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6-039. 異常事態

 ……結局、あれから何もなかった。


 招かれざる客(モルダバとムアッカ)の乱入があったせいでネフラは呆然としてしまい、俺達が揉めている間に彼女は浴場から出ていってしまった。

 ネフラを追って部屋に戻ってみれば、入り口には鍵がかかっていていくらノックしても応答なし。

 結果、俺は宿のロビーで一夜を明かすハメになった。


「まだ拳がジンジン痛む……」


 俺らしくもなく、感情に任せてモルダバを殴りつけてしまった。

 いくら異常な状況だったとは言え、仮にも共闘を約束した相手を一方的に殴るのはよくない。

 今回の件は猛省しないとな。……謝る気はないけど。


 不意に、窓の外がにわかに明るくなるのが見えた。

 高級宿に泊まっているのに、まさか寝ることもできずに独りで朝を迎えてしまうとは……。

 酒の一杯でもあおりたい気持ちになってくる。


「失礼。お話をうかがってもよろしいか」


 寝不足の目をこすっている時、王国兵の装いをした人物に話しかけられた。

 鼻の下にはちょこっと髭を蓄えた男性で、腕章をつけていることから一兵卒ではない様子。

 宿には他にも兵士達が入ってきていて、従業員を尋問している。


「どうしました?」

「その記章、あなたは〈ジンカイト〉の冒険者ですね」

「ええ。そうですが何か」

「ご存じないかと思いますが、昨日、この町の銀行が強盗に遭いまして」

「強盗ですか」


 昨晩、酒場で聞いた話だな。

 街中を巡回する兵士がやたら多かったのはそのためか。


「ここに宿泊されている方々の多数がそこの貸金庫を利用されていたので、聴取に来たのです」

「ご苦労様です。でも、俺は銀行に預けている品はありません」

「左様ですか。……改めて失礼ですが、あなたは〈ジンカイト〉の――」

「ジルコです。ジルコ・ブレドウィナー」

「――ほう。あなたが、あの(・・)?」

「それって……どの?」

海峡都市(ブリッジ)でのご活躍は聞き及んでおりますよ。あそこの兵士長は私の同期でしてね」

「そうですか……」


 海峡都市(ブリッジ)の兵士長の同期か。

 あの人から俺のことについてどんな風に聞いているのか気になるところだな。


「クォーツにはいつまで?」

「観光ではないので、なんとも。今日明日に帰ることはないですよ」

「そうですか。そういうことならよかった」

「? どうして……?」

「現在、すべての門楼(ゲートハウス)を我々が封鎖しておりますので、しばらくクォーツからは出られません。銀行を襲った(やから)を逃がさないための処置ですので、ご理解ください」


 軍がそこまで動いているということは、すでにクォーツには戒厳令が敷かれているのか。

 強盗に遭ったのが銀行ともなれば当然だろうけど。


「トロル襲撃の件があってからは門楼(ゲートハウス)を通過する者のチェックは厳重に行ってきました。犯人と思わしき人物は確認されていませんから、まだクォーツ内に留まっているはず」

