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6-032. 弟の恨み

 ジェリカに弟がいたのか。

 というか、なぜその弟がエル・ロワに……!?


「リドットはどこだ!? あのクソ野郎はどこにいやがるっ!?」


 しかも、頭に血が上っていて今にもつがえた矢を射てきそうだ。

 リドットにずいぶん憤慨している様子だが、ジェリカの弟がどうしてそこまで義兄のことを怒るんだ?


「落ち着け。うっかり矢を射るなよ!」

「うっかりじゃねぇ! ちゃんとてめぇの脳天狙ってぶち抜いてやるよ!!」

「よせ! 通りには人もいるんだぞ!?」

「知るかボケェッ!!」


 礼儀正しいジェリカに比べて、なんだこいつのチンピラ感は。

 本当に弟なのか?


「俺はジルコ・ブレドウィナーだ! お前の名前は!?」

「ジルコだぁ? てめぇのことは知ってんぞ。最強の銃士(ガンナー)だとか調子乗ってる野郎だな!?」

「それは周りが勝手に言っていることだからっ」

「とにかくてめぇ、リドットの居場所知ってんなら教えやがれ! この町に居ることはわかってんだよ!!」


 ジェリカの弟が矢をつがえたまま娼館から出てきた。

 それを見た途端、通りすがりの人達は我先にと逃げ出していく。

 ただでさえ狭い通りなのに、人が一斉に動き出したものだから互いにぶつかって転倒してしまう者が相次ぐ。

 このままじゃ怪我人が出るぞ……!


「聞いてんのかぁ、ジルコ!?」

「お前なぁ、少しは場所を考えろよ!」

「黙れ。口を割らねぇつもりなら、てめぇの脳天をぶち抜く!」

「話を聞け! っていうか、まず名乗れっ!!」

「うるっせぇなぁ――」


 弟は大弓を担ぐや、拳で胸を叩いて続ける。


「――俺はムシリカ・トヤバトルだ! ルス高原の雄々しき民ユルールの勇者の名、しっかり覚えておきやがれ!!」


 ユルール?

 確かジェリカの氏族の正式名称だったな。

 そこの勇者ってことは、ルスでも有名な人物なのか。

 それにしては……。


「ユルールの勇者ってのは、他国で傍若無人を働く人間なのか?」

「てめぇ! 今、俺を馬鹿にしやがったな!?」

「そこまでは言っていないけど……」

「銃を構えろ! 勝負してやるぜ、このクソ銃士(ガンナー)がぁっ!!」

「口が悪いな……。お前、本当にジェリカの弟なんだよな?」

「疑うかぁっ!!」

「疑うよ」


 通りからはすっかり人がはけてしまった。

 しかし、相手の挑発に乗って街中で戦闘するわけにはいかない。

 町長の機嫌を損ねる上に、下手したら町から追い出されかねないからな。


「銃を構えろジルコ! てめぇの銃技を真っ向から破ってやるぜ!!」

「……血の気の多い奴」


 通りを吹き抜けていた隙間風がまったく感じられなくなった。

 その一方で、ムシリカの体毛や衣服が風に揺れている。

 風の精霊(シルフ)を操って風を身にまとっている――となると、予測できる技は矢を風に乗せて相手を追撃させる類か。

 自在に矢の軌道を変えられるなら、こんな狭い場所でも不利にはならないか?

