6-046. 四高弟
「誰だ……!?」
突然その場に現れた女に、俺は身が強張った。
俺はオプスディオの話を聞く間も周囲への警戒は怠っていなかった。
それなのに、まったく気付かないなんて。
俺に気取られずこれほど近くに接近する方法はひとつしか考えられない。
地上から近づいてきたのではなく、空から降りてきたのだ。
「あんたも魔導士か。四高弟ってやつの一人だな?」
「その通りだぞ」
あっさり答えたので拍子抜けした。
仲間に喋り過ぎとか言っておきながら、自分は素性を隠す気がないのか?
……あるいは、喋っても問題ないと判断したのか。
「もうオっくんが喋っちゃってることは、特に隠す必要もないんだぞ」
「オっくんて、オプスディオのことか」
「そうなんだぞ」
女は瓦礫から腰を上げると、長い髪を掻き上げながら近づいてくる。
ふらふらとした足取り。
けだるそうに身を丸めた猫背。
半開きの口。
垂れ目でだらけた表情。
やる気のない風を装っているが、俺の本能が警戒を促している。
そもそも俺の間合いでこうまで気軽に動かれてはたまったものじゃない。
「近寄るな。仲間を撃ち殺すぞ」
「英雄ジルコくんにそんなことできる? 無抵抗の相手を容赦なく殺せるキャラとは思ってないんだぞ」
「こんな事態を招いた元凶の一人なら、殺すのもやむを得ない」
「あっそぅ。きみ、聞いてたより非情な男なんだぞ」
彼女はぴたりと足を止めた。
戦意喪失した相手を撃つ気はさらさらないが、ハッタリでも一応のけん制にはなったようだ。
「とりあえず名前を聞こうか」
「名前はラブラドラ。覚えておいてくれると嬉しいんだぞ」
「……本当に名乗ってくれるとは思わなかった」
「もうオっくんが言っちゃってるし」
ラブラドラと名乗る女は、見たところ二十代半ばほどか。
彼女は、首元から足首までを覆う長い丈のローブを着ていた。
黄緑色の無地のローブは飾り気がないものの、それが逆に彼女の虹色の髪の毛を際立たせている。
その髪の毛には、まばらに色取り取りの宝石の輪――ヘアリングというやつだろうか――が付けられている。
魔導士である以上、それがただの装飾とは思えない。
加えて、彼女の指先には宝飾付け爪が煌めいている。
戦闘になれば間違いなく脅威になる手合いだ。
「安心して。ラブはきみ達と戦る気はないんだぞ」
「だったら何しに出てきた」
「勝手した弟子を引き取りにきたんだぞ」
「弟子?」
ラブラドラは倒れているオプスディオを指さした。
「こいつがあんたの弟子? ってことは、あんたがイスタリ!? いや、でも四高弟だって……」
「オっくんはラブの弟子。つまりイスタリからすれば、孫弟子に当たる立場なんだぞ。ちなみにその子が四高弟ってのは嘘」
「嘘!? ハッタリかましてたのか!?」
「深く考えずに、つい勢いで言っちゃったんだと思うぞ」
「……」
話を聞く限り、弟子が勝手な行動を始めてしまったので、師匠である彼女が連れ戻しにきた……といったところか。
嘘をついている口ぶりじゃない。
先のオプスディオの話まで含めると、イスタリのことが少しわかってきた。
奴には選りすぐりの弟子(手下?)が四人いる。
しかも孫弟子までいることから、イスタリは子飼いの魔導士を育成する環境があるようだ。
イスタリが先生と呼ばれているのはただの愛称ではなく、奴自身が指導者の立場にいるからこその敬称らしい。
まさか悪の魔導士を養成する学校でも開いているのか?
