1-005. 碧い目の協力者
「クロードやリドットはどうした? ジャスファとジェリカもいないな。まだ帰ってきてないのか、あいつら」
ギルドマスターは古傷だらけのスキンヘッドを掻きながら話を続ける。
「まぁいいや。取り急ぎ、この場にいるメンバーにだけでも話しておくか――」
話って、もしかして解雇の件か?
全員揃っていないにしても、今それを言うのは悪手では……。
「――まだ少し先の話だが、俺はギルドを辞める。後任のギルドマスターはそこに居るジルコに任せることにしたから、これからはジルコの指示に従ってくれ」
突然の宣言に、この場の全員がざわつき始める。
まぁ、みんな驚くだろうよ。
俺だって、ついさっきいきなり言われて驚いたからな。
「質問よろしいでしょうか、マスター」
ざわめきが起こる中、ルリが挙手する。
「おう。なんだいルリちゃん」
「なぜ突然ギルドマスターを辞するのですか?」
「魔王が滅んだことで闇の時代は終わった。世界はこれから復興の時代へ移り変わっていくわけだが、俺はギルドにも新陳代謝が必要だと思う」
「だから辞めると? しかし……」
「時代が変われば、人の居場所も変わるもんだ。俺がギルドを去るのも時代の要請かな」
「そうですか……」
残念そうに顔をうつむかせるルリ。
彼女はギルドマスターを尊敬していたから、彼がギルドから去るのはショックなのだろう。
次に挙手したのは、クリスタだった。
ギルドマスターが指をさすや否や、クリスタが口を開く。
「なぜ後任にジルコを選んだの? ぜひ聞かせて」
「そんなの簡単だ。ジルコは、俺がもっとも信頼する男だからさ」
俺はギルドマスターの言葉を聞いて、自然と口元が緩んでしまった。
信頼、という言葉に胸が熱くなる。
「話は以上だ。急用があるもんで、俺はちょっくらギルドを留守にする」
えっ! 話はそれだけ!?
解雇の件も話してくれるのかと思ったのに……。
「俺の〈ジンカイト〉を頼んだぜ、ジルコ!」
ギルドマスターはそう言いながら、すれ違いざまに俺の肩を叩いた。
そして、彼はギルドから旅立っていった。
……どこへ行くのかも告げずに。
「掴みどころのない人だ……」
ギルドマスターの背中を見送った後、俺は独り言ちた。
「ジルコ殿!」
「うわっ!?」
ルリが突然顔を覗いてきたので、思わず声をあげてしまった。
この人、距離が近いんだよな……。
「な、なんだい」
「まさかギルドマスターという大任を仰せつかるとは! このルリ・アマクニ、感服いたした!!」
「あそう……。ありがとう」
「これからも共に悪を成敗し、不条理なき世界を築いていこう。搾取や陰謀のない世界こそ、真の太平と言えるのだから!」
う~ん。不条理のない世界、か。
いきなり解雇くらうのも、十分不条理だよなぁ。
俺が冒険者の解雇を進めようとしていることを知っても、ルリは同じことを言ってくれるのだろうか……。
ルリのキラキラ輝く瞳が真っすぐと俺を見つめてくるのに耐えられず、ついつい目を逸らしてしまった。
その逸らした先で、今度はクリスタと目が合う。
「……」
クリスタは何も言わず、ただじっと俺のことを見つめているだけだった。
その視線は、蔑みだとか不満だとかの類のものではないように感じる。
彼女なりに何か思うところがあるのか……。
「人の運命とは、まこと揺蕩う波間の如し、ね」
クリスタはそう言い残し、髪を大きく掻き上げた後ギルドから出て行った。
今のはどういう意味だろう。何かの比喩か?
