6-045. 喋り過ぎた男
「俺の質問に答えろ!」
魔導士は会話に応じるつもりがないようだ。
それどころか、奴はサルビアの成れの果てを観察するように見入っていて、俺には見向きもしない。
馬鹿にしやがって……!
「こっちを見ろってんだ!!」
憤慨して宝飾銃の引き金を引いたものの、奴の傍に浮かんでいた支援型魔法武装がひとりでに動き出し、またもや光線を遮ってしまった。
「ちぃっ」
角度を変えて撃ったとしても、支援型魔法武装が盾になって奴まで届かないだろう。
宝飾銃でミスリル製の防御をぶち抜くには、それこそ最高級の輝きを放つダイヤモンドでないと無理だ。
俺の手持ちの宝石でそれに該当するのは、今はレッドダイヤモンドしかない。
しかし、それはアンに必ず返すという誓いを立てている。
こんなところで消費してたまるか!
攻撃を躊躇っていると、ネフラが隣まで走ってきた。
「ジルコくん、ここは私に任せて」
「ネフラ?」
「ジルコくんを無視するなんて許せない。二人で協力して、あいつを撃ち落としてやろう」
「お、おう……」
いつになくネフラがやる気になっている。
「ちょうどいい魔法が残ってるの」
「いいもの?」
「ジルコくんを打ち上げるから、あの支援型魔法武装に取り付いて奴を撃って」
「え? 打ち上げる? 取り付く?」
「いきます!」
「ちょ、待っ――」
詳しい説明もないまま、ネフラがミスリルカバーの本を開いた。
ページから土色の輝きが放たれた直後、突然俺の体が揺さぶられる。
地震かと思ったが、揺れているのは俺だけだった。
「事象解放・激震槌!!」
ネフラが魔名を唱えた瞬間、俺の足元の石床が割れて、分厚い石柱が突き出してきた。
石柱は俺の体を乗せたままグングン空へと伸びていき、支援型魔法武装の浮いている方角へと運んでいく。
否。これは運んでいるんじゃない。
石柱は俺ごと武装に突っ込もうとしているんだ!
「うわああああっ!!」
俺の不安は的中した。
激震槌によって盛り上がった石柱は、見事に支援型魔法武装に突っ込んだ。
俺はというと、間一髪で支援型魔法武装の上に飛び乗ることができた。
危うく硬土とミスリルの間に挟まれて圧死するところだぞ。
「ったく! 無茶してくれるぜ、ネフラのやつ」
支援型魔法武装はさすがミスリル製だけあって、激震槌の一撃を受けても傷ひとつつかない。
それどころか石柱の方が粉々に砕かれてしまい、武装自体は空中に静止したままだ。
魔力を失った石柱は根元から崩れていき、俺は支援型魔法武装の上に置き去りとなった。
地上からおよそ10mほどの高さだろうか。
ここからだとクォーツの街並みがよく見える。
すぐ目の前に浮かぶ魔導士の姿もだ。
「よう。地上からだと声が届かなかったようだから、同じ目線まで飛んできたぜ」
「貴様、我が師より賜った支援型魔法武装の上に土足で乗り上げるとは……無礼千万! 極刑に値する!!」
「クォーツにこんな被害を与えておいてよく言うな」
「魔法もろくに使えない下等な人間どもは滅びればいい! そして、それは貴様も同じだ、ジルコ・ブレドウィナー。魔法に見放されし落伍者め!!」
「俺の古傷を抉ってくれるじゃないか……」
どうして俺が魔導士になり損ねたことを知っているんだ?
不可解だが、その一方でこいつがムカつく奴だということはハッキリした。
今すぐ地上に叩き落してやる!
「いつまでそこに乗っているつもりだ。落伍者は落伍者らしく地に落ちろ!!」
「うおっ!?」
突然、足元の支援型魔法武装が傾いた。
とっさにジグザグした角(?)部分に足を挟んで振り落とされることは避けられたが、さらに傾斜していく。
「支援型魔法武装は術者の意のままに動く。それを足場とするとは、なんと浅はかな。魔法に見放された男らしいな」
なんでそこばかりこすってくるんだ!
