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3-009. 物静かな殺意②

 賊とは言え、人間が死ぬところを見るのは気分が良くない。

 例えそれが自分達の命を狙う相手だとしても、だ。

 だが、クロードにそんな甘さは微塵もない。


「殺しちまったら目的を聞き出せないだろう」

「一人生き残っていれば十分です」


 おいおい。

 その一人以外は皆殺しにするつもりかよ。

 相変わらず敵には容赦のない男だ。


「むしろ、一人は生かしておくようあちらに伝えるべきですね」

「へ?」


 クロードに釣られて、もうひとつの馬車が横転している方向へ目を向けると、なんと客車が浮いていた。

 否。なんと持ち上げられていた。


「やっぱり化け物だな」

「その単語、彼女の耳に入れないように」


 フローラが顔を真っ赤にしながら、1000kg近くはあろう客車を持ち上げていく。

 あちら側へ向かった五人の賊はそれを見て唖然としている。

 ……無理もない。


「うりゃあああああっ!」


 フローラが声を張り上げて、客車を賊へ向かってぶん投げた。

 なんとまぁ……客車が空を飛んだ。

 間を置いて、ドンッという轟音と共に客車が地面へと叩きつけられる。

 屋根が外れ、車輪が弾け飛び、窓ガラスが粉々に砕け散った。

 哀れ、盾衛士(シールダー)が一人巻き込まれてぺちゃんこだ。


「ば、ば、化け物っ!」

「なんですってぇぇぇぇ!?」


 潰された仲間の傍で腰を抜かしている剣士(フェンサー)が禁句を口にした。

 フローラは指の関節を鳴らすしぐさを見せながら、がに股でズカズカと剣士(フェンサー)のもとへ近づいていく。

 その横顔は戦鬼(オーガ)のような形相だ。

 一方でフローラの後ろに、ネフラの無事な姿と、地面に寝かされている御者を見つけて俺は安堵した。


「もう一度言ってごらんなさいですわぁ」


 フローラのしゃべり方がおかしくなっている。

 攻撃を受け、さらに罵倒されたことでブチギレたようだ。


「ひっ、ひぃぃっ」


 剣士(フェンサー)は尻もちをついたまま恐怖に足をバタつかせている。

 もはや彼に助かる見込みはない。


「〈博愛と慈愛の聖女〉と称えられるこの私に対して、よりによって化け物ですってぇぇぇぇ!?」


 そんな二つ名、聞いたこともないぞ。

 俺がそう思った瞬間、フローラが右手で剣士(フェンサー)の横っ面をひっぱたいた。

 素手とは思えない風切り音。

 そして、木の棒でスイカを割った時のような打撃音。

 フローラの手が横薙ぎに空を切った後、剣士(フェンサー)の首から上は原形を留めずにすっ飛んで行った。


「くっ……くそがぁぁっ!」


 もう一人の剣士(フェンサー)がロングソードを振りかぶり、フローラへと突っ込んでいく。

 玉砕覚悟の特攻か……。

 覚悟を決めたのはいいが、相手が悪すぎる。


「くたばれっ」


 フローラが避ける間もなく、剣士(フェンサー)のロングソードが彼女へと振り下ろされる。

 その刃はフローラの肩口から当たって、彼女の胸、腹、腰へと通り抜け――


「あっ!?」


 ――ることはなかった。

 ロングソードの刃は、フローラの肩に当たった瞬間にポッキリと根元から折れて空を舞っていた。

 剣士(フェンサー)は口をあんぐり開けて立ち尽くしている。

 奴が放心する気持ちもわかる。

 剣を振り下ろして逆に刀身が折れる人体など、そうそう無いだろうからな。


「柔な剣ですわねぇ!」


 フローラは折れた剣を払い除け、腰を落として身構えた。

 剣士(フェンサー)が正気に戻って後ずさろうとした瞬間、フローラの掌底が相手の胸へと打ち込まれる。

 掌底は剣士(フェンサー)の鎧を砕き、みぞおちへ深々と突き刺さった。

 固めた拳ならまだしも、手のひらが人間の体に突き刺さるってどういうことなの……。


「うっ……うわあぁぁっ」

「にげ、逃げろぉーー!」


 残った二人の賊は完全に戦意喪失して、脇目も振らずに逃げ出した。

 フローラはみぞおちに手を差し込んだまま剣士(フェンサー)の死体を持ち上げ、走る賊へと投げつける。

 砲弾のように飛んで行った死体は、手前の魔導士(ウィザード)と接触して()ぜた。

 ……人間の体が、こうも柔らかそうに砕けたり千切れたりするものかね。


「あと一人ですわねぇ!」


 フローラが地面を蹴って、一人残った魔導士(ウィザード)を追いかける。

 その目は肉食獣が獲物を追うそれと同じだ。

 このままでは賊を全滅させてしまう。

 今のフローラに近づくのは気が進まないが、なんとか落ち着かせないと!


