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6-030. 胸騒ぎ

 狭い部屋で傭兵らしき連中に囲まれた現状、選択肢は二つしかない。

 ひとつは、抵抗してなんとかこの場を脱出する。

 もうひとつは、大人しく降参して投降する。

 ……どちらを選ぶにしても、まずは町長から俺を偽者だと判断した理由を聴きだしたいな。


「モリオン町長。なぜ俺が偽者だと思うんです?」

調査(リサーチ)が足りんな。いや、タイミングが悪かったと言うべきか」

「え?」

「本物のジルコ・ブレドウィナーなら今、サンストンの町に戻っておるぞ。あそこは彼の故郷じゃったな」

「え……えぇっ!?」


 サンストンに帰っているって……俺が?

 確かにサンストンには数日前に立ち寄ったけど、俺が訪れたことは家族以外に知られていないはず。


「それ、どこから出た情報です?」

「今朝にはその件で新聞が発行されておるわ!」

「……マジですか」


 新聞に載ったとなると、サンストンに俺が現れたっていうのは本当らしい。

 俺の偽者が故郷にいるなんて気持ちが悪い。

 まさか母さんやラチアに何かあったなんてことはないよな……?


 傭兵達が銃剣(ソードガン)を構えて俺に向かってくる。

 少し後ずさっただけで、俺の背中はすぐに壁にぶつかってしまった。


「くっ」


 この傭兵ども、隙のない動きだ。

 さすが町一番の宿だけあっていい傭兵を雇っていやがる。

 こいつらが相手となると、誰も傷つけずに逃げるのは無理だな。

 かといって、投降して無罪放免になるまで拘束されるのもごめんだ。


「この記章は本物ですよ!」

「そんなものいくらでも偽造できる」

「ギルド記章の偽造は重罪ですよ!!」

「モラルのない盗人ならばそんなこと関係ない。それに――」

「それに?」

「ブレドウィナーの宝飾銃(ジュエルガン)は二丁ではなく一丁。しかも、もっと大きな物だ。やはり調査(リサーチ)が足りん」

「……!」


 そんな古い情報、調査(リサーチ)が足りないのはそっちだろうが!

 ……と言っても無駄だな。


 その時、女が俺と町長の間に割って入ってきた。


「もういいかげん諦めなさい。クォーツの傭兵ギルド〈アンブレイカブル〉の精鋭からは逃げられません」


 この女、さっき俺に杖を投げつけてきた奴だ。

 地味で清潔そうな服を着ているからてっきり介護士かと思っていたが、こいつも傭兵ギルドの人間か。


「メノウ。お前の読みが当たったな」

「ええ。当たってほしくない時にばかり当たる読みで困りますわ」


 この女、名前の響きからしてアマクニ出身者だな。

 黒い髪色じゃないから気が付かなかった。

 染めているのか……?


