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6-031. 娼館街にて

 夕暮れに街が赤く照らされていく。

 表通りの喧騒は静まり始め、暗くなる頃には人気はなくなることだろう。

 そうなれば、逆に人気が増すのは裏通り――娼館街だ。


 娼館街といえば、リドットが気にかけていた女の子――ベリルだっけ。

 あの子とリドットは一体どんな関係だったのだろう。

 最初見かけた時に聞こえてきた会話は、ただ慕っているだけのようには感じられなかったけど。


 このまま宿に戻っても何もすることはない。

 ジェリカのことはネフラとフロスに任せてあるし、俺はリドットの行方を探ることにするか。

 今後のためにも、あいつの居場所は把握しておいた方がいい。


「あいつがいるとしたら娼館街かな」


 リドットがこの町で寝泊まりするとしたら、彼に恩のある娼館街の連中が世話している可能性が高いだろう。


 通りには、路地へと吸い込まれるように入っていく男達の姿が目に付く。

 奴らの行く先は裏通り――娼館街に違いない。

 俺は彼らの後について、薄暗い路地へと足を踏み入れた。





 ◇





 まだ完全に日は落ちていないのに、裏通りはやけに薄暗い。

 ただでさえ狭い通りを、高い建物が日を遮っているからだろう。

 しかも、トロルの襲撃に遭ったというだけあって修繕中の建物が目立つ。


 通りには、ランタンを持つ女達が蠱惑的な笑みで道行く男を迎えていた。

 露出度の高い服装、それに首に巻かれた淫魔(リリートゥ)柄のチョーカーからして、彼女達は娼婦だな。

 娼館街の入り口はまだ先なのに、すでに客の取り合いは始まっているわけだ。


「ねぇ、お兄さん。時間があるならウチのお店はどうかしら? サービスするわよ」


 娼婦の一人が猫なで声で話しかけてきた。

 けばけばしい化粧をした女で、わざとらしく胸元を開いて迫ってくる。

 甘ったるい香水が鼻につくな。


 尋ね人を捜している……と言ったところで冷やかしだと思われるかな。

 でもまぁ、手がかりもないしリドットの名前を出して様子を見ることにしよう。


「リドットって男を捜している。どこにいるか知らないか?」

「え……リドット様を!?」


 さすが娼館街の救世主。

 娼婦には当然のように知られているようだな。


「あんた、あの人に何の用?」

「知り合いだ。会って話がしたい」

「……あんたもあの男(・・・)の仲間なの」

「あの男?」

「言わないよ。あたしらはあの人に恩があるんだから!」

「ちょっと待った。あの男って誰のことだ?」

「帰りな! あたし以外の女に聞いたところで答えは同じさっ」


 彼女は俺を睨みつけるや、元居た場所へと戻っていってしまった。


 俺以外にもリドットを捜している奴がいるのか。

 もしかしてあいつ、何か面倒事に巻き込まれているのか?

 そういえば、リドットにはルス帝国の間者(スパイ)じゃないかって疑惑があったけど……まさか、な。


「ったく。聖人ともあろう者が何やっているんだよ!?」


 そこからほんの少しばかり歩くと、娼館街の入り口を示すアーチが見えてきた。

 アーチの先では娼婦が縁石に沿って並んでいて、通りかかる男達に我先にと声を掛けている。

 さすが裕福層エリアだけあって、道行く男はいい服を着た連中ばかり。

 そんな中、いかにも冒険者然とした俺の服装は浮いているな。


「お兄さん、冒険者? ウチに寄ってきなよ。元冒険者の子もいるよ?」

「そっちよりこっちの方がサービスいいよ! どんなハードなプレイだってしてあげられるからね!」

「ちょっと! あたしが先に声かけたお客だよっ」

「早いもん勝ちだって? 選ぶのはお客さんだろぉ!」


 俺が返答する間もなく、二人の娼婦が路上で言い合いを始めた。

 しかも、俺の両腕を掴んで互いに引っ張り合いまで始めてしまう。

 彼女達の胸が腕に当たるので、色々とむずがゆい。


 その時、通りを歩く人の中に見知った人物を見つけた。

 橙色(オレンジ)の髪に、そばかすのある頬――あれはベリルだ。間違いない!


