6-013. VSトロル
パーズ市街に現れたトロルは全部で三人。
それぞれ武器は棍棒だけ。
トロルはそのタフネスさと巨躯が相まって近距離戦では手強い相手になるが、銃士や魔導士などの遠距離攻撃を主とするクラスには弱い。
一方的に手足を撃ち抜いて終いだな。
新武装の二丁宝飾銃の初お披露目にしては、なんとも物足りない相手だ。
「ネフラ。奴らを生け捕りにできる魔法は抑留してあるか?」
「あるにはあるけど、街中ではちょっと使いにくい」
「そうか」
ネフラが新たに会得したという魔法・事象解放は、事前に事象抑留で抑留した魔法しか使えない。
解放時に指向調整はある程度可能らしいが、威力の強弱までは変えられないという。
話を聞いた時には万能だと思ったが、実は場所によって使用制限が掛かる割とピーキーな魔法なのだ。
「俺が二人倒すから、ネフラは残りの一人を頼む」
「わかった」
「できるだけ大怪我を負わさないようにな」
「任せて」
ネフラが本のページをめくり始めた。
この場に適切な魔法を探しているのだろう。
俺は俺で、宝飾銃の狙いを定めないといけない。
棍棒を振りかぶって迫ってくるトロルが二人。
その後ろからやや遅れて来るもう一人。
俺が狙うのは手前の二人だ。
殺すのが目的じゃないから、太ももを撃ち抜くだけで済ませよう。
「すぐに終わらせてやる!」
正面から向かってくる二人のトロルに対して、それぞれ左右の手にある宝飾銃を構えた。
すでに試射は済ませてあるが、さすがに止まった的のようにはいかない。
実戦で二丁使いに慣れるには少し時間が掛かりそうだ。
……別に二丁同時に扱わなくてもいいんだけど、せっかく二丁あるんだし、ネフラにいいところを見せたいし、俺の新たな戦闘スタイルを確立するためにトロルには実験台になってもらうぞ。
「角度よし。距離よし。……くらえっ!!」
トロル達が揃って片足を上げた瞬間、俺は軸足に狙いを定めて引き金を引いた。
二丁の銃口から同時に光線が射出され、標的の足元へドンピシャで向かう。
当たった! ……その確信があった。
しかし、光線はトロル達の太ももに触れた瞬間、弾けて霧散してしまう。
「はあぁっ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
確実に光線は届いたはずなのに、どちらのトロルも顔色ひとつ変えることなく走ってくる。
……どういうことだ!?
宝飾銃からは正常に光線が射出されたんだぞ!
それなのに脚を貫くどころか、怪我ひとつ負わせられないなんておかしいだろう!!
「も、もう一発っ」
改めてトロル達へと光線を放つ。
しかし、二射目も初撃と同じ結果だった。
光線はトロルの体に触れた瞬間、奴らの体に傷をつけることなく消え去ってしまう。
「……ヤバい」
仕留め損なったトロルが二匹とも広場に侵入してきた。
しかも速度を落とさずこっちへ突っ込んでくる。
「ネフラ、撃てぇっ!!」
「事象解放・熱殺火槍×2!!」
ネフラの声と共に背後から赤い光が差した。
直後、俺の真横を熱殺火槍が通り抜け、トロル達へと向かっていく。
狙いは完璧。躱せっこない。
しかし――
「おいおい」
――光線と同様、ネフラの熱殺火槍もトロルに触れた瞬間に霧散してしまった。
今の攻撃でも奴らは一切傷ついていない。
生身のトロルを相手に火属性魔法の効果がまったくあらわれないなんて、いくらなんでもおかしいぞ。
「嘘でしょ! どうして!?」
ネフラも困惑している。
だが、今は驚いている場合じゃない。
二人のトロルが今まさに俺達の目と鼻の先まで迫ってきているのだ。
「危ないっ」
俺はネフラを抱きかかえて走った。
すぐ後ろからトロルの足音が聞こえてきて、生きた心地がしない。
その息遣いまでが耳に届き始めた頃――
「間に合えぇぇぇぇ!!」
――間一髪、トロルの棍棒が振り下ろされる寸前に路地へと飛び込むことができた。
