフラ。
そう。冒険者とは、探求する生き物だった。
百年以上も昔――闇の時代が訪れるよりも以前、冒険者とは言葉通り、未知なる世界を冒険する者だった。
秘境探検、迷宮探索、異界探訪。
人里の外に広がる未知を知りたいと言う好奇心が人々に険しきを冒した。
しかし、魔王が現れてからは命懸けで魔物を狩るだけの夢も希望もない存在になっちまった。
それを俺達が終わらせたんだ。
俺達〈ジンカイト〉と――
なぁ。お前は今、どこにいるんだ?
「――くん。ジルコくん!」
ネフラの声で俺は我に返った。
「ジルコくん、寝てた?」
「歩いているのに寝るわけないだろ」
「歩いていたり食事をしている最中、突然眠ってしまう人がいるんだって」
「そんなことがあるのか?」
「そんなこともある」
「なんでそんなことを知っているんだ?」
「本に書いてあった」
ネフラとの他愛のない会話。
俺は彼女に癒されながら、目的地へと急いだ。
◇
青空を白い鳩が何羽も飛んでいくのが見える。
そろそろ王立公園が近い。
「ねぇ。ジルコくん、あれ」
そう言いながら、ネフラが俺のコートの袖を引っ張って目配せした。
俺がその方向へと視線を向けると、路地の壁際に数名の男女が集まっている。
否。三人の男達が女性に絡んでいた。
うわぁ。もう何度目かわからんなこのパターン。
無駄に体力のありあまった男どもが、か弱い女性に身勝手を強要する。
闇の時代であろうとなかろうと、こういう輩はどこでも同じことをやりやがる。
まぁ、こんな事態を解決するのも冒険者の務めだな。
「ネフラはここで待っていろ」
「はい」
ネフラを待たせて、俺は男達のもとへ向かう。
「おい!」
背後から声をかけると、彼らは睨みを利かせながら振り向いた。
「あぁ? なんだお前」
「おいおいおい。死にてぇのか邪魔すんな!」
「ボコられたいの? ボコられたいの?」
男達が三者三様の脅し文句をうたい始めた。
品もないし、芸もない。
「お前ら馬鹿をする余裕があるなら、農耕地にでも行って畑を耕してこい」
闇の時代の急激な人口減少によって、農耕地では働き手が不足している。
こんな馬鹿どもでも、そこへ行けば人並みの貢献はできるだろう。
「あぁ? イキりやがって」
「おいおいおい。死ぬわこいつ!」
「やっちまうかぁ? やっちまうかぁ?」
最後の男が言い終えると、奴らはそれぞれ異なる得物を取り出した。
鞘からロングソードを抜いて身構える剣士。
二振りの短剣を水平に構えた双剣士。
拳に凹凸のあるガントレットを装備した拳闘士。
こいつら冒険者かと思ったが、どうやら違う。
首から冒険者タグを下げていないし、構えも間合いの詰め方も素人だ。
ただの街のゴロツキだな。
「親の顔より見た光景なもんで、手早く済ますぜ」
こんな連中、ミスリル銃を使う価値もない。
俺は左足のホルスターからコルク銃を抜き取り、ゴロツキどもに向けて構えた。
すると、男達は肩を揺らして笑い始めた。
「ぎゃはははっ! なんだそれぇ!?」
「おいおいおい。オモチャの銃を出しやがった!」
「舐めてんな!? 舐めてんなぁっ!?」
うるっせぇなぁ。馬鹿笑いしやがって。
こういった輩はちょっと脅してやればすぐに逃げ出すのがお決まりだ。
コルク銃の引き金に指を掛け、一番近くにいた拳闘士へと銃口を向けた。
とっさに拳闘士はガントレットで顔を隠したが、俺の狙いはそこじゃない。
「扱いやすいね」
銃口の照準を水平にずらした後、引き金を引いた。
空気圧で銃口から射出されたコルク栓が、壁を跳弾して拳闘士の後頭部へと命中する。
「ぎゃっ!」
拳闘士は後頭部への不意打ちを受けて倒れ、石畳の上で悶絶している。
他の二人は、何が起こったのかわかっていないようだ。
「たかがコルク栓でも痛いだろう。ちょっと細工してあるからな。次は右眼球を撃ち抜く」
俺はコートの内ポケットから取り出したコルク栓を銃口に詰め、再び男達へと向けた。
「お、覚えてやがれぇっ!」
「おいおいおい! 冗談じゃねぇっ!!」
「痛ぇよぉー! 痛ぇよぉー!」
ありきたりで退屈な捨てセリフを残して、三人はあっという間に路地の奥へと逃げていった。
「これで少しは懲りただろ」
俺としては、まとわりついてきたハエを払い除けた気分だ。
不愉快な気持ちだけが残る。
ホルスターへとコルク銃を戻した後、足元に転がってきた初撃のコルク栓へと手を伸ばす。
拾い上げた際、抜けかけていたコルク栓の底を指先でグイッと押し込む。
中身がこぼれたら危ないからな。
「ジルコさん?」
あれ。この声、まさか――
「ジルコさんじゃない!」
――ゴロツキに絡まれていた女性は、親方の娘のアンモーラだった。