3-006. 旅に出る前に②
俺は一度深呼吸をして、乱れた思考を正した。
そして、改めてサリサに話しかける。
「こんなところに呼び出さず、ギルドを訪ねてくれればよかったのに」
「そうですよね。私のような女にこんな場所に呼びつけられて、ジルコ様が憤慨するお気持ちもわかります」
「いや。別に怒っているわけじゃない」
「でも、余計でした……よね?」
……しゃべりにくい。
ここ何年も自己主張の激しい女性とばかり話してきたから、こういった物静かなタイプには気を使ってしまって会話が続かない。
ネフラに近いと言えば近いが、勝手知ったるあの子はまた別だ。
とりあえず銃を下げて、俺は彼女に外へ出るよう促す。
「まずここから出よう。いつまでもこんな暗い場所にきみのような女性が一人でいるのは危険だよ」
「ごめんなさい! 私、迷惑をかけるつもりじゃ……」
「いいから。早く出よう」
彼女の背に手を回して外へ連れ出そうとした時――
「!?」
――突然、奥の暗闇から輪の形に結ばれたロープが飛んできて、俺の首を締めあげた。
その直後、凄い力で路地側へと引っ張り込まれる。
「うぐあっ」
尻もちをつきながらも必死に抵抗する中、俺はサリサの顔を見上げた。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら壁に寄りかかっていた。
「お、お前。これは――」
サリサに問いただす間もなく、俺はピンと張ったロープに引っ張られ、尻を地面につけたまま引きずられてしまう。
「――ぐうっ!」
銃口をロープに当てて引き金を引き、首を絞めていたロープをなんとか切断する。
すぐに起き上がろうとしたものの、路地の奥から今度は手裏剣が飛んできた。
手裏剣は幸いにも防刃コートに当たって弾かれたが、間違いなく心臓を狙って投げられたものだった。
「くそっ」
起き上がり様、ミスリル銃を構えた時にはビリビリと殺気を当てられているのを肌で感じた。
「銃士がこんな狭いところに入ってくるもんじゃないぜぇ」
「キャハハ! マジで誘いに乗るなんて、こいつ馬鹿だよねぇ」
声は路地の奥からではなく、頭上から聞こえてきた。
俺が見上げるのと同時に、上からふたつの影が降ってくる。
「ひゃほぅっ!」「キャハハハ!」
ふたつの影は地面に着地する際、俺めがけてナイフを振ってきた。
とっさに横転して躱すことはできたが、なかなか際どいタイミングだったので肝が冷えた。
「お前ら〈サタディナイト〉か!」
俺が銃を構える姿勢を取った瞬間、路地の奥に火が灯る。
一瞬、魔法かと思ったが違った。煙草の火だ。
煙草を口にくわえて現れたのは〈サタディナイト〉のギルドマスター。
名前はパワー。
右目に眼帯をつけた筋肉質な男で、拳闘士として冒険者の間ではそれなりに有名な人物だ。
俺に不意打ちを仕掛けてきた二人は、煙草の火を頼りに顔を確認することができた。
〈サタディナイト〉の双璧をなす双剣士の双子――ジェミニ兄妹だ。
「キャハハハ。こいつビビッてらぁ!」
「当たり前だぁ。俺達に狙われてビビらねぇ奴はいねぇ」
橙色の髪をポニーテールに束ねている小柄な女が妹。
同じ髪色だが、骸骨のようにやせ細っていて血色の悪い男が兄。
この兄弟は、やりすぎて依頼に失敗するトラブルメーカーとして悪名高い。
「やっぱりビズの件の報復か?」
「その自覚があって誘いに乗ったんなら、大した自惚れ屋さんだよお前は」
パワーが煙草をふかしながら、ズカズカと路地を歩いてくる。
俺はすぐさまパワーへと銃口を向けるが、奴は気にも留めない。
「動くな! それ以上近づけば撃つ!!」
「怖いねぇ。そんなモンで撃たれたら死んじまわぁ」
パワーは、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。
俺と三人との距離はおよそ5mほどあるが、こいつら相手にこの間合いは近すぎる。
タイミングを誤れば、俺の方がやられてしまう。
さらに、俺の背後にはもう一人要注意人物がいる。
サリサ――壁に背をつけたまま動きを見せないが、こいつ何者だ?
