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6-004. ある夫婦の事情

 俺とネフラとジェリカの三人は、王都を出てパーズへと向かっていた。

 元の予定だと駅馬車を使うはずだったけど、ジェリカが幌馬車を所有していることもあって、それを足に移動することになったのだ。

 駅馬車の料金が浮いたとはいえ、荷台に一緒に乗っているネフラからの刺すような視線が痛い。

 その隣に座っているフォインセティアも、なぜか俺を睨みつけているから困る。


「こうしてわらわの馬車に乗って旅をするのも久しぶりだな!」

「……ああ」

「我が愛馬リアトリスもジルコに会えて嬉しがっておるぞ」

「あそう」


 ジェリカのもう一匹の相棒リアトリスは、ルス地方の固有種ユルール・スーホという馬だ。

 体だけでなく(たてがみ)も尻尾も真っ白で、金色の瞳を持った姿がルスでは神聖視されている。

 闇の時代、ルス帝国と魔物との戦いでユルール・スーホはほとんど死に絶えてしまったそうだが、その生き残りが俺達の馬車を引いていると思うと感慨深い。


「旅は道連れと言うし、お前達もわらわと共に新大陸へ行くか?」

「お誘いどうも。でも俺達は今立て込んでいて、あまり長いこと王都を離れるわけにはいかないんだ」

「そうなのか? せっかく未知の冒険が待っているというのに」

「今は行けない。でも、いつか俺も行ってやるさ……新大陸」

「そうか。その時にはお前達も夫婦(めおと)になっているかな?」

「ちょ! 何言うんだよジェリカ!?」


 隣を見てみると、ネフラが耳まで顔を真っ赤にしていた。

 俺と目が合うや、彼女はフードを被ってしまう。


「あっはっは! お似合いだぞ二人とも」

「……どうも」

「ヒトとエルフの夫婦も数こそ少ないがいないことはない。子供を作ると色々大変だと思うが、お前達はまだ若いから準備する時間はたっぷりあるだろう」

「ジェリカ、話が飛躍し過ぎ!」

「そんなことはないぞ。善は急げと言うし、冒険者などという危険な生き方をしているのだから、好いた者同士は早いうちに一緒になった方がいい」

「それはわかるけど……」


 ジェリカは簡単に言ってくれるけど、俺も気持ちの整理というものが……。

 というか、彼女に(・・・)言われても説得力がないんだよな。


「互いを信じ頼り合う男と女。種族も立場も思想も超えて、幸せな日々を紡いでいく。素晴らしいことじゃないか」

「それは……そう思うよ」

「なのに、なぜだろうな――」


 急にジェリカの声が暗くなる。


「――わらわ達(・・・・)もそんな蜜月の日々があったはずなのに……」


 彼女が嘆くように言うのを聞いて、俺は居た堪れない気持ちになった。

 心なしか馬車の空気も重くなったような……。


 リドットとジェリカはまさに鴛鴦(おしどり)夫婦だった。

 闇の時代――五年以上も前――、ちょうど同じ頃に二人と出会った。

 ヒトのリドット。

 セリアンのジェリカ。

 種族も宗教も異なっていた彼らは〈ジンカイト〉で共に冒険をするうち、次第に親密になっていった。

 当時の〈ジンカイト〉総出で二人の結婚式を祝った。

 暗く鬱陶(うっとう)とした闇の時代に、数少ない祝福すべき出来事だった。

 誰もが二人の幸せを疑わなかったというのに――


「リドットを見つけたら、リアトリス(こやつ)の蹴りでも食らわせてやるか。さすれば少しは反省するやもしれん」


 ――どうして彼女達の心はこんな離れてしまったのだろう。


「さすがのリドットも馬の蹴りを食らったらヤバいって」

「ふんっ。あやつにはそのくらいの仕置きが必要だと思うがな!」


 さっきまで機嫌がよかったのに、少し苛立っているな。

 普段冷静(クール)なジェリカが感情を露わにするのは、決まってリドットの話題の時だけなのだ。

 彼と顔を合わせた時、いつぞや(・・・・)のように大喧嘩しなきゃいいけど……。


「……すまない。辛気臭い話をしてしまった」

「いや。我慢は体に毒って言うし、吐き出したいことは吐き出せばいい」

「そうか。そうだな。……お前達の前でくらい、そうさせてもらうとするか。いつの間にか大人になったなぁ、ジルコ」

「おいおい。それって俺が子供だったって言うのか? 九ヵ月前だって十分大人としての自覚はあったつもりだよ」

