5-050. 虚像 ジルコVSフローラ④
「な、なんで!?」
俺は銃身での防御が間に合わず、腹を蹴り込まれて再び木棺の山へと突っ込んだ。
「がはっ! ぐふっ」
……吐血。
今の一撃で内臓をやられたか。
痛みは感じなくとも、肉体のダメージが限界を超えれば……死ぬ。
これ以上ダメージは受けられない。
「ジルコくん!!」
「あ~らネフラ様。ずいぶんお顔が綺麗になりましたね。……ああ、例のグミですか?」
「フローラ……」
「今度はポーション程度では治癒できない傷をプレゼントします。目玉をくり抜くか、鼻をねじ切るか、耳を切り取るか……選り取りですよ?」
「ひ……っ」
フローラがネフラを威嚇している。
しかし、奴は今はまだネフラに仕掛ける気はない。
なぜなら軸足が俺の方に向いている……俺への警戒を解いていない証拠だ。
「ジルコ様、楽しい空の旅をありがとう! あんなに死を間近に感じたのは初めてです!!」
「お前、壁をよじ登ってきたのか……」
フローラのやつ、なぜ落ちなかったんだ?
投げ落とす際、塔の壁面から数mは離れるように投げ飛ばしたはずなのに。
「ジルコ様の相棒のおかげです」
「なんだって?」
唐突にフローラが左手の人差し指を掲げた。
その指の第一関節あたりには切傷があり、わずかに血が流れている。
「外へ投げ出される瞬間、あなたの手袋と結ばれていた銃の糸に指先を引っ掛けることができました。おかげで勢いが殺され、壁にしがみつくことができたのです」
「……!」
見れば、銃に繋がるワイヤーの一部に血痕がついている。
あの時は投げることに集中していてワイヤーの動きにまで気を留めていなかった。
……フローラを舐めていた。
「なら、二度と上がってこれないように今度こそ叩き落と――っ」
口上の途中での吐血。
痛みこそないが、体の内側が重くなってきている感覚がある。
「ダメ―ジはちゃんとあるようですね。そんな状態で平然としているなんて……まるで痛みを感じていないみたい」
「まさか……ジルコくん!?」
フローラの指摘のせいで、俺がゾンビポーションを飲んだことをネフラに気付かれてしまったようだ。
あの子には余計な心配はかけたくなかったが……。
「大丈夫だ。心配いらない」
「どうしてあんな物を飲むのっ!!」
「だから大丈夫だ」
「ジルコくん……」
「今度こそフローラを殺す。まだ後がつかえているからな」
フローラの顔を見て、冷めていたはずの殺意が再び湧き上がってくるのを感じる。
……次は上手くやる。
もう絶対にミスらない。ミスは許されない。
「私を殺す? この期に及んで面白い冗談ですねっ!?」
フローラの胸元にある宝石が輝くや、全身を光が覆っていく。
また出たか、魔効失効の奇跡……。
「フローラに死を突きつけようとする者は確実に殺します! もう遊びはお終い。本気の本気で今度こそあなたの命を断つ!!」
より一層フローラの持つ宝石が輝きを増していく。
奴の全身の筋肉が再び隆起し、全身の切り傷が瞬く間に治っていく。
「廻生の奇跡! さらに研磨の奇跡!! そして先見の奇跡!!!!」
……圧巻だ。
三つ――否。四つの奇跡が同時にフローラに起こっていることで、彼女の周りには凄まじいエーテル光の余波が現れている。
一見すると美しい煌めきのカーテンが掛かっているように見えるが、かつて対魔王戦で使われた最高峰奇跡の組み合わせだ。
魔法無効化、常時回復、肉体強化、そして直観力を爆上げして一瞬先の未来を予知するとされる反則級の奇跡――先見先読の四つの奇跡。
まさか俺を相手に不死身特攻を仕掛けてくるとは。
「死んでもらいます」
「断る!」
銃を構えた瞬間、俺の視界からフローラが消えた。
警戒しようと視線をズラした途端、死角から横っ面を叩かれた。
「!?」
慌てて体勢を立て直そうとした時、今度は真下から顎を蹴り上げられた。
その衝撃で浮き上がった俺の体は天井にぶつかり、ゆっくりと落下しようとしたところをさらにもう一度突き上げを食らう。
