2-018. 彼女の始末
街に日が照らし始めた頃、俺はギルドに戻っていた。
ジャスファは手足を縄で縛って、芋虫のように酒場の床に転がしてある。
目を覚ますなり叫び出したものだから、口に猿轡を噛ませている。
今もジタバタと床を転げまわっており、手当てのために額に包帯を巻こうとする取り巻き達にすら威嚇する始末だ。
「この期に及んでお前なぁ。少しはルリ姫みたいな奥ゆかしさってもんを身につけろよ」
俺が呆れながら言うと、ギロリとジャスファが睨みつけてきた。
……おっかな!
「ほら。動かないでジルコさん」
俺は今、アンに傷の手当てをしてもらっている。
ギルドにもポーションの在庫がなく、今の時間だと近くの商店は開いていないため、やむなく消毒液と薬草で手当てしているのだ。
教会に寄付する金があれば、こんな手間もなくささっと癒しの奇跡で直してもらえたのだが……。
「ふふ。ジルコさん、良い体してるのね」
胸や腹の傷を手当てするため、俺はアンにチュニックを脱がされていた。
傷口の消毒と包帯を巻き終えるなり、彼女は俺の体をペタペタと触ってくる。
……恥ずかしいからやめてほしい。
「あの、ジルコの旦那。姐御はこれからどうなるんでやんすか?」
「まさか処刑だなんてことは……ないっスよね?」
おずおずとヤンスとスが尋ねてきた。
この場には、ジャスファの取り巻き五人が全員揃っている。
ギルドに戻った時、珍しく庭で形稽古をしていたゾイサイトに頼んで、ストンヴィアの近くに転がっているヤンスとスを回収してきてもらったのだ。
この二人の足の腱は、幸いポーションだけでなんとか治癒できたらしい。
「もちろん処刑だな!」
俺の後ろから野太い声が聞こえてきた。
振り向くと、丸太のように太い腕を組んで立っているゾイサイトの姿がある。
「いやいやいや。そんなわけあるかよ」
「ならばどうすると言うのだ? お前の話を聞く限り、この娘の罪は鞭打ち刑では済まんものだぞ!?」
ゾイサイトがでかい声で叫ぶように聞いてくる。
十分聞こえているから、もっと小さな声でしゃべってほしい……。
「ジャスファをこのまま王国兵に突き出せば〈ジンカイト〉の信用問題に関わる。俺としては、それは避けたい」
「ならばどうすると言うのだ、と聞いているのだっ!」
もうちょっと黙って聞いててくれないかな、この人……。
「だからギルドマスターに始末を任せる」
俺の言葉を聞くや否や、ジャスファがこれ以上ないほど暴れ始める。
それはもう、手足を縛る縄が引きちぎれそうな暴れっぷりだ。
彼女を落ち着かせようとした取り巻き達も、頭突きや蹴りを食らって床にダウンしてしまい、うかつに近づけない。
「ふん。このじゃじゃ馬めが!」
業を煮やしたゾイサイトが、暴れるジャスファの背中を踏みつけて床へと押さえ込んだ。
さすがのジャスファもゾイサイトの怪力にはかなわず、諦めて静かになった。
「付き合わせて悪いな、ゾイサイト」
「かまわん! 厨房にもう酒が残っていないのでな」
酒の代わりの暇つぶしかよ……。
まぁ、それでもこの男が手伝ってくれるなら剣鬼に聖剣だ。
「しかし、このじゃじゃ馬を負かすとはお前も少しはやるようになったのう!!」
ゾイサイトがバンバン、と俺の背中を叩いた。
こいつは加減してるつもりだろうが、でかいハンマーで殴られたくらいの衝撃が起こっていることに気付いてほしい……。
「いや、ほんと、すごかったっス。旦那の戦闘」
「そうでやんすね。旦那みたいな銃士、見たことないでやんす」
ずいぶん俺のことを褒めてくれるな、こいつら。
ジャスファの鋭い眼光が向いてることに気づいていないのか?
「ふん! わしは銃やら弓やら魔法やらの飛び道具は好かん。男なら体と体、肉と肉、鋼と鋼をぶつけあう肉弾戦こそ至上であろう!!」
「あの、姐御は一応、女ですけど……」
そこへちょうど親方が戻ってきた。
「朝から何の騒ぎだ、ジル坊?」
俺は親方に事情を説明し、ギルドマスターの行方について知らないか尋ねた。
「ジェットなら昨日の夜には王都に戻ってきてるぞ」
「本当かっ!?」
俺が言うのと同時に、ゾイサイトの足元のジャスファが再び暴れ出した。
その顔は怒っていると言うよりも、青ざめているように見える。
「エル・ロワでの挨拶回りを済ませたようでな。今度はアヴァリスの方へと向かうつもりなんだと」
ギルドマスター、ちゃんとやることやっていたのか。
挨拶回りってことは、資金繰りにはある程度成功したってことだろう。
なんだかんだで頼りになる人だ。
「親方。ギルドマスターは今どこに?」
「午後には一度顔を出すと言っていたぞ。ここで待ってれば会えるだろう」
それを聞いて、ますますジャスファの暴れっぷりが過熱する。
そんなにギルドマスターに会いたくないのか?
「ところでジル坊――」
急に親方が詰め寄ってきた。
なんだなんだと思っていると、親方は右足のホルスターに収まったミスリル銃を取り上げて怒声をあげる。
「――この馬鹿野郎っ! ザイングリッツァーを雑に扱いやがったな!?」
ザイングリッツァーと言うのは、ミスリル銃の名前だ。
俺はどうも気恥ずかしくてその名で銃を呼んだことはない……。
しかし、うかつだった。
親方からはミスリル銃の扱いには細心の注意を払うようにと言われていたのだ。
盾にしたり放り投げたりしたことを知られたら、大目玉だぞ……!
「……ふむ」
親方は手に取ったミスリル銃を舐めるように隅々まで見入っている。
そして――
「この馬鹿が!」
――ごんっと俺の頭を拳で殴った。
「いってぇなぁ! 何すんだよ親方!?」
「お前さん、またミスリル銃を盾代わりにしたな!? 銃身がミスリル製とは言え、こいつの内部構造は繊細なんだ! 雑に扱えば中のダイヤモンドレンズのカラクリが機能しなくなるだろうがっ」
ひええぇ……。
ひさしぶりに親方の雷が落ちたな。
「ちょっとお父さん! ジルコさんは疲れてるの。怒るのは後にして!」
「……ったく。ミスリル銃は整備が済むまで俺が預かる! いいな!?」
俺は苦笑いしながら、こくりと頷いた。
「工房にこもる。しばらく誰も入ってくるなよ!」
親方はプンスカと怒りながら工房へと入って行った。
大きな音を立てて閉まる鉄の扉が、親方の怒りを表しているかのようだ。
「お父さん、ミスリル銃のこと生涯最高の傑作だとか言ってたからねぇ」
「面目ない……」
「ま、工房から出てきた時には機嫌も直ってるでしょ」
アンが俺を慰めながら腕に頬をこすりつけ始めた。
俺はアンの顔を押し退け、いそいそとチュニックを身に着けた。
「そう言えばジルコさん。いつも羽織ってるコートはどうしたの?」
「あっ」
アンのさりげない一言で俺は重大なことを思い出した。
……ヤバい!
縛られたままのネフラを宿に置いたままだった!!