……そんなことより、このままだとちょっとまずいぞ。
奴が水平に手首を振ると、今度は武装が横回転し始めた。
しかも、その速度はどんどん上がっていき、いよいよ足だけでしがみつくのが厳しくなってきた。
このままではいずれ振りほどかれて、地上に放り出されてしまう。
「……ぐくっ」
ダメだ。
狙いを定めようにも、この回転のさなかに標的を撃ち抜くのは無理だ。
「しつこい! さっさと消え失せろ、落伍者!!」
奴の暴言と共に、さらに回転速度が上がった。
しがみつくのはもう限界、と思った時――
「!?」
――サルビアの頭(花?)が爆発した。
突然のことに驚いたが、それは魔導士も同じようだった。
支援型魔法武装に振り回されていてよく見えなかったが、視界の端から炎――おそらくは熱殺火槍――が飛んできて、サルビアに直撃したのだ。
魔導士の意識が俺に向いている隙を狙っての不意打ちとは見事。
「ナイスだ、ネフラッ」
「くっそっ! あの眼鏡女ぁぁ!!」
奴の意識がネフラに向いたからか、支援型魔法武装の回転が緩やかになった。
「話しているのは俺だぞ!」
魔導士に向けて宝飾銃を撃ったものの、奴は滑るように上に浮き上がったため直撃させることはできなかった。
しかし、避けられる寸前に奴の片足を撃ち抜くことはできた。
「ぐおおっ。き、貴様ぁ~~~!!」
奴は血しぶきを撒き散らしながら、空中で丸くなっている。
光線で撃ち抜けたのは向こう脛の部分か。
普通なら歩けないほどの傷だが、空中を自由に飛び回れるこいつにはほとんど意味がない。
その時、さらにネフラの援護射撃が飛んできた。
二発、三発と、立て続けにサルビアの頭(花?)に熱殺火槍が直撃していく。
「あああぁぁっ! 先生の傑作をよくも傷つけてくれたな!!」
激昂した魔導士は空を斬るように右手を動かした。
直後、その動きをなぞるように俺の足場となっていた支援型魔法武装が動き始める。
武装はサルビアの前に静止し、俺の後ろからは赤い光が迫ってくる。
……ヤバい。
このままだと熱殺火槍に俺が焼かれる!
「うわわっ」
とっさに支援型魔法武装の裏側に潜り込んだおかげで、なんとか火だるまになることは避けられた。
しかし、表に衝突した熱殺火槍の衝撃が直に俺まで伝わってきて、しがみついている指先が緩みそうになる。
「貴様~~~! いつまで我の支援型魔法武装にまとわりついているつもりかっ!?」
「俺が地上に降りるのは、てめぇと一緒だと決めたからな!」
「ほざけ落伍者がっ」
魔導士が指先で弧を描き始めた。
奴の爪先にはエーテル光が灯っている。
こいつも宝飾付け爪を装備しているのか。
描かれている魔法陣は赤い色で、半径1mほどの巨大なサイズ。
しかも、俺が一呼吸する間もなくそれを完成させてしまった。
魔法陣の描画速度はクリスタにすら匹敵するぞ。
「炭屑にしてやる!!」
奴の殺意に共鳴するかのように魔法陣がまばゆく輝いた。
しかし、コンマ一秒早く俺の指先が宝飾銃の引き金を引いていた。
光線が魔法陣と衝突し、目もくらむ光が眼前を照らす。
魔法が発動する直前に魔法陣は崩壊し、弾けたエーテル光が周囲へと散乱した。
「うぐぁっ。め、目がぁぁっ!!」
魔導士はすぐ傍でエーテル光の爆発が起こったことで目をくらませたらしい。
俺も目をつむるのが遅れていたら同じことになっていただろう。
「隙だらけだ!」
俺は支援型魔法武装を踏み台にして、霧散していく魔法陣を飛び越えた。
そして、両手に握る宝飾銃二丁の銃床を振りかぶり――
「く、ら、えぇぇぇぇっ!!」
――同時に奴の後頭部へと叩きつけた。
「ぶがああぁっ」
魔導士は下品な悲鳴を上げた後、浮力を失って落下していく。
それは俺も同様。
しかし、すぐ傍には緩やかに下り始める支援型魔法武装があった。
なんとかその縁に掴まることができた俺は、そのままゆるゆると地上に降りていくことで墜落を免れた。
一方、真っ逆さまに落ちていった魔導士は瓦礫の山に突っ込んだようだ。
……もしかして死んじまったかな。
「ジルコくん、大丈夫!?」
ネフラが慌てた様子で俺の傍にかけてきた。