「やれやれ。自制も利かぬとは」


 俺が動き出す前に、クロードがササッと小さな魔法陣を描いた。

 土色の魔法陣が輝き、地面を小さな隆起が走っていく。

 行き着いた先は、逃げまどう魔導士(ウィザード)の足元だ。


「ひっ!?」


 隆起が魔導士(ウィザード)に追いついた瞬間、その周りを土牢が取り囲んだ。

 走っていた魔導士(ウィザード)は土牢の突起に顔をぶつけて、その場に尻もちをつく。

 困惑する顔から、何が起こったのか理解できていないようだ。


「クロードですの!? なぜ邪魔を!」


 足を止めたフローラが、俺達の方へと不満げな視線を向けてくる。


「俺達を襲った目的を吐かせる。そいつは殺すな!」


 俺の指示がよほど不満だったのか、フローラは力任せに地面を蹴り上げた。

 蹴りの衝撃が地面を裂き、草原の芝生を大量にめくり上げる。

 ……こんな奴にいつか解雇通告しないといけないのか。

 教皇庁の都合で、フローラが派遣取り止めになったらどれだけいいか。

 そんなことを考えながら、俺は出番のなかったミスリル銃をそっとホルスターへと戻した。





 ◇





 気絶している御者達の介抱をネフラに任せて、俺とクロードとフローラは生き残った賊の尋問を始めていた。

 妙な真似ができないように宝飾杖(ジュエルワンド)は取り上げ、後ろ手に縛ってもいる。

 尋問役は俺が引き受けることになった。


「なぜ俺達の馬車を襲撃した?」

「そ、それは……護衛もつけずに街道を豪勢な馬車が走ってたもんだから、良いカモだと思って」


 確かに野盗の類なら金持ちの乗るような馬車を見れば襲いたくもなるだろう。

 しかも護衛がいなければ尚更だ。

 とは言え、口に出したことが真実とは限らない。


「……どうだ?」

「嘘ですね」


 俺が確認すると、クロードはきっぱりと言った。

 彼の襟飾りについている竜の彫像が、ぼんやりと明滅している。

 看破の奇跡による尋問で対象が嘘をついた時の反応だ。


「嘘をついても見抜けるぞ。正直に話せ」

「こ、殺さないでくれっ! ちゃんと話すからっ」


 賊は怯えているが、その視線は俺の後ろへと向けられている。

 ……これでは尋問役の立場がない。


「もう一度聞くぞ。なぜ俺達の馬車を襲ったんだ?」

「……あ、あんた達が乗ってるから」

「まさか俺達が〈ジンカイト〉の人間だと知ってて襲ったのか?」

「そ、そうだ。知っていた」


 ずいぶん無謀な野盗もいたものだ。

 言っちゃ悪いが、あの程度の実力で世界最強のギルドから身ぐるみ剥ごうとは冗談にもなっていない。


「いくらなんでも無謀だとは思わなかったのかよ」

「お、思ったよ。思ったけど……」

「お前達のリーダーの独断か? それとも依頼主がいるのか?」

「……依頼を受けた」

「誰にだ?」


 そう問いただした瞬間、賊の顔色が変わった。


「依頼主がいるならそいつの名前を言ってもらう」

「そ、それは無理だ。言えないんだ……」

「だんまり決め込める立場だと思っているのか?」

「違う。言えない……言えないんだ!」


 こいつ、野盗にしては律儀だな。

 野盗の類は、命に関わる事態に陥れば平気で依頼主を売るような連中ばかりだと思っていたが。


「なぜ言えない? 素直に吐いた方が身のためだぞ」