「あっはっは! お前が成人間もない頃から知っているゆえ、どうしても弟分に感じてしまうのだ。許せ!」

「弟ね……」


 ま、確かに姉のいない俺にとってジェリカは姉貴分だったな。

 西方のことを色々教えてもらったし、鞭の指南もしてくれたし。

 彼女と一緒にいると、必然的にリドットといる機会も増えて、二人が親しくなっていく過程を間近で見守ることにもなった。

 それだけに今の二人の関係を思うと心苦しい。


「町が見えてきたぞ! 日も傾いてきたし、今日はあの町で宿を取ろう」

「了解。ネフラもいいな?」


 ネフラに確認すると、彼女はフォインセティアを撫でながらこくりと頷いた。

 何やら気恥ずかしそうにしているな。


「ネフラ」

「……何?」

「ごめんな」


 俺が唐突に謝ったことで、彼女は目を丸くした。


 もっと早く謝るべきだった。

 不本意とはいえ、温泉街への二人旅を期待していたであろう彼女の気持ちを裏切ってしまって、申し訳ないと思っている。

 でも、リドットやジェリカを放っておくわけにもいかない。

 ネフラにはそんな俺の気持ちをわかってもらいたいけれど、それは俺の身勝手というものだろうか。


「気にしないで。リドットもジェリカも大事な仲間だもの」


 ネフラは太陽のように眩しい笑顔で答えてくれた。

 ……可愛い。

 ジェリカがいなければ、抱きしめてやりたいくらいだ。

 やっぱり天使だな、この子は。


「うおっ」「きゃっ」


 見つめ合っていた俺とネフラの間に、突然フォインセティアが割り込んできた。

 しかも、なぜだか俺のことを恨めしそうな目で睨んでくる。

 こいつ絶対俺のことを嫌っているよな……?





 ◇





 パーズへの一日目の旅は、ミルトンの町に立ち寄ったことで終わった。

 大通りにある一つ星ホテルで部屋を取り――俺は一人部屋、ネフラとジェリカは相部屋――、明朝まで自由時間となった。


「ネフラ! 今夜は久しぶりに二人でガールズトークと行こうか!」

「う、うん……」

「恋バナと言うんだったか? そういうのを聞かせてくれ。この数ヵ月間の出来事などぜひ聞きたい!」

「えぇ……。そういうのはちょっと」

「いいではないか! わらわも色々とアドバイスしてやるぞ!」

「はい……」


 そんな会話の後、ネフラは半ば強引にジェリカに部屋へと連れ込まれてしまった。

 二人が部屋に入る際、ジェリカの腕に留まっていたフォインセティアが俺を恨めしそうに睨みつけていた。

 うかつに近づいたら鋭いクチバシで突いてきそうな気さえする。

 何事もなく扉が閉まって、俺は安堵した。


「はぁ……」


 窓の外を眺めると、夕焼けが街並みを照らしている。

 ネフラとジェリカは当分部屋から出てこないだろうし、一人で部屋に閉じこもっているのも勿体ない。

 情報収集がてら、酒場にでも行ってみるかな。

 念のためフードで顔を隠して、冒険者タグも襟の下にしまっておこう。





 ◇





 町の繁華街に足を運んでみると、すでに夜の賑わいを見せていた。

 途中、露出度の高い女性達に声を掛けられて困ったが、どうやら俺がジルコ・ブレドウィナーだとわかる者はいないようだ。

 これなら街中でわざわざフードを被る必要もなさそうだな。


 俺は通りを歩くうち、適当な酒場を見繕って入店した。

 入店早々ちょうど壁際の席が空いたので、前の客と入れ替わりにそこへと座る。

 すると、不愛想な顔を隠そうともしないウェイトレスがやってきた。


「ご注文は?」

「エールを」


 注文を聞くや、ウェイトレスは(きびす)を返して厨房へと戻っていってしまった。

 この雑な接客、荒くれ者が集まる酒場っぽくていいね。皮肉だけど。


 酒を待つ間、賑やかな店内にさっそく聞き耳を立ててみる。

 酒場には色々な人間が集まってくるので、行き交う情報も多彩。

 時には情報屋ですら知り得ない意外な情報が得られることもあるので、なかなか効果的な情報収集の術なのだ。

 ……けど、今回はその限りではなさそう。


「おいガキ! その優男をさっさと連れていきな!」

「ここは酒場だ。酒の飲めない奴とお子様はお呼びじゃないんだよっ」


 背中に雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)を背負った冒険者らしい風体の男二人が、机に突っ伏している男――耳が尖っているからエルフか?――を取り囲んでいる。

