6-054. 黄金の光に身を委ね
「撃タナイノカネ?」
イスタリが煽ってくる。
銃口は奴に向いているのに、どうしても引き金を引く力が足りない。
「ちくしょぉぉぉ……っ!!」
「闇ノ時代ノ英雄トイッテモ、ショセン人間ダナ」
奴は溜め息をつくような仕草を見せた。
その侮辱的な態度に俺はただただ怒りを募らせる。
「ナゾベームノ実験体ヲ倒シ、ティタニィトヲ倒シ、サラニアイオラヲモ倒シタ。ソンナキミヲ厄介ニ思ッテイタノダガ、過大評価ダッタカ。……イヤ。アルイハ、アイオラトノ戦イデ力ヲ使イ果タシタノカナ?」
「……」
「ダトシタラ興覚メダヨ。勇者ヲ除イタ人類最高峰ノ実力、後学ノタメニ体験シテオキタカッタノダガ」
「……くっ」
「マァイイ。ソレハ他ヲ当タルコトニシヨウ。キミヨリ強イメンバーハイクラデモイルダロウシネ」
「俺を……舐めるなよ……!」
奴はにわかに浮き上がると、俺に向かって空中を滑るように近づいてくる。
もはや一切の警戒も抱いておらず、隙だらけだ。
なのに、一矢報いることすらできない現実に、俺は嘆くことしかできなかった。
「ジルコくん……」
ネフラが弱々しい表情で俺を見上げている。
その顔を見て、俺は途絶えかけた闘志が再燃した。
このままじゃただ殺されるだけでは済まない。
ネフラを連れ去られたら、あのクソ野郎にどんな目に遭わされるか……!
俺はアンの時と同じミスをまた繰り返すのか?
そんなことは絶対に許されない!!
だが、すでに体は限界――気持ちだけでは指一本動かせない。
「ネフラ! 癒しの奇跡は残っていないか!?」
「……ない……」
「なんでもいい! 俺の引き金を引ける魔法はないのか!!」
「ごめん……なさい……」
ネフラがぽろぽろと涙をこぼしている。
泣くなネフラ! 諦めるな!!
その時だった。
不意に強い風が吹きつけ、ネフラが開いていたミスリルカバーの本がめくれ始める。
「あ……!」
風が止んだ時、開かれたページにはドラゴンらしきシルエットが描かれていた。
それを見て俺は思い出す。
ヲピダムで、ネフラがフロスからドラゴンの力を抑留してしまったことを。
結果、フロスは体調回復の代償にその力を失った。
しかし、逆のことをしたらどうなる?
「ネフラ。それを俺に事象解放してくれ」
「え?」
「フロスから吸い出したあの力を、今すぐ俺に放つんだ!」
「そ、そんなのダメ。あれは人には毒となる力。それに、一度試したけど事象解放は顕現しなかった……」
「もう一度だ!」
「でも……っ」
「やれ! どうせ何もしなけりゃ殺されるだけだ! だったら、最後の最後に神頼みくらいするべきだ!!」
「……」
「頼む、ネフラ!!」
「……わかった」
ネフラは開かれたページへと手を添える。
そして――
「事象解放――不明魔法種目」
――ドラゴンの力を解き放った。
それは翼と尻尾のある異形の光となって、俺の体へと衝突した。
さらに、俺の心の奥深くへと入り込んでくる。
痛みも恐れもない。
ただ気分は晴れやかに。
感動して涙すら流れ出てきた。
まるで夢心地――例えるなら、世界とひとつにでもなったかのような壮大な万能感に満たされていく。
「ジルコくん!?」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
俺の体が黄金色の光に包まれていく。
その光は、体の内側からほとばしっているものだ。
頭の中は余計な考えが吹っ飛んですこぶる静かに。
傷は癒え、全身を駆け巡っていた激痛などもはやどこにもない。
体は羽のように軽くなり、視界に入るすべてのものがよく見えるようになった。
「何ダ!? 何ガ起コッテイル!?」
目の前に見えるイスタリのエーテル体。
今の俺には、そこにどす黒い影が重なって見える。
どことも知れぬ場所から遠隔で届いてくる、筆舌に尽くし難い悪の意思……。
正体までは見通せないが、確かに感じるものがある。
奈落のように底のない邪悪な欲望。
他者を慈しむ心もなく、自身の目的のみを追求する独善的な精神。
信じているのは自分と、この世界の可能性だけ。