俺達を追いかけて、トロルが路地にまで頭を突っ込んでくる。
しかし、狭い路地にはトロルの巨体は入り込めない。
奴は俺達に手を伸ばしていたが、体が通らないことを察すると手を引っ込めて広場へと戻っていった。
遠ざかっていく足音を聞いて、俺はようやく安堵することができた。
「ジルコくん……下ろして」
「あ。ごめん」
抱きかかえられたネフラが顔を真っ赤にしていたので、そっと下ろしてやった。
なんとか無事に逃げおおせたわけだが――
「……くそっ」
――恰好悪い。
天下の〈ジンカイト〉の冒険者がなんてざまだ。
大したことない相手だと高をくくっていた結果、こんな無様をさらすなんて。
「光線も魔法も通用しないなんて、あのトロル達は一体?」
「わけがわからないな。あれは……まるで魔効失効の奇跡みたいだった」
「どういうこと? まさか彼らが聖職者だなんてこと……」
「まさか! フローラ級の聖職者がトロルにいるなんて、さすがにあり得ないだろう」
「でも、彼らのあの不思議な護りは他に説明がつかない」
……困惑。
ネフラが言うように魔効失効の奇跡ならば光線も魔法も無効化できるが、トロルがそんな高等な奇跡を使えるとは思えない。
そもそも彼らの種族は魔法や奇跡の類を扱わないのだ。
なのに、魔効失効の奇跡に酷似した護りを得ているとはどういうわけだ……?
トロル達の足音が路地から十分に離れたのを待って、俺は広場を覗き込んだ。
広場にはすでに人気がない。
その中央――アルマス殿にトロル達は集まっていた。
しかも、そのうちの一人はアルマス殿を這い上がっている。
「あいつら、何をしているんだ?」
アルマス殿の頂上まで登りきったトロルは、アルマス像と向かい合うや強引にその腕をもぎ取ってしまった。
さらに像を蹴りつけ、地面へと叩き落してしまう。
落下の衝撃でアルマス像は砕け散り、首や手足が取れて周囲に散乱していく。
「ああっ。アルマスがバラバラに……酷いっ」
「なんてことしやがる……!」
トロルは像からもぎ取った腕を掲げて、興味深そうに覗き込んでいる。
否。奴が見ているのは腕ではなく、腕が握っている剣の方か?
突如、トロルは像の腕を振り始めた。
何をしているのかと思って見ていると、剣の鍔に開いている宝石穴からブラックダイヤがこぼれ落ちた。
トロルは腕を放り、足元に転がった宝石を指先でつまみ上げた。
……もしや奴らの狙いはあの宝石だったのか?
宝石を持ったトロルがアルマス殿から飛び降りると、集まっていた仲間達と何か話し始めた。
トロルは古代語がなまりまくった言語を使っているので、俺にはまったく理解できない。
しかし、ネフラなら……?
隣にいるネフラにチラリと視線を向けると、ちょうど目が合った。
彼女は俺が何を言いたいのかわかっている様子。
「見つけた、帰ろう、処分しよう、って言ってるみたい」
「つまりトロル達は、わざわざブラックダイヤを奪いに来たってことか?」
「聞き取れた会話から察するに、たぶん……」
あのブラックダイヤは1000万グロウは下らない価値があると聞いたが、あくまでそんな価値を見出すのは文明社会で生きる人間だけだ。
山や森などの自然界で自給自足の生活をしているトロルに、その価値がわかるわけがない。
なのに、殺される危険を冒してまで衛星都市に入り込んでくるなんて、あいつらにとってあの宝石はどんな意味があるんだ?
その時、広場に銃声が響き渡った。
王国兵の増援が広場に到着したのだ。
「逃がすな! 撃て撃てぇーーーっ」
「ダイヤを奪うのを見たぞ。絶対に取り返せ!!」
……兵達の怒号が広場に飛び交い始めた。
遠距離からトロル達を狙い撃つのはいいが、時代遅れの雷管式ライフル銃で奴らを止めるのは無理だぞ。
「グオオオオオォォッ!!」
トロル達が反撃に動きだした。
……まずいな。
このまま放っておけば、兵達はトロルに皆殺しにされかねない。
しかし俺達が出ていったところで、宝飾銃も魔法も効かない相手に何ができる?
