6-007. 俺の先生
「ラチア。女性にそんな失礼なことを言うのはやめろって」
「どうして? 二人ともお兄ちゃんの彼女じゃないの?」
「おい! なんでどっちが、から二人とも、になっているんだよ!?」
「だって英雄たる者、色を好むって言うし」
「お前なぁ!」
妹がケタケタと笑う。
元気なのはいいことだが、俺の仲間の前で――しかも女性に――そんなことを言うのは非常識だぞ!
「そんなことより、一体どういうことか説明してくれよ!」
「どういうって……あぁ、彫像のこと?」
「そうだよ!」
「そりゃ建てるでしょ。サンストンから初めて出た有名人だもん」
なぜさも当然のような顔をして言うんだ、妹よ。
「お前なぁ、あんなもん建てられて恥ずかしくないのか? 母さん達はなんて言っているんだよ!?」
「お母さんはなんだかんだ喜んでるよ。息子が二回も国を救った英雄だってんで、喜びが高じて最近若返った感じ」
「マジかよ……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは結婚して町を出てるからわからないけど、たぶん自慢に思うと思うよ」
「あそう……」
母さんは息子の彫像が建てられて喜んでいるのか……。
俺の像をにこにこしながら眺めているところを想像すると、ちょっと嫌だな。
「母さんは家にいるのか?」
「ううん。一昨日あたりからお客さんがやたら家に訪ねてくるようになって、対応が大変だから今は別の場所で過ごしてる」
「それがいいだろうな。集まってくるのはファンばかりじゃないだろうし」
俺に恨みを持っている奴は意外と多い。
ジャスファ、ジェミニ妹、キャスリーン、キャッタン、雷震子――こいつらが家族にまで的を拡げないか心配ではある。
しかし、改めて考えると女ばかりだな……。
「とりあえず隠れ家に連れてってあげる。今はあたしもそこに住んでんだぁ!」
「隠れ家か……。とりあえず生活は苦労していないようだな」
「まぁねっ!」
踵を返したラチアを追って、俺達も歩きだした。
勝手に物事を進めてしまうせっかちな性格は相変わらずだな。
「ジルコくんの妹さん、元気いいね」
「ああ。おまけに好奇心旺盛で、勝手に町を出ては迷子になったりして大変だったよ」
「好奇心はブレドウィナー家の血?」
「どうだろうな。冒険者に興味を持ったのは俺と妹くらいだし」
「妹さんも?」
「ああ。あいつ、子供の頃は冒険者になりたいって言っていたんだ」
「へぇ~」
「上の妹や弟は冒険とか全然興味なかったけどな。父さんも母さんも同様」
「そうなんだ。それじゃ二人だけが特別なんだね」
「まぁ、ラチアは俺の影響を受けたんだろうとは思うけど……」
懐かしいな。
子供の頃、ラチアはよく俺について回っていた。
サンストンは小さな町だが、当時の俺にとっては世界のすべて。
そんな世界を一緒に冒険した最初の仲間――今思えば、それは妹だったんだ。
「お姉さん、その鳥かっこいいね! なんていうの?」
「ルス地方に生息するサンダーバードという種だ。名はフォインセティアという」
「かっこいい~! もしかして獣使いなの?」
「そうだ。大陸屈指の獣使いを自負している!」
「うわうわ~! 超かっこいい~!!」
ラチアがジェリカと腕に掴まっている鳥の話題で盛り上がっている。
猛禽類を操る獣使いを見る機会なんてこんな田舎に住んでいたらそうそうないだろうから、妹が興味を抱くのも当然か。
その一方で、フォインセティアは相変わらず俺を親の仇のように睨んでいる。
「なぁネフラ。なんであいつ、俺を睨んでいるんだ?」
「さぁ。怒らせるようなことしたんじゃない」
「まったく見覚えないんだけど……」
「でもあの子、昔からジルコくんのことあんな目で見てたよ」
「えっ。そうなのか?」
……ぜんぜん気が付かなかった。
ということは、俺はフォインセティアに何年も前から嫌われていたのか?