「あんた達、勘違いしている。俺は本物のジルコ・ブレドウィナーだ!」

「それを確かめるためにも一度身柄を拘束させていただきたいわ」

「ダークブルーダイヤはこの町に置いておくべきものじゃない! 事情を説明させてください!!」

「時間稼ぎかしら? 仲間の助けを待っているのなら無駄なことよ。すでに宿の外はわたくしの部下が包囲しています」

「だーかーらっ! 誤解ですって!!」

「誤解だったらあとで謝ります。さぁ、彼を拘束して!」


 メノウの号令がかかるや、傭兵達が突っ込んできた。

 連中の手を払い除けられたのは最初の数秒――すぐに数人がかりで組み伏せられてしまった。


「ぐっ。俺は本物だって!」

「それはこれから調べます。ウチには聖職者(クレリック)がいないから泥臭い尋問になるけれどね?」

「拷問も辞さないってか。とんだ精鋭揃いだな、おたくのギルドは!」


 俺の反抗的な態度が癪に触ったのか、メノウは地面に突っ伏す俺の顎をつま先ですくい上げた。


「そんな様でずいぶん強気に出るのね? 立場をわかっているのかしら」

「無実だからな。当然だろう」

「徹底的にやるのがウチの信条なのよ、坊や。望むならサンストンから本物を呼んでお見合いさせてあげましょうか?」

「……ぜひ頼むよ」


 後ろ手に縛られた俺は、宝飾銃(ジュエルガン)を二丁、さらにコルク銃に防刃コートまで奪われてしまった。

 まずい状況だ。

 ネフラやフロスとも連絡が取れないし、モルダバとムアッカはこんなことになっていると知った途端、俺を見捨てて逃げ出すだろう。

 どうしたものか……。


「こいつの銃、やけに小さいが……おもちゃか?」

「ドラゴグの回転式拳銃(リボルバー)ってやつじゃないのか。サイズ的にはそのくらいだったはずだ」

「やけに軽いぞ。材質は鉄……じゃなさそうだな、何だ?」


 俺から取り上げた宝飾銃(ジュエルガン)を傭兵達が観察している。

 ミスリルを見たことも触ったこともないのか、こいつら。

 確かに希少品だが、武装する職業なんだから知っておけってんだ。


「これどうやって弾を込めるんだ?」


 傭兵の一人が興味深そうに宝飾銃(ジュエルガン)をいじり始めた。

 ……おいおい。

 宝石は装填口に詰めたままなんだぞ。

 まさか引き金を引いたりはしないよな――


「うおわぁっ!?」


 ――と思った直後、いきなり不安が的中した。

 傭兵が唐突に引き金を引きやがったのだ。

 ろくに力を込めていなかったせいで、光線が射出された瞬間に銃身を握る手が跳ね上がった。

 そのせいで銃口があらぬ方向を向いてしまい、光線は床から壁を伝って天井まで焼き切ってしまう。

 幸いなことに、射線上には誰もいなかったから犠牲は出なかったが、下手すればバラバラになった遺体がいくつもできあがっていたところだ。


「ひ……ひいぃっ」


 宝飾銃(ジュエルガン)を誤射した傭兵は腰を抜かしてしまっている。

 周りの連中も唖然とした表情だ。


「ほ、本物だ……! これ、本物の宝飾銃(ジュエルガン)ですよ!!」


 事態を眺めていた傭兵の一人が叫んだことで、俺は部屋中の視線を一気に集めることになった。

 宝飾銃(ジュエルガン)は、世間に知られている情報としては世界に一丁。

 しかも、それを持つのは〈ジンカイト〉のジルコ・ブレドウィナーのみ。

 つまり必然的に俺の素性も証明されたわけだ。


「あなた、ジルコ・ブレドウィナー氏ご本人でしたか……」


 メノウが引きつった顔でつぶやいた。





 ◇





 誤解が解けた俺は、改めてソファーに座って町長と向かい合っていた。

 部屋に押し入ってきた傭兵達は慌ただしく出ていき、ただ一人、彼らの長であるメノウだけが残った。

 もっとも、壁際でそわそわしていて落ち着きのない様子だが。


「誠に申し訳ございませんでした、ジルコ殿!」

「お気になさらず」

「今回の件はどうお詫びすればよいか……」

「怪我人もなく誤解が解けたわけですし、気にしないでください」


 まぁ、俺の頬には小さな痣ができたけどな。

 そんな俺に平謝りする町長の顔は、先ほどとは別人のようにしおれている。


「で、では話を戻しましょう。ダークブルーダイヤの件でしたな?」

「はい。事情を説明しますが――」


 俺は町長に奈落の宝石について説明した。

 パーズのブラックダイヤとクォーツのダークブルーダイヤ、この二点が魔物を引き寄せる呪われた宝石であること。

 最悪の場合、大海嘯(グリムス・ヴァース)が起こること。

 そして、回収の件はアンバー侯爵も承知の上だということ。

 それらをかいつまんで説明した。


「――なので、ダイヤの提供をお願いした次第です」

「なるほど。そういうことでしたか……」


 町長はか細い腕を組んで、考え込む仕草を見せた。

 素直にダイヤを差し出してくれればいいけど、どう出るかな。


「確かに火急の案件ですな。信じていないわけではありませんが、アンバー侯爵に確認させてもらってもよろしいですかな?」

「それは構いません」

「では、至急パーズへ伝書鳩を飛ばします。今からなら夜までには返答が得られるでしょう。今晩は我が宿にお泊り下さい」

「いいんですか?」

「もちろんです。先ほどのお詫びもございますし、お連れの方がいらっしゃるならば全員にお部屋を用意します」


 ありがたい!

