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6-052. 別れの言葉

 アイオラ先生の前面に広く魔法陣が展開し始めた。

 また多重魔法陣か。

 その数は十――さっきネフラの言っていた十重奏魔法(デクテット・スペル)というやつだな。


 この異常な魔法陣描画速度は驚嘆するが、銃士()を前にそんな大技は無意味だ。

 宝飾銃(ジュエルガン)なら、魔法の発動前に光線を撃ち込むことで相殺できる。


「無駄だ!!」


 俺は二丁の銃口から光線を放ち、10の魔法陣を一息に薙ぎ払った。

 それだけの魔法陣が一気に爆ぜたため、空は大量に爆散するエーテル光で埋め尽くされた。

 あまりの眩しさに、まるで目の前で花火が打ち上がったかのよう。

 これじゃ何も見えない。


「……はっ」


 その時、俺は自分の失態に気付いた。


 先生は同じミスを繰り返すような人じゃない。

 このエーテル光の爆散は、地上(俺達)から自分の姿を隠すための目隠し(ブラインド)だ。

 現に、俺は先生の姿を見失ってしまっている。


「七時の方向!!」


 リドットの声が聞こえて、俺は反射的に左斜め後ろへと振り返った。

 すると、視界の端に滑空する先生の姿を捉えた。

 やはり爆散したエーテル光に身を隠し、俺達の背後に回っていたか!


熱殺火槍(ファイア・ランス)!!」


 宝飾付け爪(ジュエルネイル)によって描き出された魔法陣から、炎の槍が放たれる。

 それは俺達の元へ真っすぐに向かってきたが――


「はぁっ!!」


 ――リドットが飛び出して、盾で炎を受け止めてくれた。

 炎の槍は弾け飛び、周囲に火の粉を散らして消えていく。


「行け、フォインセティア!!」


 次いで、ジェリカが先生を指さして叫んだ。

 空を舞っていたフォインセティアが標的へと急降下を始める。


「キュウウゥゥッ!!」

「ちっ」


 先生はフォインセティアから逃れようと、空中を滑って後退する。

 しかし、空での動きは飛行能力に長けたサンダーバード(フォインセティア)に一日の長がある。


 結局攻撃は避けきれず、彼女は空中でフォインセティアの爪撃を受けてバランスを崩した。

 それは決定的な隙だった。


「今!!」


 俺が引き金を引いた時点で、銃口から放たれる光線は先生を捉えていた。

 確実に肺を撃ち抜ける距離と角度。

 ……しかし。


「なっ!?」


 無防備だった先生の前に支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が現れ、光線を弾いてしまった。

 あとコンマ一秒でも防御が遅れていれば、決着していたのに……!


「くそっ。ネフラ、援護を!」

「了解!」


 ネフラはミスリルカバーの本をめくって、魔名を発する。


事象解放(オーバーリリース)熱殺火槍(ファイア・ランス)!!」


 本から顕現した炎の槍が、先生を守る支援型魔法武装(ソーサラーアーム)へと向かっていく。

 それに合わせて、俺とリドット、そしてジェリカが一斉に屋根を駆ける。


 ネフラの熱殺火槍(ファイア・ランス)支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が受けた後、弾ける火の粉をくぐって武装(アーム)の裏側へ。

