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D-006. 理想の果て③

 〈ワン・トゥルース〉の隠れ家は、数十年前に衛星都市(プリンシファ)の富豪が造った地下避難所(シェルター)とでも言うべきところだった。

 商人ギルドの協力で市内の怪しい物流を追跡した結果、発見することができたのだ。

 その隠れ家へと私を含めた五名の冒険者で潜入したものの、想定以上の戦力に迎え撃たれてパーティーは離散。

 私はジルコとジャスファと一緒に何とか追手から逃げ延びていたけれど、屋内――しかも敵陣の真っ只中で逃げ回るのは困難を極めた。


『おいジルコッ! あたしは右って言ったよなっ!?』

『そんなこと言ったって、あんな数の敵が待ち伏せてるなんて思わなかったんだよ!』

火薬の色(・・・・)が見えたっつったろ、このバカッ』

『色ってなんだよ! 銃を構えた敵がいるってちゃんと言えよっ!!』


 走りながら続くジルコとジャスファの口論を見ながら、私はチームワークの酷さに呆れた。

 喧嘩の原因は、途中にあった岐路で左右どちらの通路へ曲がるかだった。

 ジャスファは左の通路へ進むことを訴えたけれど、ジルコはそれを無視して右の通路を進んでしまった。

 追手から逃げている最中のこととは言え、結果として別の敵グループとぶつかって大変な目に遭うこととなった。


『あたしの危機回避能力なめんな!』

『それが意味わかんねぇんだよ!!』


 二人の後をついて走る私は、黙しながらもずっと苛立ちが募っていた。

 この二人、隠れ家に潜入してからずっとこの調子だ。

 どうしてこんな仲の悪い二人が同じギルドにいるのか理解できない。

 当時の私はそう思っていた。


『二人とも、お静かに! 敵に居所が知られますっ』

『うるせぇんだよ石ころ! あたしに指図すんな!!』

『はぁ? 石ころ?』

『石ころは石ころらしく通路の隅にでも転がってろってんだ!』


 ジャスファの執拗な悪口によくぞ耐えられたと思う。

 少し前の私なら、とっくにこの女の顔面に拳を深々と打ち込んでいたに違いない。


『喧嘩はよせって、二人とも!』

『てめぇが言うか!?』『あなたが言います!?』


 ……もっとも私も冷静とは言い難かったけれど。


 その時、通路の先から〈ワン・トゥルース〉の兵隊が走ってくるのが見えた。


『いたぞ! 撃てぇーっ!!』


 数人が通路を横並びになり、雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)の銃口を向けてきた。

 狭い通路で一斉に射撃されたら逃れようがない。


『うわっ! ジャスファ何すんだ!!』

『てめぇのせいでヤバくなったんだから、盾くらい務めろや!』


 ジャスファがジルコを羽交い絞めにして盾にしだした。

 私はそれを横目に――


『もうやってられません!!』


 ――足元を殴りつけて石床をひっくり返した。

 敵の銃弾はめくりあがった石の壁に弾かれ、砂埃を巻き上げる。


『今のうちに引き返しま――』

『必要あるかよ!!』


 私が言い終える間もなく、ジャスファが砂埃に紛れて飛び出した。

 彼女は瞬く間に兵隊との距離を詰めると、抜き放ったナイフで敵全員の喉笛を斬り裂いてしまった。

 相手が弾を詰め直している最中だったとはいえ、なんて思い切りのいいこと。


『よし!』

『……野蛮ですこと』

『うるっせぇな。てめぇの喉笛も掻っ切るぞ!?』

『会話するだけ無駄ですね』


 私が冷めた眼差しを送るや、ジャスファはナイフをしまって通路を先に進んでいってしまった。

 仮にも敵陣でパーティー行動中なのになんて女なのかしら。


『き、気にするなよフローラ。ジャスファも悪気があってあんな態度を取ってるわけじゃないから……きっと』

『〈ジンカイト〉もしょせんは野蛮な冒険者の集まりに過ぎないんですね』

『そんなことは……』

『あなたも頼りになりませんし。どうせならジェット様に同行したかったですね』

