1-004. 解雇候補者達②
「なんだジルコ。ずいぶん辛気臭い顔してんな? 女遊びで火傷でもしたか」
ギルドに入ってくるなり、俺に投げかけられた第一声。
下品な冗談だな!
声の主は、通称〈毒鼠〉のジャスファ。
レッドブラウンの短髪に、褐色の肌。
胸元が大きく開いた革の鎧をまとい、ホットパンツに足を通している。
密偵ゆえに軽装なのは納得するが、その過剰な露出はなんなんだ。
見た目に滲み出ている無頼感。
彼女はギルドでもっとも厄介な冒険者だ。
「下品な女ですわね。ジエル教に入信すれば粗野な性格が少しは改善するかもしれませんわよ?」
ジャスファを真っ向から挑発するのは、聖職者のフローラ。
白と黄の清らかなローブをまとった彼女は、常に薄い微笑みを欠かさない落ち着き払った女性だ。
黄金色に輝く髪と海のような蒼い瞳は、彼女の本性さえ知らなければ、神々しさすら感じるだろう。
「あ? 石ころ宗教の売女がナマ言ってんじゃねぇぞ」
「は? あまりに低劣な言葉だったので聞き取れませんでしたわ」
二人とも同じギルドの仲間を見る目じゃない。
喧嘩するほど仲が良いとは言うが、この二人の場合は本気で嫌い合っている。
問題が起こる前に、さっさと仲裁に入らなければ……。
「まぁ落ち着けよ二人とも。朝から張り合うこともないだろ」
「ケッ」「ふんっ」
お互い不快な顔を見せながらも、とりあえずこの場は収まった。
頼むからそのままおとなしくしていてくれ。
「ジルコ。礼拝にはまだ出ていませんの?」
フローラが唐突に話しかけてきた。
礼拝と言うと、ジエル教の集会か。
「あなたもジエル教徒の端くれなら、毎週日曜の礼拝にはちゃんと出ていただかないと困りますわ」
「ちょっと忙しくて」
「多忙を理由に神に背を向けると?」
「そういうわけじゃ……」
フローラの瞼がピクピクと動き始めた。
長年の付き合いで、これはキレる手前の反応だということがわかっている。
ジャスファに対する怒りが、俺に向けられているっぽいぞ……。
「いいですか、ジルコ――」
言いながら、フローラは懐から金色に輝く宝石を取り出した。
「――あなたもお世話になっている宝石の輝きは、神が人々を導くためにお創りになられたのです。あなたも道を見失わないように自分だけの宝石を見つけなさい。さすれば、その光があなたを正しき道へ誘ってくれるでしょう」
度々聞かせてくるこの説教。
俺も今では一言一句間違えずに暗唱できてしまう。
「さぁ、祈りなさい。そして心を開き、自身の中の信仰を見つめるのです」
フローラは両手を組んだ中に宝石を抱き、天を仰ぐような姿勢で祈り始めた。
その祈りを真似しろとでも言うのか?
俺はジエル教徒ではあるが、冒険者としての活動に都合がいいから洗礼を受けたに過ぎない。
別に、神やら光やら礼拝やらはどうでもいいのだ。
「祈りが届けば、天使もアシストしてくれますわ」
新種の宝石が出回る度に増えていく天使なんて、何のありがたみがあるんだ。
……こんなこと口に出そうものなら、間違いなく殺されるな。
その時――
「ジャスファ。女性ならば少しは慎みというものを覚えたらどうだ」
――怒気をはらんだルリの声が俺の耳に届いた。
気づけば、ジャスファとルリが睨み合っている。
まさに一触即発の空気だ。……ヤバい。
「慎みねぇ。なにそれ、美味しいの?」
「アマクニの婦女子なら誰もが心得ていた概念だ。お前のような鼠にも必要なものだと思うが」
「生き残ったアマクニの女は色町で働いてんだろ。お前はここに居ていいのか?」
「聞くに値しない言葉だが、我が同胞を侮辱した以上、ただでは済まんぞ」
ルリは腰に差している刀の柄へと、そっと手を伸ばした。
おいおい、まさか……!
