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6-022. 酋長との謁見

「おぬしらの緊張をほぐすためだったのじゃが、お気に召さなかったかのう?」

「いやぁ~……」


 トロルが冗談を言うなんて初めて知った。

 世の中に出回っているトロルの文献は嘘ばかりか!


「すまんな。ヘロスが無事であることから、おぬしらに敵意はないと見込んだ。ヒトの都からの交渉係とお見受けするが、いかがかな?」

「そ、そうです。俺達は話し合いで解決できればと思っています」

「外に使いを出した以上、こうなる可能性も考慮していた。問答無用の襲撃よりは遥かに理性的な選択じゃったな」


 このトロル、ずいぶん大陸共通言語(アムアータング)を使い慣れているな。

 もしかして人里で暮らしたことがあるのか?


「なぜあなた方がパーズを襲撃してきたのか理由を知りたい。トロルらしからぬ蛮行に、我々としても困惑しています」

「それには深い事情(わけ)があっての。あれ(・・)をおぬしらが素直に渡すとも思えぬから、力づくで奪う判断を下した」

「あれとは、ブラックダイヤのことですね?」

「そうじゃ。あれをヒトの地に留めておけば、大いなる災いを招くじゃろう。一刻も早く火口に葬らなくてはならない」


 今の言い方から察するに、あのダイヤをグロリア火山の火口に放り込むつもりなのか。

 宝石ひとつ処分するのに随分と仰々しいじゃないか。

 まさか火口に棲んでいるドラゴンに捧げるってわけじゃないよな……。


「大いなる災いとは?」

「おぬしらの国が滅びかねん事態が起こる、とだけ申しておこう」

「深い事情(わけ)とは?」

「言っても信じてはもらえんじゃろうよ」

「確かに、トロル総出でドラゴンの使い走りになるなんて信じ難い事態ではありますね」


 ドラゴンの名を口にした途端、酋長の顔色が変わった。

 トロルの表情変化はわかりにくいが、警戒の色を浮かべているように見える。


「……ヘロスか。お喋りな奴め」

「ドラゴンと直に会わせていただけませんか?」

「会ってどうする気じゃ」

「エル・ロワにとって危険な存在となり得るのか否か、それを確かめたい」

「もしも危険な存在だとしたら、どうするね?」

「……その時は、エル・ロワを守るために戦います」

「そうか。よくわかった――」


 酋長のしかめっ面が俺の緊張を煽る。

 皮肉を言った上に、ドラゴンを敵視する発言……機嫌を損ねたか?


「――ドラゴン様を相手に戦うなどと、豪気じゃな! ほっほっほ!!」

「……」


 怒ったのかと思ったら、急に表情を緩めて笑い出した。

 ……トロルの情緒がわからないな。


「ドラゴン様は大自然の意思そのものじゃ。危険とか戦うとか会う会わないとか、そんな概念が通じるお方ではないんじゃよ」

「……そうでしょうね」


 この言い草だと、彼らの裏にいるドラゴンはどうやら組織や個人といった存在ではなさそうだ。

 となるとやはり……。


「ドラゴン様には会えぬよ」

「なぜです!? ここにいるんでしょう?」

「おぬしらがドラゴン様をどう解釈しておるかはわからぬが、あのお方はこの地に在って在らぬもの。そして、わしらヲピダムの民にとっては神そのものじゃ」

「神ですか……」

「左様。そのご意思はある日突然、神託の形で下されるのじゃ」

「神託?」

「古来よりこの地に住むわしらは、霊的素養の高い者の中から巫女を選ぶ。ドラゴン様はその巫女の体を通してお告げを下されるのじゃ」

「それじゃパーズ襲撃を仕切ったのはあなたではなく――」

「ここまで来ていただいて申し訳ないが、おぬしらの要望には応えられん。お引き取り願おうか」


 酋長が俺の言葉を遮って、帰れと言ってきた。

 ここまで来て何の成果もなく帰れるわけがない。


 トロルは神託とやらに従って盲目的に行動しているようだ。

 つまり、トロル達のトップは酋長ではなく巫女。

 今回の件の鍵を握るであろう彼(彼女?)に会うのは、必須事項だな。


「都に戻り、ブラックダイヤを手放すようお偉方を説得しておくれ。それがおぬしらのためにもなる」

「何も解決しません。俺達が帰っても、また別の交渉人が来るだけです」

「同じことじゃよ。ドラゴン様のご意思は絶対じゃ」

「せめて巫女に会わせてください!」

「ダメじゃ。巫女はヲピダムの宝。部外者には会わせられんよ」

「このままじゃ悲惨なことになりますよ!?」

「人間同士の戦は嫌じゃが、それも仕方あるまいなぁ」


 このジジイ、エル・ロワとの戦争も辞さないって言うのか!?