『……っ』


 少々意地の悪い言い方をしてしまったけど、ジルコは結局何も言い返してはこなかった。

 それどころか、すぐに視線を切ってジャスファの後を追って走っていった。

 女の私にこうまで言われて何も言い返せないなんて、つくづく情けない男――と、当時は思ったもの。





 ◇





 私とジルコがジャスファに追いつく頃には、通路には緑の臭いが漂っていた。


『この先に出口があるのでしょうか?』

『さぁな。ジャスファのやつ、無茶してなけりゃいいけど』


 ジルコがそう漏らした矢先、通路の先にジャスファの背中が見えた。

 彼女は広間の手前で足を止めていた。


『どうしたのです!?』

『静かにしろよ。ここ、妙だ』


 ジャスファが猫のように目を細めながら、広間の中を見渡している。

 確かに私から見てもその広間はおかしかった。

 なぜなら、屋内だというのに広間一面に緑が茂っていたから。


『なんだここ。地上に出たのかと思ったら、どうしてこんな……?』


 ジルコが恐る恐る広間の中を覗き込んだ。

 私も同様。

 唯一、ジャスファだけが臆することなく芝生の上に足を踏み出していった。


『ビビッてんなよ。ただの地下庭園だろ』

『地下庭園だろって……罠があったらどうするんだ』

『ないよ。あたしにはその色(・・・)は見えない』

『またわけのわからないことを……。待てよジャスファ、離れて行動するな!』


 ジャスファを追いかけてジルコまで広間に入って行ったので、私も二人に続いて芝生に足を踏み入れた。


『アニマ教らしい場所っちゃ場所だね。わざわざ地下にまでこんなもの造るなんてさ』

『この地下施設を造ったのは衛星都市(プリンシファ)の貴族だろう。その人の趣味なんじゃないのか?』

『そんなもんどっちだっていいんだよ!』

『お前から振ってきたんじゃないか!』

『あたしの独り言にいちいち返答しなくていいんだよ!』

『あーそーですか! いちいちでかい独り言だなぁ!』

『あぁっ!?』

『なんだよっ!?』


 ……またジャスファとジルコが睨み合いを始めた。

 私は呆れて声も出なかったので、二人を無視して周囲の探索を始めることにした。


『不思議な空間。地下に隠れ忍ぶ〈ワン・トゥルース〉の憩いの場でしょうか?』


 広間は明らかに地上の庭園を模して造られたように見えた。

 森のように木々が立ち並ぶ中、人が歩きやすいように道も作られており、ご丁寧にもベンチまで設置されていた。

 道に沿って彫られた溝には綺麗な水が浸されていたものの、流れることもなくじっと停滞している。

 ぽつぽつと周囲を照らす燭台が立っていたけれど、庭園はまるで屋外のように明るく照らしだされていた。

 加えて、天井が光っているように見えるけれど、一体どんな技術なのだろう。


『天井一面にヒカリゴケが生えているんだ。だからこの程度のかがり火でこんなに明るいんだな』

『いちいち雑学ひけらかすなよ。ウザいんだけど』

『お前なぁ、仲間に向かってその態度なんとかしろよ!』

『は? 誰が仲間だって?』


 もう何度目かの喧嘩だったので、私は二人を無視して探索を続けた。

 そんなこんなで人工の森を道に沿って進んでいくと、何やら音楽が聞こえてきた。


『何の音でしょう?』

『……』

『……』


 私の問いかけにジルコもジャスファも答えてくれなかった。


 私達は音楽に誘われるかのように、音の聞こえる方へと歩いていった。

 すると、森の中に小さな湖が現れた。

 湖のほとりには丸いテーブルが置かれていて、机の上にはコーフィーカップが二つ。

 すぐ傍には蓄音機があり、音楽はそこから聞こえてきたものだった。

 そして、椅子に腰かけている人物が一人。


『おや。先に(・・)来たのはあなた達の方?』

『……伝道師!!』


 私はその人物を目にして、思わず口走ってしまった。


 そこに居たのは、私を(たばか)ったあの時の伝道師その人。

 司祭服は着ていないけれど、紺色のローブを身にまとい。

