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6-021. トロルの地

 ワイバーン山脈に連なるグロリア火山は、常に火口から噴煙を巻き上げている。

 加えて、山脈の上空ではサーフストリームと呼ばれる気流が起こっている影響で、風向きによっては火山灰が雨のように降ってくる。

 そのため登山にはゴーグルやマントは必須だ。

 他にも人が登るための道など開拓されていないので、急斜面の獣道を進むか、緩やかだが危険極まる溶岩石の上を進むかしかない。

 どちらも軽装ではとても無傷では済まない道だ。


「ヘロス。トロルの集落までどうやって進むんだ? サクッとたどり着けるような秘密の道があるのか?」

「ナイ。ココカラハ歩キ」

「やっぱりね……」


 俺達はヘロスを先頭に、道なき道を進むこととなった。

 しかも、よりによって火山灰が降り注いでいる獣道。

 何もこんな道を選ぶ必要ないだろうに……まさか俺達を罠にかけるためにこんな悪路を選んだんじゃないだろうな?


「気が利くなヘロス! この道なら、なんとか馬車でも通れる」

「本当ハ火山岩(あっち)ノ道ガ近イ。リアトリスノタメ、コノ道ニシタ」

「優しいなヘロスは。このまま案内を頼む」

「ワカッタ」


 ジェリカとヘロスの会話を聞いていて、俺は自分の心が汚れているのでは……と思ってしまう。

 どうしてここまで他人を疑うようになってしまったのか。

 ……これも全部〈バロック〉のせいだ!


