3-013. 教皇領へ
クロードの導きの照明によって照らされる中、二両の箱馬車と三両の戦闘用馬車が街道を駆け抜けていく。
懸念されていた丘陵も、魔法の恩恵によって難なく通過することができた。
魔法は戦闘のためだけに非ず。
夜の闇を照らす灯りが、こんなに頼もしいものだとは思いもしなかった。
人類が手に入れた最初の魔法は夜を照らし出す炬火の魔法だと聞いたことがあるが、納得がいく。
「クロード、炎が小さくなってきているぞ!」
俺は客車の窓から身を乗り出した状態で御者台の方へと声をかけた。
そこには今、御者の隣にクロードが座っている。
導きの照明の効果は永続ではなく、一定時間が過ぎると縮み始め、照明範囲も狭くなっていく。
俺はそれを監視し、逐一クロードに伝える役目を負っていた。
「わかっています」
クロードは揺れる御者台に座りながら、新たな魔法陣を描きだす。
魔法陣が完成すると、馬車の上に浮かぶ炎の球がボッと膨れ上がった。
それによって、狭くなっていた照明範囲が一気に広がる。
「いいぞ、遠くまでよく見える!」
炎の球は、俺達の乗る馬車を中心に半径50mほど先まで照らしている。
これだけ明るければ、賊が近づいてきたとしても早々に見つけられるだろう。
「このペースなら、日が昇る頃には教皇領に着きそうだな」
俺は客車に引っ込み、机の上に広げられたエル・ロワの地図を見下ろした。
エル・ロワ王国は、王都と三つの衛星都市で成り立っている。
国土のおおよそ真ん中にあるのが、王都アークエン。
その王都を中心として、東にヴァ―チュ、西にパーズ、南にプリンシファといった衛星都市が存在し、それらを繋ぐ街道が重要な交易路となっている。
だが、エル・ロワにはもうひとつ重要な場所がある。
それこそが王都の北にある教皇領だ。
俺は過去一度も教皇領に入ったことはない。
又聞きした話によれば、領内には独自の秩序が形成されており、エル・ロワの人間にとっても風変わりなものに映ると言う。
ジエル教の総本山。
七色に煌めく虹の都。
千天使の見守る奇跡の聖域。
様々な名で呼ばれる教皇領が、どんな場所なのか興味が尽きない。
◇
日が昇り始めた頃、馬車は教皇領へと入った。
俺は客車の窓枠に肘を置きながら、街道に沿って広がる畑を見渡していた。
すでにクロードは客車の中に戻っており、俺とは反対側の窓から外の景色を眺めている。
相変わらずクロードとは会話が弾まず、俺としては外の景色を楽しむ以外に気を紛らわす方法がなかった。
早く現地に着いてほしい、などと思っていると――
「なんだありゃ?」
――街道の遥か先、地平線の彼方から細長い塔のようなものが見えてきた。
その塔は、陽光を受けてキラキラと虹色に輝いている。
何の光かと思ってじっと目を凝らしてみると、どうやら小さな宝石が塔の壁にたくさんはめ込まれているらしい。
しかも、塔は二本、三本と、街道を進むにしたがって増えていった。
「あれこそ教皇領の首府――虹の都の象徴である大聖塔でございます」
俺の声が聞こえたようで、御者が答えてくれた。
「何か宗教的な意味が?」
「邪気を寄せ付けない結界の役割を担っていると聞いております」
「あんなものがいくつも建っているのか?」
「虹の都を取り囲むように、七つの大聖塔がございます」
虹色に輝く塔に囲われているから、虹の都、か。
宝石を神聖視する宗教なだけあって、総本山は奢侈の規模が違う。
一体どこからあんなものを建てる金が湧いてくるのか……。
さらに街道を進むと、虹の都の入り口が見えてきた。
都の周りは堀で囲まれており、一ヵ所だけ正門へ続く吊り橋が掛かっている。
俺達の馬車は一列に吊り橋を渡って門楼の前で停まった。
門楼の横には屯所があり、衛兵が数名ほど出てきて馬車の確認を始めた。
客車に乗る俺達だけでなく、入念なことに屋根上や車体裏まで調べている。
そんな中、ヘリオが戦車を下りて衛兵の一人に話しかけた。
「ご苦労様です!」
「ずいぶん早いな。到着は昼過ぎになるものかと」
「わけあって、道中急ぎました」
「何か問題が?」
「そのことで早急に団長と話がしたいのです」
クロードの推測が正しければ、教皇の身に危険が迫っているわけだが……。
ここまで外からの出入りを厳重に管理している教皇領に、果たして賊が忍び込めるものだろうか。
それとも、クロードの推理した通り実行する人間も内部の者なのか?
