3-021. 追跡
通りをおよそ2kmほど走って、ようやく聖堂宮が見えてきた。
聖堂宮の入り口へと視線を移して早々、俺はその場で異常が起こっていることを確信した。
階段付近に数人の衛兵が倒れていたのだ。
「大丈夫か!?」
階段で倒れている衛兵の体を揺すると――
「むにゃむにゃ……」
――寝ているだけだとわかった。
他の衛兵達も同じように眠っているだけだ。
階段に倒れているのは四人。
おそらくは全員、入り口を警備していた衛兵だろう。
ジエル教の総本山で働く教徒が仕事中に爆睡なんてするわけがない。
催眠魔法によるものとみて間違いないな。
俺は眠っている衛兵達を置いて、足音を立てないように階段を登っていく。
聖堂宮の門をくぐる頃には、右足のホルスターに手が触れていた。
「……人の気配がないな」
正面玄関を抜けた先、広間はがらんとしていて人気がなかった。
俺はホルスターからミスリル銃を抜き、足音を立てずに広間を進む。
周囲に気を配りながら耳を澄ませていると、わずかに足音が聞こえてきた。
音をたどった結果、どうやら宝物庫へ続く通路から聞こえていることがわかった。
「宝物庫に向かっている? 狙いは……まさか」
ハッとした俺は、宝物庫へ続く通路を急いだ。
◇
昨日、通路を案内されたことで、俺は宝物庫までの道順を記憶していた。
おかげで迷うことなく進めているが、宝物庫に近づくほど倒れている衛兵の数が増えていくので、気持ちが張り詰めてくる。
彼らに外傷はなく、入り口の連中と同じように眠らされているだけだ。
前方に宝物庫の広間が見える通路まで行き着いた時、追跡していた足音がピタリと止まった。
代わりに、広間の方から口論するような声が聞こえてくる。
「……クロードの声。と、誰だ?」
俺はミスリル銃を構えたまま通路をすり足で進んだ。
そして通路の陰から広間を覗き込むと、もう一人の声の主が誰かわかった。
「――よもやよもやだ。まさか〈ジンカイト〉の英雄がコソ泥の真似事をするなどと、教皇聖下でも思うまいよ」
神聖騎士団のカイヤが、黒い扉の前にたたずんでいる。
仮にも騎士でありながら、剣も盾も持たずに手ぶらのままとは奇妙な奴だ。
そんな蛇のような顔をした気味の悪い男が向かい合っているのは――
「さすがに神聖騎士団相手に夜毒揺籃歌は効き目がありませんか」
――やはりクロードだ。
右手に宝飾杖を持ち、臨戦態勢を取っている。
「教皇聖下より賜った我が使命は、宝物庫の死守! 私がいる限り何人たりともこの扉を開けると思うな!!」
「では、邪魔者は排除することにします」
「抜かせ! 排除されるのは貴様だ!!」
クロードが宝飾杖を振り上げた瞬間――
「動くな! クロード!!」
――俺は広間に飛び込んで、クロードへとミスリル銃の銃口を向けた。
「……おや。きみ、ついてきたのですか」
言いながら、クロードが俺を一瞥した。
この事態のさなか普段とまったく変わらぬ素振りとは。
いくらなんでも肝が据わりすぎだろう。
「お前、何を考えているんだ!?」
クロードは俺の追求には答えず、カイヤへと向き直った。
そして俺が再び声をかける間もなく――
「二対一です。あなたに勝ち目はありませんよ」
――カイヤを挑発するように言った。
……二対一ってどういうことだ?
その言い方だと、俺がクロードに加担しているように聞こえるじゃないか。
「なるほど。ずいぶんと手際のよいことだ。目当ては勇者の聖剣か?」
カイヤがギロリと俺を睨みつける。
おいおいおいおい!
俺はクロードを止めに来たのに、あいつの言うことを真に受ける気か!?
