3-018. 明かされた秘密
日が沈み、虹の都は闇夜と静寂に包まれていた。
七色の光に煌めいていた七つの大聖塔も、夜には最上部が赤い灯りを放つだけの灯台としてにわかに街中を照らすのみだ。
聖堂宮の帰り道。
俺はクロードと。ネフラはフローラと。
それぞれ別の箱馬車に乗り、宿舎へと向かっていた。
クロードは黙って窓の外を見ているだけで俺と目を合わせようともしない。
宝物庫から出てからずっとこの調子なので、気まずいったらない。
「……」
「……」
クロードは聖堂宮で洗礼の儀を済ませて旅の目的を終えた。
その一方、俺はクロードが人造人間に関わる証拠について一切の情報を引き出せていない。
なんとかして人造人間に関わる手掛かりを見つけないと、旅に同行したことが無駄になってしまう。
「……」
「……」
……黙っていてもダメだ。
こちらから仕掛けないと俺の欲しい情報は得られない。
かと言って、うかつなことを聞けば探りを入れていることがバレるかも。
ギリギリまで攻めてみるしかない……!
「……つい最近、商人ギルドから妙なタレコミが入ったんだ」
「……!」
思いのほか、効果がある初撃だったようだ。
そっぽを向いていたクロードが、多少驚いた顔で俺に向き直るくらいには。
「商人ギルドを通して、ヴァーチュで人の血液を大量に買い集めた奴がいる。それが錬金術師界隈でちょっとした話題になったらしくて、万が一を考えて俺にまで連絡がきたんだ」
本当はゴブリン仮面からの情報だけど、禁忌である人造人間製造を疑われる行為である以上、商人ギルドからのタレコミにしても違和感はないだろう。
「奇妙なことをする者がいたものですね」
「お前のことだよクロード」
クロードは澄ました顔に戻っているが、髪を掻き上げるしぐさを見せた。
俺は知っている。
このしぐさは気持ちを切り替える時に無意識に出るクロードの癖。
話を煙に巻く気だろうが、そうはさせるか。
「なんで今ごまかした?」
「なぜきみにそれを問う権利が?」
「在籍する冒険者に不審な点が見つかれば、追及するのも次期ギルドマスターの務めだ」
「……そうでしたね。と言うことは、私に同行した本当の目的はその動機を調べるため、と言ったところですか」
「答えてもらおうか。何のために血液を買い集めた?」
「人の血液は万能薬の製造に必要ですから」
「万能薬の研究はもうしていないんじゃなかったのか?」
「……」
空気が張り詰めるのを感じた。
クロードの硬い表情を見て、俺は自分の額から汗が流れ落ちるのを感じる。
「……ちなみに、錬金術師界隈で話題になっていることとは?」
クロードからの問いかけ。
それは穏やかな口調だったが、鋭い眼差しに刺されて肌が粟立つ。
俺は机に隠れた右足のホルスターに手を触れながら答えた。
「人造人間製造疑惑」
……ギリギリを攻めすぎて。
……ギリギリアウトだったかも。
「ふっ――」
クロードが突然吹き出した。
「――ふふふふふ。ははははっ!」
なんだなんだ!?
クロードが突然笑い出したので俺は困惑した。
宝飾杖を向けられることも覚悟していたというのに。
「きみ、人造人間などを信じているのですか?」
「へ?」
「人造人間は、大昔の錬金術師が援助資金を集めるために吹聴した虚言ですよ! ははははっ」
「え……えぇ……っ!?」
……なぜか爆笑されている。
クロードがこんなに笑う姿は初めて見た。
「いいですかジルコ。人造人間伝説が捏造だと言うことは、300年前のアステリズム時代にはすでに証明されているのですよ」
「そ、そうなのか……」
「そもそも人間そっくりの有機体を造ったとして、どうやって命を吹き込むのです? 脳や心臓を動かすためのエネルギーはどこから? ガフの部屋だって実証できていないのですよ?」
そんな専門用語を並べ立てられても、俺に理解できるわけがないだろう。
クロードは技術的に不可能だ、と言いたいらしいが……。
「かつての夢想家どもは、その妄想を実現しようと多くの罪なき人々を犠牲にしました。魔女狩りしかり、天動説しかり、誤った認識を持つ人間というものは愚かですね」
「じゃあ、何のために血液なんて……」
「きみは口が軽そうですからね」
「誓って誰にも言わないよ」
「……本当でしょうね」
「本当だ。ジエル神に誓ったっていい」
クロードが訝し気な目で俺を見る。
だが、溜め息をついて続きを話してくれた。
「ここだけの話にしてください。西方を旅していた時、ある土地でヴァンパイアの共同体を見つけたのです」
「ヴァンパイア!? まだ生き残りがいたのか!?」
想像もしていなかった単語が出てきて、つい声を荒げてしまった。
そんな俺に対して、クロードは唇に人差し指を当てて黙るように促す。
「彼らは古代の風土病によって突然変異しただけのれっきとした人間です。その病の治療法を研究するために、人間の血液が必要だったのですよ」
「血液を買い集めた理由はそれか」
「人造人間と同じく、ヴァンパイアには様々な伝説がありますからね。人間に狙われることを恐れて、今では人里離れたところで隠遁している者ばかり。このままでは絶滅ですよ」
「王都に戻らずヴァーチュに向かったのは研究のためか」
「ええ。元々は万能薬のヒントを探す旅だったのですが、偶然彼らと出会ったことで目的が変わってしまったのでね」
まさかヴァンパイアなんて半ば伝説の存在と接触していたとは……。
しかも、クロードが人(?)助けのために私財を投じて研究までするなんて、魔王との戦いを経て考え方が変わったのか?