 あのエルフ男、酔いつぶれているようだけど……。


「すみません。すぐに出ていきます」

「今すぐ出てけってんだ、ガキィッ!!」


 奴らが絡んでいるのは突っ伏したエルフ男じゃない。

 その隣に立っている子供に対してだった。


「暴力はやめてくださいよ。先生が起きたらすぐに出ていきますから」

「けっ! ガキにお守りされちゃお終いだなぁ、とんがり耳の先生よぉ!」


 子供を押し退けて、男の一人がエルフ男の後頭部をぺしぺしと叩き始めた。

 それで目を覚ましたのか、エルフ男がゆっくりと顔を上げる。


「むぅ……ん?」


 寝ぼけているのか、エルフ男は眠そうな顔で周囲を見渡している。

 ……状況を分かっていなさそうだな。


 彼は、エルフにしては珍しく褐色の肌をしていた。

 そのせいでわずかに黄色がかった白髪が際立ち、この場において一人異彩を放っている。

 しかもかなりの長身のようで、椅子に座っているにも関わらず傍で見下ろしている男達とほとんど視線が変わらない。 

 腰にはスカートのような筒状の布を巻いており、上半身は裸に白衣のような生地の薄いコートを着ている。

 それでいて、首から肩にかけてベルトのような帯を何重にもぐるぐる巻きにしているという、なんとも奇妙な出で立ちをしている。

 変人の類だと一目でわかるな。


「おい! 目ぇ覚ましたんならさっさと出てけ!」

「そうだそうだ。酒が不味くならぁ!!」


 男達の怒声が聞こえていないのか、エルフ男は机の上に視線を戻して再び突っ伏してしまった。


「先生はお酒が弱いんです。少し酔いを覚ましたら出ていきますから」

「俺達は今すぐ出てけって言ってんだ。つまみ出してやろうか?」


 男が子供の胸倉を掴み上げた。

 ……これはもう黙っていられないな。


「おい。子供相手に大人げないんじゃないか」

「「あぁっ!?」」


 俺が席を立った瞬間、男達が一斉に凄んできた。

 まったく怖くないな。

 俺の知る魔導士(ウィザード)の女や拳闘士(ウォーリア)の男に比べたら、可愛げがあって頭を撫でてやりたいくらいだ。


「店の迷惑になるから席に戻りなよ。それとも構って欲しい寂しがり屋か?」

「なんだぁ? てめぇ!!」

「冒険者か? どこのギルドのもんだコラ」


 この酔っぱらいのチンピラどもが。

 俺にまで喧嘩腰で来るなよな。


「ああ? その足のホルスター、てめぇも銃士(ガンナー)か」

「面白れぇ。やってやんぞコラァッ!!」


 男達は背負っていた雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)を構えた。

 それを見て、周りの客が静まり返る。


「俺たちゃパーズでも名の知れたギルドの――」


 片方の男が口を動かすさなか、俺は腰のホルスターから二丁の宝飾銃(ジュエルガン)を同時に抜き放った。

 両手の銃をそれぞれ男達に向けるや、彼らは口を開けたまま硬直してしまう。


「どこのギルドだって?」

「……あ、いや、なんでもないっす」

「ここ酒場。何するところだ?」

「酒場、酒飲む、みんなで楽しく……」

「その通り。お前ら場違いだと思わないか?」

「「はい!」」


 揃って返事するや、二人は転げるようにして店の外へと飛び出していった。

 静まり返っていた酒場は次第に雑談が飛び交い始め、すぐに騒ぎが起きる前の状態へと戻った。


「助けていただいてありがとうございました」

「いや。気にしないでいいよ」


 子供が俺の前に駆け寄ってきて、深々と頭を下げた。

 顔も幼いし、背丈から察するに10~11歳あたりかな。

 こんな小さな子を連れて酒場にやってくるなんて、あのエルフ男……何を考えているのやら。

 しかも自分は酔いつぶれて寝ちまってるし。


「ぜひお礼をさせてください。僕が(おご)らせていただきます」

「いやいや。子供に(おご)ってもらうわけには――」


 その子の顔を見て、俺はハッとした。

 前に(・・)見たこと(・・・・)のある(・・・)()だったから。


「? 僕の顔に何か?」

「い、いや……。なんでもない」


 目を合わせたことで、俺ははっきりと思い出した――


 小柄な体に幼い顔。

 丈の短いスカートを履き、肌着もなしに真っ白い貫頭衣を羽織る格好。

 アヴァリス地方に暮らす人種特有の浅黒い肌。

 空色(スカイブルー)の短い髪に、血のような赤い瞳(ルビーアイ)

 その瞳を見ていると、心が安らぐような、心を見透かされているような、不思議な気持ちになる。


 ――この子、クロードの記憶の中に出てきたあの少年(・・・・)だ。


「どうかされましたか」

「あ、ごめん。綺麗な瞳をしていたものだから」

「ああ、この目ですか。よく言われます」

「だろうね。……しかし、この人どうする?」


 俺が机に突っ伏しているエルフ男に向けて言うと、少年は苦笑いしながらエルフ男の対面に座った。

 そして、もうひとつあった椅子を引いて俺を手招きする。


「どうぞこちらへ。先生が目を覚ますまで相手してくださいませんか。さっきみたいに絡まれたら怖いし」

「……わかった。一人よりは二人の方が酒の席は楽しいしな」


 子供相手に何を言っているんだ俺は……。

 そう思いつつも、俺は椅子に座った。

 そこに、さっき注文を受けたウェイトレスが乱暴に酒瓶を持ってきた。

 危うく机にこぼれるところだったぞ。


「それ、僕が――と言うより先生がですが、こちらで代金を支払っておきますよ」

「そう? 断るのもなんだし、ご厚意にあずかることにするよ」


 俺が酒瓶を手に取る一方で、少年も机に置いてある酒瓶を取る。

 そして、酒瓶を掲げるや――


「どんな出会いも一期一会。ここはひとつ、乾杯といきません?」


 ――屈託のない笑顔で言った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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