「がはぁっ!」
背中から天井にぶつかったと思えば、今度は手首を掴まれて床に叩きつけられる。
凄まじい衝撃と轟音。
床に亀裂が生じたのか、俺の背骨が折れたのか、もはやわからない。
「がっは……っ」
息もできない状況で視界が狭まる中、手首からフローラの手が離れた。
しかし、気配はまだそこにある。
俺は勘を頼りにその気配に向けて光線を撃ち出したが――
「残念、ハズレッ!」
――右腕ごと銃身を踏みつけられ、まったく見当違いな場所を撃っていたことを思い知らされた。
「あなたがいつどこを狙おうとしているのか、今の私には感じ取れるんです!」
「ぐああぁぁ~~~!」
利き腕を徹底的に踏みつけられ、腕の付け根から指先までの感覚がなくなってきた。
おまけに視界までぼやけてくる。
フローラが動いてからほんの数秒だってのに……もう瀕死じゃないか。
「うっお……おぉ……」
無様なうめき声しか出せないが、俺はなんとか立ち上がろうと努めた。
だが――
「背信者は頭を垂れていなさい!!」
――後頭部を踏みつけられ、俺は顔面を床に沈めた。
一瞬、脳が揺れて視界が真っ暗になった。
鼻からは血の臭いしかしない。
「私を殺そうなどと思い上がるなんて、なんて愚かな男でしょう。フローラが本気を出せば、あなたなど路傍の石ころも同然だというのに!」
「ぐっ。まだ、終わって、ねぇ……っ」
「もういいですよ。グシャリといきます……このままね」
フローラの足から掛かる圧が増していく。
俺の額はじわじわと石の床へとめり込んでいった。
……ヤバい。頭蓋骨が悲鳴を上げてきた。
「くそがぁぁっ」
銃口をフローラの方に向けて闇雲に光線を見舞うも、全身を覆う魔効失効の奇跡の光にはまったくの無力。
フローラの足を掴んで除けようにも、まるで大木か岩のように微動だにしない。
頭の中でミシミシと嫌な音が聞こえてきた……。
「さよならジルコ様! 死体はちゃんと活用してあげますから!!」
「くそぉぉぉ……!!」
ダメだ。死ぬ……!
そう思った矢先――
「やめてぇぇぇぇぇっ」
――ネフラの声が聞こえた。
横目にかろうじて見える彼女の足。
なんと、それがこちらに向かってくる。
ダメだ! 来るなネフラ!!
「事象――」
「あなたは後!!」
肌を鈍器で叩くような鈍い音が聞こえた。
俺の視界には、ネフラの足が一瞬浮き上がり、間もなくして背中から倒れるのが見えた。
その顔は真っ赤に染まっていて――
「あ……」
――それを見た瞬間、俺は今まで押し込められていた激情が全身を駆け巡った。
「あ”あ”あ”ぁぁああぁフローラァァァッ!!」
「悔しい!? 何もできずに朽ちていく無力感に苛まれながら死になさい!!」
殺意が、限界を超えていたはずの俺の体を動かした。
ミスリル銃のトリガーを引いたまま、方向問わず闇雲に光線を走らせまくる。
もはや技とは呼べないが、それでもセットされている宝石のおかげで絶大な威力を発揮し、周囲を次々と斬り裂いていった。
「な……なんてめちゃくちゃしてぇっ!!」
フローラが金切り声をあげている。
めちゃくちゃすれば、先見もクソもないだろう。
直後、まるで地震のような振動が周囲を揺らした。
階下からは床に拡がる亀裂を通して轟音が聞こえ、上階からは大量の塵が降り注ぎ、この階に至っては床が傾き始める始末。
どうやらこの階の床……落ちるぞ。
「私と心中でもする気っ!?」
「お前が相手じゃごめんだ」
「この――」
フローラが言い返す前に周辺の足場が崩れた。
不快な浮遊感の後、俺もフローラも階下の床に激突した衝撃で互いに足場から吹き飛ばされた。
反動を利用してなんとか着地した俺は、すぐに標的を捜す。
間もなくして、上階から降り注ぐ瓦礫を躱しているフローラを見つけた。
撃てば確実に急所を狙える位置と角度――しかし、奴の全身はいまだ魔効失効の奇跡が覆っている。
今撃っても効果はない……。
「!!」
その時、俺の前に上階から鏡の短剣が振ってきた。
