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3-003. 悩める賢者の選択

 ビズは医療院からやってきた看護士達に担架へと乗せられ、意識不明のまま運ばれていった。

 クロードに治療を頼んでも首を縦に振ってくれないし、看護士達の恐々とした様子に俺は身の置き所がなかった。


「無駄な時を過ごしました。私はこれで」


 看護士達を見送った後のクロードの第一声。

 これだけ騒ぎを大きくしておいて、はいさようならはないぜ。

 そもそもクロードは解雇通告の対象者なんだ。

 このまま好き勝手させるわけにはいかない。

 それに、この男がフローラと顔を合わせればろくなことにならない。


「待て、クロード」

「何か」

「フローラを捜しに行くんだろう。俺も一緒に行く」

「……なぜ?」


 クロードが怪訝(けげん)そうに尋ねてくる。

 お前がフローラと会ったら必ず起こるであろう大惨事を防ぐためだよ!

 ……とは言えない。


「さっきの件で、〈サタディナイト〉の連中が報復にくるかもしれないだろ。その時は、俺が仲裁に入ってやる」

「私があの程度のカスどもに後れを取るとでも? そもそもきみなど当てにしていませんよ」


 どれだけ俺を軽んじているんだ、こいつは!


「お前は知らないだろうが、今の俺はギルドマスター代理の権限を持っている」

「なんですって? ギルドマスターに何かあったのですか」

「本人はいたって元気だよ。闇の時代が終わってギルドにも新陳代謝が必要だろうって理由で、俺が後任に指名されたんだ」

「まさか」

「ギルドマスターは後援者(パトロン)への挨拶回りで当分戻らない」

「……」


 信じるに足らないって顔をしているな。

 ジャスファの時もそうだったけど、なんでギルドの連中は俺の言うことを信用してくれないんだ。


看破の奇跡(トゥルー・スティクト)