「ふむ」

「つい先日、パーズでも高価な宝石が奪われたばかりですし、我々は今回の強盗犯も同一人物、あるいは同一グループの犯行だと考えています」

「……その可能性は高いでしょうね」

バロック事変(・・・・・・)の前は各地で宝石強盗が多発していましたし、主犯はその残党の可能性もふまえ、王都への援軍要請も済ませています」

「手際がいい」

「何より注意すべきは、強盗犯が次に狙うのはここかもしれないということです。〈火竜の癒し亭〉にも高価な宝石があるそうですから」

「あの、どうして俺にそんな話まで?」

「ここで会ったのも何かの縁。もしもの時は、ぜひともあなたに協力してほしい。その時のための情報共有だと思ってください」

「えっ」

「もちろん王国軍からの正式な依頼としてです。手続きは事後となりますが、不測の事態が起こった時には何卒ご協力願います」


 ……なんでこう、どこへ行ってもトラブルに巻き込まれるかな、俺は。


「兵士長! モリオン町長が面会を承諾してくれました」

「わかった。今行く」


 ロビーの奥から若い兵士が声を掛けてきた。

 今ので思い出したけど、俺も朝一から町長に面会を希望されていたんだっけ。

 まぁ、軍との話し合いの方を優先してもらうべきだろう。


「それではジルコ殿。また後程」

「はぁ」


 兵士長は敬礼した後、ロビーの奥へと向かった。

 これでまたひとつ、俺は想定外の問題に巻き込まれることになりそうだ。


 リドットとジェリカの夫婦問題。

 ドラゴンが警鐘を鳴らす奈落の宝石の回収。

 それらに加えて、今度は銀行強盗の件。

 ……サンストンに現れたという俺の偽者のことも気になるな。


 休暇のつもりが普段通り仕事をしているのと変わらないぞ、こりゃ。





 ◇





 ロビーのテーブルに突っ伏してうつらうつらしていたところ、いきなり背中を叩かれた。

 唐突な不意打ちに驚いて、思わず椅子から転げ落ちそうになる。


「な、なんだっ!?」

「俺だよ!」

「……なんだ、モルダバか」


 振り返ると、モルダバが青い痣のある顔を俺に向けていた。

 その後ろにはムアッカの姿もある。


「グースカ寝てる場合じゃねぇぞ!」

「なんだよ。浴場での件はもう終わっただろう」

「そうじゃねぇ! 今さっき王国兵に聞いたんだが、銀行の貸金庫に強盗が押し入ったって言うじゃねぇか!?」

「ああ、その件なら聞いたよ」

「だったら何呑気してんだ! 俺達が預けてた物も()られちまったんだぞ!!」

「……お前達が預けていた物? それって……まさか……っ!?」


 今の話で、ぼんやりしていた脳みそが稼働し始めた。

 モルダバ達はパーズで盗んだブラックダイヤをクォーツの銀行に預けていたのだ。

 つまり強盗犯は貸金庫の他の物品ごと、ブラックダイヤまで盗んだということ!


「ダイヤを()られちまったよ! くそったれがっ!!」

「どうするんだよ!? あれが無くなったら……」

「知るか! 銀行の警備がそんなザルだとは思わねぇだろっ」


 非常にまずい事態だ。

 ブラックダイヤが盗まれた以上、取り戻さなければ最悪大海嘯(グリムス・ヴァース)が起こり得る。

 こんなところでのんびりしている場合じゃない!


「モルダバ、ムアッカ、来いっ」

「どこ行くんだよ!?」

「町長のところだ! 今、クォーツの兵士長が面会しているはずだ!!」

「おいおい。立場上、俺達は軍と関わり合うのは御免だぜ!?」

「そこは何とか誤魔化す。お前達も力を貸してくれ!」


 モルダバとムアッカが渋い顔をするのもわかる。

 義賊を生業(なりわい)にしているとは言え、本来二人は軍から追われる立場の無法者(アウトロー)には違いない。

 王国兵との接触は極力避けたいと思うのは当然だが、事ここに至っては一人でも協力者が欲しい。


 俺は近くにいた従業員を捕まえて、町長の居場所を問いただす。


「町長はどこにいる!?」

「モリオン様なら第一応接室にいらっしゃいますが」

「すぐに案内してくれ。火急の事態だ!」

「しかし、今は兵士長様と面会中で……」

「言っただろう!? 火急の事態だ!!」

「しょ、承知しましたっ」


 従業員は血相を変えてロビーを駆け出した。

 彼の後を追いかけようとした時――


「ジルコさん!」


 ――突然、フロスに呼び止められた。


「フロス、どうした!?」


 彼女は裸にポンチョを羽織っただけの恰好で俺のもとへと歩いてくる。

 クォーツで買い揃えた服も着ないで一体どうしたんだ?