「開けろ!」
衛兵は特に問題ないと判断したようで、手をあげて同僚へと合図を送った。
その合図を受けて門楼の落とし格子が吊り上げられていく。
格子が上がって門が開かれると、馬車が動き出した。
開かれた門をくぐると、驚くべき光景が俺の目に飛び込んできた。
「……すげぇな。これが虹の都か」
門をくぐった先に真っすぐ続く目抜き通りには、宝石を掲げる天使の彫像が等間隔でズラリと並べられていた。
しかも、そのすべてが入り口側を向いているのだ。
遮蔽物がない中、総勢五十以上はあろう天使像の顔に出迎えられる圧迫感といったらない。
「悪趣味……と言うか、異様すぎる光景だな」
立ち並ぶ天使像を見ていて、気づいたことがある。
王都のジエル教関連施設にも天使像は置かれているが、それらと比べて明らかに異なるところがあるのだ。
それは、像の持つ宝石が本物であること。
通りに立ち並ぶ天使像ひとつひとつに、色とりどりの宝石が備え付けられているなど、想像もしなかった。
見れば、アメジストやシトリン、ローズクォーツなど、色つき水晶ばかり。
透明度も高く、サイズも10カラット近いため、かなりの価値だと推測できる。
こんな高価な宝石が、野ざらしで屋外に並んでいるとは驚きだ。
……と言うか、異常だ。
「ジルコさんは初めてのご来訪でしたね――」
停留所に着き、俺が馬車から降りるとヘリオが話しかけてくる。
「――いかがですか、虹の都は?」
「泥棒にとっては理想郷だな」
「? 泥棒とは……?」
「あんたは見慣れているのかもしれないが、部外者に言わせれば宝石を盗り放題だって言ってるんだよ」
「とんでもない! 教皇領には窃盗を犯すような教徒はいませんよ」
「ジエル教徒じゃない人間が入り込んだ時の話をしているんだ」
「それならご心配には及びません。一定区画ごとに司祭様が巡拝なされていますから」
「それって抑止力になるのか?」
「司祭様が起こす神判の奇跡は人の悪意を見抜きます。ゆえに、この都では罪人が罪を犯す前に拘束できるのです」
「……さすがは奇跡の聖域。えげつねぇな」
◇
ヘリオが神聖騎士団の騎士団長に教皇の安否を確認しに行っている間、客分の俺達は都を自由に見て回ることを許されていた。
俺とクロードは特に行きたいところがなかったため、停留所の傍でヘリオが戻るのを待っている。
ネフラはフローラに案内されて都の図書館へと向かった。
……通りを行く人々が、俺達に奇異な視線を向けてくる。
教皇庁の管理が行き届いたこの都では冒険者が珍しいのだろうか。
じろじろ見られて落ち着かないので、俺は気分を変えるためにクロードへと話しかけた。
「教皇領で見られる本なんて、堅苦しい分野のものしかなさそうだよな」
「……」
案の定クロードにはスルーされた。
スルーしたというよりも、クロードは通りの天使像を熱心に観察していた。
何かに集中している時は人の声が耳に入らない。
昔から治らないクロードの悪い癖だ。
「どうしたんだ。何か気になることがあるのか」
「これらの天使像、妙だと思いませんか」
「おっ。今度は俺の声聞こえていたな」
「天使像の数。そして野ざらしの宝石。来訪者を迎えるためだけとは、とても思えません」
「確かに異様な雰囲気を醸し出してはいるけど……」
「ここを見なさい」
クロードが手前の天使像を指さした。
その像を見てみると、彫りが細かいわけでもない安物の量産品だとわかった。
加えて、風雨にさらされてずいぶん汚れているな、と思った。
「掃除夫が仕事をさぼっているな」
「きみは何を見ているのです。宝石を掲げている手元を見ろと言っているのですよ」
天使像の手を見ろだって……?
見れば、天使像はジエル教徒の祈りの姿勢と同じ形をしている。
わずかに造形が異なるのは、手元の宝石が垂直に立つように指先でつまみ上げているところか。
「あっ」
俺は宝石をつまんでいる像の指先が欠けていることに気がついた。
しかも、ただ欠けているわけじゃない。
まるで高温で溶かされたかのような痕跡が見て取れる。
「クロード、これは……」
「天使像がすべて門の方を向いていることも違和感がありました。像の配置と方向、溶けだした痕跡から推測するに、都の防衛装置を果たしているのでしょう」
「防衛?」
「ミスリル銃を扱うきみならわかるのでは? これだけ立ち並ぶ天使像から、一斉に太陽光が照射されたらどうなるか」
俺はクロードの言葉にゾッとした。
門から侵入してきた者に対して、この数の天使像から太陽光の一斉放射を受けたとしたら、人間は耐えきれずに一瞬で炭と化すだろう。
だが、それほどの威力を容易に想像できる防衛装置だ。
人間相手ではなく、魔物の迎撃用に用意されたと考えるのが妥当か。
「でもどうやって作動させるんだ? 今も太陽は出ているけど、小さなレンズほどの照射もないぞ」
「私はあの塔にこそ秘密があると思いますがね」
クロードはそう言って、都の四方にそびえ立つ大聖塔を見上げた。
俺達の居る場所――目抜き通りからは、ちょうど七つの塔の天辺が見える。
その周辺は、光を反射して虹色の煌めきをたたえている。
「有事の際には、大聖塔が一斉に天使像へと太陽光を反射するわけか」
「まさに天然の宝飾銃ですね。発動したら一体どれほどの威力になるのか……実に興味深い」
クロードの好奇心をここまでくすぐる防衛装置。
否。もはや破壊兵器と言っても差し支えない。
そんなものが仕掛けられているとは、なんて恐ろしい場所なんだ。




