2-014. ならず者達の女神
俺は街路灯の下で傷の応急処置を行っていた。
足の裏と膝にポーションの青い液体を塗り、包帯でガチガチに巻き固める。
さらに、瓶に残ったポーションを一気に飲み干した。
「くうっ……。いつ飲んでも不味いな!」
少しして足の痛みが引いていくのを感じる。
さすがは〈理智の賢者〉クロードの製造したポーションだ。
三年前に造られた余り物でも、市販のポーションよりずっと効果が高い。
これで走れるようにはなった。
次に俺は、携帯リュックから地図を取り出す。
現在地から近いジャスファの隠れ家を確認するためだ。
南に650m、貧民街区域にある潰れた酒場。
西に400m、西門近くの賭博場地下。
他の隠れ家はどこも1000m以上離れている。
ジャスファも傷を負っているから、このどちらかに治療も兼ねて駆け込んでると思うんだが……。
ここから半径300m圏内にある教会や医療院の可能性もある、か?
否。ジャスファは金を払ってまで施しを受けるタイプじゃない。
とすると、この二ヵ所のどちらかに向かったはずだ。
……どっちだ?
ジャスファは俺の解雇通告も意に介さない頑固さと攻め気がある。
傷が癒えたら必ず俺への報復に動き出す。
それこそ次は手段を選ばないだろう。
この勘を外せば、俺は確実に殺される……!
「う~ん……」
以前覗いた時、この二ヵ所の隠れ家の設備は似たようなものだった。
ならばより近い賭博場の地下に行くのが合理的だ。
だが、あいつは合理で動く人間か?
狡猾に動き回るその根底には、相手に対する執拗な対抗心を感じるんだよな。
王都の出口に近い西門付近は、俺からの敗走をあいつに意識させているんじゃないか?
だとしたら、貧民街の潰れた酒場、か。
……決めた!
俺は地図を携帯リュックに戻すと、街路を南に向かって走り始めた。
◇
貧民街へと入ると道端に酔っ払いや浮浪者の姿がチラホラと見えてきた。
俺に気づいた連中は、誰一人例外なく敵意の眼差しを向けてくる。
よそ者の俺がよほど気に食わないのだろう。
俺は暗がりの中、月の光を頼りに貧民街の狭い通りを抜ける。
十字路に差し掛かったところで、貧民街の住人とは明らかに違う研ぎ澄まされた殺気を肌が感じ取った。
「わっ」
突如、暗闇から飛んできた手裏剣を際どいところで躱す。
今飛んできた手裏剣の数は四枚。敵は四人か?
「ジルコの旦那はいけずでやんすねぇ」
「少しはジャスファの姐さんを労わってくださいス」
暗がりから姿を現したのは、取り巻きの二人だ。
一人で手裏剣二枚を投擲してきたわけか。
……それとも他に伏兵が?
こいつらの名前は知らないので、とりあえずヤンスとスとでも覚えておくか。
「お前らが現れたってことは、俺の選択は間違ってなかったってことだな」
俺はホルスターに収まるミスリル銃に手をかけた。
この二人以外に取り巻きはいるのか?
周囲に気配はないが、十字路は死角が多いので油断はできない。
「旦那。今日のところは姐御を追いまわすのやめにしやせんか」
「もちろん礼はするスよ。いくつか貴金属まわしますし、ご要望とあらば数万グロウ程度なら」
まさかここにきて交渉とはな。
まぁ、賄賂みたいなものだが……。
「断る。そんなものじゃ俺の割に合わない」
当然の返答だ。
今見逃したら、俺は必ず暗殺されちまう。
「……でやんすよねぇ。仕方ない、戦りますか」
「その準備はしてきたスからね」
二人は錠剤らしきものを取り出すと、口へと含んだ。
「……おい。それってまさか」
「お察しの通り、一錠飲めば石も砕ける魔法の錠剤でやんす」
「並みの人間ならこいつでイチコロっス!」
魔薬!