 先生は俺達三人が同時に自分の足元に現れたことで、戸惑いを見せた。

 わずかにまごついたその隙を俺達は逃さない。


 初手は俺の射撃。

 左手の宝飾銃(ジュエルガン)で先生を撃つも、身をひるがえして光線を躱されてしまう。

 しかし、それは誘導――あえて外したのだ。


 二手目、ジェリカの鞭が再び先生の足を捕える。

 縛られた足首を力いっぱい引くことで、先生の体が地上へとグンと近づく。


 三手目、リドットが盾の裏側から鎖を引き出し、右足を軸に体もとろも盾を大回転――


超重盾砲撃(シールド・ショット)!!」


 ――先生めがけて、砲丸を投げるように盾を上空へとぶん投げた。

 ジャラジャラと鎖が伸びていく一方で、盾は横回転しながら先生へと迫っていき、彼女を守るために空中を滑ってきた支援型魔法武装(ソーサラーアーム)と激突した。


「あうぅっ!!」


 ふたつのミスリルの塊が衝突したことで、凄まじい衝突音が響く。

 その衝撃波は、屋根の上にいた俺達の体すら弾き飛ばさんとするほどの威力。

 当然、衝突点にもっとも近い先生への衝撃は俺達以上だ。


 先生は衝撃波をもろに浴び、俺達へ向けていた意識が途切れる。

 直後、ジェリカが縛り付けていた鞭に引っ張られ、先生は屋根の上へと叩きつけられた。


「が……っ!!」


 屋根の板にめりこむほど強く背中を打ちつけたことで、先生は身動きできる状態じゃない。

 もはや魔法陣を描く気力すらあるまい。


 俺は右手の宝飾銃(ジュエルガン)を先生の顔に向けた。

 もう迷いはない。

 今まさに引き金を引こうという瞬間――


「ジルコくん、上ぇぇぇっ!!」


 ――耳に入ったネフラの声に促され、頭上を見上げた。


 俺の視界に入ったのは、五芒星(ペンタグラム)の形状をした支援型魔法武装(ソーサラーアーム)だった。


 それは俺に向かって一直線に落下してきた。

 間一髪、横に飛び退いたことで直撃は避けられたが、ネフラの声がなかったら頭を砕かれていただろう。


 しかし、どういうことだ?

 この支援型魔法武装(ソーサラーアーム)の持ち主はカーネリアだ。

 奴はすでに死んでいるから、こいつを動かすことなどできないはず。

 そもそもあの武装(アーム)からはすべての宝石を外してあるんだぞ。


「みんな、警戒しろ! 伏兵がいる!!」

「あの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)は主は死んだはずではないのか!?」

「だけど現実、動いているだろう!」


 俺と一緒にカーネリアの最期を看取ったジェリカも困惑している。

 だが、敵の四高弟はまだ未知の部分も多い。

 警戒するに越したことはない。


 俺の号令に合わせて、ネフラもリドットもジェリカも瞬時に一ヵ所へと集まり、背中合わせに四方を警戒する。

 しかし、カーネリア本人の姿はおろか、敵らしい敵の姿は見られない。


「大したチームワークですが、それが仇となりましたね」

「先生!?」


 先生は口元の血を拭いながら身を起こした。

 屋根に叩きつけられたのがよほど効いたのか、顔色が悪く足もおぼつかない様子。

 しかし、その表情にはいまだ余裕を残している。


 先生が俺達と向かい合う頃には、車輪と五芒星(ペンタグラム)――ふたつの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が彼女の前に並んで静止していた。

 どちらも彼女の意思で動かされていることに疑いの余地はないな。


「カーネリアの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)もあなたが支配権を持っているのか!?」

「ええ。彼は外様ですから、まだわずかに師からの信頼が足りなかったのです。それゆえに、彼の支援型魔法武装(ソーサラーアーム)に限っては、支配権を私と彼で共有していました」

「でも、カーネリアの物からは宝石をすべて抜き取っているんだぞ!」

「ご存じなかったかしら? 支援型魔法武装(ソーサラーアーム)の内部には、術者の魔力を流し込んだ魔力結晶(クリスタルコア)が埋め込んであって、それが術者の魔力と同調することで遠隔操作が可能になるのです」

「そういうことか……!」


 思い当たらない節がないわけでもない。

 娼館でカーネリアがジェリカに追い詰められた時、奴は何かを叫びながら支援型魔法武装(ソーサラーアーム)を呼び寄せていた。

 思い返せば、あの時の奴は顎がもげていたため言葉にならなかったが――


あい”あ”だぁぁ((アイ× ×ァァ))~~~~っ!!』


 ――アイオラ……と叫んでいたようにも思える。


 となると、先生はあの時からすでに俺達の戦闘を監視していたわけか。

 でも、屋内の戦闘をどうやって見ていたんだ?