 クォーツ一番の宿にタダで泊まれるなんて、ネフラが喜ぶぞ。


「ご厚意に甘えさせていただきます。連れも後ほど連れてきます」

「お連れ様は何名でしょう?」

「えぇと――」


 リドットはおそらく町のどこかで寝泊まりしている。

 ジェリカは戻ってくるかわからない。

 となると、俺以外にはネフラとフロスの部屋を確保してもらえばいいか。


「――三部屋お願いできますか」

「承知しました。すぐに用意させますので、少々お待ちください」


 その後、俺は応接室からメノウに連れ出されてロビーへと案内された。

 ここで部屋の用意ができるまで待てとのことだ。


「ジルコ氏。今回は本当に申し訳ございませんでした」

「もう忘れましょう、メノウさん」

「その……侮辱的な態度を取ったこともお許しくださいますと……」


 俺の顎を足ですくい上げた件か。

 あんなサドっ気ある行為、クリスタ以外にする奴がいるなんて驚きだったな。


「えぇと、それ何のことでしたっけ。もう忘れました」

「ありがとうございます。本当、お恥ずかしい……」


 彼女は畏まって頬を赤くしている。

 相手が盗人じゃないとわかった途端、えらい変わりようだ。

 町長と同じく、きっと外面が良いタイプなのだろう。


「では、わたくしは警備に戻ります。何かありましたら警備の者へお声がけください」


 そう言って、メノウはそそくさと廊下を歩き去っていった。


 一人になったところで俺はようやく落ち着くことができた。

 とはいえ、ロビーでは宿泊客らしい連中がまばらに談笑している。

 子連れの男女に、年配の夫婦、さらに服装からしてルスやアヴァリスからの旅人までいる。

 おそらく全員が貴族や商人なのだろうが、そんな連中の中で一人ぽつんとしている俺はすこぶる居心地が悪い。


「おお、いたいた!」

「ん?」

「何か騒ぎに巻き込まれてたみたいだな、ジルコ」

「お前達か……」


 俺に話しかけてきたのは、モルダバとムアッカだった。

 二人が宿に戻ってきたということは、例の依頼主の素性を掴んだということか?


「依頼主の女のことで何かわかったのか?」

「いや、何も」

「何もかよ! ……何しに来たんだ?」

「何って、部屋を取ってるから戻ってきただけだ」

「そうかよ」

「お前こそ何があったんだ?」

「ジルコを名乗る偽者だと疑われて、捕り物があったんだよ」

「ははっ。お前、本人だと信じてもらえなかったのかよ!」

「笑いごとじゃない……」


 この残念さは当事者にしかわからないだろうな。


「でも、何で疑われたんだよ。お前、ちゃんとギルド記章つけてんじゃん」

「サンストンに俺の偽者が現れたらしい」

「お前の偽者ぉ~?」

「俺も一応、英雄だからな。偽者が出てきてもおかしくはないが、まさかよりによってサンストンに出るとは思わなかった」


 サンストンに現れた偽者の目的が気になる。

 俺を装うにしたって、家族がいるサンストンは危険すぎる。

 母さんやラチアに鉢合わせするリスクを負ってまで、どうして偽者はサンストンに現れたんだ……?

 念のため、あとでサンストンに伝書鳩を飛ばしておくか。


「で、ダイヤの件はどうなったんだ?」

「その件なら解決しそうだ。町長がパーズのアンバー侯爵に確認を取り次第、ダイヤを受け取れると思う」

「そうか。ブラックダイヤはどうする? もう渡した方がいいか?」

「まだ銀行に預けておいてくれ。手元に曰くつきの宝石なんて置きたくない」

「そりゃそうだ」


 思いのほかあっさりと解決しそうなので、拍子抜けしてしまうな。

 こうなると、ネフラ達がジェリカを見つけてくれることを祈るばかりだ。

 ジェリカとリドットの関係が改善しないことには、ゆっくりと溶岩風呂に浸かれやしない。


「なぁジルコ、集めた宝石ってどうするんだ?」

「グロリア火山の火口にぶち込む」

「火口に? 処分するにしたって、なんでそんな面倒な真似を……」

「そこまでしないと呪いは晴れないってことさ」

「わけわかんねぇ」


 ……それでいいさ。

 協力関係にあるとはいえ、部外者にこれ以上のことを知られたくない。

 奈落の宝石が六つもあって、そのうち四つがヲピダムで封印されているなんて、知る者が少ないに越したことはない。


 不意に、ムアッカが空中を手で払っている姿が見えて目を引いた。

 何をやっているんだ?


「どうしたんだ、ムアッカ」

「んあ? なんだかハエがたかってきやがってよぅ」

「ハエ……」


 見れば、確かにロビーを飛んでいくハエの姿が見えた。


「こんな豪勢な宿にもハエが飛ぶもんなんだな」

「いや。それは……おかしいだろう……」


 仮にも一流の宿にハエが飛んでいるなんて、違和感が過ぎる。

 まさか……まさかだよな?


「覗かれていたってことは……ない……よな……」

「んだそりゃ? 覗かれるって何のこっだ?」

「いや、こっちの話」


 以前、クリスタがハエを操って俺の行動を監視していたことを思い出した。

 ハエを媒介にした盗聴魔法――それは、実に多くの情報を彼女にもたらしていた。

 まさかその類の魔法で誰かが俺を監視している……?


「おっ。またハエがこっち来たぞ。撃ち落とせ、ムアッカ!」


 ゆっくりと近づいてくるハエに胸騒ぎを感じ、俺は逃げるように宿から飛び出した。

 思い返せば、サンストンを出てから何度かハエを目にした覚えがある。

 ハエなんだからどこにいたって不思議じゃないのだが、クリスタの件があっただけにどうにも気に掛かってしまう。


「……ジェリカは見つかっただろうか」


 暮れ始めた空を見上げながら、俺は独り言ちた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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