俺はこれでも観察眼には自負がある。
その俺から見ても、サリサにはまったく疑うところがなかった。
「……そっちの女はギルドの新しいメンバーってわけか?」
「サリサのことか」
「ああ。俺にまったく演技だと気取られないなんて、ただ者じゃないな」
くすくす、とサリサの笑い声が背後から聞こえる。
「そりゃそうだろうなぁ。なんせ、サリサは役者だからな」
「役者ぁ!?」
役者って、あの役者か?
舞台とかで演技をする、あの役者のことか?
「最高峰の冒険者に私の演技が通じるのか興味があってね。きみのおかげで改めて自分の演技に自信を持てたわ!」
サリサが嬉々として言ってのける。
まさか役者とはな……。
演技のプロの実力、恐れ入ったぜ。
「本名はトルマーリ・パーティカラよ。今度、ヴァーチュで私が主演の舞台があるの。よかったら観に来てね」
そう言うと、サリサ――否。トルマーリは踵を返して路地から去って行った。
用が済んだらさっさと身を引くのも、プロの女優って感じだ。
最後のセリフはあまりにも白々しいけどな。
「よかったら観に来てねぇ、かぁ。ゲハハハ」
「兄貴。こいつが舞台を観に行けると思うかぁ?」
「そいつぁ無理だなぁ。俺達にぶっ殺されちまうからなぁ」
「キャハハハ! だよねぇだよねぇ!?」
ジェミニ兄妹がそれぞれ双剣を構えながら、じりじりと間合いを詰めてくる。
この二人はジャスファに近しいタイプで、笑って人を殺せるろくでなしだ。
本気でかかってくるなら、こちらも本気で迎え撃たないとヤバい。
「さて。こっからは冒険者同士の付き合いといこうぜ」
「待てよパワー。ビズの件は穏便に話し合いで解決できると思うんだが」
「そいつぁ無理な相談だぜ。俺達にゃ因縁があるからな」
「ギルドのトップスリーが出てきちゃ、洒落にならないだろう」
「きっかけはなんだっていいんだ。てめぇらと戦る口実さえできりゃな」
「言いがかりじゃないか!」
三対一。
しかもこの狭い場所じゃすぐに間合いを潰されちまう。
まんまと罠にハマって、馬鹿か俺は!
「さぁ、撃ってみな。誰を撃ったところで、一呼吸の間にてめぇの命を取らせてもらうぜ」
「ゲハハハハ」「キャハハハ」
玉砕覚悟かよ、脳筋野郎が……!
同じ筋肉でもウチのマスターの方がよっぽどマシだな。
俺はやむなく用心金に掛かっていた指先を引き金に移した。
「やれるもんならやってみろ!」
こいつらに俺の斬り撃ちは見せたことがない。
ひとつ宝石を潰すことになるが、三人まとめて一掃してやる!