 雑踏の隙間を縫っていくベリルは、ある娼館の扉を開いて中へと入っていった。

 そこは周囲の娼館に比べて、ひと際大きな建物だった。


「ちょっとごめん!」

「あっ」「待って」


 俺はすがり付いてくる娼婦達を躱して、ベリルの入った娼館の扉を開いた。

 扉を開けた瞬間、中から甘いお香の臭いが漂ってくる。

 そして――


「……!」


 ――ホールには女達がずらりと並んでおり、俺はその視線を一身に浴びた。


 女達は揃って淫魔(リリートゥ)のチョーカーを首に巻き、ほとんど下着姿と言ってもいいくらいの半裸の恰好でたたずんでいた。

 その人種も年齢も様々で、俺の価値観から言っても美人揃いだ。


「いらっしゃいませ。初めての方ですわね」


 最初に話しかけてきたのは、奥から出てきた妙齢の女性だった。

 周りの女性に比べると露出も少なく、首にはチョーカーも巻いていない。

 その身なりと雰囲気から察するに、娼館の経営者(オーナー)のようだ。


「一等娼館〈ゼフィランサス〉へようこそ。わたくし、当館の館長を務めるアガパンサスと申します」


 一等娼館か……。

 娼館街でも特に高級店ということらしい。


「見たところ冒険者のようですわね。どういった子がお好みかしら?」

「……ここに小さな女の子が入ってきませんでしたか?」

「なるほど。承知しました」

「え?」


 アガパンサスと名乗った女が娼婦達の列を指さすと、その中から数人が抜け出て俺の前まで歩いてきた。

 彼女達はいずれも10歳程度の女の子だ。


「見た目は子供ですけれど、しっかり仕込んでありますわ。どれにいたしますか? それともまとめて?」

「……」


 女の子達の顔を覗いてみると、俺を怖がる様子もなく微笑をたたえている。

 しかし、その目はまるで死んだ魚のよう。

 ……成人した女性ならまだしも、こんな子供達までこんな場所で働かざる得ないなんて、吐き気を催してくる。


 俺は彼女達を押し退けて、アガパンサスへと詰め寄った。


「な、なんです?」

「リドットという男を知っていますね?」

「!? あなた一体……」

「俺は〈ジンカイト〉の者です。リドットがここに居るのなら、彼の元へ案内してもらえませんか」


 アガパンサスの表情が変わった。

 さらに、周りの娼婦達もざわつき始める。


「俺は騒ぎを起こしに来たわけではありません。リドットと面会したいだけです」

「……〈ジンカイト〉であるという証明はできますか?」

記章(これ)が証明になります」


 俺は冒険者タグについているギルド記章をつまんで見せた。

 しばらく記章を見入っていた彼女は――


「申し訳ありませんが、〈ジンカイト〉の記章なんて覚えていませんわ」


 ――疑心の目で俺に向き直った。

 確かに誰もがギルドの記章を覚えているわけじゃないよな……。


「会わせろとまでは言いません。あいつが寝泊まりしている場所がわかれば――」

「わたくしからお話できることはありませんわ」

「……本当に〈ジンカイト〉の仲間なんですよ、俺」

「どうだか。あの男(・・・)の使いで来たのではありませんこと?」


 またあの男か……。

 一体誰だよ、その男ってのは。


「当館をご利用でないのなら、どうぞお引き取り下さい」

「いや、ちょっと――」

「お引き取り下さい!」


 アガパンサスに睨まれた。

 見れば、娼婦達も俺に敵意のこもった眼差しを向けている。

 ……完全な悪者じゃないか。


 リドットがベリルと親しい関係にあるのなら、ここで世話になっている可能性は高いと踏んだが、どうも状況が悪い。

 ここはいったん引き下がった方がよさそうだ。


「また来ますよ」

「冷やかしならば結構!」

「なら、あいつが戻ったら伝えてください。俺が〈火竜の癒し亭〉にいることを」

「……あなたのお名前は?」

「ジルコ・ブレドウィナー」

「誰か知ってる子いる?」


 その問いに、娼婦達は全員が揃って首を横に振った。

 俺の知名度は娼館街にまでは及んでいないらしい……。


 アガパンサスが入り口を指で指すと、近くにいた娼婦達が扉を開いた。

 さっさと出ていけってことね。


「あいつは俺の大事な仲間なんです。俺が来たことだけでも伝えてください」

「次回はお客様としてのご来訪を心よりお待ちしております」


 すっかり警戒されてしまったようだ。

 俺は追い立てられるような気分で入り口へと(きびす)を返した。


 娼館を出ようという時、長身の男が入れ違いで入ってきた。

 男はフードを深々と被っていて、顔は見えない。

 背中にはエル・ロワでは珍しい武装――大きな弓と矢筒を背負っている。

 すれ違いざま、異様な雰囲気を感じて俺は足を止めてしまった。


「いらっしゃいませ。初めての方かしら?」

「……」

「一等娼館〈ゼフィランサス〉へようこそ。わたくし、当館の館長を務めるアガパンサスと申します」

「……」

「どういった子がお好みかしら?」

「……」

「お客様……?」