 御者台のジェリカを除いて、俺もネフラも馬車を降りていた。

 悪路なので、呑気に荷台の上でくつろいでいるわけにもいかない。

 俺達は馬車の側面に陣取り、足場の悪い土中に車輪が落ちないか確認しながら進まなければならなかった。

 降りそそぐ火山灰は、事前にパーズで購入したマントとフード、それとゴーグルで防ぐことはできる。

 だが、時折漂ってくる硫黄(いおう)の臭いだけはどうしようもない。


「ネフラ。鼻、大丈夫か?」

「大丈夫。鼻よりも目が……」

「目?」


 幌の隙間から反対側を覗いてみると、ネフラが眼鏡の上からゴーグルをつけていた。

 不格好で、まともに前が見えているのか心配になる。


「今は眼鏡よりゴーグルをした方がいいんじゃないか」

「でも、眼鏡を外すと前が見えないの」

「それは……それで危険だな」

「もっと大きめのゴーグルを選べばよかった」


 眼鏡っ子はこういう時に不便だな。

 やっぱり裸眼が一番だ。


 先頭を行くヘロスは、後続の俺達のために邪魔になる岩石や茂みを払い除けてくれていた。

 トロルがここまで気を利かせてくれる種族だとは知らなかった。


「ヘロス。お前は火山灰は平気なのか?」

「平気。慣レテル」


 言いながら、ヘロスは体にまとわりついた火山灰を払い落としている。

 実質、彼が馬車の盾になってくれているおかげで、俺達にはほとんど灰が降りかかってこない。

 あえて身を屈めずに歩いているのも、俺達を(おもんばか)ってのことなのだろう。

 文明社会の中心に生きるヒトより、蛮族と呼ばれるトロルの方が優しいし気が利くなんて皮肉にもなっていないな。


 しばらく悪路を登り続けていると、ジェリカが話しかけてきた。


「昔は山間と言えばモンスターの巣窟だったそうだが、今ではなんとも平和なものよな」

「昔はって……闇の時代より前のことだろう。俺達には伝説みたいなものだよ」

「アステリズム時代だ。確か……300年前だったか?」

「冒険者が冒険していた最後の時代だよな。俺もそんな時代に生まれたかった」


 ジェリカと(いわ)くのある場所を歩くと、いつも冒険者が隆盛だった時代の話になってしまう。

 文献によれば、ワイバーン山脈には様々なモンスターが出現したという。

 四足歩行の人面獣や、巨大な蛇の化け物、牛の頭を持つ巨人――モンスターと分類された奇怪な生き物が確かに存在していた時代があったのだ。

 しかし、今はもうそんな分類がされることはない。

 長い闇の時代のせいで、モンスターと呼ばれた存在は冒険者のロマンと共に消えてしまった。

 ……寂しい限りだ。


「見エテキタ」


 ヘロスが立ち止まって、斜面の上を指さした。

 その先で俺達が目にしたのは巨大な木造建築物だった。


「あれは……門か?」

「おそらくは外敵の侵入を防ぐための防護壁だろうな。トロルサイズだけあって凄まじい大きさだ」


 ジェリカが感心するのもわかる。

 その壁は20m近い高さで、至る所に爪の引っ掻き傷のようなものがついていて、亀裂や陥没が生じている。

 それらの傷は魔法や重火器といった類のものではなく、明らかに物理的に――しかも凄まじい力で一撃されたという印象だ。


「ジルコ。想像力が膨らむな」

「ああ。大冒険時代の傷跡って感じだ!」


 想像するに、トロルよりも明らかに巨大な生物の襲撃跡。

 きっともう何百年も前に残されたものだろう。

 俺はその傷跡を見て早々、心が騒いで落ち着かなくなった。





 ◇





 ヘロスが防護壁の向こう側に呼びかけた後、門がせり上がり始めた。

 防護壁の門は落とし格子のような構造になっていて、内側から何人ものトロルが分厚い縄を引っ張ることで垂直に持ち上がっていた。

 その重量は何百kgになるか想像もつかない。


「ココガ俺ノ故郷。グロリア・(・・・・・)ヴォルカ(・・・・)ヲピダム(・・・・)

「グロリア火山のヲピダム村……ってわけだな。ようやく到着したわけだ」


 ヘロスのあとについて、俺達は門をくぐった。

 馬車が集落に入るや、トロル達に引き上げられていた門が勢いよく地面へと落ちて轟音を響かせる。

 あまりの騒音に思わず身構えてしまったほどだ。


「酋長ハアッチ」


 ヘロスは慣れているのか、今の轟音に何の反応もない。


「……完全にアウェイって感じだな」

「気にするな。敵意を示さなければ、向こうも襲ってはくるまい」


 ジェリカは御者台から降り、リアトリスの手綱を引きながら進んでいく。

 俺とネフラも後に続くが、彼女ほどこの状況を楽観視してはいられない。

 なぜなら俺達の周りには10m前後のトロルが何人もいるのだ。

 しかも、全員が俺達を訝しげな目で見ている。

 この数に一斉に襲い掛かられでもしたら、さすがにひとたまりもない。


 ネフラはいつの間にか馬車を回り込んできて、俺の背中にくっついていた。

 怖がるのもわかるが、あまり引っ付かれるといざという時に対応が遅れてしまう……。


「安心しろよネフラ。もしもの時は、必ず守ってやるから」

「うん」


 ……あれ?

 俺を見上げるネフラの顔はぜんぜん怖がっている様子がないぞ。

 なんでくっついてきたんだ、この子?


 トロルの集落はヒトの町以上の面積があった。

 集落を案内されるさなか、およそ二十人ほどのトロルを目にしたが、彼らが動いていてもまったく狭さを感じないほどの広さだ。

 壁の外のような悪路はなく、火山岩をうまく削ってゆるやかな斜面が整えられているおかげで移動にも困らない。 

 しかも壁には(とい)が彫られていて、外から川の水が貯水地へと流れ込んでくる様子が見られた。

 その貯水池には無骨ながら風車まで回っている。

 俺は彼らが想像より遥かに文明的な生活を送っていることに驚いた。


「メス! セリアン(・・・・)エルフ(・・・)ノメス!」

「カワイイ」


 俺達を見下ろすトロルの中には、身長5mに満たない小さなトロルの姿もあった。

 彼らは丸みを帯びていて、成熟していない印象を受ける。

 どうやらトロルの子供らしい。


「ヘロス様、ソノメス、ドウシタ?」

「ホシイ! 二匹イルナラ、一匹分ケテ!」


 ……こいつら、教育がなっていないんじゃないのか?

 どっちを分けてほしいんだ?

 選択によっては、その図体に風穴を開けてやるぞ?