「言えないものは言えないんだっ」


 顔を紅潮させ、額からは大量の汗を伝わせている。

 言えるものなら言いたいが、絶対に言えない事情がある……。

 そんなところだろうか。


「〈ジンカイト〉を恨んでる奴からの命令か?」

「……」

「俺達が教皇領に向かう道を通ることも、そいつから聞いたのか」

「……」


 質問に答えてくれないと、クロードの看破の奇跡も働かない。

 どうしたものか。


「代わりなさい、ジルコ」


 クロードが俺を押し退けて、賊の前へと歩み出た。

 相手の口を割らせるような魔法や奇跡があるのか?


「口が動くうちに我々を襲った動機と、そこにいたるまでの経緯を話しなさい」


 クロードは宝飾杖(ジュエルワンド)を突きつけながら問いただした。

 しかし、賊は(かたく)なに口を開こうとしない。


「……はぁ」


 溜め息をつくなり、クロードは賊の眼前でひょいっと杖を一回りさせる。

 すると小さく粗雑な魔法陣が一瞬で顕現し、賊の顔面に火をつけた。


「ぎゃあああっ!」


 賊の悲鳴が街道に響き渡った。

 肌は焼け焦げ、両目からは火を吹いている。


「おい、やりすぎだ!」


 俺は思わずクロードのやり方に口を挟んでしまった。

 だが、クロードは俺を無視して尋問――否。拷問を続ける。


「二度言わせないでください。口が動くうちに話した方がいいですよ」

「い、言えない。言えないんだ……」

「言えない、とはどういうことです? 口止めですか」

「言えない……言えないんだよぉ」

「ふむ」


 クロードが再び小さな魔法陣を描いた。

 今度は賊の両手足が一斉に燃えだし、辺りには肉の焼ける臭いが立ち込める。


「あ”あ”ああぁっっ!!」


 賊が悲鳴をあげながら、バタバタと両手足を地面に擦りつける。

 しかし、魔法の火はそんな簡単には消えない。


「やめろ、吐かせる前に死んじまうだろ!」


 俺がクロードの肩を掴むのと同時に、襟飾りの彫像が輝き始めた。

 賊に視線を戻すと、彼の両手足の酷い火傷が見る見るうちに治っていく。


「癒しの奇跡か!? ……まさか!」


 俺はクロードの意図を理解してゾッとした。

 焼いた直後に即治療。

 このふたつを繰り返すことで、徹底的に賊の心身を追い詰めるつもりだ。

 なんて恐ろしいことを考えやがる。

 魔導士(ウィザード)の魔法と聖職者(クレリック)の奇跡、どちらも高水準で備えているクロードだからこそできる芸当だ。

 だが、思いついてもやるか普通!?

 

「あなたが話してくれるまで、いつまでも繰り返しますよ」

「ひっ……ひいぃ……」


 両目を焼かれている賊には、クロードの冷めた眼差しなど知る由もない。

 しかし、これから自分に繰り返される拷問を想像して、賊の精神は屈服したのだろう――


「言う! 言う! 言うからぁぁぁっ!!」


 ――賊は人目もはばからずに小便を漏らした。


「まずは絶対的な恐怖を刻みつける。尋問の肝ですよ、ジルコ」


 クロードが俺に向けて得意気な顔で言った。

 それは尋問じゃなくて拷問の間違いだろう!

 ……とは言えない。

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