6-050. さよなら、先生④
リドットの盾に衝突した支援型魔法武装は、空中へと跳ね上がった。
攻撃に失敗したことで主の元に戻るかと思ったが、俺の予想に反して武装は次なる標的へと目掛けて動き出していた。
回転しながら突っ込んでいった先――それは、ジェリカだった。
「ジェリカ、逃げろ!!」
再び仲間へ襲い掛かる支援型魔法武装を見て、俺は思わず叫んでしまった。
とは言え、ジェリカならばこの程度の攻撃、軽々と避けてくれるだろう。
……そう思っていたのに、当のジェリカはその場から動こうとしない。
想定外の事態に反応が遅れた?
否。ジェリカはアイオラ先生の足首に巻き付けていた鞭を離さずにいるため、攻撃を避ける余地がないのだ。
「ジェリ――」
俺が駆け出そうとした、その時。
「――!?」
リドットが闘牛のように屋根の上を走り出した。
速い!!
全身甲冑を着ているとは思えないほど俊敏な動き。
あっという間に、ジェリカとの距離を詰めてしまった。
「うおおおおお!!」
リドットの絶叫。
彼は巨大な盾を振り上げると共に――
「超重盾剛撃!!」
――ジェリカに迫る支援型魔法武装へと叩きつけた。
周囲に響き渡る轟音。
それは鼓膜が破れるかと思うほど凄まじい音だった。
「うわっ!?」
次いで、俺の体が突風のような衝撃波に煽られた。
先の衝突地点――リドットの盾と支援型魔法武装――を中心に、屋根瓦がすべて引き剥がされて砕け飛んでいくのが見える。
それだけに留まらず、その衝撃は足場となる建物すらもぐらつかせるほど。
支援型魔法武装は綺麗な車輪型だったのに、不格好にも外装がひしゃげて、蜘蛛の巣のような亀裂が表面に現れていた。
さらに屋根の端をバウンドした後、対面の建物へと突っ込んでしまう。
「な、なんて威力……!」
ミスリル製の支援型魔法武装の形が変わってしまうなんて、セントチタニウムなどとは比べるべくもない超々硬度の盾だ。
それもそのはず、リドットの持つ盾もまたミスリル製の逸品なのだ。
闇の時代にドワーフの国の王が直々に鍛え上げた世界最硬の盾――それが偉大なる守護者の盾。
武装全体にミスリルがふんだんに使われており、物理攻撃はもちろん、高度な魔法攻撃さえも完璧に防ぎきることから、盾衛士にとっては理想の盾と言える。
……値段をつけると一体いくらになるのか、凄く気になる。
「ちっ。逃がしたか」
ジェリカが舌打ちをすると共に、屋根の上に鞭の先端が落ちてきた。
わずかばかりの隙に、先生の足首に結ばれていた鞭が解かれてしまったらしい。
拘束を解いた先生は、足首の痛みを気にかけながらも、真っ先に壁へとめり込んだ支援型魔法武装のもとへと飛んでいってしまった。
束の間の落ち着きを取り戻した戦場。
リドットは振り上げた盾の縁を屋根に突き刺し、ジェリカへと向き直った。
「ジェリカ」
「リドット」
……向かい合う夫婦。
戦闘中でありながら、俺はこの二人から目が離せないでいた。
それは隣にいたネフラも同じよう。
「きみの身体能力なら、あのタイミングでも鞭を握ったまま身を躱せたはず。なぜそうしなかった?」
リドットの表情は、アーメットに隠されてうかがい知れない。
一方、そんなリドットを見据えているジェリカも何か言いたげだ。
俺はと言うと……再び顔を合わせた夫婦の空気感に、緊張を禁じ得なかった。
きっとネフラもだ。
「お前なら是が非でもわらわを護ると思ったからな」
「当然だ。命に代えても護る」
「それは盾衛士としての使命からか?」
「違う――」
リドットがアーメットのバイザーを開いた。
露わになった彼の素顔は、真っすぐにジェリカを見つめている。
「――愛する妻だからだ」
その言葉を聞いて、俺の心拍が上がっていく。
場を弁えているとは言い難い唐突な告白。
しかも、あんな別れ方をした上に、再び顔を合わせてものの数秒。
ジェリカの反応やいかに……!?
