2-015. 銃士の戦い方
貧民街の潰れた酒場。
ストンヴィアの一角に残されたこの酒場は、付近を取り仕切っていた魔薬カルテルからジャスファに献上された場所だと言う。
以前、彼女を手籠めにしようとした連中が返り討ちにされ、その後、壊滅に追い込まれたカルテルの降伏の証であるとか。
報告書の備考欄にあった情報だが、ジャスファの交友関係は本当に黒い……。
そんな酒場の入り口を、俺は200mほど離れた場所から監視している。
民家の上で屋根の天板に横たわり。
煙突を目隠しにして。
板の切れ端を利用した簡易的な二脚銃架で銃身を支え。
酒場の入り口へとミスリル銃の照準を合わせ。
……あくびをしながら。
「……いかんいかん。集中力を切らすな!」
俺は隠れ家に乗り込むのを見合わせていた。
屋内は銃士にとって本領を発揮できる場所じゃない。
だから俺は銃士が優位になる方法を選んだのだ。
すなわち狙撃。
王国兵の雷管式ライフル銃では困難な狙撃も、俺のミスリル銃なら容易だ。
さあ、出てこいジャスファ。
いつでもお前をブチ抜く準備はできているぞ!
ちなみに、到着してすぐ酒場に裏口がないことは確認済みだ。
「……冷えてきたな」
夜も深まり、静寂の中、風の音だけが聞こえる。
もう二時間余りも腕をついて寝そべったままなので、いいかげん肘が痛くなってきた。
暇を持て余した指先も用心金をトントンと叩く。
「頼むから早く出てきてくれ、ジャスファ」
その願いが通じたのか、入り口の扉が開かれる。
だが、それはジャスファではなかった。
俺を襲撃してきた五人の取り巻きの一人だ。
そいつは外の様子をうかがっただけなのか、すぐに中に引っ込んでしまった。
少しして、通りの向こうからランプを片手に走ってくる男が見えた。
その男もジャスファの取り巻きの一人だった。
包みのようなものを抱えているが、おそらくジャスファを治療するための道具だろう。
男が入り口の戸を叩くと、一度中に引っ込んだ取り巻きがまた顔を出した。
軒下で何か話してるな……。
俺は二人の動いている口元に意識を集中した。
「……あの二人、まだ、戻って、こない……。……朝まで、戻らないなら、姐御を、連れて、場所を、移そう……」
唇を読む限り、そんな会話をしていたようだ。
やはりジャスファがいるのは間違いない。
あとはあいつが出てきた時に狙撃して、身動きを取れなくすれば決着だ。
◇
……あれから何時間経ったのか。
いつの間にか空は白んできていた。
「はっ……はくしょっ!!」
監視中にくしゃみとは……失態だ。
鼻をすすりながら、俺は今一度酒場へと目を向ける。
入口にも窓にも人影は見られない。
「ジャスファ。お前が出てくるまで、俺は何時間でも粘ってやるからな」
……しかし眠い。
ベストな状態なら夜通し監視しても眠気はこないが、日頃のストレスと多忙さから、どうやら疲労が蓄積していたみたいだ。
眠りたくないのに、どうしてもうつらうつらしてしまう。
その時、俺の鼻先を何か小さなものがかすめた。
驚いて目を開けた俺の眼前で、一匹のハエが飛び回っている。
「び、びっくりさせるなよっ」
しっし、とハエを払うと、俺は入り口に目を向けた。
「! 出てきた」
ちょうど酒場の中から数名の人影が出てきたところだった。
さっきのハエに感謝だな。
「ジャスファと、取り巻きの男三人、か……」
四人は俺が潜む建物とは逆方向へと通りを歩いていく。
ジャスファは丈の長い薄手のコートを羽織っていた。
右手には、大きな手提げ鞄を持っている。
右肩が下がっているので、かなりの重量であることがうかがえる。
一方、三人の取り巻きはキョロキョロと周囲を警戒しながらジャスファの傍に張り付いている。
三人ともローブの下に鎖帷子を着こんでいるようだ。
……邪魔だな、あいつら。
的をいちいち隠されて狙いにくいったらない。
「俺の狙撃を警戒しているわけか」
いくら注意したところで、常人の視力では俺の銃口を見つけることなんてできやしない。
それに鎖帷子程度じゃ俺の銃撃は防げない。
「まずは動きを止める」
やっと人差し指に仕事をさせられる。
ジャスファの持つ不審な鞄めがけて、俺は引き金を引いた。
橙黄色の光線は鞄の取っ手を正確に撃ち抜き、地面に落ちた。
横倒しになった鞄からは大量の金貨が漏れ出して地面へと散らばる。
それを見て、取り巻き達が慌ててジャスファを覆い隠すように壁となった。
「おいおい。こっちは屋根の上にいるんだぜ。この角度からならジャスファの頭も丸見えだ」
とは言っても、相手は魔物ではなく人間だ。
このまま頭を撃ち抜くわけにはいかない。
甘いと思うかジャスファ?
でも、お前にはしっかりと更生してもらわないとな。
俺は引き続き、ジャスファの周りを囲んでいる取り巻きの足を順々に撃ち抜いていった。
三人は次々と地面に膝をつき、ジャスファの全身が露になった。
……なのに、ジャスファはまるで慌てる様子もなく、痛みに苦しむ取り巻き達を平然と見下ろしている。
「さすがジャスファ姐さん。本当に赤い血が通っているのかね」
思わず皮肉が口をついた。
すでに俺の眼はお前に定まっている。
逃げ出そうとすれば、即座に足を撃ち抜く。
「――っ!!」
ジャスファが何か叫んでいる。
俺は耳を澄まして、彼女の声を拾うよう努めた。
「―――、――しの負けだよ! 降参するから撃たないでくれっ!!」
なんと。
まさかの降参宣言だ。
「あたしにもう戦意はないっ!!」
ジャスファは腰に下げていた双剣を鞘ごと外して地面へと投げ捨てた。
続いて物騒な物がたくさん入っていると思わしきポーチも。
さらに、両手を高々と空にあげる。
「……本気か? ずいぶん簡単に負けを認めるな」
もっとも、この状況では反撃の手立てがないのはジャスファもわかり切っているはず。
白旗をあげるのは、当然の選択だ。
「ようやく最初の解雇に決着がつく……」
あとはジャスファを拘束すれば終いだ。
俺はミスリル銃を構えたまま、屋根の上から飛び降りた。