 ヘロス達がそうだったように、仮にすべてのトロルがドラゴンから魔法無効化の護りを授かったところで、物理攻撃が通用するという弱点はわかっているんだ。

 仮にパーズの王国兵と衝突したら、圧倒的な物量差で皆殺しに遭うだけだぞ!

 しかし、これ以上酋長と話しても平行線をたどりそうだ。

 巫女にも会わせてもらえなさそうだし、どうする……?


 俺が頭を悩ませていると、ネフラが唐突に口を開いた。


「巫女さん、体調が芳しくないのではありませんか?」

「なんじゃと」


 ……なんだ?

 酋長の反応が変わった。


「酋長さんのお話から察するに、神託とは精霊による憑依現象と推察されます。彼らがヒトなどに憑依する場合、霊媒となった人間は精神的な疲労が長く尾を引くことが報告されています。巫女さんも今、疲労が回復していないのでは?」

「……仮にそうだとして、おぬしに何ができるというのじゃ?」

「疲労の原因は、精霊が抜け出た後もその残滓(ざんし)が体内に残っているためです。残滓(ざんし)は純粋なエーテルとは言い難いので、致命的とは言わないまでも人間には毒となります」

「その症状は治せるのかね?」

「本来は時間をかけて残滓()が抜けるのを待つ他ありません。しかし、私なら巫女さんの残滓()を即座に抜くことができます」

「……詳しいのう」

「私の故郷でも、祭祀(さいし)のさなかに精霊が巫女に乗り移ってしまうという事故がありましたから」

「ネフラちゃんはリヒトハイム出身かね」

「はい」

「そうか。ならば、この地の者よりはそちらの事情にも明るいか――」


 酋長は少し考えた後、口を開いた。


「――よかろう。我が娘のもとへ行くがいい」


 娘?

 酋長の娘が巫女だったのか。


「実を言うと、ネフラちゃんの言う通りなのじゃ。神託があって以降、娘はずっと寝たきりでのう。命の危険はないが、それでもこうも長引くと不憫でかなわん」


 なるほど。

 俺達に会わせることを渋ったのは、それが原因なのか。


 おそらくネフラは事象抑留(オーバーイーター)によってその残滓(ざんし)とやらを抑留できると考えているのだろう。

 エーテルの類ならば、それはおそらく成功する。

 俺は本当に仲間に恵まれているな。


「酋長さん。巫女さんの治療が無事に済んだら、彼女とドラゴンの神託の件について話すことを許していただけませんか?」

「……ん。娘の恩人とならば、仕方あるまい」

「ありがとうございます!」


 言質(げんち)を取ったぞ。でかした、ネフラ!


「ただし、ひとつだけ忠告しておく!」


 酋長はネフラから俺に視線を移すと、顔色を一変させた。

 さっきまでの穏やかな雰囲気が突然消えてしまったので、急にどうしたのかと思った。


「ジルコくん」

「な、なんでしょうか?」

「これからわしが言うことをしっかり覚えておくのじゃ」

「はい」

「娘をたぶらかしたら、ぶち殺すぞ……!!」

「ひゃい……」


 酋長の見せた戦鬼(オーガ)の形相、一生忘れられそうにない。





 ◇





 俺とネフラとジェリカは、酋長の家の隠し通路を通って集落の裏手へ向かった。

 通路と言っても、化石樹(エント)の幹に生じた広い亀裂をたどっていくわけで、俺達にしてみれば巨大なトンネルと変わりないのだが。


「巫女様コッチ」


 先頭ではヘロスが再び俺達の案内を務めてくれている。

 巫女の世話は彼女の親族――つまり同じく酋長の息子であるヘロスとその兄弟しか行えないしきたりなのだという。

 俺達のような部外者が巫女と会うのも前代未聞とのことだ。


 ヘロスの手には、鋭い凹凸がいくつもある巨大な棍棒が握られている。

 出発する際に酋長がヘロスに手渡した物で、どうやら彼が若い頃に使っていた棍棒らしい。

 道すがら、その棍棒を見たトロル達が、伝説のオーガ・トロルの得物だとか、サイクロプスを一撃で撲殺した棍棒だとか、恐ろしい言葉が入ってきて肝を冷やした。

 あの酋長、若い頃は相当悪名を馳せていたらしい。

 きっとその頃はアムアシア大陸のあちこちにモンスターがいて、殴る相手には事欠かなかったに違いない。

 というか、まさか俺をけん制するために持たせたのか……?