「大丈夫だ。援護ありがとう、助かった」
「また無茶したらどうしようかと……」
「おいおい。今回無茶したのはお前じゃないか」
「ごめんなさい」
「でも、ナイスフォローだった」
ネフラの頭を撫でてやると、彼女は頬を赤らめて抱きかかえていた本に顔をうずめてしまった。
お約束のこの仕草を見るとほっこりする。
次に、俺はサルビアを見上げた。
ネフラによって何度か頭頂部を吹き飛ばされたはずだが、あれから特に変化もなくそびえ立ったまま。
千切れた頭頂部は再生もせずに野ざらしになっているが……まだ生きている。
「サルビアには動きがないな。かえって不気味だ」
「うん。まるで何かの合図を待ってるみたい」
「……なら、まずはこっちだな」
俺は下敷きにしていた支援型魔法武装から急ぎ宝石を抜き取るや、魔導士の落ちた瓦礫の山へと視線を戻した。
瓦礫の隙間からは、奴の両足が天地逆さまになって伸びている。
ずいぶん器用な体勢だこと……。
「――おい、起きろっ」
俺は魔導士の足を掴んで、瓦礫の外へと引っ張りだした。
地面に背中を打ち付けたことで奴は意識を取り戻した。
「げほっ、げほっ!」
「生きていてよかったよ。お前には聞きたいことがあるからな」
「うぐぐ……っ。ま、魔法も使えない落伍者に、我が敗れるとは……」
「でかい口を叩く割には実戦経験がまるでないな、お前」
「なんだと!? 四高弟たる我によくもそんな口が利けるものだ!!」
「四高弟ねぇ。そういう話を詳しく聞きたいんだ、俺は」
「ひっ」
魔導士の眼前に銃口を突きつけると、奴は固まったように動かなくなった。
すでにフードははだけていて、その素顔は露わになっている。
……若い男だ。
黒曜石のような黒い瞳に、青みがかった黒い髪、そして雪のような白い肌。
もっとも俺の目を引いたのは、ピンと尖った長い耳だった。
「お前、エルフだったのか。しかも――」
その耳は本来のエルフよりも若干短い。
「――ハーフエルフか」
「こ、殺すなら殺せ! すでに死ぬ覚悟はできているっ!!」
「殺すかどうかは話を聞いてからだ」
「ひいいぃっ」
脅しのつもりで銃口を額に押し付けてみると――
「うわっ! こいつ……マジかよ!?」
――ローブから覗くズボンの股ぐらが滲み始めた。
まさか失禁するとは。
「ひっ。た、助けて……殺さないでっ」
空に浮かんでいた時とはまるで別人のようだ。
そりゃ銃口を突きつけられて怯えるのはわかるが、さっきまで尊大な態度を取っていた奴がこれとは……。
「ジルコくん、この人……」
ネフラがハーフエルフの顔を覗き込む。
その際に相手の失禁には気付いたようだが、そこは彼女の優しさか――不快感を表情に出すようなことはしなかった。
「ハーフエルフだ。しかもこの見た目から察するに、アマクニ人との混血かな」
ハーフエルフはリヒトハイムの迫害もあって非常に珍しい存在だ。
ネフラも同類と出会ったのは初めてに違いない。
同じハーフエルフを見て、彼女は何を思うのか……。
「わ、我が師よ! 来世があらば、再び御身の僕となりて尽くしまひょふ!!」
今際の言葉を喋り始めたと思ったら、噛みやがった。
よく見れば震えているし、死ぬ覚悟はできているなんて言っておいて、まるで覚悟が足りていないじゃないか。
「さっき娼館で強襲してきた奴と同様、お前もイスタリの手下だな。クォーツでこんな騒ぎを起こして、一体何のつもりだ? やはり大海嘯を起こすのが狙いか?」
「……っ」
「その通りですって顔に書いてあるな」
「……うぅ」
こいつ、表情に本心が出やすいみたいだ。
支援型魔法武装を操るほど優れた魔導士のくせに実戦慣れしていないようだし、一体なんなんだ?
「イスタリには海峡都市の頃から大きな借りがあるんだ。奴について色々話してもらうぞ」
「ふ、ふざけんなっ」
「ふざけてねぇよ! さっさと答えないと脳天に光線ぶち込むぞっ!!」
「ひっ! や、やめてくれぇっ」
ちょっと脅しをかけただけで顔色が真っ青。
涙まで溜めて、相当ビビっているな。
これはもうちょっと脅せば口を割るんじゃないか?