それは瓦礫の上をバウンドし、ちょうど銃身から手を離していた俺の左手へと飛び込んでくる。
まるで持ち主の手元に自ら戻ってきたように。
短剣を掴んだ俺の前には、さらなる偶然が舞い込んできた。
「ネフラ?」
フローラまでの射線上に、ネフラの本から切り取られたページが舞っている。
近くにネフラの姿はない。
しかし、漂うページに事象抑留の魔法が掛かっている確信が俺にはある。
「ありがとう。助かる」
フローラを倒す千載一遇のチャンス。
これをしくじれば後はない。
「これでは計画に支障が……! 絶対に殺してや――」
奴が俺を見つけて、その意識がこちらに向かう直前。
「――ジルコ……ッ!!」
俺はすでに鏡の短剣を投擲していた。
短剣は空中のページを貫き、さらにフローラの肩へと突き刺さった。
さすがの先見の奇跡も意識外からの不意打ちまでは対応しきれないようだな。
「痛っ! また小細工を……」
フローラを覆っていた魔効失効の奇跡の光が、短剣と共に突き刺さったページへと吸い込まれていく。
「ちょっ!?」
フローラは肩の短剣を抜こうとして、とっさに俺から目を離した。
それは生死の懸かった戦いで犯してはいけない愚行。
「シュートッ!!」
俺の放った光線は一直線にフローラへと向かう。
フローラが俺に視線を戻す頃には、光線はすでに奴に接触する寸前。
しかし、光線は胴体から大きく逸れて肩口へヒット――
「はっ! 残念でした!!」
――と見せかけて、俺の狙いは最初からそこだ。
「あ?」
狙いは、フローラの右肩に刺さっていた鏡の短剣の刃。
刺さっている角度も悪いし、刀身は血で半分以上が染まっているから意図した反射は期待できない。
しかし、超至近距離で反射してくれたならそれで充分。
「ぎ――」
本来は肩をかすめるはずだった光線は、鏡の短剣の刀身に反射してもっとも間近なものへと跳ね返った。
それはフローラの手足。
右腕、右太もも、左足首を瞬時に切断した光線は、そのまま塔の床から壁までを一息に斬り裂いた。
「――ぎゃあああぁぁっ!!!!」
フローラは悲鳴を上げながら転倒。
かろうじて残った左手で胸元の宝石を掴む。
しかし、肩に事象抑留のページを突き刺されている以上、奇跡は使えない。
そして、ミスリル銃の銃口はすでにフローラを捉えている。
「詰みだ」
「ひ……っ。ま、待ってジルコ様!」
「……」
「うう、撃たないでっ! お願いっ!!」
「……マジかよ」
信じられない。
あのフローラが――別人格とはいえ――泣きそうな顔で俺に訴えてきた。
否。両目に涙を浮かべて……泣いていた。
「あなたは仲間を撃つの? まさか本当に私を撃つなんて言わないでしょう!?」
フローラの命乞いなんて見たくなかった。
例え中身が別人であっても、見た目はそっくりそのまま彼女なのだから。
「私の負けです! あなた達の怪我も治すし、組織のことも話しますから、命だけは助けてください! お、お願いぃっ!!」
「……フローラじゃない」
「そう、そうです! 私はペルソナ……フローラは今眠っています! 私の記憶は彼女には受け継がれないから、ここで矛を収めてくれればまた昔のように――」
「だから撃てる」
「――え?」
もう戻れないんだよ。
人格が違おうとも、俺がフローラに引き金を引いた事実は変わらない。
それに……。
「お前が存在していい理由はない」
今さら引き金を引くことに躊躇いはない。
銃口から射出された光線は、フローラが首から下げた冒険者タグごとその胸を貫いた。
「う……嘘……でしょ」
再び大振動が足元を揺らす。
それは周囲の床にさらに大きな亀裂を生じさせ、階下へ開いた割れ目へとフローラの体を飲み込んでいった。
もはや彼女の体に取り付く宝石の輝きは皆無。
「……しまった」
フローラが落ちていった割れ目を見つめながら、俺は致命的な問題に気が付いた。
「ギルドの記章、回収し損ねた……」
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