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3-017. 勇者の遺産

 謁見の間を出た後、俺達は白い通路を長いこと歩かされていた。

 先頭を行くリッソコーラ卿についていくことで迷いはしないものの、この通路の構造はまさに迷路だ。


「なんでこんな入り組んだ道になっているんです?」

「それはね、侵入者を迷わせるためだよ」

「ああ。なるほど」

「聖剣を保管している場所は宝物庫だからね。万が一に備えて、侵入者が簡単にたどり着けないようにしてある」


 道理で迷路みたいになっているわけだ。

 しかし、宝物庫を守るためだけにこんな複雑な通路を造るとは。

 金のある組織はやることが違う。


「着いた。ここが宝物庫だ」


 リッソコーラ卿が言うのと同時に、俺達は通路を抜けて広間へと出た。

 その広間には、白い壁に似つかわしくない黒くて(いか)つい扉がひとつだけあった。


「あれが宝物庫の入り口ですか。魔法による施錠がされていますね」

「わかるかね。さすが〈理知の賢者〉クロード殿」


 クロードの言う通り、扉には魔法による封印が施されているようだ。

 なぜなら、門扉には強い輝きを放つ魔法陣がいくつも浮かび上がっているから。


「エル・ロワ王国軍の魔導士隊(ウィザーズ)に要請して張ってもらった。国内屈指の賢者殿でも容易には解除できないだろうね」

「設置型の封印魔法ですか。見たところ12の封印があるようですね。……確かに私でも骨が折れそうです」


 さすが教皇庁の宝物庫だ。

 迷路のような道もそうだが、入り口にこれほどの魔法防御を施しているとは。

 こんな封印があったら、賊が潜り込んでも何も盗れやしないな。


「扉を開くにはどうするのですか?」

「封印1つにつき、1つの鍵が解除条件として対応している。この通り――」


 リッソコーラ卿が懐から紐で繋がった鍵の束を出す。


「――12の鍵で地道に解錠していくのだよ」

「なるほど。……非効率ではありますね」

「効率の悪い封印ほど、解かれにくいものだからね」


 リッソコーラ卿の理屈は納得できるようなできないような……。

 とにもかくにも、ようやく聖剣を拝むことができるわけだ。

 その時、門扉の前にたたずんでいる警備兵(?)が声をかけてきた。


猊下(げいか)。宝物庫にご用でしょうか」


 彼はヘリオと同じ鎧をまとっていた。

 そのことから、彼も神聖騎士団(ホーリーナイツ)の騎士だとわかる。


「やぁ。警備ご苦労だね、カイヤ」

「そちらの方々は?」

「彼らは冒険者ギルド〈ジンカイト〉のお三方だ」


 リッソコーラ卿から紹介された直後、カイヤと呼ばれた男からねっとりした視線を向けられた。

 やせ細った顔に釣り上がった目。

 加えて灰褐色に緑がかった髪の毛のせいで、蛇のような顔に見える。

 ぶっちゃけ神聖騎士団(ホーリーナイツ)らしくないキモ顔だ。


「……あの〈ジンカイト〉ですか」

「うむ。彼らに悪意がないことは神判の奇跡(シビュラ・アイズ)で確認済みだ。鍵を半分渡すから、解錠を手伝ってくれるかね」

「そういうことであれば、仰せのままに」


 カイヤはリッソコーラ卿の鍵を半分受け取ると、二人して扉に浮き上がった魔法陣へと鍵をさし始めた。

 さされた鍵は空中に固定され、その周りで魔法陣が縮小していく。

 魔法陣が縮小されるたび、扉を覆う光が暗くなっていった。

 特定の物質に触れることで封印を開放する設置魔法の一種だろうか。

 俺の知る限り、かなり難易度の高い魔法だ。

 ……だが、それよりも今の二人の会話で気になったことがある。

 神判の奇跡(シビュラ・アイズ)なんて受けた覚えがない。


「フローラ。確認済みってどういうことだ?」


 俺は隣に立っているフローラに小声で尋ねた。


「ああ。ご存じないでしょうけど、あなた達のことは宿へ案内した時に神判の奇跡(シビュラ・アイズ)で調査済みですの」