 あの時、あの場には先生の姿はなかったのに……。


 いや、待てよ。

 魔導士(ウィザード)ならば、自分の(・・・)代わりに(・・・・)別の生き物の目を借りることができるじゃないか。


「先生、あなたはハエで俺のことを監視していましたね?」

「……よく気付きましたね。あなたのことは憑依監視者(ピーク・ルーター)――小動物の類の視界や聴覚を借りる魔法です――でずっと監視していました。すでに説明した通り、あなたを巻き込みたくないと思ってのことですが、今はもう無意味な行為となってしまいました」

「覗きなんてあまりいい趣味じゃありませんよ」

「そうですね。反省しましょう……この戦いを終えた後で」


 ふたつの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)に挟まれる形で、先生の宝飾付け爪(ジュエルネイル)にエーテル光が灯っていく。

 ……仕掛けてくる気か。


 支援型魔法武装(ソーサラーアーム)がふたつとなると、数人がかりのアドバンテージがなくなったも同然だ。

 とは言え、こっちにはまだ余力がある。

 もう一度畳みかければ……!


「フロスさん」

「!?」


 突然、先生がフロスの名を呼んだ。


「あなたは戦いに加わらなくてよろしいの?」

「わ、わたくしが、ですか……っ!?」


 フロスはベリルと一緒に、俺達の戦いを少し離れた場所から見守っている。

 屋根にある煙突の後ろに身を隠していたが、先生の呼びかけでベリルと一緒に顔を覗かせる。


 先生がこのタイミングでフロスに話しかける意味は何だ……?


「あなたは私と戦う理由があるはずですよ」

「え……?」


 先生の言葉を聞いて、俺は彼女の目的を察した。


 先生は奈落の宝石を回収するために、トロル達の集落ヲピダムを襲撃している。

 その時、おそらく集落のトロル達を皆殺しにしている。

 まさかフロスにそのことを明かすつもりか!?


「聞くな、フロスッ!!」

「いいえ、聞くべきです。フロスさん、あなたもすでに気付いているのでしょう、故郷の異変に」

「やめろ先生! それを今彼女が知る必要はないっ!!」

「あなたの家族を、仲間を、同胞を、皆殺しにしたのはこの私なんですよ」

「……先生……っ」


 先生の狙いは、フロスを煽って戦闘に割り込ませること。

 長年一緒に戦ってきた〈ジンカイト〉の仲間ならいかなる状況でも息を合わせることができるが、他の者とはそうもいかない。

 仮にフロスが戦闘に介入してきたら、バランスの取れていた俺達の連携が大いに乱される可能性がある。

 彼女の暴走は、この勝敗に大いに関わってくるぞ。


「それは本当のことですか……ジルコさん」

「フロス、今その話は――」

「本当にその女性がわたくしの家族を皆殺しにしたのですかっ!?」

「……!」


 不安が的中した。

 フロスは涙ぐみ、身を震わせながら煙突から身を乗り出してしまった。


幽体憑装操(アストラル・リメイン)の使い手など初めてお目にかかります。そして、そのおかげで一人だけ死に損ねたというわけですね」

「あなたは……! あなたはどうしてそんな酷いことができるのです!?」

「お父上は命乞いをしていましたよ。自分だけは助けてほしい、と。あれが数百年生きたトロルの長とは、実に嘆かわしい」

「ありえない! お父様がそんな言葉を残すなんて……絶対にありえません!!」

「事実ですよ。私がこの耳で聞きましたから。泣きわめいて、惨めで情けない最期でした」

「そんな嘘で父を侮辱しないでっ!!」


 激昂したフロスは巨大な魔法陣を描き始めた。

 まんまと先生の挑発に乗るなんて、フロス……浅はかだぞ!!


炎蛇の鞭舌(フレイム・タン)!!」


 俺達の意識がフロスに向いた瞬間を狙って、先生が火属性魔法を放った。

 それは弧を描いて俺達を乗り越え、フロスめがけて落下していく。


「リドット!!」

「承知!!」


 俺が言うのと同時に、リドットがフロスの元へと駆け出した。

 それに合わせるかのようにして、先生の両隣に浮かんでいたふたつの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)がそれぞれ魔法陣を描き始める。


 完全に先生の策にハマってしまった。

 魔導士(ウィザード)の殺傷力なら、些細なミスで逆転もあり得る。

 これ以上、彼女に魔法を使わせたらダメだ!