ますます嫌われる理由がわからない……。
その時――
「きゃっ!」
――街角を曲がった際、出合い頭に花売りの少女とぶつかりそうになった。
幸い接触は免れたが、驚いた少女が持っていた籠を落としそうになったので、地面すれすれにその籠を拾い上げて少女に返してやった。
「ごめんね」
「あっ、ありがとうございます」
少女はじっと俺を見上げたまま道を開けようとしない。
おどおどしている彼女の様子から、俺は花を買って欲しいのだろうと察した。
「花、買うよ。いくら?」
「ホワイトリリィ、三輪で1グロウ、です」
財布を出して銅貨をまさぐっていた時、俺は不意に思い立った。
父さんの墓参りに行こう、と。
◇
隠れ家に向かう途中、俺達は父の眠る墓地へと立ち寄った。
ラチアは先日花を供えたばかりだと言うので、一足先に戻ってもらっている。
隠れ家の場所は聞いていないが、ジェリカがフォインセティアを空へ放って妹の行き先をたどってくれているので、追いかけるのに問題はない。
本当、便利だよなあの鳥。
そして、墓地にて――
「帰ったよ父さん。ちょっと妙なことになっているけど、サンストンが無事でよかった」
――父の墓前にホワイトリリィの花を供えた。
「初めまして、ジルコくんのお父様。私はネフラと申します」
「わらわはジェリカと申す。ご子息には世話になっている」
俺の両隣に立つネフラとジェリカも、それぞれ花を供えてくれた。
その後、三人して冒険者タグの宝石を手のひらに抱き、静かにジエル教式の祈りを捧げる。
父は――というか、ブレドウィナー家は代々ジエル教徒なので、墓参りでこの祈りをしないわけにはいかないのだ。
「「「魂が迷わぬよう、正しき道を進む光が差さんことを」」」
祈りを終えて、俺達は墓地の出口へと向かう。
その時――
「ジルコくん?」
――後方から聞こえてきた声に、俺は思わず足を止めた。
刹那、頭の中にある人物の顔がはっきりと思い起こされる。
「ジルコくんでしょう。まさかまた会うことがあるなんて」
「……!」
振り返ると、反対側の道から歩いてくる小柄な女性――
足元まで届きそうなほどに長く結われた三つ編みのベージュヘア。
胸元に白い花の装飾をあしらった丈の長いワンピース。
そして、頭上に浮かぶ天使の輪のような車輪。
――その恰好は、十年前と何ら変わりないものだった。
「アイオラ……先生」
忘れるわけがない。
俺が冒険者になる最初のきっかけを与えてくれた恩人――アイオラ・ラブレス。
初めて師事した冒険者。
初めて尊敬した大人。
そして――
「大きくなりましたね。ジルコくん」
――初めて恋した女性。
◇
アイオラ先生はホワイトリリィを父の墓前に供えると、静かに祈りを捧げ始めた。
魔導士の彼女は生粋のジエル教徒。
その信仰心は俺など比較にならないほど厚い。
俺が宝石を乱暴に扱ったことがあった時、烈火の如く怒りだしたことは今でも覚えている。
怒っている時と普段の和やかなギャップが凄い人だった。
……きっと今でもそうなのだろう。
先生は祈りを終えると、俺達の方に近づいてきた。
「ジルコ・ブレドウィナーくん。きみの活躍は耳にしていましたよ。昔、私がした忠告を聞いてくれたようでよかった」
「……忠告? ジルコくん。この人は誰?」
ネフラから鋭い眼差しが飛んでくる。
このちくちくする視線は……いつもの焼きもちかな。
「この人はアイオラ・ラブレスさん。俺の……昔の先生だ」
「先生? この方も銃士なの?」
「いや。先生は魔導士だよ。当時の冒険者等級はAだったけど――」
俺は先生の胸元に光る冒険者タグを見て、宝石が美しいダイヤモンドであることを確認した。
「――今はもうSになられたんですね」
「はい。この十年、私も色々ありましたから」
先生がにこりとほほ笑む。
十年ぶりの笑みに、俺は昔に戻ったような気分になる。
「それは実に興味深いな。銃士のジルコが、なぜゆえ魔導士のアイオラ女史に師事していたのか」
「選択肢は無数にあります。ジルコくんがたまたま最初に魔導士を志しただけのこと」