「お前……そんな勝手に」

「郷に入らば郷に従えと言いますし。ご了承くださいまし!」


 フローラは悪びれる様子もなく、解錠の進む扉へと視線を戻した。


 神判の奇跡(シビュラ・アイズ)は対象者に奇跡の顕現を認識させずに効果を発揮できるのか。

 確かにこれでは悪さをする前に捕まるわけだ。

 だが、知らずに調べられるのはあまり気持ちいいものじゃないな。

 ……ギルドの仲間を調べさせた俺が言うのもなんだけど。


 その時、扉が開いていく音が聞こえてきた。


「天国の扉は開かれた。皆さんを聖剣の御前へとご案内しましょう」


 リッソコーラ卿の後ろで、門扉が左右に分かれて開いていく。


「何かありましたら、お声がけください」


 カイヤが壁際へと後ずさって俺達に道を開ける。

 その間も獲物を狙う蛇のような視線を向けてくるこの男は、好きになれそうもない。





 ◇





 宝物庫のランプに火をつけると、中はあまり広くないことがわかった。

 机の上に並べられたガラス容器の中には、教皇庁が保管する古い絵画や聖遺物が多数収められている。

 俺にはただの骨董品にしか見えないが、ネフラの目利きは違うようだ。

 彼女はあちこちのガラス容器を覗き込んでは興奮気味に唸っている。


「聖剣はこちらに」


 リッソコーラ卿がランプを片手に、俺達を案内する。

 俺はガラス容器に張り付いているネフラの首根っこを掴むと、唸る彼女を引っ張って行った。

 そして、宝物庫の奥へとたどり着いた時。

 ランプの灯りが届かない暗闇の中でもそれ(・・)はキラキラと輝いていた。

 リッソコーラ卿がランプを掲げることで、その全貌が露となった。


刮目(かつもく)したまえ! 勇者が遺していった武装のひとつにして、史上最強の剣――聖剣アルマスレイブリンガーだ!」


 氷のように美しく透き通る蒼い剣身。

 天使の翼と見紛う造形の(つば)

 その(つば)の中央にはめ込まれた、ひときわ煌びやかに輝く大きな宝石(ダイヤモンド)

 まさしく勇者が使っていた聖剣に違いない。

 ……だが、妙なことになっているな。


 聖剣は複雑な模様の魔法陣が描かれた床の上に突き立てられている。

 剣身の周りは目に見えない何か(・・)が楕円形に包み込んでおり、さらにその外側から真っ黒な帯革によって何重もグルグル巻きにされていた。

 例えるなら、やたら透明度の高い氷に閉じ込められた聖剣を帯革で縛り付けている、と言ったところか。


「リッソコーラ卿。聖剣を覆っているのは一体?」

勇者の聖剣アルマスレイブリンガーは重要な文化遺産だからね。むろん外の扉よりも厳重な封印を施してある」


 リッソコーラ卿は懐から小金貨を一枚取り出すと、俺へと差し出した。


「これを聖剣(あれ)に向けて投げつけてみなさい」

「いいんですか?」

「構わんよ。できれば帯革の間を狙ってくれたまえ」


 俺は受け取った小金貨を指先で弾いた。

 空中に弧を描いて飛んで行った小金貨は、乱雑に巻きつけられた帯革の間を縫うようにして内側の空間へと入り込む。

 そのまま剣身へと当たりそうになった時――


「!?」


 ――バチッと稲光のようなものが発生したと思うと、弾かれた小金貨が一瞬にしてドロドロに溶け、べちゃりと床の上に張り付いた。


「なんです今の!?」

魔導士隊(ウィザーズ)の精鋭達が一ヵ月以上かけて施した永劫封殻(エターニア・シェル)だよ」

「エタ……聞いたことのない魔法ですね」

「聖剣のために、わざわざ古文書を引っ張り出して蘇らせた封印魔法だからね」

「あんな封印、解除できるんですか?」

「一度封印を施したら、二度と解除はできないよ」

「えぇっ!?」

「あの帯革は魔封帯といってね。外部からの魔法効果を著しく妨げる働きをする。さらにその内側――剣身と魔封帯の間には、いかなる物理攻撃も緩和する衝撃耐性魔法が高密度で充満している。世界最高の封印とは、誰にも(・・・)解除する術がない(・・・・・・・・)ことを言うのだよ」