世界を巻き込む破滅的な好奇心を宿したサイコパスが、イスタリの本性だ。
そして、世界そのものはイスタリを拒絶している。
そのように俺の内側にいる何かが訴えているのだ。
「イスタリ。お前が世界に興味あろうとも、世界の方はないってよ」
「何?」
「見えたよ、お前の醜悪な心が。お前は独りで夢を見て、独りで道のない道をさまよっている。お前が目指す先にあるのは破滅のみ――世界中の人々を道連れに、自身を奈落へと突き落とすが如く愚かな行為だ」
「道ノナイ道ヲ行クコトガ問題ダト? 遥カ古来ヨリ、人ハ道ナキ道ヲ自ラノ好奇心ヲ指針トシテ開拓シテキタデハナイカ!」
「開拓は独りじゃできない。ましてや、人の心がない者にはな」
「世界ノ謎ヲ紐解ク偉大ナル一歩ニ、人ノ心ガ必要カネ!? 導ク者ガ一人ナノハ至極当然、何ノ疑問ガアル!!」
「独りで謎を解いて誰に語る? 独り残った世界でどこに向かって記録を残す? お前の自己満足に世界を巻き込むことは許さない!」
「否定モ人ノ自由意思ナレバ結構ナコト! キミト分カリ合エヌコトハ知ッテイタヨ、ジルコ・ブレドウィナー!!」
「それが世界の答えだ」
……不思議だ。
自分の言葉でしゃべっているはずなのに、まるで何かにしゃべらされているように感じる。
でも、その何かに身を任せることに何の不安も迷いもない。
「先生を返してもらおうか」
俺は身構えていた宝飾銃の引き金を引いた。
銃口から射出された光線は、セットしていた宝石の色じゃない。
俺の体を覆う光と同じく、黄金色の光が空を走った。
「ガッ!!」
黄金の光線はイスタリの片腕を貫き、奴から先生の体を引き剥がした。
放り出された先生の体は、まるで飛翔戯遊を使ったかのように空中に静止し、そのままゆっくりと瓦礫の上へと下っていく。
「オノ、レ……ッ」
「そのエーテル体、フロスの幽体憑装操と原理は同じようだな。幽子線が次元を超えて繋がっているのが見えるぞ」
「ナ、ナゼワカル!? イヤ、ソレヨリモ……ナゼ爆ゼタ腕ガ元ニ戻ラヌ!?」
「世界がそれを望まぬからだ」
「何ィィ~~ッ!?」
「ジルコくん……なの?」
ネフラが困惑した面持ちで俺を見上げている。
無理もないな。
俺自身、自分がよくわからない力に動かされている自覚があるんだから。
「ネフラ。もう大丈夫、何も心配することはない」
「えっ」
俺が頭の中でいつものネフラを思い描いた瞬間――
「か、体の傷が……消えた!? 破れた服まで元通りに!?」
――彼女の火傷も骨折も、破れた服すらも、なかったことのように元通りになった。
同じように、フロスを、リドットを、ジェリカを、フォインセティアを、そしてクォーツの娼館街を争いの起こる前の姿で思い浮かべる。
すると、それらがすべて俺の前に実現した。
「う……。ジェリカ、これは一体どうなって……?」
「わ、わからぬが……ジルコに何かとんでもないことが起こっているようだな」
寄り添い合って起き上がるリドットとジェリカ。
破壊された装備も元通りになって、二人は目を丸くしている。
「キュウゥゥッ!!」
空から主の元へ降りてくるフォインセティア。
彼女の体も、完全に傷のない綺麗な姿へと戻っていた。
「ジルコさん。あなたのその力は、もしや……!?」
フロスも元通り美しい人形の姿で復活している。
サルビアとイスタリによってことごとく破壊された娼館街の街並みは完全修復され、周囲に散乱していた瓦礫もまるごと消え失せた。
この場において、俺の変化とイスタリのダメージ以外はすべて元通りだ。
……いや。
通りに横たわる先生の亡骸も除いて、か。
「瀕死ノ人間ダケデナク、完全ニ破壊サレタ街並ミマデ! 私ノ理解ガ及バナイ領域ダ。ナント……ナント素晴ラシイッ!!」
イスタリは怯むどころか、感嘆としている。
ある意味で、奴は俺には理解できない境地にいるらしい。
「驚いている余裕なんてあるのか!?」
言うが早いか、俺は両手の宝飾銃の引き金を引いた。
黄金の光線がイスタリへと向かう。
奴は飛び上がってその光線を躱したが、無意味なことだった。
的を外したはずの光線が急激に軌道を変えて、空へと逃げたイスタリの背中を斬り刻む。