服用した者の肉体を爆発的に活性化させ、瞬間的にすさまじいパワーと耐久力を引き出すと言う。
かつて冒険者達の間で流行り、中毒者は強烈な副作用に苦しんで廃人になる者が続出した代物だ。
今では禁制品として所持も売買も禁じられている。
「そんなもの飲んで、自分の命が惜しくないのか!?」
「姐御のためなら、たとえ火の中水の中、でやんす」
「姐さんを傷つける奴ぁ、英雄だろうと何だろうとブチのめすっス!」
二人ともビクビクと痙攣を起こしたと思うと、首や腕に青筋が立っていく。
目は充血し、口からは泡が噴き出る。
……ジャスファみたいな奴でも、ここまで慕う連中がいるんだな。
「うおおおっ」「はあああっ」
ヤンスとスが双剣を抜いて正面から突っ込んでくる。
速い! 一瞬にして間を詰められた。
ジャスファのように毒を塗られた刃ではないものの、空振りした短剣の風切り音を聞くと肌が粟立つ。
しかも、今の俺には防刃コートもない。
「ぐうううっ……!」
俺が攻撃を躱していると、ヤンスがふらつき始めた。
魔薬の副作用――肉体の無理な反応によって体内の水分がどんどん失われているのだ。
このまま動き続ければ、この二人は死ぬ。
「これ以上は死ぬぞ!」
「惚れた女のため、命を懸けるのが男ってもんでやんしょ!」
血の涙を流しながら、ヤンスが笑った。
頬を伝う血を拭うことも忘れ、俺へと斬りかかる。
「そういうことっス!」
スも同じく、頬に血を伝わせながら双剣を振るう。
「お前ら――」
ヤンスもスも、最初の爆発的な勢いはもうない。
彼らにとって不幸だったのは、俺が並の人間ではなかったことだ。
たったの数秒で彼らの優位性は失われた。
「――もう休め!」
俺はヤンスとスの間をすり抜けると、振り向きざまにミスリル銃の引き金を引きっぱなしにして二人の足元を薙ぎ払った。
斬り撃ちによって両足の腱が断裂した二人は立っていられなくなり、転倒した。
「あ……あぐ……」
「ううぅ……」
倒れた二人の顔を覗くと、目の充血が引いていくのが見えた。
身動き取れなくなったことで、水分の燃焼も収まったか。
「時間稼ぎに命かけるなよ、馬鹿」
「さすが、お見通しでやんすか……」
俺は呆れて溜め息をつくと、二人の前に屈んで尋ねてみた。
「あんな業突く張りのどこがいいんだ?」
俺の質問がおかしかったのか、ヤンスもスも白い歯を見せた。
「俺たちゃ……世間のはみ出し者。……そんな俺達を拾ってくれたのが……姐さんだったんスよ」
「クズにはクズの……女神が必要なんでやんす。あっしらにとって……それが姐御だったってだけでさぁ」
不器用な男達の信念、か。
この場にいない他の三人もきっと同じだろう。
「……ま、気持ちはわからないでもないぜ」
俺はリュックからふたつポーションを取り出すと、ヤンスとスに投げ渡した。
「旦那?」
二人ともキョトンとした顔をしている。
人の好い話だが、こいつらになら貴重なポーションをくれてやってもいいな、と思ってしまった。
我ながら甘ちゃんなことだ……。
そうだろ、ジャスファ。
「それを飲めばとりあえず応急処置にはなる。足の腱は近くの教会にでも行って治してもらいな」
……足の裏の傷がまた痛んできた。
傷が回復する前に少し動き過ぎたみたいだ。
それでも俺は走るのをやめない。
ジャスファとの決着がつくまで、戦いは続いているのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「おもしろい」「続きが気になる」と思った方は、
下にある【☆☆☆☆☆】より評価、
またはブックマークや感想をお願いします。
応援いただけると、執筆活動の励みになります。