 フードの男はアガパンサスのことを無視して、ホールを見回している。

 まるで誰かを捜しているようだ。


「お客様。どんな子がいいか言っていただければ、わたくしが選んで――」

「リドットはどこだ?」

「え」

「あの野郎がここにいることはわかってる。連れてこい」

「な、何なんですあなた!?」

「さっさとリドットを呼び出せ!!」


 男は凄んだ直後にフードを下ろした。

 その素顔は――


「もたもたしてると噛み殺すぞ!!」


 ――小さい釣り目に尖った鼻先、顎にかかるほどの大きく鋭い犬歯。

 それに加えて薄灰色(ライトグレー)の体毛。

 こいつ、セリアンのオオカミ族だ。


「あ、あなた例の狼男ですね!?」

「例の狼男だってぇ? 俺のこと知ってんのか、おばさんよう!?」

「先日、娼館街で暴れ回った人でしょう! よくもまた顔を出せたものね!?」

「ああ? 暴れたってほど暴れてねぇよ! 火の粉を払っただけだ!!」

「よく言うわ! 娼館街の用心棒を何人も医療院送りにしておいて……あなたこそわたくし達にとっての火の粉よっ!!」


 ……問題はいつも向こうからやってくるな。

 否。まるで俺が問題を引き寄せているかのようにすら感じてきた。


 このセリアンの男がどんな目的でリドットを捜しているか知らないが、止めないわけにはいかない。


「おい」

「……あぁ!?」

「女性にそんなに凄むなよ。格好悪いぞ」

「なんだぁ? てめぇはぁ!?」


 男が歯を剥き出しにして詰め寄ってきた。

 俺の前で足を止めると、奴はこちらの顔を覗き込むように威圧的な表情で見下ろしてくる。

 明らかに脅かそうとしているが、ゾイサイトの圧に比べれば可愛いもんだ。


「店頭で騒ぎを起こすような真似は控えろよ。女を脅すなんてダサい真似もな」

「てめぇ……俺を舐めてんのかぁ?」

「お前、リドットとどんな関係なんだ?」

「あぁ? てめぇ、あのクソ野郎を知ってんのかぁ!?」


 この口ぶりから察するに、リドットに恨みがあるのか?

 あいつが人に恨みを買うなんてあまり考えられないんだけど……。


「あの野郎、どこにいやがる!? 居場所を言えぇぇぇっ!!」

「知らない。知っていたとしても、お前みたいな礼儀知らずには言わない」

「上等だコラァァァッ」


 俺の挑発にまんまと乗った狼男は、コートの胸倉を掴み上げてきた。

 すかさずコートを脱ぎ捨てるや、俺はその死角を利用して狼男の背後へと回り込んだ。


「あぁっ!?」


 狼男は手元のコートに視界を塞がれ、俺の姿を見失っている。

 奴が背後()に向き直ろうとする一瞬の隙をついて、意識の向いていない膝の裏を蹴りつけた。

 その不意打ちに奴の膝は折れ曲がり、体勢を崩したところ――


「な、なんだぁぁっ!?」


 ――肩口を掴んで床に引き倒した。

 すかさずその上にまたがり、首を押さえつけて拘束完了。

 この状況では抵抗すらできまい。


「ぐおぅっ! て、てめぇここの用心棒かぁっ!?」

「通りすがりの冒険者だ。お前、何者だ?」

「けっ。女買いに来た客かよ!? 金で愛を買って何が楽しいってんだ!?」

「お前なぁ、勝手な誤解するなよ。俺はリドットを捜しに立ち寄っただけだ」

「てめぇ、なんであのクソ野郎を捜してやがるっ!?」

「俺は〈ジンカイト〉の人間だ。仲間の行方を追うのは当然だろう」


 言った傍から狼男の様子が変わった。


「〈ジンカイト〉だぁっ!? ちょうどいい!!」

「……?」


 不意に、ホールに風が巻き始めた。

 この建物に窓はないし、すでに入り口の扉は閉まっているから、風が入り込んでくる余地はない。

 ひとりでに風が起こっているとしたら、それは――


「あの野郎の居場所、吐かせてやるぜぇぇぇっ!!」


 ――こいつ、風の精霊奏者(エレメンタラー)か!


 突如発生した強風が俺の体に吹き付けてきた。

 なんとか抵抗しようと試みたが、間もなくして俺の体は宙に浮き、扉を破って外へと追い出された。

 通りに転がり出たことで、あやうく雑踏へと突っ込むところだ。


「殺されたくなきゃあ、あのクソ野郎の居場所しゃべりやがれぇぇぇっ!!」


 娼館から出てきた狼男は、背負っていた弓を構えて矢をつがえ始めた。

 それを見て、通りを歩いていた連中からは悲鳴が上がる。

 ……騒ぎが大きくなっちまった。


「くそっ。なんでこういつもトラブルが舞い込むんだ!」


 立ち上がり様、俺はホルスターに手を伸ばした。

 そのさなか、マントの下に見えた狼男の服装に既視感が芽生えた。

 奴の着ている独特の民族衣装は、ルス地方の遊牧民(ノーマ)のものじゃないか。

 それに気付いた瞬間、俺は奴とある女性の姿が重なった。


「まさかお前、ジェリカの親族か!?」

「てめぇ、姉貴を知ってんのか。いや、〈ジンカイト〉なら知ってて当然か」


 姉貴……お姉さん……つまりこいつは……。


「ジェリカの弟かよ!?」

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