……他にもイスタリ側の敵が潜んでいるかもしれない。
「周囲を警戒しろネフラ。他にも仲間がいるかもしれない。それに、この女も自分の支援型魔法武装を持っている可能性が高い」
「わ、わかった」
ネフラがキョロキョロと周囲を見渡す。
一方、俺は目の前に現れた女の一挙手一投足を見逃さないように努めた。
ラブラドラの雰囲気は、実戦不足のオプスディオや、慢心から墓穴を掘ったカーネリア――だったっけ?――とは違う。
彼女からは、他の二人とは一線を画す本物の脅威を感じさせる。
「油断させるためにラブが出てきたと思ってる? そんなに警戒されるのはちょっと心外なんだぞ」
「ついさっきもあんたの同僚に不意打ちされたもんでね」
「カーネリアは独断専行する困ったさんだったから。でも、ラブは本当に戦る気ないから安心してほしいんだぞ」
「口だけなら何とでも言える」
「支援型魔法武装を持ってきてないのが証拠だぞ」
「……なるほど」
彼女は俺から視線を切って、オプスディオを見つめた。
やる気のない表情は変わらずだが、それが返って掴みどころのない印象を与えてくる。
「ラブラドラ……!」
「オっくん。ラブのことは先生と呼ぶように言ったはずだぞ」
「いやでも、僕もあの方に教えを頂いたことがあるし……」
「だからって、それじゃラブの立場がないんだぞ。それに勝手に四高弟を名乗ることも褒められたことじゃないんだぞ」
「だって欠員が出てたし、次期高弟の最有力候補として――」
「喋り過ぎだぞ」
「……っ」
ラブラドラの視線が鋭くなった瞬間、オプスディオが口をつぐんだ。
「勝手に持ち場を離れた上に、勝手に四高弟を名乗ってジルコくんらと交戦。オっくんは自由過ぎるんだぞ」
「でも――」
「ああ言えばこう言う。これ以上ラブを困らせないでほしいんだぞ」
「け、けれど! 僕が駆けつけなかったら、こいつらにブルームが破壊されてましたよ!」
「だから喋り過ぎなんだぞ、オっくんは……」
マジで口が軽いな、オプスディオは……。
ラブラドラも呆れて肩をすくめているほどだ。
「あの状況なら、ブルームを守るのは僕の役目でしょ!?」
「それはカーネリアの役目だぞ」
「あいつはその前にやられちゃったじゃないですかっ」
「だったら連名で任務を受けた彼女の役目だぞ」
……彼女?
やはり他にも仲間がいるのか。
「いいからもう帰るんだぞ」
「待てよ。このまま返すと思うのか?」
俺は片方の宝飾銃をラブラドラに向けた。
これでオプスディオとラブラドラの両名に銃口を向けていることになるが、どちらかが妙な動きをすれば即座に二丁とも引き金を引くつもりだ。
結果、二人とも――あるいはそのどちらか――を殺すことはやむを得ない。
「できれば弟子は無事に引き取りたいんだぞ」
「このまま逃がせば、俺達にとってマイナスにしかならないだろう」
「かと言って、ラブがきみと戦いたくないのは本心なんだぞ」
「なぜ? 俺はお前達の敵じゃないのか」
「疲れるから命令以外のことはしたくないんだぞ。しかも、きみはあのティタニィトをやっつけるほどの手練れだし、危険を犯したくないのは当然のことだぞ」
「ガブリエルを知っているのか」
「……」
ラブラドラは口をつぐんでしまった。
しかし――
「ティタニィトは、ついこないだまで四高弟の筆頭だったんだ」
――オプスディオが代わりに喋ってくれた。
直後、ギロリと睨まれて彼は顔が真っ青になる。
「なるほどね。いいことを聞いたよ」
口の軽い奴のおかげで、イスタリのバックボーンがなんとなく見えてきた。
ティタニィト、ラブラドラ、カーネリア、それともう一人――この四人がイスタリの目的遂行のために動く実働部隊に違いない。
ガブリエルは、父親のプラチナム侯爵を利用して〈バロック〉を乗っ取り、その組織力を駆使して邪魔者の排除を。