「ほう。しかし、人には得手不得手がある。ジルコも最初はつまづいたクチか」
「それはもう。彼は真面目で素直でしたが、魔導士の素質があったとは言い難く――」
先生は優しいほほ笑みが苦笑いへと変わり、俺に視線が戻った時にはどこか申し訳なさそうな表情になっていた。
「――魔導士としての才能はないと引導を渡しました」
「引導か。確かにそれは師だからこそ真心こめて伝えられるものではあるな」
その時、ジェリカの腕にフォインセティアが戻ってきた。
先生は初めて見るであろうサンダーバードの姿にも動じることなく、じっとその姿を眺めている。
「獣使いですか。あなたの冒険者タグの記章――なるほど、ジルコくんと同じギルドの冒険者なのですね」
「申し遅れた。わらわはジェリカと申す」
「お名前は存じています。大自然の動物の声を聞き、逆に自らの声を届ける〈親愛なる鳥獣公〉……確かそんな二つ名でしたね」
「よくご存じだ。しかし、改めてその名を聞くのは少々こそばゆいな」
「言い得て妙だと思いますわ。手懐けた動物達を操り、大海嘯が迫る町から数千の人々を救ったこともあるとか。そんな芸当をやってのけるとは、まさしく動物の長と言えましょう」
「そんなこともあったかな」
ずいぶん詳しく知っているんだな、ジェリカのこと。
まぁ俺達〈ジンカイト〉は個別にファンがいるし、耳ざとい人ならギルドの冒険者全員の功績を知っていても不思議じゃないか。
「そちらの方は?」
次に先生の目が向いたのはネフラだった。
ネフラはツンとして視線を逸らすと、機嫌が悪そうに口を開く。
「ジルコくんの相棒のネフラです。どうぞよろしく」
……ネフラらしくない、やけにツンツンとした自己紹介だな。
先生は俺の恩人なんだからもう少し丁寧に挨拶してほしかった。
「可愛い子ですね。なるほど、ジルコくんの相棒」
先生が何やら察したようなお顔をしていらっしゃる。
俺を見る顔も、どことなく悪戯っぽい気がする。
「勇者と共に世界を救う冒険をやり遂げた仲間達……それ自体がジルコくんにとって財産ですね。その絆、大切になさい」
「はい……」
そんなことを言われると胸が苦しくなる。
俺がその仲間達に解雇通告していると知ったら、先生は俺を軽蔑するかな。
「十年。言葉にするとたった一言ですが、きみの成長著しい姿を見るに、多くの苦難があったことでしょう。悩みを一人で抱え込む癖は治りましたか? 無茶をする癖は? 寝相は? 朝のお祈りはサボらずにしていますか?」
「はは。最初の悪癖だけなら少しは改善しましたよ。他はまぁ……ぼちぼち」
「……まったく。きみときたら仲間に迷惑ばかり掛けているのでしょうね」
……先生に呆れられてしまった。
十年経っても、この人にとって俺は出来の悪い弟子なのかな。
「少ししゃべり過ぎてしまったかしら。ごめんなさい、懐かしくてつい」
「いえ。俺も……先生にまた会えてよかったです」
「ありがとう。それにしても、この時期にきみとまた会うことができるなんて。運命というものは本当にあるのかもしれませんね」
「……そうですね」
「私はもう行きますね。ジルコくんと話せてよかった」
「俺もです。先生」
先生はにこりとほほ笑むや、ネフラとジェリカをそれそれ一瞥し、踵を返した。
歩くたびに時計の振り子のように揺れ動く先生の髪を見ていると、また昔の記憶が蘇ってきてしまう。
気付けば、ネフラが俺の顔をジト目で見上げていた。
まだ機嫌が悪そうだ。
「ネフラ、ジェリカ。俺達も隠れ家に向かおう」
「……」
ネフラの視線が俺の顔から離れない。
……冷や汗が出てくる。
「ふぅ~ん。ジルコくんて、寝相悪かったんだ」
「え? 何だよ急に」
「それは知らなかったな、って!!」
「ぐわっ!」
いきなりつま先で向こう脛を蹴られた。
な、なんだ一体っ!?
ふん、と鼻を鳴らすや、ネフラはジェリカの手を引いて墓地から出て行ってしまう。
事情もわからぬまま置いてきぼりをくった俺は、慌てて二人を追いかけた。