「ジルコくん、見て。雷管式ライフル銃の銃弾でトロル達が傷ついてる」
「何?」
「鉛玉じゃトロルの筋肉に食い込ませるのは無理でも、皮膚を傷つけるくらいはできるみたい」
「となると、奴らが無敵なのは光線と魔法にだけってことか」
王国兵が命を張っているのに、仮にも世界最強ギルド〈ジンカイト〉の冒険者が隠れているわけにはいかないな。
少なからずダメージを与えられるなら、物量で攻めれば取り押さえることくらいならできるかもしれない。
俺も参戦することにしよう。
「ネフラ。お前はここにいるんだ」
「嫌。ジルコくんが行くなら私も行く」
「魔法が効かない相手にどうするんだよ」
「本で思いきり殴りつける」
「あー……。確かにそれは痛そうだ」
ネフラがじっと俺の顔を見つめてくる。
こうなったらなかなか折れないんだよな……。
「わかった。でも絶対に無茶はするなよ」
「それをジルコくんが言うの?」
「無茶はするなよ! わかったな!?」
「わかってる。ジルコくんもね」
ネフラはニコリとほほ笑むと、俺より先に広場へと飛び出してしまった。
慌ててネフラの後を追いかけようとした時――
「キュウゥゥゥウッ!!」
――動物の鳴き声と共に、地面を影が横切っていくのが見えた。
「何なの!?」
「空だ!」
足を止めて空を見上げると、青空の下を大きな鳥が羽ばたいていた。
あれはフォインセティアだ。
「キュウウゥゥゥッ!!」
フォインセティアは威嚇するような鳴き声をあげて、トロル達に急降下していった。
奴らの振り回す棍棒を巧みに躱し、死角に回り込んで鋭い鉤爪で攻撃を仕掛けていく。
鉤爪に引っ掛けられたトロルは横転し、斬り裂かれた肩口から大量に出血した。
「グゥアァァァッ!」
さすが、ジェリカが徹底的に鍛え込んだだけのことはある。
あいつの鉤爪がそこらの名剣よりも鋭いことを久しぶりに思い出した。
「キュウウゥゥッ」
「ウオッ」
「グアアァッ」
「ギャッ!」
空中を自在に飛び回るフォインセティアの前に、トロル達は一方的に翻弄されている。
頭を引っ掛かれ、顔面をはたかれ、みぞおちにタックルされ――
「……決まりだな」
――最後のトロルが背中から倒れた後、その周囲を重装備の部隊が取り囲んだ。
まさか登場からものの数秒でトロルを全員やっつけてしまうとは。
……あの鳥、強過ぎだよな。
「動くな!」
「取り囲め!」
兵達は水を得た魚のように次々とトロルを組み伏せていった。
トロル達はフォインセティアから受けたダメージで戦闘継続は不可能な様子。
このまますんなりと拘束は済みそうだ。
俺達、何もすることがなかったな。
「すまないなお前達。活躍の場を奪ってしまって」
いきなり後ろから声を掛けられて、俺は飛び上がりそうになった。
ネフラに至っては俺に抱き着いている始末。
二人して振り向いてみると、勝ち誇るような笑みを浮かべるジェリカの姿があった。
「いやな。広場でトロルが暴れていると聞いて、急いでやってきたのだ。てっきりお前達が対応しているかと思ったのだが」
「……来てくれて助かったよ」
「そうかそうか。英雄ジルコにそう言われるとは嬉しいよ! うふふふふふ」
ジェリカは俺の肩を叩くや、広場を歩いていった。
程なくして、空中を旋回していたフォインセティアがジェリカの腕へと降りていく。
それを見た王国兵、そして広場の外から戦況を見守っていた市民達から、一斉に拍手が送られ始めた。
なんだかもう俺とネフラの立場がない。
「……ネフラ。俺達も行こう」
「えっ。この空気の中、広場に戻るのはバツが悪くない?」
「そんなこと言ったってしょうがないだろ……」
俺はフードを深くかぶり、とぼとぼと広場へと戻った。
鳥に活躍の場を奪われる英雄……情けなや。
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