カーネリアともう一人は、エル・ロワ西部で今回の魔物騒動を仕組んだ。
ラブラドラも、独自に別の任務を帯びているに違いない。
イスタリの最終的な目的は想像もつかないが、奴が世界に魔物を復活させようとしていることは間違いない。
海峡都市で魔物の種子を撒き散らそうとしたし、おそらくクォーツでもそう。
〈バロック〉が執拗に宝石を収集していたのは、今回の騒動に備えて奈落の宝石を探していたか、魔物が苦手とする宝石自体を減らしたかったか、あるいはその両方かもしれない。
そもそもエル・ロワの冒険者ギルドの弱体化も、魔物に対抗できる冒険者の力を削ぐためだったのではないか。
とするならば、イスタリは闇の時代が終わる前から動き始めていたと考えるのが自然だ。
……イスタリとは、俺が想像する以上にヤバい奴みたいだ。
「ひとつ訊かせてくれないか?」
「答えられることなら答えてあげるぞ」
「イスタリはクォーツに来ているのか?」
「来ていないんだぞ」
「今どこにいる?」
「質問がふたつになってるぞ」
「答えろ!」
「あまり答えたくない質問なんだぞ」
「弟子を助けたいんだろう?」
「……ずるい人だぞ、ジルコくんは」
ラブラドラは少し考えた素振りを見せた後、渋々と話し始めた。
「たぶん四高弟の誰も知らない。あの方はいつも旅をしていて、雑用は全部ラブ達に押し付けてくるんだぞ」
「嘘……じゃなさそうだな」
とりあえずサルビアの件さえ解決すれば、一旦落ち着くことが出来そうだ。
そのためにも、今この女と戦うことは避けたい。
四高弟の中でも別格な印象だし、本人が戦闘に消極的なのは本心だろう。
オプスディオを差し出して退いてくれるのなら、それがベストだ。
「で、どうかな? オっくんを返してくれるかな?」
「わかった。オプスディオは引き渡す」
「話がわかる人で助かるぞ」
「ただ、最後にもうひとつだけ教えてほしいことがある」
「ジルコくんは欲張りだぞ。……言ってごらん?」
「四高弟最後の一人についてだ。何者なのか、どこにいるのか、その目的について!!」
俺が問いただして間もなく、ラブラドラの口元が緩んだ。
「それはラブが教えるまでもないことだと思うんだぞ」
「何?」
「さ、ラブの弟子を返してもらうぞ。アジトに戻ってお説教しなくちゃだから」
言いながら、ラブラドラは指先で小さな魔法陣を描いていた。
それは一瞬で顕現し、周囲に強風を起こし始める。
「しまった!」
「じゃあね、ジルコくん。もしこの場を生き延びたら、また会うかもしれないぞ」
「待て!!」
「待たない」
直後、俺の前後で凄まじいつむじ風が巻き起こった。
引き金を引こうとした時には、ラブラドラとオプスディオは揃って風に巻き上げられてしまっていた。
地上ではつむじ風の余波が強く残っていて、空を昇っていく二人に狙いを定めるのはとても無理だった。
遥か上空へと昇った二人は、凄まじい速度で東へと飛び去ってしまう。
その光景は、まるで並び飛ぶ流れ星のように見えた。
「くそっ! 逃げるなら質問に答えてからにしろってーの!!」
俺は八つ当たりするように足元の瓦礫を蹴り飛ばした。
瓦礫は壁にぶつかって荒れ果てた通りを転がっていき、サルビアの手前で止まる。
その時、俺はサルビアの隣に立つ人影に目が留まった。
……それは俺がよく知る人物。
「なぜ、あなたがここに……?」
相手は答えない。
しかし、この場に現れるということは、答えは決まっているようなもの。
「なぜです!?」
彼女の頭上に浮かぶ支援型魔法武装は、まるで天使の輪のように輝いていて――
「アイオラ先生!!」
――その下にいる女性もまた、天使のように優しげな笑みを浮かべていた。
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