「た、助けて先生ぇ~~~っ!!」
先生とは、十中八九イスタリのことだろうな。
「イスタリもクォーツに来ているんだな!? そうなんだなっ!?」
「ひぅ! う、うう、うた、撃たないでくれぇっ」
「死にたくなかったらイスタリのことを話せ。お前以外の四高弟とやらの所在もだ。でないと――」
俺は意地悪く奴の額に銃口をグリグリと押し付けた。
「――脳みそが吹っ飛ぶぜ?」
「ぎゃああああっ! ひ、人殺しぃ~~~っ」
「こいつ、どの口で……!」
もう一押ししようと思ったところで、ネフラがハーフエルフの傍に屈んだ。
「落ち着いて。正直に話してくれれば害は加えない。だからすべてを話して」
「……」
「私もあなたと同じハーフエルフなの。同族には死んでほしくない」
「!? お、お前もハーフエルフなのか」
「そう。だから、あなたの苦しみはきっとわかってあげられる」
「……っ」
「お願い。悪いようにはしないから、知っていることを話して」
「先生を裏切ることなんてできない……」
「なら、あなたのことを話して。それだけでいいから」
ネフラがハーフエルフを諭し始めた。
俺が脅しをかけた直後にこんな優しい言葉をかけられては、どんな強情な奴でもほだされて口を滑らせるかもしれない。
しかも、その相手が同類ともなれば気持ちも緩む。
「ぼ、僕のことだけ話せば、命は助けてくれるんだよね? 本当に?」
「本当。私は約束を守る」
「話した後、やっぱり殺すとか、先生のことも話せとか、言わない?」
「言わない。だからまずはあなたの名前を教えて」
……あれ?
なんかこいつ、戦闘中とぜんぜんキャラが違うぞ。
もしかしてこっちが素なのか。
「僕の名前はオプスディオだ」
「オプスディオね。私の名前はネフラ」
「知ってるよ。先生の用意してくれたリストに書いてあるから」
「リスト?」
「要警戒人物のリストさ。リストの上位には、お前ら〈ジンカイト〉の冒険者がズラリと並んでるんだ」
「……そうなんだ。どうしてそんなリストが作られているの?」
「来るべき日に備えて、先生の邪魔になりそうな奴らを排除するためさ!」
「そういうこと。だから今まで私達は〈バロック〉の刺客に狙われていたのね」
「そうだよ。でも、組織の連中は無能ばかりで結局お前らを始末できなかった。それどころか、僕らの仕事まで邪魔されてたまったもんじゃないよ!」
「大変ね。でも、イスタリ先生の命令なのだから頑張らなきゃ。でないと他の高弟達に手柄を横取りされちゃうかもしれない」
ネフラが上手いこと誘導尋問を始めてくれた。
このまま少しずつイスタリやその仲間のことを聞き出せれば、儲けものだ。
「手柄を横取りなんて……。僕らはただ先生の命じるままに動くだけだから」
「そうなの。私はてっきりあなたが四高弟のリーダーなのかと」
「僕が? 残念ながらそれは勘違いだよ。四高弟には僕より優れた魔導士がいるんだ。まぁカーネリアは除いてだけど!」
「カーネリアって……ひょっとして娼館に突っ込んできた人?」
「そうさ。あいつ、でかいクチ叩いてたくせにあっさりやられやがって。僕がフォローに出なきゃ、せっかくの計画が台無しになるところだった!」
語るに落ちるとはこのことだな。
ネフラの誘導尋問に乗せられて、よくもまぁペラペラと仲間のことを喋るもんだ。
嘘を言っているようには見えないし、こいつ天然過ぎるだろう。
このままもっと情報を引き出せ、ネフラ!
「損な役回りだね、同輩の尻ぬぐいなんて。他の二人は手伝ってくれないの?」
「あの二人は特別な任務があるから……」
「ブラックダイヤやダークブルーダイヤを集める任務のことね?」
「ラブラドラはまた別の任務だよ。ダイヤを集めて回っていたのは――」
その時、俺は背後に人の息遣いを感じた。
振り返ると同時に、初めて聞く声がネフラ達の会話に割り込んでくる。
「喋り過ぎだぞ、オっくん」
いつの間にか、虹色の派手な髪色をした女が瓦礫の山に座っていた。