「きゃああっ!!」


 フロスの悲鳴。

 それを掻き消すかのように、炎の鞭がリドットの盾にぶつかって爆ぜる。


 なんとかフロスの身を守ることには成功した。

 しかし、俺達とリドットが分断されてしまったのは痛い。

 そして――


蜃気楼の甲殻(ミラージ・シェル)!!」


 ――先生の宝飾付け爪(ジュエルネイル)が描きだした魔法陣が、空気の膜を支援型魔法武装(ソーサラーアーム)の手前に作り出した。

 この魔法を使われたら、俺の宝飾銃(ジュエルガン)の光線はもう彼女には届かない。


「大丈夫、すぐに私の事象抑留(オーバーイーター)で――」

「待て、ネフラ!!」


 ネフラが蜃気楼の甲殻(ミラージ・シェル)に向かっていくのを見て、俺は慌てて彼女の体を抱き止めた。

 直後、五芒星(ペンタグラム)支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が無数の煌めく炎を顕現させ、それらがひと塊となって巨大な竜の頭に――そして、それは俺達を見下ろすように首をもたげ始めた。

 ……これはなかなかお目にかかることのない魔法だな。


具象炎竜の滅却遊泳ドラゴニック・スウォーム! こんなものをまともに食らったら……」

「俺達どころか、この辺り一帯が火の海になっちまうぞ!」

事象抑留(オーバーイーター)を使うなら、まずあれを――」

「落ち着けネフラ、これは罠だ!!」


 罠。その根拠が俺にはある。

 なぜなら、車輪の支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が新たに魔法を顕現させたのだから――


「こ、今度は……火輪より出でる神の熱(サン・ディオス)!?」


 ――しかも、よりによって広範囲焼却魔法ときたもんだ。


「私の力じゃ、ふたつも同時に攻撃魔法を抑留できない!!」

「効果的な防御魔法は!?」

「……ない」

「万事休すか……!!」


 ネフラが泣きそうな顔で俺を見上げる。

 まるで自分のせいで、と言わんばかりの表情に、俺は胸が苦しくなる。


 相手の些細なミスからの大逆転劇。

 魔導士(ウィザード)には、これがあるから怖いのだ。

 まさに今、先生は俺達に対する圧倒的不利な状況を覆した。


「これで終わりです、ジルコくん!!」


 にわかに空気を揺らす蜃気楼の甲殻(ミラージ・シェル)の向こうで、先生が勝利を確信した笑みを浮かべた。

 具象炎竜の滅却遊泳ドラゴニック・スウォーム火輪より出でる神の熱(サン・ディオス)のどちらを無効化しても、もう片方から逃れる術はない。

 ……詰みか。


「ネフラさん!!」


 その時、後方からフロスの声が聞こえてきた。


「ありったけ強力な攻撃魔法を顕現してください!!」

「……!?」


 フロスの言葉の意味がわからない。

 この状況で反撃を試みたところで、先生への魔法攻撃はふたつの支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が盾になって届かないのに。