 逆に、俺の宝飾銃(ジュエルガン)は撃てば被害を免れない。


「さぁ! 最強の銃士(ガンナー)様の力を見せてもらうぜぇぇっ!!」


 ムシリカが弓を引く一方で、俺はホルスターに伸ばした手を引っ込めた。


「……やめよう」

「あぁ!? ビビったかぁ!!」

「争う理由がない。ジェリカの弟なら尚更だ」

「だったらあのクソ野郎の居場所を教えてもらおうか!」

「さっき言った通り、話し合いもまともにできない奴には教えるつもりはない」

「こいつ……!」


 説得が通じたのか、ムシリカは構えを解いた。

 相変わらず怖い顔をしているが、一応話は通じる相手だったようだ。


「チィ。わぁったよ、どうすりゃいいんだっ!?」

「お前、ジェリカの弟ならどうしてリドットをそんな目の敵にしているんだ? 義理の兄貴じゃないか」

「……そんなの関係ねぇさ。あいつは姉貴を(かえり)みず、あちこち遊び回ってるクソ野郎なんだ」

「それって何か誤解していないか?」

「誤解だぁ!?」

「リドットは遊んでいるんじゃなくて、困った人達を助けるための旅をしていたんだ。立派なことじゃないか」

「立派だぁ!? 妻を――姉貴を()ったらかしておいて、どこが立派だってんだ!!」


 ムシリカが再び矢をつがえた弓を向けてきた。

 やっぱりこいつ、冷静じゃないぞ。


「あんなクソ野郎の味方をするってことは、てめぇも姉貴に心労をかけるクソ野郎かぁぁっ!!」

「ちょ、待てよ! なんでそうなる!?」

「うるせぇ、死ねっ!!」


 ムシリカが矢から指先を離そうとした瞬間――


「キュウウゥゥッ!!」

「なっ!?」


 ――突如、空からフォインセティアが急降下してきた。

 彼女がムシリカの横顔を蹴りつけてくれたことで、弓から射られた矢は俺の真横を突っ切っていき、背後の壁に突き刺さった。


 まさかフォインセティアに助けられるとは。

 とっくにジェリカの元に戻ったと思っていたのに……。


「キュウゥッ! キュウウウゥゥ~~!!」

「うわっ! や、やめろフォインセティアッ。なんでお前がここにいんだよ!?」


 仰向けに倒れたムシリカは、その顔をフォインセティアの足に何度も踏みつけられている。

 結果、奴は抵抗する余力もなくなってダウン。


「うぐぅ~~……」


 フォインセティアは俺を一瞥した後、再び空へと舞い上がった。

 かと思えば屋根の上に乗って俺達(こちら)を見下ろしている。

 ……まるで監視されている気分だ。


「おい。大丈夫か?」

「こ、これが大丈夫に見えるか……」


 身を起こしたムシリカの顔は、引っ掻き傷と痣でボロボロだった。

 フォインセティアがその気なら顔面血まみれだったろうに、主人の弟だから手加減したんだな。


 ムシリカは俺が差し伸べた手を無視して立ち上がった。

 ふらふらしているが、まぁ大丈夫そうだ。


「姉貴もクォーツに来てるのか?」

「そうだ」

「今どこに?」

「今は事情があって別行動している」

「そうかよ……」


 頭が冷えたのか、ムシリカは落ち着いた様子で大弓を背負った。

 そして、壁に突き刺さった矢のもとまで歩いていくと、それを引き抜いて矢筒へと戻す。


「ようやく落ち着いて話せるな」

「チィ。……立って話す気はねぇ。どこか落ち着ける場所へ案内しな」

「それじゃあ――」


 俺は周囲を見回しているうちに、〈ゼフィランサス〉の入り口から顔を覗かせているアガパンサスと目が合った。


「――ちょっと部屋を貸してもらってもいいですかね?」


 尋ねた直後、彼女は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。





 ◇





 娼館〈ゼフィランサス〉の客間に案内された俺とムシリカは、そこで小さなテーブルを境にお見合いすることになった。


「……」

「……」


 どう話を切り出そうか考えていると、扉が開いてアガパンサスがカップを二つ持って入ってきた。

 空き椅子のひとつに座るや、彼女はカップをそれぞれ俺達の前に置く。

 この香ばしい匂い――コーフィーだな。


「私も同席させてもらうよ。あんた達が大恩あるリドット様に仇名す存在だったら、たまったもんじゃないからね」


 彼女は鋭い眼差しで俺とムシリカを睨みつけてくる。

 ムシリカはともかく、俺までそんな疑いを向けられるのは心外だ。


「……まず最初に伝えておくが、リドットもジェリカもこの町にいる」

「やっぱりかよ。しかし、姉貴も一緒ってのはどういうこった?」

「元々ジェリカは俺に会いに王都へ来ていた。それから色々あって、リドットがクォーツに居るとわかって会いに来たんだ」

「二人は会ったのか?」

「ああ」

「どうなった?」


 ……それについて詳細を伝えたら、ムシリカは怒りに我を忘れて部屋を出ていってしまいそうだな。


「ちょっとした誤解があって喧嘩別れというか……」

「チィ。クソ野郎が……っ」


 ムシリカは毒づきながら一気にコーフィーをあおった。


「誤解だったんだよ。ちゃんと話し合えば、その誤解は解けると思っている」

「誤解じゃねぇ! リドットのクソ野郎は姉貴をないがしろにして、てめぇの自己満足のためにふらついてやがるんだ!!」

「それは……ある意味で間違っていないかもだけど……」


 リドットはジェリカと上手くいかないことを理由に、各地を旅して回っていた。

 それがジェリカとの溝をより一層深めたことは事実だけど、リドットだっていつまでもそのままでいいと思っているわけじゃない。

 何かきっかけがあれば、あいつもジェリカと向き合う覚悟ができるはず。

 ムシリカがそのきっかけには――


「あいつの顔を思い出したら、まぁたムカついてきたぜ……!」


 ――なりそうもないな。


「で、お前はどうしてリドットを捜しているんだ?」

「姉貴を悲しませたあのクソ野郎を見つけてぶっ飛ばす! そのために故郷(くに)を出て何ヵ月もあいつを追いかけてきたんだ」

「追いかけてきた……?」


 おいおい。

 まさかこいつ、リドットを非難するためにずっと彼を追いかけていたのか?

 もしかしてリドットがアマクニやタイヤンなどを巡っていたのは、ムシリカに執拗に追い回されていたから?

