2-017. ジルコVSジャスファ②
激しく動き回ったためか、足の裏に痛みが戻ってきた。
左腕は痛むが動かすのには何ら問題はない。
俺は左手で銃身を支えて、ゆっくりと銃口をジャスファへと向ける。
……動かない。
ジャスファがミスリル銃の銃口を向けられて微動だにしないのは、俺の指先の動きを見ているからだ。
引き金を引いて光線が射出されるまで、ほんのコンマ数秒。
ジャスファの反射神経ならば、その刹那に光線を避けるのも可能だ。
この距離で光線を躱されたら、一呼吸の間に俺の喉は確実に切り裂かれる。
「……」
「……」
沈黙。硬直。頬を伝う脂汗。
相手に一切の情報を与えないようにして互いを牽制し合っている。
喉が渇いてきた。腹も減った。
こんなヒリヒリした瞬間は魔王との決戦以来だ。
そんな中、ジャスファがゆっくりと手を動かし始めた。
右手に握っていた短剣をぽいっと放り投げたのだ。
それは本当にゴミでも投げ捨てるかのような無造作な動きだった。
「!?」
短剣は、俺と彼女のちょうど中間に位置する地面へと突き刺さった。
自ら武器を捨てるとはどういうつもりなのか?
俺はジャスファの意図が読めずに困惑した。
ジャスファはさらに妙な動きをする。
左手に残った短剣を少し前に突き出し、その柄頭についている飾り布を右手で掴んだのだ。
……わからん!
一体何をしようとしているのか?
「無知は罪だな」
ぼそっとつぶやいたジャスファは、急に飾り布を引っ張った。
するとなんと。
短剣の鍔から先の刃だけが俺に向かって飛んできたのだ!
これにはさすがに驚いた。
刃だけ銃のように射出できる剣なんて想像したこともない!
俺のコルク銃のように空気圧で飛ばしているのか?
いやいや。今はカラクリを考えている場合じゃないっ!!
「うおわぁっ!」
飛んできた刀身がミスリル銃の銃口に当たり、俺は大きくグラついた。
と同時に、ジャスファが地面を蹴って向かってくる。
途中で地面に刺さっていた短剣を引き抜き、瞬きするより速く俺との間合いを詰めて得物を一閃した。
ジャスファの一振りで俺の髪の毛がパラパラと散るのが見える。
すんでのところで上体を逸らして難を逃れたが、一向にジャスファから離れられない。
このままだとジリ貧だ……。
俺は少しでもジャスファから離れようと後退するが、すぐにその間を潰されてしまう。
しかも、あと3mも後退すれば壁に背をついてしまう。
ジャスファが巧みに俺の逃げ道を誘導していたのだ。
「早くっ! 死んじまえよっ! クソ野郎っ!!」
踊るような太刀筋に翻弄され、俺は彼女の短剣を銃身で受けるのがやっと。
さらに壁を背にしては、もうミスリル銃での反撃は望めない。
その時、ジャスファはどういうつもりか後方へと飛び退いた。
俺は攻撃を止めたことを不審に思ったが、その隙に銃身を彼女へ向けた。
だが、その時になってジャスファの狙いがわかった。
ジャスファは地面に落ちていた自分のポーチをつま先で蹴り上げ、宙に舞ったそれを短剣で斬りつけた。
裂け目ができたポーチは、中身を周囲に散らかしながら俺へと向かってくる。
飛び散っているのは……まきびしだ!
「ぐあっ!」
避けられる距離と数とタイミングじゃない。
俺は大量に飛び散ったまきびしを正面から受けてしまった。
顔に胸に腕に足に、あちこちから鋭い痛みが襲ってくる。
さらに悪いことに、ドンッと建物の壁に俺の背がぶつかった。
完全に追い詰められてしまった。
「死ぃねぇぇぇっ!!」
狂気の笑みを浮かべた悪魔が、短剣を振りかぶって飛び込んでくる。
俺はここで死ぬ――
「……!!」
――わけにいくかっ!
俺はミスリル銃をジャスファへと投げた。
投げつけるわけではなく、ひょいっと放り投げたのだ。
それは、わずか一瞬でも長くジャスファから俺の姿を隠すため。
「馬鹿かっ――」
ジャスファは自分の顔に向かって放り投げられたミスリル銃を空き手で払い除けると、そのまま右手の短剣を俺へと突き出した。
それでいい。そのまま突っ込んでこい!
「――あっ!?」
ごくわずかな時の中、彼女は俺が左手に構えたコルク銃を見て目を見開いた。
今さら気づいてももう遅い。
「コルク栓も痛いぜ」
銃口からジャスファまで数十cmの距離で、俺はコルク銃の引き金を引いた。
空気圧で押し出されたコルク栓はジャスファの眉間に命中し――
「……っ」
――彼女は声にならない声をあげ、体を弓のように反り返らせながら倒れていく。
その地面には、彼女自身がばら撒いたまきびしが大量に散らばっている。
ジャスファが背中からまきびしの上に倒れ込む――
「おっと」
――というところで、ギリギリ俺は彼女の体を抱きかかえた。
「……痛っ」
俺の足の裏に新しい激痛が走る。
足を踏み込んだ時、うっかりまきびしを踏みつけてしまっていた。
「あぁ~……くそっ。めちゃくちゃ痛ぇ!」
俺は抱きかかえたジャスファの顔を覗き込んだ。
ジャスファはピクリとも動かず、白目を向いて気絶している。
眉間からは、赤い血を伝わせて。
「少しは反省しろ、じゃじゃ馬め」
俺は全身の力が抜け、その場にゆっくりと両膝をついた。
すると張り詰めた糸が切れたかのように、急に全身が痛み出した。
「あっ、あいちちちっ!」
ようやく、やっと、今度こそジャスファを制した。
最後の最後、不意にコルク銃の存在を思い出さなければ殺されていた。
俺はすぐ傍に落ちているコルク栓に目を移した。
コルク栓の先端からはコルクが剥げ落ち、内側から鉛色の塊が見えている。
コルク銃とは名ばかり。
実際のところコルク栓に擬態した鉛玉なのだ。
だから普通の人間に使う時は、壁などを跳弾させて威力を弱めた上で撃ち込むのが定石だ。
ジャスファの場合、こいつをまともに撃ち込むくらいしないと堪えない。
……もっとも、もうひとつの細工は幸か不幸か使うことはなかったが。
「だ、旦那……」
少し離れた場所から、取り巻き達が話しかけてきた。
「姐さん、まさか!」
「し、死ん……!?」
本当に手下に大切に思われてるな、この女は。
こいつもこいつなりに、あいつらを大切にしてきたってことだろうか。
「生きてるよ。気を失っているだけだ」
「よか……ったぁ……!」
ジャスファの無事を確認できて、取り巻き達も気が抜けたようだ。
三人とも死んだ魚のようにぐたっと地面に横たわってしまう。
「……なぁ、お前達」
「へ、へいっ! なんでございましょ」
ジャスファとの戦いを制したからと言って、終わったわけじゃない。
俺には、まだ一番大事な後始末が残っている。
「ジャスファを運ぶの、手伝ってくれないか」
取り巻き達は互いに顔を見合わせて、口を揃えて言った。
「「「喜んでっ!」」」