「早く!! わたくしも力添えいたします!!」


 言いながら、フロスはリドットの後ろで巨大な魔法陣をいくつも描き始めた。

 一体何をしているのか俺には理解が追いつかない。

 その時――


「そうかっ!」


 ――ネフラが何かに気付いたようにつぶやくと、俺の腕を押し退けてミスリルカバーの本をめくり始めた。

 そして、次々と抑留していた魔法を解放し始める。


「な、何をしているんだ二人とも!?」

「ジルコくんはアイオラに銃を構えて!」

「だから何を……」

「私を信じて!!」


 ネフラがここまで必死になって言うのだ。

 どのみちこの場は彼女達に任せるしか道はない。

 俺はネフラの言葉を信じて、宝飾銃(ジュエルガン)を先生へと向けた。


 いよいよ具象炎竜の滅却遊泳ドラゴニック・スウォームが口を開いて迫り始め、火輪より出でる神の熱(サン・ディオス)の輝きが最高潮に達しようとした、その時――


「えっ!?」


 ――突然、その場に顕現していたすべての魔法が消失した。


「な……これは!!」


 具象炎竜の滅却遊泳ドラゴニック・スウォームも、火輪より出でる神の熱(サン・ディオス)も、先生を守っていた蜃気楼の甲殻(ミラージ・シェル)すらも消え去っている。

 ネフラやフロスが顕現したすべての魔法も一緒にだ。


 ……この状況、俺は知っている。


 一定範囲に留まって魔導士(ウィザード)が魔法を使い過ぎると、その周辺に循環しているエーテルを消費し尽くしてしまう。

 俗に言うエーテル枯渇という現象だが、そうそうお目に掛かれる事態じゃない。

 以前、クリスタと共にドラゴグの魔物を倒した時にもエーテル枯渇を体験したことはあるが、まさかその状況を利用して敵を無力化してしまうなんて……!


「……ふぅ。かなり無茶したけど、これで彼女は無力」


 ネフラが汗をぐっしょりとかいている。

 無理な魔法の顕現は急激に体力を奪ってしまうと聞くが、たった数秒でそれほどの無茶をしたわけか。

 後ろでは、ぐったりとしているフロスをリドットが抱きかかえている。


「完敗です。まさかエーテル枯渇を逆手に取るとは、思いがけない発想でした」


 先生が言った瞬間、彼女の手前に浮いていた支援型魔法武装(ソーサラーアーム)が倒れた。

 エーテル枯渇の影響を受けて、魔力結晶(クリスタルコア)とやらに届いていた先生の魔力が途切れたのだろう。

 それは彼女が無力化された証左と言える。


 一方で、俺の銃口は先生に向いている。

 この距離、角度――もはや的を外す余地はない。


「撃ちなさい、ジルコくん。決着はどちらかが死ななければ果たされない」

「先生……」

「これでよかったの。ありがとう」

「……」


 先生の言葉の真意が掴めない。

 何が、よかった?

 どうして、ありがとう?


 不意に、俺はこの戦いの節々でわずかに抱いた違和感を思い出した。


 俺との序盤戦。

 サルビアへの多少のダメージなど気にせずに、なりふり構わず戦っていれば俺のことを容易く倒せたのではないか。


 サルビアを破壊する時。

 先生はリドットの技で吹き飛ばされて戦線を離脱していたが、彼女ならもっと早く戦線に復帰することができたはず。


 今だってそう。

 俺達の攻撃が届かない上空から大魔法を連発すれば、圧倒的な物量と火力で押しきれたはずだ。


 ……手心を加えられていた。

 そんな気がしてならない。


「撃ちなさい。撃てないの?」

「先生……」

「この期に及んでまた迷うのですか。そんなことでは、大切な人を守れませんよ」

「えっ」


 先生が俺に向かって走りだした。

 銃口を向けている相手に対して、玉砕する気か?


「!!」


 否。先生の視線は、すでに俺には向いていない。

 俺の前でぐったりと両膝をついているネフラへと向けられている。


 先生は胸元に指を突っ込むや、なんとミニダガーを取り出した。

 その切っ先はネフラへと向かい――


「やめろぉぉぉーーーっ!!」


 ――俺は先生の胸を撃ち抜いた。


 光線が貫いたのは心臓だ。

 胸に穴が開いた彼女はぐらりとよろめき、ミニダガーを取り落とした。

 間もなくして膝が折れ、先生の体は足元から崩れ落ちる。


 その瞬間、俺は見た。


 先生は俺にほほ笑んでいたのだ。

 それは敗北した者の自嘲的な笑みとか、そういうものじゃなかった。


 そう。

 あれは十年も前に、俺を指導する時によく見せてくれたもの。

 正解を導き出した俺を褒める時の笑顔だった。


「先生、あなたは……もしや……」

「ジルコ、くん。私の、最期の、お願い――」


 先生は倒れ伏したまま、か細い声で俺に何かを伝えようとしている。


「――我が師、イスタリを。スフェン・エウローラを、止めて、ください」


 その言葉を最後に、先生は永遠の眠りについた。

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