「気になって来てみれば――」
路地の外から聞こえてきた声に、引き金へ集中していた意識が途切れる。
「――こんなカスども相手に、だらしない」
声の主はクロードだった。
「クロード!?」
「きみ、新聞を選ぶセンスがありませんよ」
クロードが折りたたんだ新聞を空中でひゅっと煽った。
その瞬間。
「ぎゃっ」「うぐっ」「あえっ」「おうっ」
俺を含めた、路地裏にいる四人が頭から地面に叩きつけられた。
「な、なんだぁ~!?」
「うぎぎっ……。兄貴、なんとかしてよぉ!」
「むぐっ……。無理だ、妹よ。体が押さえつけられて……動けねぇ」
パワーもジェミニ兄妹も、状況が理解できていない。
だが、俺はこの現象を知っている。
それだけに、この現状は納得できない。
「く、クロード……! 何も、俺まで、巻き込むこと、ないんじゃないのかっ」
全身が地面に押しつけられている中、俺は腹の底から声を出してなんとか言葉にすることができた。
首を横にしてクロードを見上げると、楽しげな顔で俺を見下ろしている。
「距離が近すぎたのでね。そこまで細かい指定はできかねますよ」
「だ、だからって、なぁ~!」
「錬金術と同様、私もまだまだ力不足ですからね。この精霊魔法は」
精霊魔法。
それは魔導士の使う属性魔法とは異なる魔法体系。
自然界に存在する目に見えない存在――精霊を行使し、超常的な現象を引き起こすことができる。
それだけだと属性魔法と変わらないように聞こえるが、エーテル生命体とも言われる精霊が扱う魔法は、人間のそれとはレベルが違う。
そんな精霊を操るクラスを、精霊奏者と呼ぶ。
「〈理知の賢者〉クロードかっ。王都に戻っていやがったとは」
「ひさしぶりですね、パワー。相変わらず喧嘩を売る相手を選ばぬ姿勢には感服します」
「て、てめぇ……!」
怪力自慢のパワーでさえ、クロードの精霊魔法には手も足も出ない。
まさに言葉通り、空気に押さえつけられているため手も足も動かせないのだ。
「マスター、こりゃあ一体……」
「キャハ……。これマジでヤバいんだけど、ウケる」
ジェミニ兄妹は知らなくとも、パワーならばわかるだろう。
クロードが行使できる精霊は風の精霊。
そして、風の精霊はその場の空間を支配する。
この現象の答え……それは、風の精霊が俺達の周囲に漂う空気を重くしたという事実だ。
「パワー。一度だけきみに選ばせてあげましょう」
「ああぁ!?」
「①敗北を認めて二度と我々に干渉しない。②このまま地面にめり込んで無様な姿をさらす。私としては②が見たいのですが、あなたのメンツもあるでしょうから①をお勧めします」
考えるまでもない。
このままでは空気の重みに体を潰されてしまうのだ。
普通なら①を選ぶだろう。俺も選ぶなら①だ。
……だが、決して引かない奴もいる。
「答えは③! てめぇをぶち殺す!! だっ!」
パワーが叫んだ瞬間。
ドンッ、という音と共に、パワーとジェミニ兄妹が地面深くへと沈んだ。
「……!」
気づけば、俺の体に圧し掛かっていた重さは消え去っていた。
何事もなく、すくっと立ち上がることができる。
一方、パワー達は全身を地面にめり込ませてぴくりとも動かない。
……と言うか俺だけ無事ということは、あの三人だけ攻撃することができたんじゃないか!
「クロード、お前なぁ」
「棺桶屋は不要です。この子らには中身まで潰さないように言っておきましたから」
クロードは何もない空中で何かを撫でるようなしぐさを見せている。
俺には見えないが、もしかして風の精霊がそこにいるのかもしれない。
「お前は本当に天才だよ、クロード――」
俺はミスリル銃をホルスターへ収めながら、目の前の天才に賛辞を送った。
「――奇跡に、錬金術に、属性魔法に、精霊魔法。四つのクラスの術を高水準で修めてるのは、世界中探してもお前だけだろうよ」
天才。
ゆえに、彼は〈理知の賢者〉の二つ名を得た。
国からも正式に〈賢者〉の称号を贈られている。
半年かけて魔法の基礎も習得できなかった俺とは、物が違う。
クロードにできないことなど何もない。
万能薬だって、人造人間だって、この男なら実現してしまうに違いない。
ここまで凄い奴には、嫉妬すらできやしない。
「まだまだです。私の目指す高みには、まだまだ不足が多い。いつまで経っても天井が見えてこないのは苦痛ですよ」
「俺には理解できなさそうな話だな」
その時のクロードの物憂い顔が、俺は妙に印象に残った。
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