「ガキドモ! 客人ニ無礼ヲ!!」

「ヒイィッ」

「ゴゴ、ゴメンナサイッ」


 ガキトロルは逃げるように集落の向こうへと走って行ってしまった。

 あんな子供でも、走れば地震のような振動が起こるから怖い。


「ゴメン。無礼デ」

「かまわんよ。珍しい物を見れば欲しがるのが人の常。セリアンもヒトもトロルも変わらんな」


 ジェリカが大人の対応を見せる。

 それに比べて、子供に腹を立てている自分が小さく感じるな……。





 ◇





 集落の奥に進むと、巨木の穴からトロル達が出入りする様子が目につくようになった。

 どうやらそれは彼らの家のようで、巨木の幹をくり抜いてその中に住居スペースが造られているらしい。

 そんなものがいくつも見られることに俺はまた驚いた。

 しかも火打石や油までも常備していて、木製の食器(?)なども見られた。


「誰だよ。トロルは文明とは距離を置く種族だなんて言った奴は……っ」

「ふふふ。文献と実物で大きな違いがあるというのは、ままあることだ。常識を塗り替えねばな!」


 俺の愚痴にジェリカが前向きな返答をしてくれた。


 集落の最奥にたどり着くと、特別大きな樹木に穴が空いているのが見えた。

 穴の両脇には大型ワイバーンの骨格とおぼしきものが置かれており、他の住居と比べて明らかに立場の異なる人物の家だとわかる。


「凄い。この家、エントで造られてる」

「エント?」

「通称、化石樹とも言われている世界最古の樹木のこと。たぶん一万年以上は昔のものだと思う」

「……気が遠くなるな」


 一万年前の樹木なんて、リヒトハイムの〈大いなる森〉ですら見たことがない。

 トロルの寿命はエルフの二倍――二千年は生きると聞いたことがあるけど、ヒトとはあまりにもスケールが違う。


「コレカラ酋長ニ会ワセル。ドラゴン様ノ詳シイコト聞ケル」

「案内ありがとうなヘロス」

「酋長ニ失礼ダメ。ゼッタイ!」

「わかっているよ。礼儀は尽くすさ」


 ヘロスは入り口の横で足を止めると、俺達に入場をうながした。

 住居の中はこれまた広く、70mほど真っすぐ通路が続いている。

 途中には部屋に繋がっている横穴が開いていて、トロル達がこちらの様子を注意深くうかがっている。

 向こうにしてみれば、俺達は招かれざる客なわけだ。


「行こう」


 入場は俺が先頭、そのすぐ後をネフラとジェリカが続く。

 長への挨拶なので、馬車(リアトリス)とフォインセティアは入り口に残した。


「なんだか童話の中の巨人の迷宮(ダンジョン)に迷い込んだみたい」

「まさに今、その状況だよ」


 ネフラが背中に引っ付いているから歩きにくくて仕方ない。

 ちらほら通路を覗いてくるトロル達の視線を浴びながら、俺達は突き当たりの穴を目指して歩いていく。


 途中、女性らしきトロル達がいて、俺は思わず目を留めてしまった。

 女性のトロルは初めて見た。

 その姿は男に比べて二回り程小さい。

 筋骨隆々で体毛だらけの男と違ってスリムで体毛も薄く、思いのほか小奇麗な恰好をしている。

 彼女達もぼろきれ(・・・・)をまとっているだけだったが、胸元から膝までを隠し、髪も長くてちゃんと女性っぽい。

 その予想外の外見に俺はまたまた驚いた。


「誰だよ!? トロルは男も女も区別がつかないなんて言った奴は……!」

「旅はいいな、ジルコ」

「へ?」

「伝え聞くよりも確かな真実を目の当たりにできる。旅の醍醐味だ」


 ……何を見ても前向きに捉えられるジェリカが羨ましい。


 巨人の家の通路を奥まで進むと、広い部屋へと出た。

 中には、いかにも屈強そうな男のトロルが数名、壁際に立ったまま俺達を見下ろしている。

 部屋の中央にはエントを削って加工したと思わしき椅子に、老人のようにか細いトロルが腰を下ろしていた。

 隻眼で、顎には白い髭を蓄えているいかにも長老然とした人物。

 彼は腰巻きを身に着けている他、頭に巨大な羽で造った冠(?)をかぶり、ワイバーンの頭蓋骨らしき物にツタを通して首から下げている。

 手には、ドラゴンの顔を思わせる形状の杖を握っていて、明らかに格の違いを感じさせる雰囲気。

 このトロルが酋長で間違いない。


「よくぞ来た。わしがヲピダムの酋長じゃ」


 トロルが流暢な大陸共通言語(アムアータング)を喋り始めたので、唖然としてしまった。


「……ん? おぬしらの言語はこれで間違いなかろう?」

「あ。は、はい……わかります、言葉」

「急な来客であったゆえに歓迎はできぬが、楽にしておくれ」

「はい……」


 俺達はとりあえず腰を下ろし、酋長の次の言葉を待った。


「ヒトの子、セリアンの子、エルフの子……それぞれ名前を聞こうか」

「ジルコ・ブレドウィナーといいます」

「ジェリカ・ゴールデンアップルと申す」

「ネフラ・エヴァーグリンです」


 自己紹介が終わって早々、酋長が俺を凝視してきた。

 ……年寄りとはいえ強面なので圧迫感が凄い。


「ジルコよ。おぬしがこの三人のリーダーじゃな?」

「はい」

「ヘロスを伴ってきたことから、おぬしらの目的は察しておる」

「それは話が早いです。ちなみに他の二名も無事なのでご安心ください」

「捕虜というわけじゃな。トロル(わしら)への対応としては、慈悲深いと言えるのう」

「俺達が集落を訪ねたのは――」

「わかっておる! 此度(こたび)の迷惑料として、酋長であるわしの娘を捧げろと言うのじゃろう?」

「……は?」

「構わんよ。娘は外との交渉役として大陸共通言語(アムアータング)を学んでおる。外の知識もあるゆえ、生活では迷惑をかけることもあるまい」

「いえ、あの、その、はい……?」


 突然、想像の斜め上の話を切り出されて俺は混乱した。


「ほっほっほ。冗談じゃ!」

「……」


 ……ふざけているのかこのジジイ。

 どうやら俺は、トロルという種族についてまったくの無知だったようだ。

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