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6-003. 旅程、遅延す!

 検討の結果、俺はジェリカに報奨金を渡すことにした。

 ギルドの口座には、商人ギルド(ジニアス)から支払われた100万グロウが入金されている。

 ギルドの工事費用、新しい宝飾銃(ジュエルガン)の開発費、当面の活動資金、それらを考慮しても四か月分程度の報奨金なら支払う余裕はある。

 〈ジンカイト〉のA等級報奨金四ヵ月分ともなると、69400グロウだ。

 なかなかの大金だが、ゴブリン仮面の調べでも問題ある行動が確認できなかったジェリカになら支払ってもいいだろう。

 真っ当な冒険者の彼女が入り用ならば、力になってあげるのは次期ギルドマスターとして当然のこと。


 さっそく銀行に向かって中央通り(シルバーヴィア)を逆走することになったのだが――


「どうしたネフラ?」

「別に」


 ――さっきから俺の背中を突き刺すネフラの視線が痛い。

 温泉街の旅程に横槍が入って、ずいぶんと怒っているみたいだ。


 ネフラの機嫌をどうやって取ったものかと考えていると、こちらの都合を何も知らないジェリカが陽気に話しかけてくる。


「ジルコ。なぜわざわざ銀行などに行くのだ?」

「金を調達しに行くんだよ」

「? ギルドに金庫があったではないか」

「いろいろあって、今ギルドに金は置いていないんだ」

「天下の〈ジンカイト〉が泥棒でも気にしているのか?」


 この人ずっとエル・ロワを離れていたから、王都のギルドが資金繰りに苦慮していることも、〈ジンカイト〉が襲撃されたことも知らないんだな。

 修繕中のギルドを見たらさぞやびっくりするだろうよ……。


「ふむ。せっかくだから他の者とも顔を合わせていきたかったがな」

「みんな多忙でギルドには誰もいないよ」

「そうなのか? 少し前まで西方にいたからエル・ロワ(こちら)の状況はからっきしでな」


 その時、街路の先に動く影が見えた。

 影は俺に近づいてくるにつれて大きくなっていく。

 鳥か?

 そう思って空を見上げてみると――


「うわっ!?」


 ――爪を立てた猛禽類が俺の顔めがけて急降下してきた。

 とっさに身を伏せたことで、そいつは俺の頭上すれすれを横切っていった。


「あっはっはっはっは……!!」


 冷や汗をかく俺を横目に、けたたましく笑い声をあげるジェリカ。

 彼女の頭上高くには、今しがた俺を襲いかけた鳥が旋回している。

 あれは……!


「ちと悪戯(いたずら)が過ぎるな、フォインセティア!」


 ジェリカが腕を上げると、そこに巻きつけられた厚い革布へと鳥が留まった。

 彼女の腕をガッシリと掴む鋭い鉤爪(かぎづめ)

 剣のように尖ったクチバシ。

 鮮やかな赤い羽毛に包まれた体に、ひときわ大きな両翼。

 全長は70cmほどだろうか――翼を広げればおそらく100cmをゆうに超える。

 それが、獲物を睨みつけるような獰猛な眼光を俺に向けているのだ。


「相変わらず危なっかしい鳥だな」

「彼女なりのスキンシップだ。お前のことが好きなんだよ」

「あそう……」


 ジェリカの相棒フォインセティアは、ルス地方特有のオオタカの一種だ。

 その種は、いかなる雷雨の中でも平然と飛び続けるという逸話を持つため、サンダーバードと呼称されている。

 プライドが高く、経験豊富な獣使い(テイマー)でも飼い慣らせないと聞いたことがあるが、ジェリカは難なく従えてしまっている。


「キュウゥッ!!」

「わっ」


 突然吠えられてびっくりした。

 俺のことを威嚇しているとしか思えないんだけど、これでも俺のことが好きだって言うのか?

 闇の時代、今みたいにしょっちゅうこいつにからかわれていたことを思い出した。


「空からお前のことを捜してもらっていたんだ。久方ぶりに翔んだエル・ロワの空はどうだった?」


 ジェリカがフォインセティアの首を撫でている。

 ふわふわした羽毛は触り心地がよさそうだが、こいつに限ってはとても触れたいとは思わない。


「もう一匹の相棒はどうしたのジェリカ?」


 ネフラが尋ねたことで、俺はジェリカに相棒がもう一匹いることを思い出した。

 彼女には、目となる(・・・・)フォインセティアの他にも、足となる(・・・・)相棒がいるのだ。


「リアトリスは西門近くの駐屯所に預けている。すぐに発つつもりだったのでな」

「西門か……。あとで会わせてくれない? リアトリスみたいな綺麗な馬は他では見られないから」

「もちろん。ネフラに撫でてもらえれば彼も喜ぶだろう」

「あの毛並み、今でも忘れられないなぁ。一日中触れていたいくらいだもの」


 ……なんだこの気持ち?