「ジルコくん、頑張って」
「おめでとうございます、ジルコさん!」
「……俺にはどうでもいいことだが祝福はしよう」
「せいぜい馬脚を露さぬよう、気をつけることですわね」
残りの連中からも賛辞をいただいたが、大人は性格が歪んでいる。
タイガとフローラをよそに、俺を見るネフラとトリフェンの純粋な眼差しは心が癒されるな。
◇
そのあと――
〈朱の鎌鼬〉は報酬を受け取って街へ。
フローラは俺への説教を終えて教会へ。
――時計塔から正午の鐘が鳴り始めた頃、ギルドに残っていたのは俺とネフラの二人だけになっていた。
「ギルドマスターを継ぐなんて、ジルコくん凄い」
「そ、そうかな?」
「そう。凄い」
褒められて悪い気はしない。
ネフラといい、トリフェンといい、このギルドの年下は俺に優しくて嬉しい。
「ありがとう」
俺はネフラの頭にポンと手のひらを乗せた。
「子供じゃないってば!」
「ああ。そうだな」
この子のことはついつい子供扱いしてしまう。
何せ、ネフラとは彼女が12~13歳くらいの頃に出会ったからな。
その頃の印象がどうしても抜けないのだ。
恥ずかしそうにもじもじしているネフラを見て、俺もようやく笑えるようになった。
その矢先、酒場の奥から轟音が聞こえてきた。
振り返ると、カウンター席で突っ伏している丸まった背中が見える。
「ゾイサイトの奴、いたのか」
全身ダークブラウンの剛毛に覆われたセリアンの拳闘士、ゾイサイト。
ボロボロの黒い道着を着ており、背中には赤い字で無双師と書かれている。
奴は万夫不当の豪傑一族――クマ族の血筋らしい。
そんな豪傑も、魔王との戦いが終わってからは覇気を失い、背中を丸めて酒場で酒をあおる日々を送っている。
俺としては、昔さんざんかわいがりを受けたのであまり近寄りたくない相手だ。
テーブルに突っ伏したまま寝入るゾイサイトの大きな背中を見て、俺は目の前に立ち塞がる高い壁を想像する。
それを乗り越えるには、覚悟を決める必要があると感じた。
そして、ギルドマスターから託された使命を達成するためには、俺一人の力ではとても足りないことも……。
信頼できる相棒が必要だ。
それは、今も昔も俺が心を許せる人物であり――
「ネフラ。相談したいことがあるんだ」
――俺を慕ってくれる相手しかいない。
俺は包み隠さずネフラに解雇通告の件を話すことにした。
もし協力を拒まれたら……という不安もあるが、その時は仕方がない。
俺が事情を説明する間、ネフラは黙って聞いてくれていた。
彼女の眼鏡の向こう側にある碧眼を見ていると、まるでこちらの心を見透かされているような不思議な気持ちになる。
この子が特別なのか、エルフという種族が特別なのか、どちらなのだろう。
「――というわけで、冒険者を全員解雇する必要があるんだ」
「そう」
ネフラは表情を変えることなく、じっと俺の目を見つめている。
「手前勝手な頼みなんだが、俺に協力してほしい」
「わかった」
あっさりと承諾の返事をもらった。
この子、俺が何を頼んだのかわかっているのか?
「本当にいいのか? 仲間を切り捨てる仕事に加担することになるんだぞ」
仲間を切り捨てる……嫌な言葉だ。
自分で言っておきながら、心底そう思う。
「かまわない」
「お前自身も最終的にはギルドにいられなくなるんだぞ?」
「理解してる」
「俺は、俺の都合でお前を利用しようとしているんだぞ?」
「ふふっ。そんなことまで言う必要ないのに」
ネフラが笑った。
寡黙で無愛想な印象の子だったが、ずいぶん明るい顔で笑うんだな。
こんな顔、以前にパーティーを組んでいた頃には見られなかった気がする。
「どうして協力してくれるんだ?」
「気になるの?」
「ああ」
「教えてあげないっ」
ネフラは答えない代わりに、満面の笑みを向けてきた。
とても可愛らしい笑みだった。
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