「ジルコさん、どうしましょう……」

「フロス、どうした? そんな恰好で部屋の外に出ちゃ――」

「どうしましょうっ!?」


 フロスが俺に抱き着いてきた。

 しかも、その目には大粒の涙を浮かべている。


「おい、ジルコ! お前、この野郎、なんだよその美女は!?」

「いいなぁジルコは。そっだら美人ばっか傍に置けて……」

「あのエルフの子以外にも、そんな愛人がいたのか!」

「羨ましいなぁ……」


 黙れ、お前ら!

 今のフロスは明らかに様子がおかしい。


「何があったのか説明してくれ、フロス」

「戻れないのです……!」

「戻れない?」

「そうです。今までこんなことはなかったのに……っ」

「ちょっと待って。ちゃんと説明してくれ」

人形(アバター)から元の体に戻れないのですっ!」

「元の体に……戻れない?」


 フロスは古代魔法を使って、本体のトロルの肉体からヒト型の人形へと意識を憑依させている状態だ。

 それが元に戻れないとは一体どういうことだろう。


幽体憑装操(アストラル・リメイン)の有効範囲は広大。その範囲内であれば、幽子線(アストラルコード)をたどって一時的に元の体に戻ることもできるのです」


 よくわからないが、術者の意思で本体と人形のどちらにも自由に行き来できるってことか。


「でも、今朝からどうやっても元の体に戻れなくて……」

「それはどうしてだかわかる?」

「わかりません……。だってこんなこと初めてなのです」

「なら質問を変えるよ。どういう状況の時に戻れないことが考えられる?」

「それは――」


 考え込んだフロスは次第に顔色を青くしていく。

 ……本当、よくできた人形だ。


「――本体に致命的な問題が起こった場合、でしょうか」

「致命的な問題?」

「例えば、元の肉体が死んでしまった場合など……」

「えぇっ!?」

幽体憑装操(アストラル・リメイン)の有効範囲を超えた場合や、極端にエーテルの希薄な地域に踏み込まない限り、魔法効果は半永久的に継続します。わたくしの意識が今も人形(アバター)に留まっているということは、そのどちらの事態に陥ったわけでもなく、唐突に本体との幽子線(アストラルコード)が断たれたということ!」

「その状況が本体の死を示唆するってことか」

「現在、わたくしの本体はヲピダムの神殿に眠っています。監視と世話は侍女に任せているので、通常そんな事態にはなり得ません」

「ということは……」


 ヲピダムが何者かに襲撃された?

 そして、彼女を含めたトロル達はすでに……!?


「……残念ながら、そういうことでしょう」

「いやいや! なんでそんなことに!? アンバー侯爵は俺からの返答を受け取っているし、彼が新たに兵を派遣することはあり得ないぞ!!」

「パーズの人達は関りないのかもしれません」

「え?」

「お忘れですか? ヲピダムには奈落の宝石が封印されているということを」

「!!」


 六つあるとされる奈落の宝石のうち、四つはすでにトロル達によって回収されてヲピダムに封印されている。

 そして、昨晩に銀行の貸金庫から盗まれたブラックダイヤ。

 ……偶然と言えるのか?