 まさか馬に嫉妬しているのか俺は。


「ジルコ。銀行が見えてきたぞ」

「あ? ……ああ、そうだな」


 銀行の看板が目について、俺は我に返った。

 今回、ジェリカにはさっさと金を渡して別れよう。

 あまり手間取ると、せっかくの温泉街の旅程が大幅に狂ってしまいそうだ。

 そう。色々な(・・・)意味で……。





 ◇





 中央通り(シルバーヴィア)の一角にある銀行へたどり着いたものの、そのまま中には入れない。

 獣使い(テイマー)といえども、銀行内は動物持ち込み厳禁なのだ。

 ジェリカがフォインセティアを再び空に放すのを待ってから、俺達は銀行の入り口(アーチ)をくぐった。

 ホールに足を踏み入れて早々、俺達を迎えてくれたのは若い銀行員だった。


「〈ジンカイト〉のジルコ様でございますね」

「そうだ」

「こちらへどうぞ」

「え?」

「人目に付くのはお嫌でしょう」

「いや、今回は融資の相談に来たわけじゃ――」

「どうぞ」

「はぁ」


 応対した銀行員によって、窓口ではなく応接室へと案内されてしまった。

 しかも半ば強引に、だ。

 なんだか嫌な予感がするぞ……。


 しばらく応接室で待っていると、銀行頭取(とうどり)――メディッチ卿が入ってきた。

 相変わらず枯れ木のように細い人だなぁと思いつつ、挨拶を交わした後に向かい合う形でソファーへと腰かけた。

 ネフラとジェリカは当然のように俺の両隣へと座る。

 ……なんだか新鮮な組み合わせだな。


「まずは非礼をお詫び申し上げます。ジルコ様、皆様」

「一体どうしたんです?」

「〈ジンカイト〉様の口座にて、少々気になる動きがありましたので早急にお話をと思いまして」

「えぇっ!?」


 早くも嫌な予感が的中したことで、俺は変な声を出してしまった。


「気になる動きとは聞き捨てならんな。何があったと言うのだ?」

「ジェリカ様の前では、少々お話しにくい件なのですが……」

「なぜだ。構わぬから言うがよかろう!」

「……よろしいでしょうか?」


 メディッチ卿が俺に目配せしてきた。

 口座に関することで、ジェリカの前でしにくい話ってなんだ?

 彼が何を気にかけているかちょっとわからないな。


「構いません。話を聞かせてください」

「承知しました。実は先日、リドット様より急遽90万グロウの出金がございまして」

「きゅっ!!」


 想像を超えた事情に、俺はフォインセティアのような声を出してしまった。


 俺の聞き間違いじゃないよな?

 今、彼は90万グロウって言ったんだよな?

 9万じゃなくて、90万だよな?

 口座に入金されているギルド資産は総額100万とちょっと。

 そこから90万グロウが引かれたとして――


「残高……じゅ……」


 ――ダメだ。頭が現実を拒否して計算ができない。


「それはいつのことなのだ?」


 ジェリカが身を乗り出して問いただす。

 まるで獲物を狩る時のような鋭い目を向けるものだから、メディッチ卿がたじろいでしまっている。


「……つい二日前のことです。パーズにある支店で、理由も言わずに90万グロウ分の大金貨を持ち出していかれたのです」

「なな、なんでリドットがそんな大金を……っ!?」

「彼は以前にも多額の融資を求めておいでですが、いつも理由は不明瞭でした。そこで失礼ながら、私どもの独断で彼の動向を調べさせていたのです」


 ……マジかよ。

 銀行側でそんなことまでしていたのか。


「その際、リドット様がルスの工作員とおぼしき人物と接触しているという報告を受けたのです」

「ルスの工作員だって!?」

「確証はございませんが、彼はルス帝国の間者(スパイ)としてエル・ロワでの活動資金を調達しているのではないかと……」

「う、嘘だろっ!?」


 リドットは〈ジンカイト〉の中でも特に正義感の強い男だ。

 報奨金だって、孤児院や教会に寄付するような真面目一徹の篤志家なのだ。

 そんな奴が他国のためにギルドの金を持ち出すわけがない。

 むしろ問題が起こった時には、ギルドに迷惑を掛けないように独りで背負いこんで無茶するような奴なんだぞ!?


頭取(とうどり)殿。リドットの行方は掴めているのか?」

「詳細な足取りまではわかっておりません……ジェリカ様」

「あやつのことだから、パーズにずっと留まるような馬鹿はすまい。拠点は近隣の町のどこかであろうな」


 パーズは王都から西側にある衛星都市だ。

 確かに西方に近い地域ではあるが、その辺りにルスの影響力が及ぶとは考えにくいが……。


「も、もちろんこのことはギルド管理局に報告はしておりません! まずはジルコ様かジェット様にお伝えしてからと」

「ご配慮感謝します……」


 ジェリカ同様、ゴブリン仮面からの素行調査に懸念なしの報告がされたはずのリドットに、まさかそんな疑惑があったとは……。

 しかも、よりによってまた間者(スパイ)かよ!

 〈バロック〉の件でそういうのは懲り懲りだっていうのに。


「礼を言うぞ頭取(とうどり)殿」

「はい?」

「やはりけじめはつけていくべきだと思い至った」

「そ、それはどういう意味でございましょう……?」


 突然ジェリカが立ち上がり、俺の肩を掴んだ。

 見上げると、彼女はらしくもなく(・・・・・・)険しい顔を露わにしていた。


「どうしたジェリカ?」

「ジルコよ、金はもういい」

「もういいって……新大陸の件はどうするんだよ」

「パーズへ行きたい。お前にも同行願う」

「へっ!?」

「もしもあの男が、本当に間者(スパイ)などという立場に身をやつしているのなら、もはや我慢ならん。わらわ自身の手で、しがらみを断ってくれる!」


 肩を掴むジェリカの手に、徐々に力が込められていく。

 凄い握力で掴まれているせいで、俺は肩が外れるかと思うほどだ。


「我が夫――リドットの責任はわらわが取らねば始まるまい!!」


 なんてこった……。

 一度火が付いてしまったジェリカは止まらない。

 せっかくの休暇で温泉街へ行こうって時に、まさか夫婦喧嘩に巻き込まれることになるなんて。


「う”っ!?」


 突如、脇腹に強い衝撃があって思わず咳き込みそうになる。

 横を見てみると、口を結んでうつむいているネフラの肘が俺の横腹に当たっていた。


「……馬鹿っ」


 ぼそりと暴言も聞こえたような……。

 気持ちはわかるけど、俺に怒るのは筋違いじゃないのか!?

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