A-002. 茨の道
冒険者になるには、何らかのクラスを得なければならない。
それは剣術でも格闘術でも魔法でもいい。
何かしらの戦闘技術を身につけなければ、冒険者としては認められない。
初めて訪れた冒険者ギルドで、世間知らずのガキに向けられたのは受付嬢からの嘲笑だった。
俺が最初に味わった挫折。
冒険者になるスタートラインにすら俺は立てなかった。
だから、町で弟子を探していた魔導士に出会えたことは幸運だった。
俺は彼女へ弟子入りを志願し、彼女もそれを受け入れてくれた。
半年ほど彼女のもとで修行を積んだ。
魔法以外の世界の知識、冒険者の心得なども教えてもらった。
しかし、その結果――
『きみには才能がありません』
――それが彼女に言われた言葉だった。
『そ、そんな……。俺には魔法が使えないってことですか?』
『難しいですね。きみはエーテルを操る素養が欠けています』
『なんとかなりませんか!?』
『もう何年か修行を続ければ、ごく基礎的なレベルの魔法は使えるでしょう。でも、それだけです。それ以上は、とても見込めません』
『……』
『きみは魔法クラス以外を目指すべきです。冒険者になりたいのなら』
初めての先生は、その言葉を最後に俺の前から姿を消した。
俺の手元には、弟子入りの際にもらった宝石だけが残された。
◇
家に戻るか、それとも別の道を模索するか。
魔法の道に挫折した後も、冒険者になる道は諦めきれなかった。
俺はさらに別の町へと渡り、そこで自分の道のヒントになるものを探した。
宝石は生活のために売ってしまった。
それから一年近く、その町で働き続けた。
荷物運び。掃除夫。大工の助手。傘屋。代書屋。
そしてようやく戦闘用の真っ当な剣を買えるだけの金を貯めた俺は、町の片隅にある武器屋へと入った。
『剣が欲しい? 坊や、親の仇でも殺すつもりかい』
『違うよ。冒険者になるんだ』
『ははぁん。冒険者にねぇ……。なら、もっと良い物がある』
『良い物?』
『こいつさ!』
それが、俺が生まれて初めて銃を見た瞬間だった。
熱い吹き矢。
現在、エル・ロワの王国銃士隊が採用している雷管式ライフル銃の何世代も前の型落ち品だった。
火打ち石と当たり金の定期的な調整が必要な上、滑腔砲ゆえに命中精度にも難がある。
今思えば、店の売れ残り商品だったのだろう。
『銃を持てば訓練生でも魔導士に匹敵する攻撃力を即座に得られるんだ』
そんな言葉を信じて、俺は一年がかりで貯めた2500グロウをその銃に使い果たしてしまった。
以来、俺は独りで熱い吹き矢の訓練に明け暮れる。
町から少し離れた森の中が、俺の訓練場だった。
『最初に弾薬を銃口から入れて……』
『次に撃鉄を起こして……』
『火皿に火薬を入れて……』
『最後に引き金を引く!』
ガチッと撃鉄が当たり金を擦って火花を散らす。
同時に、火薬に火がついて銃口から鉛玉が発射される。
だが、何度やっても50m先の木にすらかすりもしない。
それどころか、14歳の子供の力では発砲の衝撃に踏ん張るのもやっとだ。
それでも。来る日も来る日も訓練は続く。
そして、ついに鉛玉を買う金すら底を尽きた日。
残るところふたつとなった鉛玉の一発目を、さっそく俺は外した。
その時だった。
『坊や。熱い吹き矢は50mを超えると弾道が下にブレる。銃口を45度上に向けて引き金を引いてみな』
赤い髭のドワーフからの助言だった。
『45度上に……このくらいかな』
ドワーフの助言通りに引き金を引いた俺は、初めて50m先の木をかすめた。
直撃ではなかったが、俺の撃った鉛玉が木に当たったのだ。
とても嬉しかったことを今でも覚えている。
『あの、あなたは……?』