「その言葉を贈る相手に、果たしてわらわは相応しいのだろうか」
以外にもジェリカは落ち着いた様子で言葉を返した。
俺は戦闘中だということを忘れて、二人の会話に聞き入ってしまう。
「ずっと考えていた。僕達に欠けていたものを」
「……」
「この町で過ごし、きみとの運命のような再会を経て、ようやく理解した」
「何が欠けていたのだ?」
「共に過ごす穏やかな時間。なんてことはない、結婚した夫婦なら当然あったはずの時間が、僕らにはいくばくか少なかった」
「時間、か……。確かに、平和のための戦いにかまけ過ぎたな」
「しかし、もう闇の時代は過ぎ去った。その時間はこの先いくらでも作れる」
「またわらわを選んでくれるのか? お前の隣にいる女が、わらわなどで本当によいのか……?」
「選ぶまでもない――」
無造作に。なおかつ自然に。
リドットがジェリカを抱き寄せた。
「――僕には元よりきみしかいない。ようやく決心がついたよ」
その言葉と共に、リドットの表情が緩んだ。
「子供を作ろう。あれは……とてもいいものだ」
「是非にも……!」
二人の顔が近づいていき――
「「永遠に愛そう。きみも、子も」」
――唇を重ねた。
「……」
「……」
二人の言動を見守りながら、俺とネフラは呆気に取られていた。
加えて、なんだか全身がむず痒くなってくる。
……なんだこれは。なんなんだ?
この二人……!
めちゃくちゃラブラブじゃねぇかっ!!
「か、解決? ……したのかな?」
「そうみたいだ。なんというか……結局、俺達のお節介は必要なかったな……」
アガパンサスが言っていた通り、部外者が首を突っ込むのは野暮だったわけだ。
あんな気まずい別れ方をしたのに、いざ顔を合わせて見れば自然とわだかまりが解けていき、元の鞘に収まってしまう。
夫婦ってのは、元来そういうものなのかも、な……?
「ジルコくん。私、思ったんだけど」
「何?」
「もしかして、あの二人ってただの倦怠期だったんじゃ――」
「言うなっ!」
俺は思わずネフラの発言を遮った。
……それ以上はよくない。
「もうよろしいかしら?」
先生の声が聞こえてきて、俺はハッと我に返った。
そうだよ、戦闘中じゃないか!
慌てて声の方へ向き直ると、ボコボコになった支援型魔法武装を傍らに寄せた先生が宙に浮かんでいた。
彼女の宝飾付け爪、そして支援型魔法武装の各所に装着された宝石群が、にわかに輝きを帯びている。
すでに戦闘再開の体勢が整っているようだ。
「新たな門出を望むなら、矛を収めるのもやぶさかではありませんよ?」
「冗談。俺達の戦いはもう手打ちじゃ済まないでしょう」
「カウントダウンは止められませんものね」
「そう。もう時間がない」
「あれからまた三分経過。もうあと一分もすれば、ブルームの花は満開となるでしょう。世界の謎を紐解く偉大なる一歩が歴史に刻まれるのです」
「……一分もあれば十分だよ、先生」
「大した自信ですね」
「〈ジンカイト〉の冒険者が四人も揃った。デカい花を潰すくらい、わけもない」
「それは私がいなければの話でしょう!!」
支援型魔法武装の宝石群が一段と眩く煌めく。
先生は俺が引き金を引くよりも早く、支援型魔法武装から緑色の魔法陣を顕現させた。
「吹き荒ぶ風舞の盾!!」
魔名が唱えられた直後、周囲に竜巻と遜色ないほどの強風が渦巻いた。
その風は彼女だけでなく、通りの真ん中にそびえ立つサルビアまでも取り囲んでしまう。
「この暴風の結界は近づく者を跳ね返す。いかなる武器も魔法も、光ですらも結界の内側へは入れません! これでブルームは開花します!!」
確かに先生の言う通り、実際の台風と変わりない風の中、先生やサルビアにまで攻撃を届かせるのは至難の技だ。
しかも、通りの石床や建物の瓦礫が舞い上がって渦を作っているから、宝飾銃の光線も標的にまで届きそうにない。
となれば、頼れるのは……。
「ネフラ、あれを抑留できるか!?」
「ごめんなさい。もう少し近づかないと……っ」
「近づく、か」
チラリと足元を見下ろすと、建物がが斜めに傾き始めていた。
リドットの超重盾剛撃による衝撃に加えて、先生の魔法で激しく揺さぶられたことで、もう足場は限界だ。
このままじゃ放っておいても建物は倒壊し、通りを流れる黒い波に落っこちてしまう。
「なんとかしないと――」
「任せてくれ!!」
俺がまごつく中、先に動いたのはリドットだった。
彼は偉大なる守護者の盾の両端を抱えて、頭上高くに掲げ上げている。
何をするのかと思ったら――
「神意気天衝!!」
――まるで団扇のように、巨大な盾で空を煽った。
……思い出した。
闇の時代、リドットはこの技を駆使して、町に迫る魔物の群れから住民が逃げる時間を確保してくれていた。
この技によって巻き起こる超・突風は、巻き込まれれば何人たりともその場に留まってはいられない。
現に、あのゾイサイトも――敵陣に踏み込み過ぎて射程圏内に入ってしまい――耐えきれずに吹っ飛ばされたことがあるほどだ。
護ることに特化した彼にこそ可能な、攻防一体の大技!