あ。投じたのは私財じゃなくて、ギルドの資金だったか。
……それにしても、だ。
このヴァンパイアの話、嘘じゃないよな?
俺には看破の奇跡なんて使えないから、相手が真実を言っているのかどうかを判断する術はない。
「その話、本当なんだよな?」
「疑っているのですか」
「いや、だって……らしくないじゃないか」
「この復興の時代、自分のやるべきことが見えただけですよ」
「そ、そうか……」
顔を見る限り、嘘を言っているようには見えない。
大量の血液購入はヴァンパイア治療法の研究のためだった。
つまり人造人間なんて造っていなかった……?
「きみ、顔色が優れないようですが」
「あ。いや。別に……」
顔に出てしまうほど動揺しているのか、俺は。
……いやいや。
俺の立場からすれば、この事態に動揺するのが当たり前だ。
人造人間の件が思い過ごしなら、クロードを解雇するための理由が作れない。
むしろ、ギルドからの支援が必要なほどの大義名分を聞かされてしまったような……。
「もしかして竜信仰を捨てたのも、それに関係してるのか?」
「もちろんです。竜信仰よりも、ジエル教の方が研究に有用な奇跡が存在するのでね」
う~ん。筋は通る、か……?
どちらにせよ、俺にはクロードの言葉の真偽をはかる術はない。
他言無用を言い渡されている以上、フローラに看破の奇跡を使わせるわけにもいかないし。
「……着きましたね」
クロードが窓の外を眺めながら言った。
俺の目にも〈セント・エメラルド〉の看板が映った。
……残念。時間切れだ。
◇
馬車から降りた俺とクロードは、宿の前でネフラとフローラと合流した。
「明日の正午、王都行きの馬車を手配しておきましたわ。それまでは自由行動ですので、宿でくつろぐといいですわ」
「教皇領に滞在できるのは明日の正午までか」
「酒場なんてありませんから、夜間に街中を徘徊しないように!」
誰に言うでもなくつぶやいただけなのに、フローラが俺を指さして言った。
「そんなことするわけないだろ! 子供じゃないんだ」
「どうかしら。大浴場で身を清めて、さっさと寝るのがいいですわっ」
「……そう言えば浴場があるんだっけ」
「宿泊費は教会持ちですからね。あんな素敵な浴場をタダで使えることをありがたく思いながら、湯に浸かってくればいいですわ!」
そう言うと、フローラは踵を返して馬車へと戻って行ってしまう。
彼女が乗車して間もなく、二両の馬車は通りを去って行った。
「なぁ、ネフラ――」
今後の行動について相談しようとしたところ、ネフラは俺を一瞥しただけで宿へと入って行ってしまった。
嘘だろ。まだ怒っているのか……!?
「きみ達、喧嘩でもしているのですか」
「俺はそんなつもりないんだけど……」
「失礼、どうでもいいことでした。痴話喧嘩に世話を焼くほど私は暇ではありませんから」
そう言うと、クロードも宿へと入って行った。
なんだよ痴話喧嘩って……。
クロードの後ろ姿を見送った後、俺は深い溜め息をついた。
「……風呂でも入って落ち着くか」
俺は部屋に戻らず、そのまま大浴場へと向かった。
とりあえずリラックスできる場所で今後のことを考えたい。