『しがない冒険者さ。相棒が来るまでここらをブラついていたんだが、熱い吹き矢をぶっ放してる音が聞こえたもんでな』
そのドワーフは、背中に雷管式ライフル銃を背負っていた。
『あなたは……銃士……?』
『まぁな。冒険者で銃士なんて珍しいし流行らないがな』
それが、当時冒険者だった親方――ブラドとの出会いだった。
◇
『そうだ。上手いぞ!』
『……こんなことで、本当に弾を当てられるようになるの?』
『なるさ。お前には銃の才能がある』
……才能がある。
その言葉を俺がどれだけ求めていたか。
俺は、ブラドに弟子入りした。
彼は鍛冶師でもあり、銃士の冒険者でもあった。
手取り足取り銃の撃ち方を教えてくれた。
そして、執拗に物を投げる訓練をさせた。
最初は輪投げ遊び。
それが投石となり、ナイフの投擲となり、そして熱い吹き矢となった。
一年経つ頃には、50m先であれば熱い吹き矢をほぼ確実に当てることができるようになった。
『時代遅れの欠陥品でここまで当てられるようになれば、もうお前が外す的はないな』
そう言って、ブラドは俺に雷管式ライフル銃を譲ってくれた。
『……それとあれだ。誕生日おめでとう』
雷管式ライフル銃など、見習い銃士には過ぎた得物だ。
だが、俺はブラドの期待に応えるためにそれを使いこなした。
その頃には、俺も一端の冒険者としてギルドを出入りできるようになっていた。
『やったな、ジルコ! 俺も鼻が高いぜ』
栗色の髪の少年――メテウス。
右頬に火傷の跡があるこの少年は、同性の同い年で初めての友人だった。
彼もブラドの弟子だが、俺とは少し違う。
メテウスは鍛冶師としての弟子。
俺は銃士としての弟子。
クラスこそ違うが、俺とメテウスは同じ師の下、切磋琢磨する仲となった。
『いつか俺の造ったナイフを使ってくれよ、ジルコ』
『もちろんさ。だけど、値段はまけてくれよ?』
『こいつ!』
……この約束は、七年経った今も果たされてはいない。
◇
『よぉ。今日もやってるなジルコ!』
『ジェットさん。……その子は?』
後のギルドマスターであるジェットが連れてきた少女。
今も初めて会った時のことを忘れられない。
『俺の娘だ! いろいろあって俺が面倒見ることになったんだ。よろしくな』
『娘さんがいたんですね』
俺は早速、不愛想なその少女に話しかけた。
『俺はジルコ・ブレドウィナー。きみは?』
『気安く話かけんな、バァカ』
……唖然としたね。
女性に暴言を吐かれたのは生まれて初めてだったからな。
こんな口の利き方をする女の子がいるとは思ってもいなかったんだ。
『ジャスファ! お前なぁ、これから一緒に戦う仲間になんてこと言うんだ』
『勝手に連れてきて何が仲間だ! あたしは、あたしのやりたいようにやる!』
この頃からジャスファはこんな感じだ。
七年間変わらないってのは、ある意味すごいことだよな。
『やれやれ。……まぁいい。みんな話を聞いてくれ』
この時、ジェットが言ったことが伝説の始まりとなった。
『俺はギルドを設立しようと思う』
『ギルド? 個人でギルドって作れるんですか?』
『ある程度実績のある冒険者なら、ギルド管理局が許可すれば可能だ』
『へぇ。ジェットさんのギルドってすごいことになりそうですね』
『もちろんだ! 魔物の討伐依頼を受けまくって、じゃぶじゃぶ稼ぎまくって、いずれは世界最強のギルドにする!!』
『そ、そうですか……』
そうして設立されたのが、ギルド〈ジンカイト〉。
創立時の冒険者は、ジェット、ブラド、ジャスファ、そして俺の四人。
最初の専属鍛冶師としてメテウスと、ジェットの紹介でピドナ婆さんが給仕係として加わった。
この六人が〈ジンカイト〉の創立メンバーだ。
何もかもが懐かしい。
……俺が、まだ子供だった頃の話。