 クロードが襟飾りの竜の彫刻へと手を触れ、奇跡の名を口にした。

 彫刻が輝き出し、クロードは俺の目をじっと見据える。

 相手の嘘を看破する奇跡によって、俺の発言の虚実を探っているのだ。

 ジエル教の司祭が神明裁判で審問する際に使う手だ。


「……嘘ではないようですね」


 疑われなかったことに俺はホッとした。

 嘘はついていないけど、隠していることはあるからな。


「まさかきみが後継者とは」

「みんな同じことを言うよ。俺としては耳が痛いけどな」

「で、きみは私がフローラと会えば問題でも起こすと考えているわけですか」

「えっ」

「あんな体だけ育った子供を相手に、私が感情を荒立てるとでも?」


 ずばり図星をつかれたな。

 しかし、フローラのことをそんな風に思っていたのか。


「まぁいいでしょう。同行を許可します」

「……ネフラも行くよな?」


 俺が言うと、ネフラはこくりと頷いた。

 クロードは少々不満げな様子だったが、何も言わずにギルドから出て行った。

 俺も後に続こうとすると、ネフラがミスリルカバーの本を抱きかかえながら隣まで駆け寄ってくる。


「ジルコくん。例のこと、彼にはまだ」


 解雇通告のこと、クロードにはまだ悟られないように。

 ネフラはそう言いたいのだ。


「わかってるって」





 ◇





 俺とネフラは、クロードと並んでジエル教会のある通りを歩いていた。

 街路樹をいくつか越えた後、クロードが唐突に話しかけてくる。


「ところでジルコ。例のこと(・・・・)とは?」

「ん。ああ、そのことね。聞こえていたのか」


 クロードの不意をつく質問に対して、かろうじて俺は平静を装って受けごたえることができた。

 内心、心臓の鼓動が跳ね上がった瞬間だった。


「つまらない隠し事は許しませんよ」

「あまり大きな声で言えることじゃないんだけどな」


 ……クロード相手に下手な言い訳は悪手だ。

 納得するまで徹底的に根掘り葉掘り問いただされるはめになるぞ。

 かと言って、今この場で解雇通告はとても切り出せない。

 穏便にギルドを辞めてもらう交渉をするにしても、切り札(カード)がぜんぜん揃っていないのだ。

 なんとか別の話題で煙に巻くしかない。


「ゾンビポーション! って覚えてるか」

「それが何か?」

「あー……えぇと、あれを……」

「まさかきみ、あれを服用したんじゃないでしょうね?」

「え?」

「あれは万能薬(エリクシル)の製造過程に偶然できた失敗作です。うかつに飲めば危険なのは知っているでしょう」


 自分から食いついてくれるとはありがたい。

 この場はゾンビポーションで何とか切り抜けられそうだ。


「飲んじゃいないが、副作用なしの完全版が作れたらいいなぁって」


 隣を歩くクロードを見やると、あからさまな軽蔑の視線を俺へと向けていた。


「きみのような素人に錬金術の何たるかを説明していたら日が暮れてしまいますが、誤解を恐れずに一言で言うならば――」

「言うならば?」

「――きみはカスだ、ということです」

「……あそう」


 俺達の間に挟まれたネフラが顔を引きつらせている。

 たぶん俺の顔も引きつっているだろうな。





 ◇





 数えて三つ目の教会を訪ねて、俺達はようやくフローラを見つけた。

 彼女は教会の庭先で、子供達による聖歌隊の歌を聞いているところだった。


「フローラ、捜したぞ」

「あら、ジルコじゃありませんの。不心得者が私に何の用でしょうか」


 会って第一声がそれかよ。

 なんでウチのギルドの冒険者は、よく顔を合わせる奴に限って辛辣(しんらつ)なことばかり言うんだ。


「クロードがお前に話があるんだとさ」

「……! クロード!!」


 クロードの存在に気がつくや、フローラはさっと身構えた。

 顔を合わせていきなり臨戦態勢とは、お前らやっぱり水と油だよ。


「街中で()り合う気か。王国兵に捕まるぞ!?」

「あなたは黙ってなさい。私はこの男の顔が昆虫の次に嫌いなのですわ」


 おっかない形相でフローラがきっぱりと言い切った。

 聞く耳は持っていても、話を聞く気はないようだ。


「クロード」


 俺はクロードに目配せして、なんとか話をするように促した。

 聞かん坊のフローラは俺には始末に負えない。


「相変わらずですねフローラ。そんなことでは婚期を逃し――」

「あぁっ!?」


 クロードの言葉を遮って、女性とは思えない重く低い声が聞こえた。


「――こほん。失礼、つい心にもないことを」


 ギリギリ、とフローラが歯軋りする音が聞こえてくる。

 頼むからこれ以上煽るのはやめてくれ!


「今日は折り入って相談があって来たのです」

「相談? あなたが? この私にぃ?」


 めちゃくちゃ(いぶか)しんでいる。

 そりゃあれだけいがみ合った相手から折り入って相談だなんて、何かの罠としか思わないよなぁ。

 そもそも俺もクロードがどんな話をするのか聞かされていない。


「私はこの数ヵ月、己の奇跡を磨くため様々な鍛錬に没頭しました」

「馬鹿馬鹿しい! トカゲ宗教の奇跡など鍛えたところで高が知れていますわ!!」

「きみの言う通りです」

「えっ」

「竜聖庁の教義では、私の望む境地には至らない」

「は?」

「ゆえに私は竜聖庁の信仰を捨て、教皇庁にすがりたいと考えています」


 えぇっ!?

 それってまさか、宗旨替えしたいってことか!?


「……も、もう一度よろしいかしら?」


 想定外の申し出に、フローラも困惑している。


「私はジエル教徒として信仰を新たにしたい。叶うならば、教皇領(・・・)にて直接教皇から洗礼を受けたいのです」

「あなた、本気で言っていますの?」

「本気です。そのために過去のことはすべて水に流して、きみの力を借りたい」

「……」


 フローラが答えあぐねている。

 宗旨替えだけならまだしも、教皇からの洗礼を受けたいとまで言うとは。

 クロードの奴、本気なのか……?


「この通りです」


 クロードがフローラに対して深く頭を下げた。

 こんな光景、いまだかつて見たことがない。

 ……どうやらクロードは本気らしい。


「わ、わかりましたわ。改心したいと言うのであればジエル教は拒みません」

「教皇領で直に洗礼を受けさせてもらえますか?」

「なんとかしますわ。急な話ですけど、〈ジンカイト〉は世界を救った英雄として教皇庁の方々も認識していますし」

「ありがとう、フローラ!」


 クロードがおかしい。

 フローラの手を取って、面と向かって礼まで言うなんて。

 見れば、フローラもこれ以上ないくらい困惑した顔を浮かべている。


「おい、クロード。本当に宗旨替えする気か?」

「そのために戻ってきたのです。ジエル教に改宗するならば、それを国教としているエル・ロワで行うのが筋でしょう」

「本気なんだな」


 クロードは知識を追求する男だ。

 彼にとって奇跡の知識を得られるのであれば、ジエル教でも竜信仰(ドラゴン・ロウ)でも、どちらでもよかったのだろう。


「良い心がけですわ、クロード! ようやく自分の愚かさに気づいたというわけですね」

「ええ。竜信仰(ドラゴン・ロウ)は私の求める知識を与えてはくれなかった。ジエル教ならきっとそれが叶うでしょう」

「当然ですわ。そもそも竜信仰(ドラゴン・ロウ)などというトカゲ宗教など捨てるが良し。あなたはようやく真の信仰に目覚めたのです!」

「今更ながら、信じるものを誤ったツケは大きかったと後悔しています」


 あのクロードが、フローラに迎合している。

 自分の歩む道に絶対の自信を持っていた男が、まさか宗旨替えとは。

 そこまで竜信仰(ドラゴン・ロウ)に嫌気がさしたって言うのか?


「教皇領には、いつ出立できるのでしょうか」

「そんなに急がなくてもよろしいのでは?」

「いや。私は一刻も早く正しい道を歩みたい。今この時も誤った道にいると思うと、やりきれなくなりますから」


 クロードは険しい顔をして苦痛を訴えている。


「……仕方ありませんわね。私も教皇様からそれなりに信頼を置かれる身。教皇領に連絡してみますわ」

「面倒をかけますねフローラ。この借りは必ず返します」

「ほほほ! 借りだなんて考えなくてよろしくてよ、クロード」


 フローラの奴、乗せられているように感じるが……。


「すぐに教皇領へ伝書鳩を飛ばしますわ。夜までには返事をいただけるでしょうから、ギルドでお待ちなさい!」


 フローラは鼻歌を口ずさみながら礼拝堂へと入っていった。


「さて。我々はギルドで待ちましょうか」

「……ああ」


 その時、クロードが俺に見せた顔。

 ついさっきまでフローラに見せていたそれとはまるで違う。

 今、お前が見せている不敵な笑みは何を意味しているんだ?

 どうにも嫌な胸騒ぎがしてならない。

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