「実は、クォーツの銀行に預けておいたブラックダイヤも何者かに盗まれているんだ」

「まぁ! なんてこと……」

「ブラックダイヤが盗まれたのなら、その犯人がヲピダムのものを狙わないとは限らないよな?」

「……はい。確認はできませんが、状況証拠から察するにヲピダムはすでに(・・・)と考えた方がよいのかもしれません」

「フロス……」


 フロスがガクリと膝を折った。

 ヲピダムの状況――酋長()や民の安否――がわからない今、彼女は不安で仕方ないだろう。

 できることならすぐにでもヲピダムへ戻りたいが、それも難しい。

 今、俺にできることは――


「ジルコさん。こうなれば、最悪の事態を想定してこの町にある宝石だけは守り切らなければなりません」


 ――そう。

 フロスの言う通り、ダークブルーダイヤだけは死守しなければ。


「フロス、大丈夫か……?」

「大丈夫です。この国の――いいえ、世界の命運が懸かっているのです。わたくしも折れてはいられません」

「きみは強いな」

「寄りかかれる殿方がいたのは幸いでした」


 彼女は俺の腕を支えにして立ち上がった。

 その表情からはすでに動揺の色が消えている。

 ……気丈な女性だ。


「話が見えねぇぞ。一体どういうこった?」

「モルダバ、ムアッカ。せっかくだし、お前達には最後まで付き合ってもらうことにする」

「はぁ? な、なんだよそれ」

「実は――」


 モルダバ達にヲピダムのことを説明しようとした矢先、宿の外から何人もの王国兵が駆け込んできた。

 彼らは従業員を捕まえるや、兵士長の居場所を尋ねている。

 その様子からただ事ではないらしい。


 兵士達がロビーを走り抜けていくさなか、俺は兵士の一人を捕まえた。


「な、何をするっ」

「何があった!?」

「何だお前は! こっちは火急の要件なんだ!!」

「いいから答えろ! 一体何があったんだ!?」

「……ま、魔物の群れだ」

「何?」

「今さっき監視砦で、クォーツに迫ってくる魔物の群れが確認されたんだよ!!」

「群れって……数はどのくらいなんだ」

「百じゃきかない! 西と南から退去して押し寄せてきやがる!!」

「なん……だと……!?」


 兵士は俺の手を振り払うや、仲間を追って通路を走っていってしまった。


 今の話、にわかには信じられない。

 エル・ロワには群れができるほど魔物なんていなかったはず。

 他の地域から気づかれずに侵入していた個体がいたとしても、闇の時代が終わって一年足らずで百匹以上も増殖するなんて不自然だ。

 その数に至るまでに、絶対に軍の監視網に引っ掛かるはずなのに……。

 そもそも、奈落の宝石が奪われたタイミングで群れがクォーツに押し寄せてくること事態が出来過ぎている。


「……裏で糸を引いている黒幕がいるとしか考えられない」

「ジルコさん?」

「兵士長の推測通り、ブラックダイヤを奪った犯人はクォーツに留まっている。そいつは魔物の襲来のどさくさに紛れて、ここにあるダークブルーダイヤも奪うつもりだ!」

「百を超える魔物が群れをなしているのならば、おそらくこの町のどこかでそれらを引き寄せる大きな力が働いています」

「それはここにあるダークブルーダイヤじゃないのか?」

「ひとつでは群れを引き寄せるほどには至らないはず。しかし、封印の施されていない奈落の宝石が複数、一ヵ所に集まっていたとしたならば……」

「群れを引き寄せるに十分な要因になるわけか」


 ヲピダムの分とブラックダイヤ――計五つの奈落の宝石がおそらくクォーツに揃っている。

 それらを所有する黒幕がこの町に魔物を引き寄せているとしたなら、日が暮れる前にクォーツは地獄絵図と化すだろう。

 しかし、それは奈落の宝石を一度に取り戻すチャンスでもある。


「ネフラとジェリカを起こして事情を説明しよう。その後、リドットにも連絡だ」

「おいジルコ、勝手に話を進めるな! しっかり事情を説明しやがれ!」

「義賊なんかじゃなく本物の英雄になれるチャンスだぞ、お前達」

「はぁ?」


 王国軍を除いて、今クォーツで俺が頼れる戦力は以下――


 ネフラとフロス。

 ジェリカとリドット。

 モルダバとムアッカ。

 ついでにムシリカも。


 ――二度とあるまいと思っていた魔物との総力戦だ。


「ジルコさん、わたくし不安です。まさかこんな事態になるなんて」

「心配いらないよフロス。腐っても俺達は最強ギルド〈ジンカイト〉なんだから」

「でも……」

「百や二百の群れなら、闇の時代(あの頃)に比べれば楽なもんさ」


 地獄も修羅場もすでに何度も抜けてきた。

 加えて、今こそ新生宝飾銃(ジュエルガン)の真価を問う時が来たのだ。

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