「きゃあああっ!?」
空から先生の悲鳴が聞こえた。
見上げると、吹き荒ぶ風舞の盾は神意気天衝によって打ち払われ、彼女の体が遥か遠くまで吹き飛ばされていくのが見えた。
さらに、その煽りを受けてサルビアの樹木がギシギシと軋んで傾き始める。
「チャンスだ!!」
先生はこの場から離脱し、サルビアを護る者はいない。
今なら確実にサルビアを破壊することができる。
「ジルコくん、危なぁぁいっ!!」
「何!?」
ネフラの悲鳴のような声を聞いて、俺の体が強張る。
それが幸いして、俺のすぐ手前に何かが墜落した破壊に巻き込まれることはなかった。
しかし、その衝撃で建物はさらに傾き、もはや足場としての役割を果たさなくなりつつある。
そして、目の前に落ちてきたのは――
「先生の車輪!? 遠隔操作か!!」
――支援型魔法武装だった。
術者とこれだけ距離が離れても動かせるのか。
それとも魔法で自律させることができるのか……。
細かいことはどうでもいいが、問題は別にある。
支援型魔法武装の外装に埋め込まれた宝石群が、眩い光を放ち始めたのだ。
間もなくして、それらの光はいくつもの魔法陣を空中へと描画していく。
「相殺するっ! ネフラは下がれ――」
「私にも任せて!」
俺が銃を構えるより早く、ネフラの開かれた本からエーテル光が煌めいた。
直後、支援型魔法武装がまるで上から押し潰されるようにして横転し、そのまま屋根の亀裂を広げて階下へと落ちていった。
……この魔法、知っているぞ。
クロードやティタニィトが使っていた精霊魔法――風の精霊の重力波だ。
「ネフラ、今の魔法……いつの間に!?」
「いざという時の切り札! それより!!」
ネフラが空を指さした。
大きな影が俺達の真上を越えていったので見上げてみると、フォインセティアがサルビアに向かって飛翔していた。
しかも、その両足には人が掴まっている――ジェリカとリドットだ。
「ジルコ!」
「決着はお前が!!」
言うが早いか、二人は通りの上に出るやフォインセティアから手を離し、眼下を満たす黒い波へと飛び降りた。
「わらわは踊り場を選ばぬ! 例え空とて――」
ジェリカは鞭を振りながら駒のようにその身を回転させ、リドットよりもいち早く黒い波へと飛び込んでいく。
「――墜天の演舞!!」
凄まじい回転の余波が、川のように通りを流れていた黒い波をせき止め、あまつさえまくり上げる。
二人が着地する頃には、彼女らを中心に10mほど黒い波が押し返されていた。
一方のリドットは、着地して早々に息つく間もなく走り出す。
向かう先はサルビアの根元だ。
「今一度! 我が全霊を護りの一手に――」
跳び上がり様、リドットはその身に回転を加えて盾を振り下ろした。
「――盾環武装破潰!!」
鈍い衝撃音と共に盾がサルビアの樹木を叩き、内側へとめり込んでいく。
彼が盾を振り抜いた時には、サルビアの根元は深々と抉り取られ、周囲に蠢いていた触手は衝撃の余波に潰されて霧散した。
……巨大な樹木が傾く!
バランスを失ったサルビアは何の抵抗も見せずに倒れていき、頭頂部に咲いた黒薔薇が俺の視界へと露わに。
その花びらの中央からは、見覚えのある犬の顔がにわかに浮き出ていた。
真っ黒に染まった両目から視線を感じる。
一瞬、俺の脳裏にベリルの顔が思い浮かんだ。
しかし、左右の手に握られた宝飾銃は、二丁ともすでに標的へと狙いを定めている。
「ごめんな……ベリル」
つぶやいた後、俺は引き金を引いた。
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