「待てよ! 俺はクロードを止めに――」
「〈ジンカイト〉の冒険者二人を相手するのは骨が折れるが、致しかたなし!!」
俺の言葉を遮って、カイヤが金切り声をあげた。
さらに胸の前で両の手のひらを叩きつけると、途端に広間の床が大きく揺れ動き始めた。
「な、なんだぁ!?」
俺は思わぬ振動にふらつき、かろうじて立っている状態だった。
それはクロードも同じようで、片膝を床につきながら正面で奇妙な姿勢を取るカイヤを見据えている。
「大地の怒りに押し潰されるがいい!」
カイヤが手のひらを離し、背伸びをするように両腕を頭上へと掲げる。
その瞬間、広間の床が揺れ動いたかと思うと、敷石の隙間から大量の砂が這い出してきた。
この現象が起こる前に魔法陣は描かれていない。
つまりカイヤが使っているのは……。
「土の精霊魔法っ!?」
カイヤは土の精霊を操る精霊奏者だった。
しかも、その支配力はかなり強いようで、敷石の間から寄り集まった砂はハンマーを持つ巨大な大男の姿となって顕現した。
「ほう。土の精霊魔法によるゴーレムとは――」
クロードは立ち上がりながら、目の前に現れたゴーレムを見上げる。
「――実に興味深い」
目と鼻の先に自身の四、五倍のゴーレムが現れたと言うのに、クロードは呑気なものだ。
「クロード! 逃げろぉーーっ!!」
俺の警告も空しく、クロードはその場から動こうとしない。
それどころか相手の攻撃を誘うようにして人差し指を動かしている。
「精霊奏者と相対することは滅多にありません。あなたの力を見せてください」
「よくもそんな口が聞けるものだ!」
カイヤの眉間にしわが寄り、蛇のようだった丸い眼光が鋭くなる。
片腕をクロードに向かって振り下ろすと、それを合図としたかのようにゴーレムが床の上を歩き始めた。
「〈理知の賢者〉だかなんだか知らんが、神聖騎士団最強の矛と呼ばれる私がぶっ潰してくれる!!」
カイヤの甲高い声が広間に響き渡る中、ゴーレムがクロードへと巨大なハンマーを振り下ろした。
その時、ハンマーが振り下ろされるよりも早く、広間に尋常ではない突風が吹き荒れた。
「うわぁっ!」
「何ぃーーっ!?」
突如屋内に発生した突風に煽られ、俺とカイヤは宝物庫の扉とは反対側の壁へと叩きつけられた。
ハンマーを振り下ろし損ねたゴーレムも同様に、風に押し流されるようにして床を転がって壁にめり込む。
「くっ。これはどうしたことだ!?」
カイヤが壁に打ち付けた頭を押さえながら、クロードを睨んだ。
一方で、ゴーレムは立ち上がってカイヤの傍へと寄ってくる。
「すみませんね。実のところ、あなたの力に興味はないのです――」
クロードは肩をすくめながら続ける。
「――ジルコ。そのカスの始末はきみに任せます」
言い終えるや、クロードは宝飾杖で半径15cm程度の魔法陣を宙に描き始めた。
ほんの数秒で魔法陣は完成し、そこから赤い炎が噴き出す。
「うぐっ」「うおおっ」
赤い炎は俺達を飲み込むかと思いきや、広間の中央で膜のように広がった。
俺は周囲を見渡して、これが攻撃のための炎ではなく、分断を目的としたものだとわかった。
なぜなら、俺とカイヤ、そしてクロードを隔てるようにして炎の壁が広間をふたつの空間に割っていたからだ。
まんまとしてやられた……!
クロードはカイヤを俺に押し付け、その隙に扉の封印を解除する魂胆だ。
「クロード! お前ぇぇーー!!」
「私に構う余裕がありますか? まず先にやることがあるでしょう」
炎の後ろから、クロードの声が聞こえてくる。
……気に入らないが、その通りだ。
俺には炎の壁をどうにかする前に、どうにかしないとならない奴がいる。
「〈ジンカイト〉ォォ……! よくも私をコケにしてくれたなぁ!!」
炎の壁を横目に、カイヤが俺を睨みつけている。
黄色い歯を噛みしめながら、その眼光はもはや蛇とは思えない。
まるで鰐のそれだ。
術者の敵意に同調するかのように、ゴーレムの顔が俺へと向き直る。
クロードの目論見通り、攻撃の矛先は完全に俺へと移った。
「戦うしかないのかよ!」
俺は逡巡しながらも、カイヤへとミスリル銃を向けた。