「ハッ! やる気かよ。沸点低いなお肌に悪ぃぞ」
「父親のコネで無罪放免となったゴロツキが。悪は我が剣にて成敗する」
「あ? 殺すぞ、てめぇ」
ジャスファが腰を落とし、左右の腰に差した双剣へと両手をかける。
一方、ルリも刀の柄を握って抜刀の構えを取った。
二人とも本気で殺りあう気じゃないか!
「タイガさん。ルリさんが〈毒鼠〉と……」
「放っておけ。すぐに終わる」
仲間が殺し合いを始めようってのに、タイガもトリフェンもなに呑気してんだよ!?
「面白くなってきましたわぁ~」
フローラは止めようとするどころか、わくわくした顔までしているし!!
「地獄に落ちろ悪党」
「死ぬのはてめぇだ」
ちょっと待て!
解雇通告以前に、これはいくらなんでも――
「「――っ!?」」
ルリとジャスファが互いに踏み込もうとした瞬間、二人の間に炎が燃え上がった。
「うわっ」「くっ」
二人はとっさに飛び退いたため火傷を負うことはなかったが、炎が消え去った後、床には黒々と焦げ跡が残った。
なんてことを……修繕費もタダじゃないんだぞ!
あ。大工もすでに解雇済みだったっけ。
「いつ来てもギルドは賑やかでいいわね」
その声を聞いた瞬間、俺は全身に悪寒が走った。
ギルドの入り口へと向き直ると、そこには世界最強にして最悪の魔導士の姿があった。
「ルリ。ジャスファ。少々おいたが過ぎるのではなくて?」
〈身儘の魔女〉クリスタ。
両肩にかかる紫色の長い髪は暗い海を思わせ、妖しい艶を放っている。
露出の激しい魔法装束からは、今にも豊満な胸がこぼれそうなほどに――
……ちょっと待て、何を考えてるんだ俺!
とにもかくにも、絶世の美貌と天災級の戦闘力を持つ彼女は、色々な意味で絶対不可侵な存在だ。
現に、彼女が現れてからルリもジャスファも顔を真っ青にして黙り込んでいる。
「本気じゃないって。お互いちょっと白熱しちゃったんだよ。あはは……」
「あら、そうなの?」
「そうそう。それじゃ、あたし急用を思い出したから!」
ジャスファはクリスタを避けて入口へとたどり着くと、軒をまたいだ瞬間に全速力で走り去って行った。
「元気のいいお嬢様だこと」
ジャスファを見送った後、クリスタが笑いながら言った。
「あの。ジルコ殿――」
ルリがしゅんとした様子で、俺に話しかけてくる。
「――私としたことが我を忘れてあんな真似を。本当に申し訳ない」
そう言うなり、深々と頭を下げた。
「頭を上げてくれよルリ姫! この反省は明日から活かしてくれればいいからっ」
「すまない。ありがとう」
熱くなって冷静さを欠いたことが、よほどショックだったのだろう。
悪党にも自分にも厳しいルリらしい。
「本来なら、あなたが止めるべきだったのでは?」
いつの間にか俺のすぐ真横に立っていたクリスタが、正論を突きつけてくる。
「……面倒かけたな。助かったよクリスタ」
言い終えるや否や、突然クリスタに頬をひっぱたかれた。
なんでだよ!?
「クリスタリオスよ。クリスタと呼ばないで」
そうだった。
この女、なんでか知らないがそう呼ばないと怒るのだ。
名簿を見れる立場だから俺は本名を知っているが、彼女は普段からこのクリスタリオスという名前で通しているらしい。
この偽名(?)に一体何の意味があるのやら……。
ふん、と鼻を鳴らしながら、彼女は俺を汚物でも見るかのような目で一瞥すると、次にネフラへ話しかけた。
「ネフラ。例の話、考えてくれたかしら?」
ネフラは一歩後ずさると、フルフルと首を横に振った。
それを見て、クリスタは残念そうな顔を見せる。
……何の話だ?
そこへ突然――
「なんだ、みんな集まってるじゃないか!」
――でかい声が屋内に響き渡った。
俺を含めたその場の全員の視線が声の主へと集まる。
現れたのは、ギルドマスターだ。