「グアァッ!!」
さらに俺は銃身を振り下ろした。
銃口から伸びたままの光線は鞭のようにしなり、イスタリの頭を打ち付け、そのまま瓦礫の上へと叩き落す。
「ガフッ。馬鹿ナ、痛ミガ本体ヘト伝ワッテイル!?」
「安全圏で胡坐をかいているつもりだったろうが、今回の件で取るべき責任はしっかり取ってもらう」
「ク……クク……」
「この期に及んで好奇心に酔いしれるか」
「ソノ力、実ニ興味深イ! ナントシテモ調ベタイ……キミヲ殺シテ!!」
イスタリの全身が眩い光を放ち始める。
その光は奴の頭部へと伝わり、輝きが最高潮に達した瞬間に俺に向かって撃ち出された。
さっきは見えなかった攻撃が今はハッキリと見える。
宝飾銃の仕組みと同じく、奴は体内でエーテルを凝縮し、頭部から撃ち出しているのだ。
しかし、今の俺には軌道も含めてそのすべてが見えていた。
「遅い!!」
俺は宝飾銃を時間差で二連射した。
片方の光線が奴のエーテル光線と衝突して相殺した直後、もう片方の光線が奴の頭部を貫く。
イスタリの頭部は爆散し、見事に首無しエーテル人間の出来上がりだ。
「お前のそのエーテル体、さっきより縮んでいるな。直接エーテルを使って攻撃しているから、強力な分エーテル消費が早いのか」
「……!!」
「力を使い続ければお前は勝手に消滅するってわけだ。もっとも、消滅する前に俺がこの手で消し去ってやるがな」
「ドウヤラ今ノキミハ、私ノ理解ヲ超エタ存在ノヨウダ。実ニ興味深イ――ソシテ、同時ニ何ニ代エテモ殺スベキダト確信シタヨ」
イスタリの体が眩く光り始める。
その輝きはまるで太陽――あれは先ほど俺達をまとめて倒した技だ。
最期にすべてのエーテルを使い果たして自爆する気か!
「死ニゾコナイドモト消エ去ルガイイ――」
光を発する傍ら、奴のエーテル体そのものが凝縮していくのがわかる。
「――真なりし我が炎!!」
直後、イスタリのエーテル体が爆ぜた。
奴の体を中心として周辺に満ちるエーテルが振動していく。
そのさなか、火花が散るようにして顕れる光球。
……見えたぞ。
あの光球は、空気中をエーテルが超振動する余波で生じたエーテル光だったんだ。
ならば、あの攻撃は光球だけを躱して回避できる代物じゃない。
空間内に満ちるエーテルそのものに攻撃判定がある――つまり発動したが最後、回避不能の全方位攻撃というわけだ。
だが――
「鎮まれ。この場を満たすエーテルよ」
――ひとりでに発した俺の言葉が、エーテルの振動を止めた。
「コ、コレハ一体ドウシタコトダ……!?」
光球が消えていくのを見たイスタリが明らかに困惑している。
「俺がエーテルの振動を止めた。もうお前にエーテル操作はかなわない」
「非合理ダ! 一度発生シタエーテルノ振動ヲ止メルコトナド、人間ニデキルワケガナイ!!」
イスタリの言う通りだ。
今までの奇跡のような出来事は、俺の体を通して発揮された俺の内側にいる何者かの仕業で、俺の力じゃない。
でも、奴の始末だけは俺の意思でつけさせてもらう。
「イスタリ。今日のところは傀儡の人形だが、いずれ必ず貴様の本体をぶち抜いてやる。それまで俺の名を忘れるな」
「……クク。勝負ガツイタト思ッテイルノカネ?」
大技の不発でさらに身を縮ませたのに、まだ抵抗する余力があるのか。
奴は残り片方の腕で頭上に巨大な魔法陣を描き始めた。
ぐるりと円を形作った瞬間、複雑怪奇な陣が完成し、赤く輝き始める。
「聖炎にして混濁たる咆哮!!」
魔法陣から粘着性のある白い炎が噴き出し、通りを押し寄せてきた。
まるで洪水――娼館街をまるごと焼き尽くすほどの威力を感じて、俺はとっさに手をかざした。
すると、俺が手を伸ばした先に、黄金に煌めく半透明の盾が現れた。
その盾は一瞬で数十mもの大きさに膨れ上がり、正面から迫ってきた白炎の流れを受け止め、そして――
「消えろ!!」
――火の粉を散らすこともなく、空中へと霧散させていった。
「イスタリは……!?」
炎が消え去った後、俺はイスタリの姿を見失った。
しかし、悪意は遠く離れていない場所から感じる――上だ!!