「そんな封印してしまって問題ないんですか」

「二度と表に出すつもりはないからね。もう聖剣(これ)を扱える者もいないわけだし」


 マジで言っているのか。

 希代の聖剣を宝物庫に押し込んだまま、永遠に埃をかぶせておくとかもったいない以外の言葉が出てこない。

 確かにこの剣は燃費が悪いらしく、勇者以外に扱えた者はいなかった。

 だが、いくらなんでも……と思う。


「あ、あのっ! 魔封帯というのは、もしかしてアンチエーテル鋼が素材なのでしょうか?」


 ネフラが興奮気味にリッソコーラ卿へと質問した。

 気づいているのかいないのか、ネフラの口元はだらしなく緩んでいる。

 非常に興味を惹くものと遭遇した時、彼女がたまに見せる顔だ。


「そうだよ。ドワーフの王国――ドワロウデルフより提供いただいた際、封印用の魔道具として加工してもらった」

「す、凄い……! 知識としては知っていましたが実物を初めて見ました。あんなに薄く細い帯にまで加工できるものなんですねっ!!」

「ドワロウデルフの鍛冶師達の技巧だよ。勇者の聖剣アルマスレイブリンガーも彼らの長の傑作だしね」


 それは初耳だ。

 聖剣もドワロウデルフで造られたものだったのか。


「アンチエーテル鋼は暴走した魔道具を抑え込んだり希少な宝石を秘匿するために使われるものだと思ってましたが外部からの干渉を避けるために用いられるなんてどの本にも書かれていなかった使われ方だったので貴重な情報として――」

「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着けってネフラ!」

「――あ、へ? あ、あ、ご、ごめんなさい……」


 俺が肩を揺らして、ネフラはやっと我に返った。

 今この子、完全に自分の世界に入っていたな。


「ははは。噂に(たが)わぬ博識ぶりですな。さすが本の虫と呼ばれるだけのことはある」

「……本に書いてあったもので」


 リッソコーラ卿に言われて、ネフラは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「剣身の美しさも見事ですが、それにしても素晴らしいのは(つば)にはめ込まれたダイヤモンドですわねぇ――」


 フローラがうっとりとした表情で聖剣を見入っている。

 彼女の言う通り、勇者の聖剣アルマスレイブリンガーの真の価値はこのダイヤモンドにこそある。


「――勇者様がお生まれになった時から、その手に握られていたとされる世界最大にして最高の輝きを持つダイヤモンド〈ザ・ワン〉。まさしく教皇庁の宝ですわ!」


 〈ザ・ワン〉。

 唯一無二の存在ゆえに、いつからかそう呼ばれていた。

 勇者と共に母体から生まれたという逸話。

 およそ45カラットという未曽有の重量。

 カッティングもされていないのに球体に近い形。

 その透明度は商人ギルドが囲う宝石商の誰も見たことのない水準に達する。

 極めつけは、内包されるエーテルが無尽蔵だという事実。

 存在自体が奇跡と言うべきこの宝石を、ドワロウデルフの名工が造った剣へと装飾したことで、天を裂き、山を断ち、大地を割る勇者の聖剣アルマスレイブリンガーが誕生したわけだ。


「……〈ザ・ワン〉か、やっぱりすごい宝石だな。ひさしぶりに現物を見て、どう思ったクロード?」


 俺は、隣で勇者の聖剣アルマスレイブリンガーを見つめているクロードに話を振ってみた。

 希代の賢者様がどんな反応をするのか興味がある。


「この輝きを直に観て、心躍らぬ者がいるでしょうか。この私ですら喜びに打ち震えるほどの希望に満ちた輝きを……」


 クロードは、らしくないほど顔に感情を表していた。


「その通りですわ。素晴らしい! なんと素晴らしい輝きなのかしら!!」


 フローラに至っては、人目もはばからずに涙を流している。

 この女にも涙というものがあったのか。


「皆で祈るとしよう。我らが救世主の遺産に」


 聖剣へと向かって祈り始めたリッソコーラ卿を見て、俺達もそれにならった。

 この時ばかりは俺も心から祈りを捧げた。

 勇者の聖剣はここにある。

 ならばお前(・・・)は今、どこにいるんだ……?

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