 となると、以前にメディッチ卿が教えてくれた、リドットがルスの工作員とおぼしき人物と接触しているって話も、ムシリカのことだったんじゃ……。


「あの野郎、俺の顔を見る度に逃げやがって。おかげでいくつの国を股にかけたかわからねぇ」


 どうやら間違いないな。

 妻と険悪になっている中、義弟の顔を見れば逃げたくなる気持ちもわかる。

 しかも、姉への愛が重そうな弟ならば尚更だ。


「お前の事情はわかったよ。だけど、リドットもあいつなりの事情や気持ちの整理が必要だったんだ」

「気持ちの整理だぁ!? だったらこんな娼館街(ところ)に留まるかよ! どうせ女どもを囲って楽しんでやがるんだろっ!!」

「それも誤解だって! リドットが人助けせずにはいられない正義感の塊なのは知っているだろう!? クォーツでは特に色々あったんだよ」

「知るか! 姉貴を悲しませるクソ野郎は死、あるのみだ!!」


 う~ん。

 こいつをリドットに会わせたら、かえって状況が悪化しそうだな。

 万が一にでもリドットがクォーツから出て行ってしまったら、ジェリカとの仲を取り持つこともできなくなる。

 ……面倒を起こす前に故郷(ルス)に帰ってくれないかな。


「お前、どうしてそこまでリドットを敵視しているんだ? 別に結婚を認めなかったわけでもないんだろう」

「……その……に…………だよっ」

「え?」

「その結婚式に招かれなかったんだよっ」

「はい?」

「リドットの野郎、よりにもよってエル・ロワなんかで式を挙げやがって……! 闇の時代(あの時期)は国境を越えることが難しくて、俺は式に参列できなかったんだぞ!!」

「ま、まさかそんなことであいつを恨んでいるんじゃ……」

「そんなことだぁ!? 姉貴のウェディングドレス(記念すべき晴れ姿)を見れなかったんだぞ!! そんなこと許されるかぁっ!!!?」

「……」


 ひっでぇ逆恨みだ。

 それってリドットだけが悪いわけじゃないだろうに……。


「弟くんの事情はわかったよ――」


 激昂して身震いしているムシリカをよそに、アガパンサスが呆れた面持ちで口を開いた。


「――で、あんたはリドット様とお姉さんの関係をどうしたいわけ?」

「それは……」

「仲直りしてもらいたいってのが本音じゃないの?」

「ま、まぁ、そうだけど」

「だったら弟がしゃしゃり出てくるもんじゃないわね」

「いや、しかし、俺は姉貴の弟としてだな――」

「夫婦の間に部外者が首を突っ込んだって、何もいいことありゃしないって言ってんのよ!!」


 アガパンサスが不意に机を叩いたので、ムシリカが目を丸くして驚いた。

 俺も驚いた。


「待てよおばさん。俺は弟だぜ?」

「弟だろうと親だろうと、ぎくしゃくしてる夫婦の間を掻き回すような真似するんじゃないわよ。リドット様をぶん殴るとか、馬鹿じゃないの? ややこしくなるだけでしょうが!」

「だってリドットが――」

「だっても何もないわよ。ガキじゃないんだから、そのうち当人同士でけじめをつけるでしょ」

「そ、そんなの待ってられるか! 故郷(くに)まで戻ってきて浮かない顔してる姉貴を見たら、放っておくことなんて――」

「あんた、お姉ちゃん大好きなのね。見た目に似合わず可愛いとこあるじゃない」

「ち、違ぇしっ!! 仮にもユルールの女戦士が男のことで気落ちしてるのはかっこわりーから……っ」


 図星だな。

 ムシリカはシスコンってやつみたいだ。

 しかも割と重度の。


「リドットには時間が必要なんだ。少し様子を見ていてくれないか」

「時間だぁ? ふざけんなよ。一発ぶん殴って、姉貴の前でドゲザと謝罪させれば済む話じゃねぇか!」

「いやぁ、それはどうかな……」


 ……ダメだこいつ。

 放っておいたら絶対にリドット達の間を掻き回すに違いない。


「話しても無駄だったな。俺はリドットの野郎を捜しに行くぜ!」


 ムシリカは立ち上がるや、客間の入り口へと向かった。

 俺が追いかけようとした矢先――


「!?」


 ――バタリと床に倒れてしまった。


「な、なんだ!? どうしたっ!?」


 驚いて駆け寄ってみると、ムシリカは寝息を立てていた。

 ……なぜ寝るっ!?


「あっ。まさか!?」


 ふとテーブルの上に乗っているカップに目が行った。

 次にアガパンサスへ視線を向けると、彼女はニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。


「何か盛ったな!?」

「まぁね。リドット様に迷惑かけそうな連中には眠っていてもらおうと思ったんだけど、あんたは勘がいいのか飲まなかったね」


 睡眠薬入りのコーフィーを出すなんて、この人も無茶をするな……。

 いくらリドットに恩があるからってやり過ぎだぞ!


「俺達を眠らせたら、どうするつもりだったんです?」

「別に殺しはしないさ。でも、リドット様がクォーツから発たれるまでは、裏の犬小屋にでも閉じ込めておくつもりだったさ」

「……冗談きついですよ」

「冗談じゃないからね」


 彼女の顔、本当に冗談じゃなさそう。


 どうやら俺は娼婦達のことを侮っていたみたいだ。

 リドットのためならどんな無茶もやりかねない。

 俺はそんな連中の巣窟に足を踏み入れてしまっていたのだ。

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