「ツイタ。ココガ、姉様――コホン。巫女様ノイル山ノ神ノ寺院」

「山の神の寺院……」


 トンネルを抜けると、眺めのいい断崖絶壁に出た。

 グロリア火山に連なるワイバーン山脈の山々が間近に見える一方、場違いな花畑が断崖ギリギリまで広がっている。

 綺麗だ……と思ったのも束の間、花畑のすぐ横にはツタに覆われた不気味な建造物が建っているのがわかった。

 それは巨大な石の屋根が数本の石柱で支えられている古代の建築様式で、朽ち果てていると言っても過言ではない程にボロボロだった。


「凄い。この寺院、アステリズム時代の遺跡みたい」

「300年前の建物か」

「そこからさらに数百年は遡るかも。アステリズム時代も長いから」

「そんな大昔の建物がよく風化もせずに残っているもんだな」

「石柱の表面を火山灰が覆ってる。これが風雨から石の侵食を守ってくれたんだと思う」

「それにしても、なんだってこんな辺鄙(へんぴ)な場所に建っているんだ?」

「わからないけど……山の神の寺院と呼ばれていることに関りあると思う」


 ネフラが興奮気味に話す中、ヘロスが寺院へ向かって歩き出した。


「巫女様ツレテクル。ミンナ、ココデ待ッテテ」


 ヘロスは石柱の間を通って、建物の奥へと進んでいく。

 どうやら屋根や柱は入り口の装飾のようで、岩壁をくり抜いて中に広い空洞が造られているらしい。


 ヘロスの帰りを待つ間、ネフラは足元に落ちていた瓦礫で石柱をこすり始めた。

 しばらくして、柱にこびりついた火山灰の下からドラゴンの姿を思わせるレリーフが露わになった。


「やっぱり! ここはドラゴンに所縁(ゆかり)ある場所みたい」

「大昔の人間も竜信仰(ドラゴン・ロウ)を信仰していたってことか?」

「これはそんな新興のものじゃない。遥か昔――何百年も何千年も昔に存在していた、本物の竜信仰」

「本物のって……ドラゴグの人間が聞いたら顔真っ赤にして怒るぞ」

「グロリア火山には昔からドラゴンの伝説が残っていたというけれど、もしかしたら本当に本物のドラゴンが棲んでいた時代があったのかもしれない」

「……生きたドラゴン?」

「そう。モンスターの王様と呼ばれるドラゴン」


 博識ネフラの解説を聞くと、ただの仮説も事実だったんじゃないかと思わされてしまう。

 ドラゴンなんて後世の人間が創作した英雄譚ばかりが有名だから、実在を信じる人間は少ないけど、その素材で造られたとされる武器や防具もあるわけだし。

 ……そういえば、酋長が持っていた杖もドラゴンっぽい形をしていたな。

 彼はおそらく数百歳――もしかしたら千歳を超えるかもしれない。

 それくらい古い時代には、本物のドラゴンが空を飛んでいたなんてことがあったら……夢が膨らむな。


「……」

「ジェリカ?」


 ジェリカがドラゴンの話題に乗ってこない。

 気になって様子をうかがってみると、彼女は山腹を飛んでいる鳥の群れを目で追っていた。

 鳥の群れは一斉に声をあげていて騒がしい。

 俺にはただの鳴き声にしか聞こえないが、鳥語(?)を理解できる彼女にはちゃんとした意味に聞こえているのだろう。


「あいつら何て言っているんだ?」

「黒い奴がきた。また生き物が殺される。怖い、怖い。……といったところだな」

「黒い奴? なんだそりゃ」

「なんとも要領を得ない。だが、彼らの怯えようはただ事じゃないな」


 ジェリカは前にも鳥達が西が怖い、と怯えていると言っていたな。

 今、俺達がいるのはその西――グロリア火山だ。

 それに黒い奴と聞いて心当たりがあるとすれば、魔物くらいのもの。

 もしや(くだん)の魔物が火山の近くに現れているのか……?


 その時、俺の周りを吹きぬけていく風は、なんとも嫌な肌寒さを感じさせた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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