「コチラガ本命ダヨ!――」
上空に浮かび上がっていたイスタリは、先ほどよりもさらに巨大な魔法陣を描き終えていた。
今度は土色に輝く魔法陣――土属性の魔法か。
「――この地の偉大なりし墓石群!!」
奴が魔名を唱えた瞬間、まるで重力が逆転したかのように周りにある建物が空へと浮き上がり始めた。
建物だけでなく、通りの石床や花壇までもが浮上していく。
「一瞬ノ油断ガ死ヲ招クモノダヨ、ジルコ・ブレドウィナー」
「せっかく元通りになった娼館街をよくも!!」
「キミノ力ハ、魔効失効の奇跡ニ類スルモノト見タ。ナラバ、魔力ヲ帯ビナイ物理的ナ質量攻撃ナラバ、十分ソノ命ニ届ク!!」
「まさか……」
すでにこの一帯を影で覆うほど物体が空に舞い上がっていた。
あれほどの大質量が落ちてきたら、ネフラ達はひとたまりもない。
「キミ達ノ肉体ヲ破壊シテシマウノハ惜シイガ、私トシテハツツガナク研究ノ余生ヲ送リタイノデネ。コレデオ別レトイコウ!!」
イスタリは逆転した重力に身を任せ、さらに上空へと昇っていってしまう。
「逃がすか!」
俺が追いかけようとした時、ネフラが抱き着いてきた。
「ジルコくん!!」
両の腕から彼女の震えが伝わってくる。
……怯えているのか。
俺はネフラの不安を払えればと思い、彼女の頭にそっと手のひらを乗せた。
「大丈夫だって言っただろう。もう誰も傷つくことはない」
「本当?」
「本当。約束するよ」
「約束……絶対破っちゃダメだからね!?」
「ああ――」
俺はリドットとジェリカ、そしてフロスの視線に気が付いた。
三人とも不安を拭いきれない表情で俺を見据えている。
……もちろんフォインセティアも。
「――みんな、ネフラを頼む」
俺の言葉に、彼らは黙って頷いた。
「ジルコくん。私、待ってるからね!」
俺はネフラの頭から手を離すと、地面を蹴った。
体がふわりと浮き上がる感覚――飛翔戯遊のそれに似る。
そのまま上空へ飛び上がっていくと――
「散ルガイイ、ジルコ・ブレドウィナー!!」
――イスタリが一切の魔力を断った。
魔力で浮き上がっていた建物群がその重みで砕け、無数の瓦礫となって一斉に地上へと降りそそぐ。
俺はその瓦礫の雨へと向けて、二丁の宝飾銃の背を重ねた。
そして、引き金を同時に引き――
「重双撃・大光芒!!」
――重ねた銃口から射出された二条の光は重なり合い、途端に巨大な光条となって膨れ上がった。
それは広く空を照らしだし、瓦礫群を飲み込んで蒸発させていく。
「ナンダトォ……!?」
ほとんどの瓦礫は消え去り、残りは浮力を失い落下していく。
あれらが降りそそいでも街にはそれほどダメージはないだろう。
俺は体の中に感じる万能感が残り少ないことを感じていた。
一刻も早くイスタリに仕掛けなければ、俺の手で始末がつけられなくなる。
「イスタリィィーーーッ!!」
上空を舞う小さな瓦礫の雨を飛び越えて、ようやくイスタリへと追いついた。
奴は小さなぬいぐるみ程度のサイズに縮まっていた。
放っておいても直に消滅することに疑いはないが、そんなことは許さない。
絶対に俺の一撃で葬ってやる!
「オノレ、コノママ易々トッ」
「貴様は絶対に俺が!!」
その時、イスタリが緑色の小さな魔法陣を描いた。
あのサイズでは攻撃特化の魔法とは思えない。
この期に及んで、一体何を?
「忘レモノダ!」
「なんだと!?」
突風が俺の横っ面を叩く。
同時に、俺の体に何かがぶつかってきた――
「!!」
――それはアイオラ先生の亡骸だった。
イスタリの魔法で一緒に浮き上がっていたのか!
「詰メガ甘イノダヨォォ!!」
俺が先生の遺体を抱きかかえた隙に、イスタリは魔法陣をいくつも展開。
それらから顕現されたのは熱殺火槍――無数の炎の槍が渦を巻いて俺へと迫ってきた。
俺の体はすでに自由落下を始めていて、空中で攻撃を躱すほどの力は残っていない。
かと言って、先生を盾にするなんて選択肢はあり得ない。
それを予測してのことなのだろう――本当に大した悪党だ、イスタリは。
だからこそ、奴をぶち抜いて敗北感を与えることに意味がある!!
「斬り撃ち・墜天!!」
俺は先生を抱きかかえながらも、右手に握る宝飾銃の引き金を引き、虚空へと垂直に振り下ろした。
光線は荒れ狂う熱殺火槍の渦を斬り裂きながら――
「ガッ!?」
――まさに光の剣の如く、イスタリの体を両断した。
「コ、コンナ……無様ナ……ッ」
真っ二つに分かれた直後、イスタリのエーテル体は小さく飛散して消滅。
一矢報いた――その充足感に満たされたまま、俺は先生と共に地上へと落ちていった。