 ストールの代わりに、草で編まれた輪飾り(リース)を首から下げ。

 帽子から垂れさがる薄いヴェールで顔を覆っていた。

 その姿。その気配。

 間違いなく私の記憶にある伝道師その人だと確信できた。


『でんどうし? 知っている奴なのかフローラ』

『ええ』

『あいつも〈ワン・トゥルース〉?』

『残党のリーダーです』


 私は今にも芝生を蹴って襲い掛かりたい衝動を必死に抑えた。

 リッソコーラ様がおっしゃっていたように、奴を殺さずに捕えなければ〈ワン・トゥルース〉の残党勢力を抑えられない。

 でも、私の内側では荒ぶる怒りと憎しみが今にも溢れ出んとしていた。


『あたしのこと、覚えていてくれたんだ。お嬢ちゃん』

『……!』


 噛み締める歯からギリギリと音が聞こえた。

 なんてはしたない。

 心を落ち着かせようにも上手く感情がコントロールできなくなっていた。


『〈ワン・トゥルース〉残党のリーダーだな。お前を拘束する』

『あなた達〈ジンカイト〉だね。せっかく見つけた憩いの場も、あなた達がやってきたせいでてんやわんや(・・・・・・)よ』

『投降しろ。お前が投降すれば、部下もそれに(なら)うだろう』

『それは無理な相談だね。あたし達は例え最後の一人となっても戦うよ』


 伝道師は机に置かれていたコーフィーカップを手に取ると、私達に背を向けてヴェールを上げた。

 あろうことか、奴はカップを口につけて飲み始めたのだ。


『敵に背を向けるなんて、ずいぶんあたしらを舐めてんじゃねぇか』

『……確かにそれには同意するよジャスファ』

『ジルコ。あのクソムカつく奴の憩いをぶっ壊してやれよ!』

『ああ。呑気にコーフィーを飲めなくしてやる』


 そう言うや、ジルコは雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)の引き金を引いた。

 銃弾は真っすぐに奴の手元へ向かって飛んでいった。

 当たる。私がそう思った瞬間――


『いきなり撃つなんて無作法な子』


 ――カップの中から飛び出したコーフィーが銃弾を弾いた。


『なっ!?』

『おいおい。あいつ、まさか……!』


 ジルコとジャスファと同様、私もその光景を前にして目を丸くした。

 魔法陣も描かずに液体を操るなんて精霊奏者(エレメンタラー)にしかできない芸当なのだ。

 奴は、私が生まれて初めて出会った精霊奏者(エレメンタラー)だった。


精霊奏者(エレメンタラー)! しかも水の精霊(ウンディーネ)か!!』

『……ジルコ。ヤバいよ、ここ』

『え?』

『この音が聞こえないのかよ、ボンクラ!』


 ジャスファが怒鳴って私も初めて気が付いた。

 周囲から水の流れる音が聞こえ始めていたのだ。

 見れば、さっきまで停滞していた溝の水が湖の方に向かって流れ始めている。

 湖でも水面に波が立ち始めていた。


『坊や達にも、あたしがのんびりしている理由がわかった?』


 カツン、と机にカップを置く音で私は伝道師に視線を戻した。

 奴のヴェールに隠れた顔を見て、私はその奥に歪んだ笑みがあるのを感じた。


『知ってる? 原始アニマ教の司祭達は踊りながら精霊と語らっていたこと』

『ジルコ、フローラ! ヤバいよ構えなっ!!』


 溝を流れていた水が突如として壁のように立ち上がった。


『だからなのか、精霊って踊りが大好きなの。彼らはいつだって踊っているんだ』

『後退は……不可能だっ。あいつを倒すしか道がない!』


 来た道はすでに宙を舞う水によって閉ざされてしまっていた。


『あなた達も、踊りながら水の精霊(ウンディーネ)達と語らってみるといい』

『来ます! 来ますけど……っ』


 湖から飛び上がった大量の水が、私達の頭上めがけて落下してきた。

 逃げ道も塞がれた私達にそれを躱す術はなく――


『『『うわあああぁぁぁっ!!』』』


 ――凄まじい水圧が私達の体を圧し潰した。

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