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5-049. 違和感

 塔の外へ飛び出したフローラの体は、弧を描くようにして落ちていった。

 声もあげずに視界から消えていくフローラに対して、俺は――


「……」


 ――何の感情も湧かなかった。


 この高さから落ちれば、奇跡で体を強化しようと死は免れない。

 皮肉にも、高いところから落ちたトマトの結果を自分自身で体現することになるだろう。

 俺は地上の様子(その結果)を確認する意欲も湧かず、(きびす)を返してネフラのもとへと戻った。


 フローラは死んだ。

 これでガブリエルを追う障害はすべて消え去った。

 仲間の死というのは――裏切り者であっても――もっと動揺するものだと思っていたのに、まったくそんなことはなかった。

 俺の心は至って平穏。

 穏やかなまま、さざ波ひとつ立っていない。


 ……違和感、だな。


 しかし、たった今感じられたその違和感もどんどん小さくなっていく。

 自分が自分でなくなっていくような……そんな焦燥と共に。


「ネフラ!」


 ネフラの隠れている棺は、他の木棺の下敷きになっていて判別つかない。

 とりあえず声を掛けながら棺の蓋を開けていくしかないな。


 その時、コンコンと小さなノック音が聞こえてきた。

 音の出どころを探ると、木棺の下敷きとなっている棺の内側から聞こえてきているのがわかった。

 俺はすぐにその棺を引っ張り出し、蓋を開けた。

 予想通り中にはネフラの姿があった。

 フローラにやられた顔の怪我に加えて、狭い場所に閉じ込められたストレスでかなり疲弊しているようだ。

 すぐにでもポーショングミを食べさせた方がいいな。


「ん……」

「ネフラ、終わったぞ! 今ポーショングミをやる」


 俺はリュックからポーショングミの入った袋を取り出し、その一粒をつまんで彼女の口へと運んだ。

 ゴムのような感触だが、このポーショングミとやらは商人ギルド(ジニアス)から提供された回復剤だからその効果は信用できる。

 手持ちのグミをすべて食べさせれば、殴打などの外傷なら大体回復するはず。


「あ……ぅ」


 ネフラの口にグミを入れてやったものの、今の彼女には噛み千切る力すら残っていなかった。

 まだ意識が朦朧(もうろう)としているのか……。

 かといってこの子の意識がハッキリするまで待っていては、ガブリエルに時間を与えすぎてしまう。


「こんな固形物じゃなく、液体だったら……」


 通常のポーションでないことが悔やまれる。

 液体なら咀嚼(そしゃく)せずとも体内に流し込めるのに、グミ(これ)では喉に詰まらせてしまう可能性があるからだ。


「……そうだ」


 不意に俺は妙案を思い立った。

 しかし、それを女性に――しかも意識朦朧(もうろう)としている相手にするのはどうなんだ?

 否。傷の回復が第一だ。


 俺はグミを口に入れて、固形物でなくなるほどに嚙み潰した。

 そして、それを口に含めたまま――


「ジルコ、くん……?」


 ――ぼんやりと俺を眺めているネフラに唇を重ねて、グミを口移ししていった。

 舌でグミを押し込む際、彼女は抵抗する素振りも見せなかった。

 間近で顔を合わせていることで、彼女がグミを嚥下(えんか)していくのがわかる。

 喉を詰まらせるような危険はなさそうだ。


 数秒後、唇を離して次のグミを口に放り込んだ。

 最初と同じように飲み込めるほどまで噛み潰し、再びネフラへと顔を近づける。


「これでア―――にも――――」

「え?」


 ネフラがぼそりと何かをつぶやいた。

 何を言ったのか聞き逃してしまったが、目をつむったまま口を半開きにしている彼女に聞き返すのも野暮か。


「……しっかり飲み込めよ」


 ネフラは無言で小さく頷いた。

 俺は再び彼女と唇を重ね、口から口へとグミを移していく。

 触れ合う頬から熱が伝わってくる。


 都合九回に及んだ口移し。

 薄暗闇の静寂の中、リップ音だけが響いていた。





 ◇





 ポーショングミの効果が発揮されたのか、ネフラはすぐに起き上がることができるようになった。

 顔の痣は薄くなり、表情も穏やかに。

 その反面、耳まで真っ赤になる変化が目についたが――


「ありがとう。だいぶ楽になった」

「顔が赤いけど大丈夫か?」

「こ、これは……きっとポーショングミの副作用っ」

「そんな副作用が? 食べさせてよかったのかな」

「大丈夫」


 ――本人がこう言うのだから大丈夫なのだろう。


「眼鏡、壊れちゃった……」


 ネフラが床に落ちている眼鏡を見てぼやいた。

 フレームは折れ曲がり、ガラスはひび割れて欠けてしまっている。

 あれではもう役に立たないな。


「この件が片付いたら俺が新しいのを買ってやるよ」

「……うん!」


 生活必需品ともいえる眼鏡を壊されたのに、ネフラの表情には曇りがない。

 心安らぐ笑顔に、吸い込まれるような不思議な感覚を抱かせる双眸(そうぼう)

 いつもは眼鏡越しに見ていた碧眼(ブルーアイ)だが、裸眼になって一層その印象が強まったような気さえする。


「ジルコくん、大丈夫?」

「心配するな。まだ戦う力は残っている」

「そうじゃない。フローラを……やっつけたのでしょう?」

「ああ」

「後悔……してない?」

「やらなきゃやられていた。それよりも、早くガブリエルを止めに行こう。奴はきっとろくでもないことを考えているに違いないからな」

「……? ……ジルコくん……だよね?」


 ネフラに怪訝(けげん)な眼差しを向けられてしまった。

 今の会話に何かおかしなところがあったのか?


「どうしたネフラ」

「なんだかジルコくんらしくない。切り替えが早すぎるというか」

「そうか……?」


 その時、壁際で音が聞こえた。

 そちらに顔を向けた瞬間――


「きええええぇぇっ!!」


 ――奇声と共に鬼神のような顔をした女が突っ込んできた。

 金色の髪に蒼い眼の女――フローラだった。

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